無責任野郎! 武蔵丸 清治   作:アバッキーノ

31 / 45
なんとか今日投稿できた…


E02 遊びと謎の動画

「ぃよう。やっとるかね若人たちよ」

 そう言って、突然清治が訓練エリアに入って来た時、三雲は驚いたのは言うまでもないし、師匠である烏丸も驚きを隠せない様子だった。

 無理もなかった。清治はこれまで、三雲の訓練に直接顔を出すようなことが無かったのである。

 他はといえば、例えば小南と空閑の訓練の場合は、今回のように途中でイキナリ入って来ることがしばしばあった。

 どちらかと言えば直感で動くタイプの小南は、空閑に何かを教えるということは稀だった。最初に

「はっきり言ってあたし感覚派だから、他人を鍛えるのって苦手なの」

と言っていたくらいである。

 清治は無造作に入って来ると、空閑にいくつかのアドバイスをした。そして、その後に何か小南に耳打ちをしてから颯爽とその場を後にする。

 清治が去った後の二人の訓練は、オペレーションをしている宇佐美から見ても一段レベルアップしたものになっていた。

 木崎と雨取については、入る時には訓練の最初から参加する。

 そして、出来の悪い生徒然と悪い例を示すのだ。木崎がそれを指摘して清治に指導する。そして、清治は指導された通りに行動するのだ。

 こうして指導と実地を同時に行うことによって、雨取は普段受ける指導よりも多くのことを学び取る。

 こうした中にあって、清治はなぜか烏丸と三雲の訓練には手出しも何もしなかった。せいぜい宇佐美と一緒に訓練の様子を眺めるだけである。

 烏丸から指導についてのアドバイスを求められることがあれば応じてはいたが、三雲に直接何かを言ったりするようなことは全くなかった。

 それが突然無造作に訓練エリアに入って来たのである。誰しもが驚かずにはいられなかったであろう。

 先日烏丸は、清治にまたアドバイスを求めていた。三雲が徐々に力をつけているのは明らかだったしその成長に烏丸も満足していたのだが、当の本人は納得がいかないようだった。

 無理もなかった。実戦経験も豊富でさらに伸びしろもある空閑と、規格外のトリオン能力の持ち主で素直な性格であるがゆえに吸収も早い雨取。

 この二人と比べると三雲の能力は平均的に低い。どれかが突出して低いというのではなくトリオン能力においても戦闘能力においても平均より低いと言わざるを得ない状況だった。

 訓練を受けて着実に実力はついてきてはいるが、それでも他の二人ほど成長速度は速くない。本人からすれば、二人は成長しているのに自分は足踏みをしているとしか思えないのだ。三雲が焦るのも無理からぬことだった。

 そこで烏丸は清治に相談したのだが、答えはそっけないものだった。

「そりゃ本人の問題じゃけ、どうしようもなかろう」

 というものだったのである。

 それだけにこの突然の来訪は、三雲に対して何らかのアドバイスをくれるものであろうとは思われたが、その来意については烏丸でも図りかねた。

「何ぞ悩んどるらしいやんけ。そういう時ぁ、気分転換が一番じゃ」

 そう言うと、清治は先日自分が考えた『おはじきあそび』なる遊びの説明を始めた。

 概要としては、アステロイドを可能な限り細かく区切って空中に放出する。そして、ゆっくりと漂う極小のそれらのキューブを、アステロイドで全て壊していくというのだ。

「なるべく少ない手数で全部壊して、その手数の少なさを競う遊びじゃ」

「はぁ…」

 なぜこんなことを清治が言い出したのか三雲には分らなかった。むしろ、こんなことのためにわざわざ出向いてきたとでもいうのだろうか。

「ま、まずはわしとメガネくんでやってみようか。とりまる。アステロイドばらまいてくれ」

 清治に促され、いったんトリガー構成を変更した烏丸は、清治のリクエストの通りに細かく分割したアステロイドを空中にばらまいた。

 無数の小さなアステロイドがゆっくりと中空を漂う様は、まさに『アステロイド』の名にふさわしいように見える。

「んぢゃ、メガネくん先攻ね」

 清治にそう言われて、三雲は自身のアステロイドをアステロイド帯に放つ。丸のまま放たれたアステロイドの軌道にそって小さいアステロイドは破壊され、そのあとにぽっかりと穴のように空間が広がった。

「あれま。それぢゃあわしには勝てんで」

 そう言うと清治は、いくつかに分割したアステロイドを無造作に放つ。

 無造作に見えたのは清治の動きのせいだった。放たれたアステロイドは、漂う小さなアステロイドに当たり、それを弾きながら様々な方向に拡散した。

 結果、同じ大きさのトリオンキューブを放ったはずなのに清治の方がはるかに多くの穴をアステロイド帯に穿ったのである。

「こんな感じで、自分の撃ったやつだけじゃのぉで、漂っとるやつも利用するんじゃ。なるべく正確に。なるべく効率的にの」

 三雲がこのやり方を理解してくると、今度は対戦形式のルールで遊び始めた。

 一定の距離を取って対戦する2人が向かい合う。残った1人が2人の間の空間をアステロイドで埋める。

 ルールとしては先ほどと同じくアステロイドを使って細かいアステロイドを弾くのだが、前と違うのは弾いて相手を攻撃するという点だ。

「あくまでも弾くことで攻撃をすること。直接相手を撃つのは反則ぢゃ。それと、逃げたりシールドを使って防御するのも禁止。要は立ったまんまで、こまいアステロイドを弾いて相手を倒す。そんだけぢゃ」

 これは、意外なほどに戦術的な考え方が必要な遊びだった。まずは空間に漂うアステロイドの動きを見てどう弾くかを考えなければならない。初手で相手に攻撃が届くかどうかを判断し、そうでなければどうするか。

 だいたいは相手の攻撃のパターンを狭めるためにできるだけ多くのアステロイドを消滅させる方が良いのだが、それだと自分の次の攻撃もしにくくなる。

 また、直接的な防御ができないルールであるため、相手の攻撃が自分に届きにくいように自分の周囲のアステロイドを減らす作戦も取れるが、その際に間違って自分にアステロイドが当たっても負けとなってしまう。

 自分の手番になると30秒以内に撃たなければならないというルールもあるため、素早くそれらを判断する必要があった。

 また、場に漂うアステロイドの数が少なくなると、もう1人が小さいアステロイドを追加する。当然ながらその量や漂い方はランダムなので、そのたびに戦術を考え直す必要があった。

 当たり判定が難しいため、宇佐美に頼んで各々のアステロイドに色を付けてもらって行ったこの遊びは結構楽しかった。

「ぢゃ、30戦やって一番負けが多かったやつがいいどら焼きをおごるっちゅ~ことにしよう」

 そんなわけで意外な熱意でそれぞれが工夫し、最終的には大人の判断でさりげなく負けてくれた清治にどら焼きをおごってもらった三雲と烏丸は、それぞれに今日のこの遊びを単なる遊びに終わらせないように工夫を凝らしたのである。

 

――― ほう。あれを使うのか…

 風間と三雲の戦いが20戦をいくつか超えたあたりで、三雲が例の『おはじきあそび』をはじめた時に烏丸は小さく声を洩らした。

 清治からこの遊びを教わって以降、烏丸はしばしば訓練の合間にこの遊びを取り入れた。そして、ここ最近ではこの遊びについてだけは三雲に勝つことが難しくなってきているのを感じていた。

 この遊びは基本的に訓練室内の設定をトリオン無制限にして行う。元々トリオン量が水準に達していない三雲と烏丸が通常モードでこれを行えば勝負にならないのである。

 2人の対戦であるため、最初の1回はお互いに極小アステロイドを好きにばらまく。勝負が始まるのは実質2回目からだったが、三雲は最初にばらまく時点からかなり周到にアステロイドを配置した。そして、先攻であっても後攻であっても最終的には見事に烏丸を追い込んでしまうのである。

 ルール上逃げることも防御することもできないのだが、三雲は効果的に相手の攻撃を防ぎ、自分の攻撃は通りやすいように工夫しているようだった。そしてそれは、三雲の戦闘における空間認識能力が飛躍的に向上していることを如実に証明するものだったのである。

 カメレオンを使用している時は別のトリガーを併用することができない。つまり、例え威力の低い極小弾であっても確実に相手の体を削ることが出来る。この場においては有効な戦術であると言えた。

 しかしながら、これは『模擬戦』であって『おはじきあそび』ではない。カメレオンを解除して周囲のアステロイドをスコーピオンで粉砕した風間は、そのまま三雲目指して突進を開始する。

「カメレオンなしでも風間さんは強いぞ」

 烏丸の言う通りだった。単にカメレオンの性能に頼るだけの人間が、約600人にも登るボーダー戦闘隊員の中でも上位3指に入る実力者になどなり得ない。

 三雲とてその道理は理解している。風間が姿を現すまでどこに居るかが分からない分、どこで出現したとしても攻撃できるように極小アステロイドを配置していた。

 三雲がいくつかに分割したアステロイドを放った突端、疾風の如く三雲に迫っていた風間の足が止まった。訓練場にばらまかれていたほとんど全てのアステロイドが自身目掛けて飛んで来たからである。

 世の中には『弾幕』という言葉があるが、これはそんな言葉では追いつかない。四方から風間を圧殺すべく迫ってくるアステロイドの数と迫力、威力たるや、まさに『弾壁(だんぺき)』と呼ぶにふさわしいものであった。

 結果から言えば、この『弾壁』を風間はなんとか凌いだ。イルガーの背で攻撃を受けた際の木虎のように、体勢を低くした上でシールドを全身を覆うように展開したのである。もっとも、広く展開させたがために防御力が低くなり、多少ならざるダメージを受けたにしても。

 傷を負ったとはいえダウンするほどでもなかった風間は、アステロイドの大群の喧騒がやむと同時に三雲への攻撃を再開すべく相手を探した。しかし三雲の姿は目の前から消失するかの如く掻き消えていた。

 本来あるべき場所に姿が見えなくなってしまうと、人間は無意識に対象が消失したと感じて動きが一瞬遅れてしまう。風間においてもそれは例外ではなかった。そして、そのためにスラスターを利用して高くジャンプした三雲の発見に遅れが生じたのである。

「く!」

 風間が三雲の位置に気づいたのと、三雲が風間に向かってスラスターを使って突進したのはほぼ同時であった。そんな状況であるにも拘らず風間は三雲の狙いを一瞬で理解したのである。

――― あれは陽動だ!

 レイガストをブレードモードにして風間に一直線に向かう三雲の姿を見れば、誰しもが考える三雲の作戦は落下の慣性とスラスターの噴進力、さらにはレイガストの重量を頼みにシールドごと風間を貫くといったものだった。

 だが、風間は自身にそう思わせることこそが三雲の狙いだと考えた。先のような戦法の場合、風間がスコーピオンでひと薙ぎすればケリがついてしまう。先ほどから風間の斬撃をしばしばしのいでいる三雲だが、今回もそうできるとは限らない。

 もし三雲の予想した太刀筋とは違う太刀筋で風間がスコーピオンを振るえば、三雲のレイガストが風間の体に触れるより先に三雲はダウンすることになるだろう。

 そこまで考えて、三雲の狙いは風間が攻撃するタイミングでスラスターの噴射方向を変えて自身の背後へ回り込み、それと同時に大玉のアステロイドで撃ちぬくという戦法に出ていると風間は予想したのである。

「その手は喰わん!」

 風間は、三雲の術中に自身が嵌っていると三雲に思わせるためにそう言い放つと、さもスコーピオンで急速落下してくる三雲を迎撃するかのような動きを見せた。そして、予想通り三雲がその動きに合わせてスラスターの噴射方向を変えつつアステロイドを構えたのを確認する。

「言ったはずだ! その手は喰わん!」

 まるで三雲の体の流れまで予想していたかの如く風間が三雲に追い打ちの一撃を放つ。しかし、その瞬間に風間は後背から凄まじい衝撃を受けたのを感じた。

 なんと三雲のアステロイドである。風間が弾壁によって自身の姿を見失っている間に『置き弾』を仕掛けておいたのだ。そして、発見しにくくはあるがさほど時間をかけずに見つかる位置まで飛び上がったのである。

 自らを囮として風間の前に姿を晒し、置き弾に気づかないように工夫を凝らしたのだ。風間は最後の最後で読み合いにおいて三雲に上回られたのだった。

 三雲の置き弾を受けて風間がダウンするのと、着地のことを全く考慮に入れていなかった三雲がしたたかに床に体を打ち付け、その反動で自分が持っていた囮のアステロイドで自身を貫いてダウンしたのはほぼ同時だった。

 戦いを見守っていた誰しもが感嘆と絶句という、相反する感情の交じり合った複雑かつ微妙な気分でため息をついたのは仕方のないことだったろう。

 

 先ほどの戦いについてぶつぶつと文句を言っている菊地原と、それをなだめる歌川を引き連れて風間は本部の通路を歩いていた。

 菊地原の言葉はまるで風間の戦いがなっていないように聞こえるのだが、彼の本心がそこには無いことは風間も歌川も知っていた。彼はくやしいのだ。自分の尊敬する隊長がぽっと出のB級、しかも実力については下の下に過ぎない三雲にしてやられてしまったという事実が。

 もっとも、だからこそそんな三雲が風間と引き分けたという事実について、誰よりも感心していはするのだが。

「最後の攻撃だって、もっと早くスコーピオンを伸ばしてればよかったんですよ」

 確かにそうすれば、三雲が風間の動きに合わせてスラスターの噴射方向を変化させるよりもはやく攻撃ができたかもしれなかった。

「そうだな。張り合ってカウンターを狙った俺の負けだ」

 その一言は、図らずも風間自身に『負けた』という事実をより強く認識させるものだった。

 結果としては24勝1分けである。総合結果としては風間の勝利だった。もっともそれは当然の結果だとも言えた。先の通り三雲の実力はB級隊員としてはかなり見劣りするものだし、風間は個人としてはアタッカーNo.2の実力者だ。

 だが、最後の1戦についてはどうだろう。結果だけを見れば『引き分け』だが、その内容を知っている者からすれば完全に風間の『負け』である。

――― 最後の1回だけは完全に『読み』を通された。しかも…

 引き分けとなった流れが問題だった。風間は三雲の攻撃によってダウン判定を受けた。だが、三雲は風間の攻撃を受けてダウンしたわけではなかったのだ。

 結果は着地に失敗という苦笑してしまうようなものだったが、もし三雲が着地に失敗していなければどうだろうか。また、失敗したとしてもあのアステロイドを自分に対する止めとして放っていればどうだろう。

 物事の結果に『たられば』は無いというが、風間も含めて戦いを見ていた人間であれば誰しもが同じように考えているのは間違いなかった。

――― 実際には完全に俺の負けだ。

 風間本人にそう思わせるほどに、最後の三雲の戦いぶりは見事だったのである。

 着地の失敗や自弾を受けてのダウンなど良い笑い話だが、それは実戦経験の足りなさから来る詰めの甘さに過ぎない。もちろんそれは褒められるものでも擁護されるものでもないのだが、次は同じような失敗はしないだろう。

 実力はまだまだ低いと言わざるを得ないしトリオン能力もぜんぜん基準には達していない。しかし、その劣勢を知恵と工夫で盛り返し、20戦以上かかったとはいえ最後には勝ちに等しい引き分けにまで持ち込んだ三雲を、風間としては認めないわけにはいかなかった。

――― この先が楽しみだな。

 そう思った時、どこかで見たテンガロンハットの男がタブレット端末をいじりながら横の通路から姿を現した。

「おや蒼さん。隊の皆さんもお揃いで」

 基地に戻って来た清治である。結局はオリエンテーリングにもその後の訓練にも間に合わなかったのだ。

「武蔵丸か…」

「お~い。オンナの敵がいるぞ~」

「おい! すみません武蔵丸さん」

 清治が笑顔で手を振る。これは彼らと会った時の挨拶のようなものだ。

「三雲に色々教えたらしいな?」

「いやいや。最初にちょろっとですよ。んで、なんでメガネくんなんです?」

 清治に問われて歌川が先ほどの模擬戦について説明した。

「なるほど… ま、とりまるに頼まれて2、3のことは伝えはしましたが、基本はとりまるの指導ですよ。しかしそうですか。あのメガネくんが蒼さんを相手にねぇ…」

 清治としても、三雲がそれなりに力をつけてきたとは思っていたが、まさか風間相手にたった1戦だけでも良い線で戦えるなどとは思ってもみなかった。

「俺や柿崎のログをチェックするように勧めたそうだな?」

「そりゃそうでしょうよ。メガネくんは今日入った他の玉狛の子らとチームを作って、そこの隊長になるんですからね。隊の隊長として誰を手本とすべきかと聞かれりゃ、誰だって蒼さんとカッキーを上げますよ」

「ザキさんはともかく、風間さんを上げるとはセクハラさんも多少は見る目があるんすね…」

「おまっ! いくらなんでも失礼だぞ!」

「なんや。きくっち~はわしにチチ揉まれたいんかいな?」

 真顔で両手をワキワキと動かしながらそう言う清治にさすがの菊地原もたじろいだ。もちろん冗談である。

「ところで、蒼さんのログと言えば、さっき人から知らん動画を教えてもらったんで今見ちょるんですよ」

 清治がそう言い、風間が清治のタブレット端末を覗くと、ほぼ同時に二人が走りだした。風間は走りつつトリオン体へと換装している。

 突然の出来事にあっけにとられる歌川と菊地原。

「何があったんだ…?」

「さあ…」

 歌川の問いにこたえつつ、菊地原は先程風間がもらした

「きさま…」

という言葉を思い出していた。

 サイド・エフェクトに加えられるほどの聴力を持った菊地原ですらかすかにしか聞こえなかったその言葉を残して二人が去って行ったのである。

 動画とやらの内容はさっぱりわからないが、何か風間が気にするようなものが写っていたのだろう。

 清治と風間が追いかけっこをしているその時、開発室から数人のエンジニアがスナイパーの訓練場にあわてて向かっているのだった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。