無責任野郎! 武蔵丸 清治   作:アバッキーノ

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D08 戦略と戦術と

「本来戦闘とは、戦略的目標を達成するための方法の1つに過ぎん。戦術は戦略目標を戦闘レベルで実現するための技能であり、作戦は戦闘に勝利するためのもの。後者は戦闘に勝利することを目標としているが、前者においてはその限りではない。もっとも、この程度のことはトンさんの薫陶を受けとる三輪っちに言うほどのことでもなぁがの」

 滔々と語る清治の言葉に、三輪は自分でも驚くほどに素直に耳を傾けた。東から戦術論を学び、その東の隊を卒業する際に言われたことを思い出したのだ。

「三輪。お前には戦術だけでなく戦略についてもいくつか教えてきた。俺の元を離れても戦略については色々学んでみると良い」

 期せずして三輪は今、自分が嫌っている人間から一番学びたいと思っていたことを学び取る機会を得たのである。

「当然ながら戦略的目標とはその時々によって違う。こないだの場合、三輪っちらはユーマの黒トリガーを奪うこと。対してゆういっちゃんチームはそれを防ぐことぢゃった」

 清治が提示した前提条件は改めて聞くまでもないことではあったが、ここからが話しの肝であることは間違いない。三輪はあえて反論せずに話しを聞くことにした。

「ゆういっちゃんチーム、敢えて防衛側とするが、防衛側の方が今回有利だったのは言うまでもない。ゆういっちゃんが複数の未来を見とったのもあるし、あの場所の戦闘の勝敗にかかわらずユーマを守るための作戦も数パターン考えておった。では、そちらはどうかね?」

 問われて三輪は答えに窮した。言われてみれば、自分たちの動きに対して玉狛がどう出るかなど考慮していなかったのだ。

「おそらくたっちーあたりが早い方が良いと判断したんぢゃろうし、それはその通りじゃ。じゃがの。ゆういっちゃんがそれを『見て』いた可能性について考えが至らんかったあたりから勝敗はほぼ決しとったんよね」

 言われて三輪は考えた。迅が自分たちの強襲を見ていたと仮定して、それであればどんな戦略を立てる?

「他の部隊を動かすことは根付さんが反対しただろう。戦闘の規模が大きくなれば、ボーダー内部で対立があることが外部に漏れる」

「そうじゃの。じゃが、部隊とまではいかんでも後詰を用意することくらいはできたはずじゃ」

 確かに、迅が未来を見ていた場合、少なくとも迅か玉狛隊が自分たちの前に立ちはだかることは予見できたかもしれない。嵐山隊や清治の参戦までは読めないにしても、それくらいは考慮しておくべきではなかったか。

「これについてはたっちーにも、もちろん三輪っちにも責任は無ぁ。むしろ、それを予見しとかんといかんかったのは強襲を命じた城戸さんらじゃ。実働部隊に戦略を考えさせるようであれば、首脳部なんぞ必要無ぁよ」

 

 一つため息をついたあと、清治はさらに続ける。

「必要な戦略を練ることもせず、単に目的を伝えるだけで勝てるなら楽なもんぢゃ。今回わしも少し考えたが、冬さんの離脱はともかくトンさんやにのみ〜あたりに、本隊とは別に後詰をさせるという方法もあったぢゃろう。そうなっとりゃ、わしが入ったところで厳しかったろうて。少なくともゆういっちゃんが考えていた本部との摩擦を最小限にするなんて戯れ言を適用する余裕などなかったはずぢゃ。そうした余裕があることを『見た』からあげなバカバカしい方法を考えたんぢゃろうがの」

 清治が親友の提示した作戦をここまでボロカスに言うのには驚いたが、その意見は三輪にも納得が行くものだった。迅たちが当初あのような消極的な作戦を取ることができたのは、つまるところ彼らの戦力の方が強襲部隊と比して上回っているという計算が成り立ったからである。

「俺たちには最初から勝機はなかったと言うのか?」

「いや。たった1つだけあった。それはゆういっちゃんと君らが顔を合わせた時ぢゃ」

 清治が言うには、あそこで立ち止まった瞬間に勝敗は決していたという。

「あの時、ゆういっちゃんの意図なんぞ気にせずに斬って捨てれば良かったのだ。正規隊員でないとはいえ、玉狛にいる人間を(まと)にする以上、玉狛所属の人間は全部敵と見做すべきぢゃった。そうせんこうに色々しゃべっとる間にじゅんじゅんらが来た。その時点でガメオベラぢゃ」

 三輪がたじろいでしまうほどに苛烈な正論だった。確かに迅と嵐山隊が合流する前にどちらかを叩くことができれば戦況は大きく変わったことだろう。もっとも、最後の一言はどういう意味だろう。

「だが、そんなことをすれば隊務規定違反になる」

 三輪の発言は、これもまた正論だった。ボーダーに所属する以上、隊務規定に準じて行動して然るべきである。

「ならば先に確認しておくべきじゃったかもな。仮に玉狛の誰かが邪魔をした場合はどう対処すべきかを。類推すれば任務を優先すべきではあったかもしれんが。ま、何にしても今となっては後のカーニバルぢゃ」

 結局のところ、自分たちの敗北が必然であったことを思い知らされたようで、三輪は吐き気に似た感覚を覚えずにはいられなかった。

「さっきも言ったが、戦闘が始まる前から勝負は決まっとった。隊務規定と任務の達成のどちらを優先すべきかをあの人らが明確に指示せんかった時点で、ね。戦闘は経過によってはこちらの負けもあったかもしれんが、そうなった所で残存戦力だけであの玉狛とやり合えたかどうかは疑問ぢゃ」

「もっとも、悪いことばかりでも無かったはずぢゃ。本部としては風刃を得ることができた。ユーマ以外には起動できんことがほぼ確実な正体不明の黒トリガーよりも、起動できる人間が多くいることがわかっている風刃を手に入れる方が本部にとってはメリットが大きい」

 奥の戸棚から取り出したプレミアムうまい棒を三輪に渡しながら清治が言う。

「さらに、ついでと言っては何だが、三輪隊が遠征隊と同格の働きを実戦で見せたのはボーダー全体にとって大きい。今後のこと、特に直近であるであろう大規模なネイバーの侵攻のことを考えればの」

 

 清治が言うには、今後予想される大規模侵攻について首脳部は頭を悩ませているようだが、相手は既にこちらに対して布石を打っているふしがあるという。

「先のイレギュラーゲートの件があったじゃろう。あれ以降の動きが侵攻を企てている連中のものだと仮定した話ぢゃ」

 まずはゲートを開いていたトリオン兵が偵察用のトリオン兵であったことだ。ゲートを開き、そこから現れた敵トリオン兵に対して、ボーダー隊員がどのように戦ったかという情報が敵に渡っている可能性が高いことになる。

「誰が対処したんじゃったか今すぐには分からんのぢゃが、たしかB級以上のそこそこまあまあの奴らじゃったはずじゃ」

 小南のようなよくわからない言い回しだが、とにかくこちらの個人の戦闘力や戦法についてはある程度見られていると考えるべきであろう。

 ちなみに、この話とは直接関係無いが、清治と小南の仲は例の『アナコンダ事件』以降も別段悪くなっていない。

 例えば、時間が合う時には清治が小南を迎えに車で向かう。しかも、なかなか無いような車で。

 清治はクラシックカー好きであり、そう呼んで差し支えのない車を2台ほど所有していた。そのうちの1台はベントレーで、それで迎えに行くのである。

 しかも、お抱えの運転手っぽい格好で行くことから、お嬢様学校に通う小南であるが、さらに別格の『お嬢様』と周囲には見られている。

 なお、同じ学校の中等部に通う木虎は、小南の運転手が清治であることを知らない。

「どうしてそう言い切れる? 単にボーダーの隊員が一般の人よりも多くトリオンを持っているからではないと言うのか?」

「確かにそうした側面もあるんぢゃろう。じゃが、出てきたトリオン兵のことを考えてみると良い」

 言われて三輪は、イレギュラーゲートから現れたというトリオン兵について考えてみた。その結果、ある共通点を見出すことができた。

 はっとして清治を見ると、清治は重々しくうなずいた。

「敵は人拐いタイプのトリオン兵ではなく、戦闘に特化したやつを送り込んできた。最後はご丁寧に空中から爆撃するタイプの奴じゃ。個での戦闘における戦闘力と対処力を確認するためではないと誰に言えるかの」

「さらに、連中が改良型ラッドをバラ撒いた後、その全てをこちらが回収するまでの時間も算定されておるはずだ。それら全てを考えると、こちらのある程度の戦力と対応力を確認されたと見るべきじゃろうね。加えて、ゲートを出さない期間も三門市をラッドは歩きまわっておるはずだ。本部基地の位置と三門市全体の地形を確認されたと仮定すれば、地の利も少なくなったと見てえぇ。敵さんの情報がほぼゼロに近いことを考えると、あまりにも不利だと言わざるを得んとは思わんかね」

 清治の話しを聞きながら、一体今ボーダーの中でここまで考えている人間が何人いるのだろうと三輪は思わずにはいられなかった。

「あくまで対トリオン兵についてではあるが、一対一の格闘戦で負けるということはほぼ無いくらいの戦闘力はある。ただ、組織的に情報を集めたり戦略を練ったりする部分ではつけいる隙があまりに多い。と、そう見られておるのではないかとわしは思っておる」

「確かに… こちらの戦闘員は学生が多い。常に全戦力が臨戦態勢にあるわけではない…」

 話しつつ、三輪が普段の調子を取り戻してきつつあることを清治は密かに喜んだ。

「とはいえ、こちらとしてはゆういっちゃんの予想する侵攻時期の前後に、普段より多めの隊員を基地に待機させるくらいのことしかできん。あとは、敵の動きを予想して冬さんあたりにトラップをしかけてもらうという手もあるが…」

「そのためには、敵がどこから現れるかを特定する必要がある」

「さすがは三輪っちじゃね。全くその通り。ぢゃが、ゆういっちゃんの能力を持ってしても知らん誰かのことは見えん。分かるのはわしらが誰かと戦うらしいという程度のことじゃ。どこからどれくらいの兵力で来るかまでは分からんそうな。結局のところ、敵はこちらのことをある程度調べているが、こちらとしては敵さんの情報がほぼゼロぢゃ。これでは、所定の規約に従って動く以外のことはできん。せめて敵の正体や規模でも分かればえぇんぢゃが、ね…」

 情報収集についてはどうしようもない部分があった。ネイバーフットは広大であり、何度か遠征をしているとはいえ、得られている情報はあまりに少ない。

 また、情報の全く無い敵が攻めてくる可能性だってある。それについては、空閑が決め手になる可能性があると清治は言った。

「アレは、父親といっしょに何年もネイバーフッドをさすらったんじゃそうな。案外こちらの持っとるよいも情報量が多いかもしれんしの」

「…!」

 三輪としては納得しかねた。確かにその通りかもしれないが、三輪としてはネイバーの手を借りるなど言語道断であった。しかし、それには多くのジレンマが伴う。

 それを言い出せば、トリオン技術のほとんどがネイバーフットからもたらされたものだからである。

 

 清治の部屋を出た三輪は、しかし思いの外すっきりしている自分に驚いていた。

 言いたいことは言った。相手の言い分も聞いた。その上で、それでもやはり自分はネイバーを敵視することを選ぶのである。

 別に何というほどのものでもなかった。単に互いの立場が明確になっただけだった。だが、たったそれだけのことであっても迷いや悩みがあった。それが今回のことで完全ではないにしても晴れたというのは三輪にとっては大きかった。

「わしにしてもゆういっちゃんにしても、自分のやりたいようにやりよるだけぢゃ。ぢゃけぇ、三輪っちも自分の思うさまやるとえぇよ。きっとそれがボーダーのためになる」

――― 言われなくても…

 分かっている。いや、最初から分かっていた。だが、周囲の動きに自分の心がついて行けてなかったのだ。

 図らずも三輪は、気に入らない人物との対話によって『自分』を取り戻すことができた。癪ではあったが悪いことでは無いようにも思えた。

 一応は礼を言うべきなのかもしれなかった。だが、敢えて三輪はそうしなかった。そうしたくはなかったというのもあるし清治がそれを望んでいるとも思えなかったからだ。

 とにかく三輪は、自分には自分のすべきことがあることを再確認した。そして、そのためにはいつまでもうなだれているわけにはいかなかった。


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