無責任野郎! 武蔵丸 清治   作:アバッキーノ

4 / 45
03 今 結花とセクハラエンジニア

「結論から言おう。我々の中で、これを起動することができる人間はいなかった」

 正面にいる、車いすに乗った男に対して男はそう言った。

 車いすの男は、その言葉に対して否とも応とも言わなかった。ただ、片方しか見えない目で、目の前にいる厳めしい雰囲気の男を見据えるだけだった。

「もしこれを君が起動できるのなら、それを使って私たちを助けて欲しい。また、仮に起動できなくともこれは君にお返しする」

 男に促され、車いすの男は身を乗り出すように右肩を伸ばし、その先が無いことを思い出して改めて左手を伸ばす。

「起動させるのは簡単だ。『トリガー起動(オン)』と言えば起動するし、言わなくとも起動する意思を持てば起動する」

 車いすの男は逡巡した。彼の言うように起動ワードを口にするのは少々恥ずかしい気がした。しかし、無言でいきなり起動するのもなんだか悪い気がする。

 数瞬の思案の後、彼は相手にも分かるように起動することにした。ちょいと恥ずかしいが仕方がない。

「トリガー起動(オン)

 その瞬間、部屋を眩い光が満たしていった。

 

 三八式歩兵銃というものがある。旧日本陸軍でかつて制式として採用された歩兵用の小銃で、日露戦争時代の主力小銃であった。以降、第二次世界大戦終戦まで日本軍の主力小銃として重宝された。

 口径は38口径、直径6.5mmの大きさの銃弾を使用する。歩兵銃のほかに騎銃、さらに後継である九九式やバリエーションである四四式など、複数の小銃が三八式小銃を基本として設計された。

 三十年式銃剣を着剣装置に着剣することにより、槍のように使用することも可能な汎用性の高いこの小銃は、しかし終戦後は連合軍に接収され、そのほとんどが廃棄処分となった。

 一部は警察予備隊(後の自衛隊)に配備され、その影響からか、現在の警察官の武装もこのサイズの口径の拳銃が使用されている。

 

 鬼怒田とのディスカッションの翌日には、鈴鳴支部の指定の部屋に必要な機材が設置され、その日の午前中に各システムの基本設定が完了した。

 鈴鳴支部に所属する唯一のオペレーター、今 結花が担当者から説明を受けている間、鈴鳴第一所属の隊員たちは盛り上がっている。

 ボーダーには、本部の他にもいくつかの支部がある。発足当初は所属する人員の関係で本部しか存在しなかったが、急速に組織が拡大したこと、また三門市全域をカバーするには本部だけではカバーが難しいことから、市内の各地域に支部を設置するようになったのだ。

 支部として有名なのは、間違いなく玉狛支部だ。

 所属する隊員が全員A級、かつ戦闘員としても隊としても間違いなくボーダー最強と目されていること、黒トリガー『風刃』を所有し、仮にノーマルトリガーであってもボーダー最高峰の戦闘力を持つ迅 悠一が所属していること、さらには支部長である林藤 匠がボーダー発足当時のメンバーでもあり、自身も忍田本部長に比肩する戦闘能力を持っていることもあるためだ。

 鈴鳴も含めた玉狛以外の支部の支部長は、基本的には一般的なボーダー職員であり戦闘員などではない。仕事も本部や他の各支部との連絡や地域住民の窓口的なものであり、そうした意味でも玉狛支部は破格と言えた。

 ところで鈴鳴支部の陣容は、後方で事務作業などを行う支部長を除けば、所属しているのは来馬を隊長とする鈴鳴第一の面々と、エンジニア兼S級戦闘員の清治だけだ。

 黒トリガーの優位性において、玉狛と鈴鳴は互角と言えるかもしれないが、その点を当の黒トリガーの持ち主である『まぐれS級隊員』に聞いてみると

「単純な戦闘力では、今ある3つの黒トリガーん中ぢゃ、わしのが一番弱いねぇ。わしのは戦闘力というよりは、継戦能力が高いという方が正しいけぇね」

という答えが返ってくる。

 また、所属する部隊も玉狛の部隊がA級なのに対し、鈴鳴の部隊はB級だ。戦闘力には大きな差があると言える。

 地理的に比較的近いことから、鈴鳴は玉狛と共同で防衛任務に着くことがあるのだが、そのたびに実力の差を思い知ることになった。

 個人ではアタッカーランキング上位にいる村上 鋼は別としても、隊長の来馬 辰也と隊員の別役 太一は、玉狛の足を引っ張らないように注意しつつ村上をサポートするのに必死だった。

 訓練が必要だ…

 彼らがそう考えるのも当然だったが、残念ながら鈴鳴支部には訓練をするための設備が無かった。

 現在の本部ができる前まではボーダー本部だった玉狛支部には、かつての本部時代の設備が残っている。その中には訓練用の設備も当然ながらあった。

 だが、鈴鳴支部は事情が異なる。現在鈴鳴支部が使用している建物は、来馬の父親がボーダーに提供したもので、建物そのものは一般的なビルに過ぎない。

 そのため、費用面などの問題から、これまで鈴鳴支部には自前の訓練設備が無く、訓練を行うには本部に出向くか玉狛支部との合同で行う必要があった。

 それがこのたび、清治が本部に対して挙げた提案が通ったおかげで、暫定ながら鈴鳴支部にも訓練用の機器が配備されたのである。支部にとっては清治があげた『功績』であるとも言えた。

「そんじゃ、ゆかりんの練習も兼ねて試運転と参りますかね」

 そう言う清治の言葉を聞きながら、今は清治と共にこの訓練の提案書を作成していた時のことを思い出していた。

 

「本当にこんな無茶な訓練をやるんですか?」

 今は聞かずにはいられなかった。仮想空間内とはいえ、木々が生い茂った急峻な斜面を目隠しをして駆け下りる。訓練と言うよりは、どこかの向こう見ずなやんちゃ坊主が度胸試しにやるようなバカな行為にしか思えない。

「わしは3歳の頃からじいさんにやらされちょったよ… ま、わしが後天的にサイドエフェクトを得た理由を色々考えたら、これくらいしか思い当たるもんが無かったんよね」

 さらりと言ってのける清治を、今は唖然として見つめる。

「それにの。この訓練の結果がどうなるかはわしにも正直分からんのぢゃけど、この訓練をモデルケースとして鈴鳴でやることにしちまえば、優先的に訓練機材を回してもらえるぢゃろ」

 今は今日二度目の衝撃を受けた。普段のちゃらんぽらんな態度などから『給料泥棒』『ごくつぶしのキヨ』などとも揶揄される彼に対する印象は、言ってしまえば同じ支部に所属する今にとってですら他のボーダー関係者と同じだ。

 一応の仕事はしている。らしい。というのも、鈴鳴支部は支部ではあるものの、その性質は詰所に近く、エンジニアが腕を振るう場面はこれまでなかった。そのため、本部での彼の仕事ぶりを今は直接知っているわけではなかった。もっとも、知っていたとしてもあまり変わらないかもしれないが。

 防衛任務にも出ているというが、今は来馬隊のオペレーションは経験しているが、清治は防衛任務に入る際は基本的にはフリーのオペレーターを起用している。

 何でも、経験の浅い入隊したてのオペレーターに経験を積ませるための練習台にされているらしい。これは本人の弁だが、彼の普段の行動から『ロリコンだから』年少のオペレーターと組みたがっているという噂もある。

 一度、不躾だとは思いつつも清治本人にその疑問をぶつけてみると

「う~ん… それは正しくはないな。わしは妙齢の女性も好きだから、ロリコン『でも』ある。ちう方が正しいね」

という答えが返ってきた。どちらにしても最低である。

 そんな彼が、支部に訓練設備を配備するために今回の提案を挙げたという事実が、今にはなかなか信じられなかったし、ひょっとすると態度にもそういう雰囲気が出ていたかもしれない。

 書類の作成作業の最中、ふと清治が

「訓練で経験を積めば、たいっちゃんも少し余裕が出てきて、もう少し落ち着いてくれんぢゃねぇかなと思って、ね…」

と漏らした。

 彼がたいっちゃんと呼ぶ人物は、鈴鳴第一に所属するスナイパー、別役である。

 明るく元気な人物だがとにかく落ち着きがない人物で、しばしば本人には全く悪気はないにもかかわらず様々な災厄を周囲に振りまいてしまう人物だ。

 結局のところ、それは彼が落ち着きが無く、何かやってしまうと勝手にパニックになってしまうためであるのだが、それを指摘してもなかなか治らない。

 空気を読まない発言やドジが多い彼に、今もほとほと手を焼いていた。

「たいっちゃんはね。わしとタイチョーが直接スカウトした人材なんよ」

 そう言って、すっと目を細める彼の表情は、普段のちゃらんぽらんな態度の彼には見られないものだった。何というか、出来の悪い弟を見守る兄、賑やかなわが子を慈しむ父親のような表情だ。

 普段では見ることのできない彼の一面と、密かに支部のことを色々と考えていることを知った今は、何となくこれまでの清治に対する評価を改めなければならないと思った。

 その後、本部に書類を提出に行く間際に彼女の胸を触って逃げ出したりしなければ。だったが。




ヾ(・ω・ )鈴鳴支部に来て
(。・ω・)ノ はい

実際に別役隊員がどのような経緯で鈴鳴に来たのかは、わしが知る限る不明です。
なんで、こちら限定ということで無責任の人と仏の人が直接スカウトしたことにしました。
ちょっとだけ先でその辺の話を書けたらと思ってたり思ってなかったり。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。