無責任野郎! 武蔵丸 清治   作:アバッキーノ

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年も変わり、年度も改まり、仕事場も変わり。
わ〜ぷあおっさんにも色々あったとです。
変わらんのは腰が痛いことだけ(´;ω;`)


E06 茶色な弁当

 清治と風間の元をつと離れた三輪は、そのまま基地の屋上へ向かった。1人になりたかったというのもあるし、今一度市街地の様子を遠望したいというのもあった。

 まずは北西方面に目を向けた。上空から見ている分には分からないが、注意して歩けばなだらかな下りになっているのが分かる。意識せずに歩いていた時に清治に指摘されたのには驚いた。

「普通に歩く分にゃどういう事もなぁが、体調が悪かったり疲れとる時にゃ意外にしんどい。案外この方向に最初に敵が向かうかもしれんの」

 そう言った清治だった。さらにやや北寄りの方向を指差して

「向こうは建物も少ないから、大軍を展開するのに向いとる。そこにトリオン兵を集合させてから各方面に広がるなんて作戦を取るかもしれん。できりゃぁこっちが早めに確保しときたいの」

 ひょっとすると清治は、既にあの時点でこの方面に天羽を向かわせることを考えていたのかもしれない。

 戦略や戦術の基本に『衆寡敵せず』というものがある。多くの兵に少ない兵で勝つことはできないということだ。例えボーダーの戦闘員が精鋭であっても数は十分とは言えない。そんな状況で多数のトリオン兵を運用されたらどうだろうか。

 さらに、今回の大侵攻では人型の参加も念頭に置かなければならない。彼らの能力は基本的にA級上位ランカーと同格かそれ以上と考えるべきであり、そうした連中と圧倒的多数のトリオン兵を相手取って戦うことになれば勝利はおぼつかない。

 いわば、序盤にここを抑えることができるかどうかが戦局全体の帰趨を決めることになるかもしれなかった。

 三輪は次に南方面に目を向けた。迅と天羽を配置する予定の地域を除けば、東、南、南西だった。それ以外の方角に進むためには街そのものを破壊する必要があり、時間が経てばともかく開戦当初にそちらに向かうことは考えにくかった。

 このうち、比較的道が広い南西の方角に進む敵が動く可能性が高い。そのため、そちらの方面を中心として警戒区域内に多くのトラップを配置することが決まっている。トラップの配置は主に開発室が主導するが、A級トラッパーである冬島もその動きに参加することになるだろう。

――― 足止めが成功すれば。

 基地待機の隊員や他の隊員も追いついて来るはずである。そこまで来れば序盤戦はボーダーの勝ちと見て良いだろう。油断はできないが、その後は戦闘の推移によって戦術や戦法を各々で考える必要がある。

 清治が言うには

「高度な柔軟性を保ちつつ、臨機応変に」

ということだそうだ。意味が分かりにくいがそう間違った指示でもない。首脳部が区々たる戦術や戦法にいちいち口出ししていては現場は混乱し、最終的には戦局全体が大混乱を起こしてしまう。

 相手の戦略的目標は分からないが、こちらのそれは敵を撤退させることだった。そのために何をすべきかはそれぞれが考えなければならない。その辺りがこの防衛戦の難しさであるとも言えた。

 その辺りを清治に聞くと

「お帰り頂くまでが戦闘ぢゃろうねぇ」

との応えが返って来た。

 つまりは敵を撤退に追い込む必要があるということだ。人型の撃破が最も有効だという考えは一致しているが、三輪と清治はさらに一歩考えを勧めている。

「敵の戦法と能力を引き出させるために、人型はある程度戦場を泳がせる」

 というものだった。こちらの方が有利な状況であればそれは不可能ではないだろう。だが、もし戦局が不利な状況であれば有無を言わさず撃破しなければならない。果たして今のボーダーにそれだけの戦闘力があるだろうか。

 南の方角は道が広いとは言えない。そこで進路を塞ぐような策を立てれば、敵の侵攻を少し遅らせることができるかもしれない。

 そう思った三輪は、例えば敢えて狭矮な道に大型トリオン兵を誘い込んで倒すことで道を塞ぐことはできないかと考えた。それを清治に話したところ

「連中が大型の腹ん中に何を入れとるかわからんで」

と婉曲に否定的見解を示した。言われてみればその通りである。

 先の改造ラッドは大型トリオン兵であるバムスターの体内に格納されていた。同じようなことが今回も無いと誰が言えようか。さらに清治は

「あのたい焼きのお化けはでかかったの。あれより小さめの偵察に特化した飛ぶやつがおっても不思議じゃぁなぁ」

とも言った。いちいちもっともだった。

 改造ラッドと言えば、ゲートを開く能力を持ったラッドが現れれば、そこから新手も登場するだろう。敵がそうするのはどこだろうか。考えるべきことは山ほどあった。

 だからというわけではないのだが、屋上に現れた迅の姿を見た三輪は、険悪な表情を浮かべないわけにはいかなかったのである。

 

「…なんの用だ。迅」

 一人で考え事をしたいタイミングで、よりによって嫌っている人物が現れたのだから不機嫌なのは仕方ないが、仮にも先輩である人物に対してはあんまりな挨拶だった。

 ただ、迅にしても清治にしても、そうしたことを気にするタイプではない。

「実はおまえに頼みたいことがあるんだ」

 意外に思いはしたが、それはそれとして即答で断る三輪に、迅はそれでもと話しはじめた。

 なんでも、今回の大規模侵攻で三雲が生死の際に立たされることになるが、その場に駆けつけることができそうなのは三輪しかいないというのだ。

 奇妙な縁だった。思えば三雲が空閑と出会わなければ、三輪の中で迅や清治に対する考えが変わることは無かっただろう。だが、それとこれは話が別だった。

「三雲は正隊員だ。自分の始末は自分でつけさせろ」

「城戸さんが」

 三輪が話を打ち切ろうとしたその時に、迅は急に城戸が風刃の使い手を悩んでいることを告げた。使用者の第一候補だった風間が隊のことなどを考慮して辞退したことや、嵐山、木虎といった外向きの仕事がある人物たちも候補から外れている。

「今候補に上がっているのは、ムサさんを除けば加古さん、佐伯、生駒っち、片桐、雪丸、弓場ちゃん、鋼、そんでお前だ」

 どういうワケか清治も風刃を起動できる。もっとも既に黒トリガーの煉の使い手であるから、風刃の使用者候補には入らない。

「おまえがおれの頼みを聞いてくれるなら、おれはお前を推薦する」

「何…?」

 魅惑的な申し出だった。確かに今の三輪が風刃を手にすれば、大きな戦力の底上げが期待できる。三輪個人としても、彼の本懐である『姉の仇』を討つことができる可能性が高くなる。

「あんたの一存で黒トリガー持ち手が決まるわけがない。話は終わりだ」

 迅の相方とも言える無責任男との会話では出てこない、理由の分からない苛立ちと反発を覚えつつ三輪が言い放った。

「おまえはきっとメガネくんを助けるよ。おれのサイド・エフェクトがそう言ってる」

 知ってか知らずか、三輪が彼のことを嫌っている一因である一言、迅にとっては決まり文句であり決め言葉である一言を放った。

 いつもの通りだと思った三輪の背中に、いつもとは違って迅が言葉を続ける。

「今ごろムサさんも城戸さんにお前に風刃を持たせるように言ってるよ。おれと違ってもっと論理的な理由でね」

「ムサさんが?」

 意外な言葉に三輪は驚いたが、驚いたのは迅も同じだった。今の自分とのやり取りから考えると、三輪が清治を『ムサさん』と呼ぶとは思っていなかったのだ。

 どうやら三輪は、自分よりも清治に信頼を寄せているようだ。

 そう感じた迅が笑っているのを見て、三輪はひとつ咳払いをすると言い直した。

「武蔵丸さんがどうした?」

「さっきムサさんが城戸さんにつかまってたからな。きっとランチミーティングでもしてんだろ」

 

 上司との食事というものは、基本的には楽しいものではない。酒でも入れば多少事情は変わってくるかもしれないが、基本的には窮屈で肩が凝るものだ。

 それでもそうしなければならない事があるのは、どのような組織でも同じことだ。今日に関しては清治がそうだった。

 もちろん清治は、たとえそうする場合であってもいつもと態度が代わることはない。ただ、今回のように城戸司令とのランチミーティングの場合は、食べるものを買いに行くという任務もあるのだった。

 ボーダーの最高司令官である城戸は、執務室の隣に面会用の部屋を持っている。主に外部の来賓との会談の場合に使う部屋だが、幹部や隊員との密談をする場合に使用することもある。

 今回の清治とのランチミーティングはそうした類いのものでは勿論ない。単に『風刃』を持たせる隊員の人選についての意見を求めただけである。

 迅が空閑のボーダー入隊の見返りに本部に返上した『風刃』は、起動できる隊員が多いことでも有名な稀有な黒トリガーだった。

 迅の師匠である最上が黒トリガーとなったもので、起動できる人材の多さは最上の人柄を端的に現すものであったと言える。何せ清治にまで起動できてしまうのだから。

 他ならぬ迅が、師たる最上の化身である『風刃』に執着することは至極当然のことであり、その大切な『風刃』を手放す決意をする程に、空閑のボーダーへの参加は重要なことなのだろう。

 ところで、その『風刃』を持たせる隊員を選ぶのに苦慮しているのはなんとも皮肉な話だった。

 起動できる隊員の中で最も実力が高いのは風間なのだが、彼は自身が迅に勝利したわけでもないのにそれを持たされることを嫌った。

 彼らしい意見だが、『風刃』を入手した時点で風間に持たせることを想定していた上層部としては、新たな候補者を探すのに苦労する必要があった。

 多くの人材に起動できるとはいえ、実力の伴わない者に持たせるわけにはいかない。

 実力的に見て加古、嵐山、三輪、木虎の他に、佐伯、生駒、片桐、一条、弓場、村上が候補だが、この内嵐山と木虎は外向きの仕事があるため候補から外れた。

 残る8人の中で誰に渡すべきか。これが現在城戸を悩ませる最大の問題だった。

「加古、片桐、弓場の3人を候補から外す理由は何だね?」

 清治が買ってきた弁当をつつきながら城戸が尋ねる。

「単純な話です。風刃はアタッカー向きであって、ガンナーにゃ向きまへん」

 同じく清治も弁当をつつきながら応える。2人の目の前に置いてあるのは、基地から最も近い位置にあるスーパー『盛高』の名物弁当だった。

 特徴としてまず大きい。一般的なスーパーの弁当の優に2倍はありそうだ。

 おかずも特徴的だった。大人の手のひらくらいの大きさのとんかつに、それに負けないくらいの大きさのハンバーグ。鶏の唐揚に白身フライ、エビフライ。

 これでもかというほどの大きさのウィンナー。そしてスパゲティナポリタン。野菜っぽいものと言えばポテトサラダくらいである。

 いかにも男が好きそうな、それでいて若干健康には悪そうな食べ物をこれでもかと言うほどに詰め込んだその弁当は、破格の1つ350円で販売されている。

 その色味から、いつしか『茶色弁当』と呼ばれるようになったそれは、中高生を中心に人気の高い商品である。

 既に中年と呼ばれる年齢になった城戸だが、清治とのランチミーティングの時は好んでこの弁当を食べる。理由は清治もこの弁当が好きだからだ。2人とも高血圧とプリン体を恐れない、デブまっしぐらな食生活である。

「ならば、佐伯、三輪、一条、村上、生駒ということになるが…」

「一条、村上、生駒隊員は生粋のアタッカーです。遠いモンに攻撃を当てるのはあまり上手くない。わしも試したことがありますが、風刃の遠隔斬撃は思った以上に旋空と違います」

「それであれば、やはり加古隊員などに使わせても良いと思うが」

「それだと寄られた場合に弱い。一番良いのは、接近戦でブレードを上手く使えて、遠くにも攻撃を当てられるアタッカーベースのオールラウンダーです」

 よく一口で食えるなと言いたくなるような大きな唐揚げを食べながら清治が言う。元々がブレードタイプのトリガーである『風刃』を使用するのは、やはりアタッカーの方が向いている。それでいて遠隔斬撃を効果的に使用できるのは、ガンナーの資質を持った隊員だと清治は言っているのである。

「なるほど… そうなると、佐伯、三輪のどちらかということになるが、佐伯隊員は今ここにはいない」

 この城戸の一言で、三輪が『風刃』を持つことが決まったのだった。




さて。ぼちぼちやって来ますよあの連中が。
ちなみに、作者の現年齢は城戸さんよりちょっと上です。

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