無責任野郎! 武蔵丸 清治   作:アバッキーノ

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F03 野暮な口出しは大得意

 諏訪がラービットに捕獲され、その諏訪を風間隊が救出すべく動いている頃、清治はホンダ巡査長と共に防音壁の上を走っていた。立ち往生している車の数は少なくなって来たが、それでもポツリポツリと道路を塞ぐように点在している。

 そうした場所に来ると、距離が短い場合は防音壁を疾走し、長い場合は今のように防音壁の上を走行するのである。

 清治がそうした走行ができるのはトリオン体だからである。トリオン体に換装することによって、運動能力は格段に向上しているからこその芸当だった。生身の体では到底ここまではできはしない。

 もっとも、清治は右腕と左足、そして頭部と共に脳の一部も失っているため、生身では一人で歩行することも困難なのではあるが。

 対して、彼を先導している白バイ隊員であるホンダ巡査長は生身だ。であるにも拘らず、彼の走行はトリオン体である清治のそれよりも遥かにアグレッシブである。

「ちゃんとついて来てるか兄ちゃん! まだまだぶっ飛ばすぜ!!」

 バイクを降りていた時のなよっとした印象とは真逆の態度で、さらにアクセルを開けるホンダ巡査長。清治はついて行くのがやっとという始末だった。

 そんな中でレプリカがもたらしたラービットの情報を聞いた清治は、余裕の無い中でも奇妙だと感じた。

 曰く、至近での東のアイビスを弾く装甲。片腕のひと振りで奥寺を吹き飛ばしたパワー。取り付いてきた笹森を退けた電撃。いずれもかなりトリオンを消費して作られていることを物語っている。

 そうしたトリオン兵を数体持ち込んでまで実現しようとしている敵の戦略目標が、清治にはイマイチ理解できない。

 もしこちらを殲滅した上で市街地を蹂躙しようと言うのであれば、最初からラービット数体で本部を攻めるだろう。情報の無い強力な新手で強襲されれば、こちらとしても初動にかなりのロスが出ることは明白である。

 いくら忍田や太刀川らの凄腕たちを本部で待機させていたとしても、数によってはその全てを手際良く始末することは難しかったはずである。

 にも拘らず、敵の初動はこちらの予想を超えるものではなかった。いや、むしろ思った通りのベタな動きであったとも言える。それでも対処に多少の苦労はあったにしても。

 敵はそれをも見ていたはずである。その上でトリオンを大量に使用して作った新型を投入して来た。ということは、敵は敢えて戦線を拡大し、戦力が薄くなったこちらを各個撃破にかかってきているという想定が成り立つ。

――― それにどれほどの意味がある?

 敵の目的はトリオン供給源となるこちらの人間の誘拐または殺害であることは間違いない。しかし、それだけ多くのトリオンを自前で消費して、果たして採算が取れるのであろうか。

 確かに三門市在住の全ての人間からトリオンを奪ってしまえば帳尻は合うかもしれない。だが、そうするためには先にボーダーを殲滅する必要がある。

 敵の遠征の規模は不明だが、こちらに橋頭堡となる場所を確保することがほぼ不可能なことを考えれば、交戦可能時間はそう長くはない。

 一般的には2時間が限度だろうし、ネイバーフッド最大の軍事国家であるとは言っても、こちらにトリオンを獲りに来なければならない実情を考えれば、最大でも半日程度であろうと予想される。

 戦術レベルに目を向けると、戦術の基本に『衆寡敵せず』と並んで『兵は拙速を好む』というのがある。戦術的に見れば、例え行動が稚拙であったとしても、速いことの方が重要であるということだ。

 そういう意味では、やはりやり方がたとえ拙くとも、数体のラービットを使って本部を急襲すれば、陥落は不可能でもこちらの出足を挫くことはできたし、トリオンの強奪という観点から見ればそちらの方がメリットは大きいはずだ。

――― あえてその戦術を取らなかった目的は何だ?

 清治の中に、今回の敵は少なくとも単純なトリオンの確保以外の別な目的があり、そちらの方が主眼なのではないかという疑念がこの時生まれた。ただ、その『何か』が何なのかは分からない。

 すぐにでも本部にそう報告したい所だったが、交戦中に憶測に過ぎない事を伝えれば余計な混乱を招くだけだった。

 今清治がすべきことは、とにかく急ぐことと、この状況でもできることが出て来たら対処することだけだった。そして、その機会は意外な早さでやって来ることになる。

 

 同じ頃、本部では敵に対する対処で少し揉めていた。根付がすぐにも市街地の防衛を主張したのに対し、忍田は戦力の集中運用を主張したのである。

 ラービットの出現によって、戦況は徐々に傾きつつあった。諏訪が捉えられたことによって諏訪隊の隊としての機能が失われたのが大きい。また、小荒井が戦線から離脱したことによって東隊の受け持つ地域も難しい状況になった。

 この他の部隊も次々にラービットとの交戦に入った。そのため、各所から他のトリオン兵が再び市街地へと向かい始めているのである。由々しき事態と言えた。

「市民に被害が出ればボーダーの信用が…」

 これまでボーダーの対外的なイメージの向上に腐心してきた根付にとっては大きな問題だったし、それはボーダー全体においても同じことだった。

 だが、戦局的にはまだ敵の市街地到達まで時間があった。今のうちに戦力を糾合して敵に当たらせなければ、結果的に敵に市街地を蹂躙させることになる。可及的速やかに戦力をまとめて、優先順位をつけて敵の排除にかかることが戦術的には望ましかった。

 難しい判断だ。どちらも正しい意見だ。片やは防衛隊たるボーダーの姿として。こなたはこの状況における戦術として。互いに正しい判断だからこそ、意見の相違があればどちらの意見を是とするのかは、総司令たる城戸の権限に帰することになる。

「戦力を失えば、この先が苦しくなる。私は本部長の判断を支持する」

 城戸の下した決断はボーダーの総意だ。誰も異を唱えることはできない。

「だが…」

 下した決断に対し、城戸としては確認する必要があった。

「そのやり方では… 新型に手古摺れば、その間に市街地が壊滅するぞ」

「わかっている。待つのはA級が合流するまでだ」

 忍田の構想では、新型の相手はA級が行い、その間に合流したB級が全部隊合同で市街地に向かうというものだ。新型は確かに手強いがA級が隊で当たれば勝てない相手ではない。

 しかし問題が無いわけではない。それでは防衛できる市街地エリアが1区画に限られてしまう。防衛が必要なエリアは東、西、南西だ。このうち1箇所しか回ることができないことになるのだ。

「助けに行く地区の順番はどう決める? 後で文句が出るぞ」

 もっともな疑問を鬼怒田が投げかける。だが忍田はその問いに対する答えは既に準備済みだった。

「避難が進んでいない地区を優先する。他に質問は?」

 忍田の答えは至極まっとうなものであった。城戸が最後に確認しなければならないことを口にしようとした時、横から聞いたことのある声が聞こえてきた。

『まっさん。それじゃ足らん』

「武蔵丸くん?!」

 清治がようやく通信可能なエリアまで引き返して来たのである。

 

『お待たせしましたな。真打ちは最後に登場するとでも言いたい所ですが、そんな状況じゃなさそうだ』

 珍しく清治が、お国訛りではなく標準語で喋っている。そのせいか、口調もいつもの軽々しいものではなかった。相手に的確に自分の意図を伝えるにはそのほうが良いだろうという彼独特の判断だった。

「足らんとはどういうことだ?」

 清治の戦略眼を密かに高く評価している鬼怒田がその先を促した。

『B級の隊全体で防衛にあたるという基本方針は間違ってはいません。ただ、それをそのまま実行しては戦力が過大になります」

 清治の意見では、既にC級にもトリガーの使用を許可している現状であれば、新型はともかく通常のトリオン兵であれば対処できる者もいるという。

 避難誘導に当たっているC級隊員を細かくチェックしたわけではないが、B級部隊が到着するまでに対処するのは問題無いように思われた。

『戦力を分散するのは本来良い方法ではありませんが、この場合全方面をフォローが可能なように隊員を配置すべきです。そのためには…』

「! 二宮隊と影浦隊か!!」

 清治が言わんとすることを、忍田はすぐに理解した。確かに彼らは既に隊として合流しつつあるし、戦闘力で言えば十分にA級に匹敵する。

「しかし、それではボーダーとしてのルールが…」

 根付が異を唱えるのももっともだった。彼らはそれぞれの理由で不行跡を咎められ、懲罰人事でA級からB級へと落とされた隊である。緊急時とはいえ、彼らを特に理由もなくA級として扱ってはボーダーは規律がゆるいと対外的に印象付ける結果になりかねない。

『野戦任官という言葉をご存知か』

 清治の言う野戦任官とは、本来は軍隊の使用する人事の1つだ。戦闘時、何らかの理由で例えば部隊の隊長が戦死するなどした場合、下位の士官や下士官が一時的に上位階級者となって指揮官の不在という不具合を是正するといったものだ。

 こうした措置はあくまでも一時的なものであり、非常時が終了すれば元の階級に戻されるのが通例である。例えば、第一次世界大戦において、当時陸軍大尉だったジョージ・パットンは戦車部隊の指揮官を務めて大佐にまで昇進したが、平時つまり終戦後には中佐に階級を戻されている。

 清治の意見具申は、今は非常な場合であり、それに対処するため敵が撤退するまでの間のみ彼らをA級部隊として扱い、その後は通常に戻すというものだった。

 ボーダーは防衛組織ではあるが防衛軍ではない。そういう意味ではこうした人事について、後々外部から何か言われる可能性がある。だが、清治が言うには、それが妥当な判断であることは間違いなく、そう言い切ることが根付にはできると言った。

『ついでに言や、そうした応変の決断をボーダーは下すことができると示すこともできるでしょう』

 それくらいの印象操作は、根付にとっては何ということもなかった。彼を殴ったことで降格させた影浦隊を一時的にとはいえ昇格させることに抵抗が無いわけではないが、市街地の防衛の成功とボーダーのイメージアップが同時に行えるのであれば否やはなかった。

「良いだろう。ただし、万一のことがあるため影浦隊には予定通りB級全部隊への合流を命じる」

 

 清治の進言を容れての城戸の決断は、すぐに二宮隊に伝えられた。彼ら自身戸惑いもあったが、現状では妥当な判断だと思われた。

「迷っていても仕方ない。敵を排除すつつ西地区へ向かうぞ!」

「「「了解!」」

 隊員に命じて西地区へと向かいはじめた二宮へ、未だに戻って来れていない男から通信が入った。

『にのみ〜。南西地区に玉狛のC級の隊員がおるんよ』

 この緊急時に、普段と変わらない口調でどうでも良さそうなことを言ってくる清治に二宮は一瞬苛ついたが、すぐに清治がこうした状況で無駄なことは一切しない人間であることを思い出した。

「それがどうした?」

『その隊員なんぢゃけど、雨取っちゅ〜んじゃ』

「!!」

 二宮としては聞き捨てならない話だった。なぜなら、『雨取』という名の人物こそが、彼らの隊としてのB級降格に大きな関わりがあるからである。そしてそれは、そうした事情とは別に二宮が個人で行っている調査にも関わりのあることだった。

「なるほど… だが、俺達は南西ではなく西へ向かうように言われた。命令に反するわけにはいかない」

『じゃが、そっちに向かう最中に通るじゃろ?』

 これで二宮は、清治が言わんとしていることが理解できた。彼は二宮隊に、南西地区に向かう敵を一時的に足止めして欲しいと言外に言っているのだ。

「それだけで良いのか? そいつらが後から来る敵に喰われたらどうする?」

 二宮の問いももっともだったが、清治はそれについては気にしていないようだった。

『まあ玉狛じゃしね。知っとるじゃろ? あの連中は揃いも揃って身内にゃぁ甘いんじゃ』

 酷い言い草ではあるが、確かにその通りだった。身内に甘いという言い方は少々言葉が悪いが、彼らは皆一様に仲間思いなのだ。

――― 仲間に甘いのは、お前も同じことだろうに…

 そう思いはしたが、二宮はあえて口には出さなかった。

 部隊としての玉狛の強さは、二宮も厭と言うほど知っている。そして、玉狛には『あいつ』もいる。何かあれば彼らが動かないわけがない。

「…足止め程度で良いんだな?」

『助かるよ。そんだけやってもらえりゃ、後は連中が何とかするじゃろ』

 かくして二宮隊は、本部が想定していたよりも長い時間をかけて西地区へと移動することになる。




もしかしたら、今週中にもう1話アップするかも。

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