無責任野郎! 武蔵丸 清治   作:アバッキーノ

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第伍章 ワンダーニャンコ編
D01 珍しい真面目顔


 かつて一度、迅が清治と戦ったことがある。迅が風刃を得てS級となり、その風刃の性能を確認するためのものでもあった。

 立ち会ったのは城戸、忍田、林藤にログを記録するために鬼怒田の4人だ。

 一言で言えば壮絶だった。最初はお互いの黒トリガーの性能と力量を図るための小手調べのようなものだったが、次第にそれは熱を帯びていった。

 勝敗は僅差で迅の勝利だったが、彼は以降、清治と戦うことを望まなかった。

 理由を問われると彼は笑って言った。

「本当に怖かったからだよ」

 迅の感覚で言えば、清治より強い隊員は何人かいる。しかし、彼らとのバトルは楽しいもので『怖い』という感覚はなかったと言う。

 清治からしてみても、迅と再度戦いたいとは思わなかった。

「ゆういっちゃんは、ボーダーに何人かおる天才の一人よね。凡人のわしがどう背伸びしても敵わん」

 さらに清治は続けて言った。

「見事なもんぢゃ。風刃の性能もそうだしゆういっちゃんの戦闘能力もそうぢゃが、それ以上に風刃とゆういっちゃんのサイド・エフェクトの相性は抜群ぢゃ。いわばわしは、ゆういっちゃんと最上さんの『絆』の前に敗北したと言ってえぇぢゃろね」

 いずれにしても、この戦いの詳細は黒トリガーの情報が入っているため一部を除いてほとんどの内容が秘匿された。

 また、情報が公開されたのもごく一部の隊員や、仕事の都合で立ち会えなかった根付のみだった。

 

 遠征隊が基地に帰還する少し前、清治は鈴鳴支部内にある自室で先日来行われている訓練のログを漫然と眺めていた。自分の提案で訓練設備を導入して行われている、あの訓練のログである。

 もっとも、その様子を客観的に見ると真面目にログをチェックしているようには見えなかった。防音であることを良いことに、大音量でヘヴィメタルを流している。

 ベッドの上にごろごろしながら、手近な場所に乱雑に置いたうまい棒をかじりながらタブレット端末を覗く姿は、まるでネット配信の映画だかアニメだかを見る子供のようだ。

 ところで、ログを見る限り鈴鳴第一の面々の反射的な行動の速さと精度は、確実に上がっていた。

 特に隊長の来馬の動きが以前とは全然違う。この隊の人間は全員が来間の生存を最優先に行動するため、来間本人の回避行動の精度が上がるのは喜ばしいことだ。これなら、次のシーズンのランク戦は期待できることだろう。

 怠惰な姿でタブレットを見る清治のその表情は、しかしその姿から受ける印象とはかけ離れたものだった。珍しく厳し顔をしているのだ。

 それも仕方のないことなのかもしれない。先の通り遠征隊が基地に帰還するということは、先日玉狛支部で迅と林藤に頼まれたことを実行しなければならないということなのである。

 仮に清治が参戦しなくとも問題はないのかもしれなかった。聞けば、彼らを迎撃するために忍田本部長に密かに協力を要請したらしい。十中八九嵐山隊が協力してくれるとのことだった。

――― じゅんじゅんらが手伝ってくれるんなら、いくら遠征隊に三輪っちらが加わっても負けるってことはあるまいが…

 不安要素が無いわけではなかった。迅の話によると冬島隊の隊長である冬島の参戦が不確定だったからだ。

 冬島はボーダーの戦闘員の中でも珍しいトラッパーだ。言ってしまえば罠や仕掛けを展開し、敵を間接的に攻撃したり、味方の援護を行うポジションだ。

 前線で戦う他のポジションと比較すると、非常に頭を使う上にポイントを稼ぐのが難しいポジションだ。にもかかわらず、彼自身はA級の隊員であり、彼の率いる隊はA級ランキングで堂々の2位に鎮座している。

 彼の部下であり、スナイパーランキング1位の当真 勇ともども凄腕と言う言葉でも足りないレベルの人物たちである。

 さて、その冬島だが、極度の乗り物酔い体質の持ち主だった。おまけに若い女性に免疫が無いらしい。

 例えば、諏訪隊主催の麻雀大会においても、普段は彼の戦闘スタイルと同様、沈着冷静に勝ちを取りに来るのだが、諏訪隊のオペレーターである小佐野 瑠衣が面子に入った途端にガタガタになるほどだ。

 それはともかく、彼が遠征挺で船酔いになってしまい、参戦しない可能性があるという。

 もし冬島が参戦した場合は、いかに迅と嵐山隊といえども状況が7:3で不利になる。その場合は冬島の抑えに清治が動くことになっていた。

 そうでない場合は、ケースによっては清治は戦闘に参加しないことになっていた。

 清治は、この本部による『襲撃』を『演習』と捉えることにしていた。そうでなければやりきれない。尊敬する城戸を始めとした首脳部が強盗紛いの行為を実行しようとしている事実から、なんとか目を逸らしたかった。

 そういった観点からすれば、冬島の参戦は歓迎すべきものかもしれなかった。戦略家として互いに頭を使う戦いは、直接刃を交える戦闘とは別の楽しみがある。

 だが、いかに清治がそれを『演習』と位置づけようとも、負ければ空閑の黒トリガーが奪われてしまうという事実に変わりはなかった。そうなれば彼は…

――― 何が何でも負けるわけにはいかんの…

 それを考えれば、負ける可能性が出てくる目は事前に摘んでおくべきだった。実際清治は、帰還後の冬島に接触して下剤を飲ませてしまうことも考えていたのである。

 

 そろそろ約束の時間だ。そう思って清治が身を起こした時、部屋をノックする音が聞こえた。よく聞こえたものである。

「開いてまっせ」

 オーディオのボリュームを下げながら清治が声をかけると、今が扉を開けて入ってきた。

「ムサさん…」

 心配そうな面持ちでそう問いかけてくる。

 今回の件は、鈴鳴支部の人間で知っているのは清治と支部長だけだった。黙っていようかとも思ったが、おそらく鈴鳴支部に何らかの迷惑をかけることになるだろう。

 わけも分からず処分が下るというのは避けるべきだし、支部長の体面というものもある。清治は他言無用と断っておいて一応話はしておいた。支部長は無言で頷くのみだった。

 そんなわけで、今夜起こる出来事について、今が知っているはずはないのだが。

「どしたんゆかりん。こんな時間に。いらん誤解を招くことになるで」

 いつもの調子で冗談めかしく清治は言うが、今の反応はいつもと違っていた。どこか心配げに、どこか悲しげに清治を見つめている。

「ログは一通り見たょ。みんな良く動けるようになっちょるね。特にタイチョーは…」

「ムサさん」

 清治の言葉を遮ると、今はまっすぐに清治を見つめる。彼女はどうやら知ってはいないが、何かがあることに気がついてはいるらしい。

「なんね。珍しく真面目な話をしよんのに。さて、わしゃちょいと本部へ行ってくるぞな」

 そう言うと、清治はまるで呼吸をするかのように今の胸をひと揉みすると、脱兎のごとく走り去って行った。

「きゃあ!? もう!!」

 今はいつもの通りの彼の行動にいつもの如く反応しつつも、遠ざかっていく清治の後ろ姿を心配げに見つめるのだった。

 

――― やれやれ… 女の勘てぇやつは侮れんもんぢゃのぉ…

 清治は林藤からの依頼を受けて以降、少なくとも表面上はいつもの通り『給料泥棒』然とした行動を変えなかった。

 いつもの通り始業ギリギリの時間に開発室へ出向き、いつもの通り時間ギリギリに防衛任務につき、いつもの通り戦闘は極力避け、いつもの通り女性職員の誰がしかの胸を触り、いつもの通り定時には帰宅する。

 しかし、本人の気が付かないうちにどこかしら緊張感が漂っていたのかもしれない。他の人間は特に気が付かないようだったが、ここ数日の今の様子はまるで清治の動静を伺っているかのようでもあった。

 さすがに今が本部の意向を受けて清治の動きを探る、あるいは止めるといったことをしようとしたわけではないだろう。だが、彼女としてはおそらく清治の普段の様子との違いに気がついたのかもしれなかった。

 そこまで思った時、ふと清治は考えた。今回のケースを本部というか、あの悪人4人衆(笑)はどこまで現状を分析しているのだろうか。

 普通に考えれば、彼らの動きを迅が『見て』いる可能性くらい考慮に入れているはずである。そうなれば、当然争いが起こってしまうことは想像できない事態ではないはずだ。

 おそらく今回は迅たち(自分も含めてだが)が勝利することだろう。ならば次はどうするのだ?

 天羽 月彦を投入するだろうか。あの化け物じみたトリガーを事も無げに扱う彼を。そんなことになれば、ボーダーの内部にいざこざがあることが外部にもわかってしまうし、何より戦闘の場となる街がただでは済まない。

 そうなれば、これまでボーダーが積み重ねてきた信頼も実績もご破算だ。根付でなくても避けねばならない事態だった。

 だからこそ迅は『あのような決断』を下したのだろう。そして、そうであるからこそ勝利をより確実にするために清治に参戦を要請し、そのくせ戦闘への参加を限定的なものに絞るように注文してきたのである。

 それに対して清治が望んだことと言えば、自分の参戦を相手に公表しないことだった。より実戦に近い形で『演習』を行うのであれば、敵の戦力が互いにオープンなんてことはありえないのだから。

 何せ強盗の片棒を担ごうというのだ。せいぜい嫌な目に遭ってもらおうではないか。そんな思いも無いではなかった。

 ただ、今日の『演習』はともかく、今後の展望についての見通しは暗いものだった。

 単純に今日、彼らを退けることができたとしても、今後さらに同じようなことが起こるに違いなかった。少なくとも空閑と雨取の正式な入隊が決定するまではである。

 それまで凌ぐことができるのだろうか。迅には、それについての秘策があることを聞いているし、その内容は清治が迅の心中を慮るほどのものだった。

 確かに今回の戦闘と、その後の彼の策によっておそらく本部は一旦は戈を収めることだろう。ただ、そうならなかった場合はどうだろうか。

 

 何にしても、今回の戦闘で清治が煉を使うわけにいかないことは確かである。そこで今夜は、普段から使用している『おしおきくんれん棒』に加えて先日完成した『お徳用おおばさみ』をトリガーにセットしている。言うまでもないがどちらも清治が自分用に作ったシロモノだ。

 清治の考えによると、通信販売などで売られている某高い所に楽に届くハサミをヒントに作成したもので、将来的には商品として売ることも前提として作ったものだ。

 見た目は市販の株切り用の植木鋏を大きくしたようなもので、刃先にはスコーピオンと同じ技術を使用している。そのため、某通信販売の枝切り鋏のように伸ばして使うことができるようになっている。

 トリオンで作られているため、普通の枝などを切っても刃こぼれしない。確かに商品として販売できれば売れるかもしれなかった。しかし、実際にそうできるのはずっと先のことだろう。

 この他、念の為イーグレットをセットし、オプションにバッグワームとカメレオンをセットしてある。

 普段の戦闘であれば、これに加えてシールドとグラスホッパーもセットするのだが、今回は『姿をさらさない』ため必要なかった。

 やがて清治は、迅が『見た』本部の精鋭たちとの交戦地点付近までやってきた。警戒区域の線上ギリギリにあるビルの屋上に向かいつつバッグワームを起動すると、『目』を使って相手の動きを捕捉する。

「さて。今回はこいつも使わんとな…」

 懐からタブレット端末を取り出すと、清治は開発室の同僚である寺島 雷蔵と共に作成した、『ある種の懸念』を検証するためのアプリケーションを起動する。アプリはすぐにターゲットを捕捉すると枝を張り始めた。

「さてさて… こちらはいつでも準備OKじゃ」

 一人心地でそうつぶやくと、清治は動きを止めた『敵』の様子を静かに観察しはじめた。


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