無責任野郎! 武蔵丸 清治   作:アバッキーノ

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F06 戦略と計略

『ムサシマル。ちょっと良いか?』

 戦場に向けて疾走中の清治に通信を入れて来たのはレプリカだった。彼は三雲、木虎と共に雨取達のいる南西地区に向かっている最中だった。

 時間は少し遡る。イルガーの件が落ち着き、嵐山隊がラービットを仕留めたことと撃破に至る経緯を報告していた時だった。

「ぼくたちをC級隊員の援護に向かわせてください!」

 三雲の嘆願を聞いた忍田が、玉狛支部の隊員である三雲と空閑に別行動の許可を与えようとしたのだが、本部内で異を唱える声が上がった。総司令たる城戸だった。

 彼が言うには、情報がほとんどない黒トリガーを使用する空閑が市街地に向かえば、先程の茶野隊のような誤認が起る可能性が高いというのだ。もっともな意見だった。

「黒トリガーの使用自体は禁じてはいない。だが、こちらの指揮には従ってもらう」

 城戸のこと一言は、本部も含め聞いているものに小さくはない驚きを与えることになった。彼のスタンスからすれば、てっきり黒トリガーの使用について何らかの苦言くらいはあるであろうと思っていたからだ。

 今回の大侵攻に対する対策会議で行われた、迅と清治のくだらない漫才が奏功していたのかもしれなかったが、実際には非常にじ黒トリガーという大きな戦力を温存させるという愚を犯すような城戸ではないということもある。

「黒トリガーを使わなかったらオサムについて行っていいの?」

「無意味な仮定だな。事に臨めばおまえは必ず黒トリガーを使う。そういう人間だ」

 空閑の行動原理を知り尽くしているかのように城戸が言う。

「おまえは父親に似ている」

 冷淡に言い放ったその一言に、実は万感の思いが込められているということは、しかし当人以外の何者も知り得ることはなかった。

『逡巡しとる間に状況は悪なるで。じゅんじゅん。誰か1人メガネくんに貸したって』

 移動中の清治から通信が再び入ったのはその時だった。彼もまた城戸の心の深淵を知るよしもないが、状況的に城戸の判断がもっとも適正かつ的確だと判断したのである。

 城戸の懸念はつまり、市街地に近界民(ネイバー)と思しき人物がうろつくのがよろしくないということだ。であれば、三雲に正隊員が付き添う事は問題ないということになる。

 この場に関して言えば茶野隊が付いて行っても良いところだが、それでは戦力的にキツい。三雲と彼らでは、行った先に新型が現れてしまえば対処のしようがないのである。

 結論から言えば、木虎が自ら動向を申し出た。以前のイルガーの件において、彼女は三雲と空閑に借りがあるという。

 前回のイルガー騒ぎの際、清治も当事者だったのだがケリが着きそうな段階で気を失ってしまったため、実際の経緯を知らない。

 ご存知の通り爆撃モードに入ったイルガーを、空閑&レプリカのコンビが川へ引きずり下ろしたからこそ事なきを得ているのだ。

 先程太刀川が自爆モードに入ったイルガーをノーマルトリガーに過ぎない孤月で切り裂いたという情報を受けた時の空閑と三雲の会話を聞いた木虎は、あの時自分を助けたのは空閑であったということを確信したのである。

 三雲にしても空閑にしても、それで木虎に貸しを作ったという意識は無かった。三雲は己の信じるものに従って行動しただけだし、空閑はとりあずそれを手伝ったとしか思っていない。

 だが、木虎としてはあの時の『失態』を、彼らがフォローしてくれたのだという思いがある。ここで借りを返しておかなければ、次にこうした機会がいつやってくるか分からなかったし、防衛という面で言えばむしろその機会が永久に来ない方が望ましい。彼女にとっては、とにかく『今』なのである。

 木虎の言葉を受けて、忍田に了承を取った嵐山はその場で素早く指示を出した。

「茶野隊はB級部隊に合流しろ」

「俺たちは警戒区域内のトリオン兵の排除。特に新型を優先して狙う」

「木虎と三雲くんはC級部隊の援護だ」

 それぞれの役割を確認すると、各隊自らの目的へ出発したのだった。

 

「はいはい。どったの先生」

 遮るもののない道を疾走している清治には、ホンダ巡査長と走っていた時と比べれば余裕があった。

『この通信はここに居るオサムと木虎、本部にもつながっている。君の見解を聞きたい』

 レプリカが言うには、ラービットを解析した所、莫大なトリオンを使用して作られている。目安としてはイルガーおよそ4体分ものトリオンを使用しているのだそうだ。

 ラービットは1体ではないし、先程の特攻に使用されたイルガー、その他のトリオン兵のことを考えればとんでもないコストになる。

 それほどのトリオンを今回の侵攻に使えば、本国の守りが手薄になるのは必至だ。にもかかわらず、それだけの大きな戦力をあえて分散させている。その意図が見えないというのだ。

「敵の狙いならもうわかってるわ」

 木虎が言うには、敵の狙いは即戦力のトリガー使いであり、分散してこちらの戦力が薄くなったところをラービットで捕獲するのが敵の意図らしい。

「…えぇ読みぢゃがちぃと違うの。それではトリオンの収支が向こうさんのマイナスになる」

 清治はみそっかすとはいえエンジニアである。現在戦場に展開されている敵トリオン兵のおおよその数とレプリカからもたらされたラービットの情報から、消費されるトリオンについてある程度の総量の目星がつくのである。

「それなら敵は何を狙っているんですか?」

 三雲の問いかけに対して、清治は応えるのに逡巡した。というのも、この応えは彼にとって冷静ではいられない内容であるからだ。

「これはあくまでもわしの憶測だが、敵の狙いはおそらくC級。それも大量ゲットを狙っとる」

『!!』

「!」

「!!」

 驚くべき内容だった。しかし、それだと少し疑問が残る。

「敵がC級を狙っているのであれば、わざわざ新型を投入する必要はなかったのではないか?」

「それに、C級を捉えたところで取ることができるトリオンの量なんて知れてますよ」

 当然の疑問だが清治はそれにも澱みなく応える。

「まず新型じゃが、敵さんは例の改造ラッドでこちらの戦闘員の戦闘能力について偵察しとった。その結果、万難を排してC級を捉えるには、モールモッドくらいは倒せる程度の相手に勝てるトリオン兵が必要だった。新型による捕獲はついでであると共に、真の目的であるC級からこちらの目を反らせるためのカモフラよね」

『確かにラービットの出現で、ボーダーは強い敵であるラービットに対処せざるを得なくなった』

「そこがキモぢゃ。おそらく敵は、こちらがラービットの対応に手一杯になるタイミングで人型を投入してくることぢゃろう」

「人型だと!?」

 確かにそれについては失念していたかもしれない。今回の敵は、おそらく数人の人型近界民(ネイバー)が来ている可能性が高いのだ。

「しかし、なぜ基地を攻撃して来た? C級が狙いなら基地を破壊せねば意味がなかろう」

 鬼怒田の問いかけに清治が応える。

「基地の攻撃は、おそらく叩いただけですよ。あんだけ派手に叩きゃ、中におるC級が飛び出してくるとでも思うちょったんでしょうよ」

 それにしても、先に木虎が上げた疑問はどうなのだろうか。基本的にC級はトリオン能力にしても戦闘能力にしても正隊員と比べれば劣っている。彼らを捉える理由が分からない。

「単純に数じゃ。C級は戦力的にも劣るが一定以上のトリオン能力がある。訓練用のトリガーにはベイルアウトも無いから、固まっとりゃぁまとめて捕まえられる」

 これについて清治は、シロナガスクジラの食性を例に上げた。シロナガスクジラは地球の歴史上でも最大の生物だが、彼らの食料はと言えばオキアミである。

 目に見えるサイズとはいえ、オキアミは小さなプランクトンに過ぎない。だが、それらを大量に効率良く捕獲することによって、彼らはあの巨体を維持しているのである。

「C級はオキアミ… それじゃあ!」

「ほうじゃの。急いだ方がえぇ」

 

 通信が終わった清治は、進む速度をやや遅めた。

「もうすぐメガネくんらがおチカちゃんらの所に着く、か。敵さんの偵察兵も連れて…」

 清治には考えがあった。そして、その考えについては出発前に城戸にだけは伝えていた。

 城戸は厭な顔をした。言ってしまえば、その考えは極めて非人道的な考えだったからだ。

 清治からすれば、寡兵で敵と戦うための奇策に過ぎなかった。危険ではあったが不可能ではないはずだ。

「何せ玉狛じゃけぇのぉ…」

 仲間思いの玉狛。A級最強部隊の玉狛。迅のいる玉狛。彼らなら、自分が考えるような最悪の事態を避けることができるはずだ。

 いずれにしても、今の清治がすべきことはできるだけ早く現場に到着する。ということではなかった。

 然るべきタイミング、もっとも望ましい時期に基地に到着するということだった。

 遅れることは、最悪の結末へとつながる。かといって、早く到着したのでは清治の構想した戦略的意図が果たせなくなる。

「可能な限り長く、できるだけ安全に敵を引きつけてくれよ… おチカちゃん」




今回はチラッとわっるいハゲが出ます(^^;

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