無責任野郎! 武蔵丸 清治   作:アバッキーノ

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C05 デリバリーキッチン?

 迅に案内された三雲、空閑、雨取の3人は、元は河川の水質調査などを行う施設だったというボーダー玉狛支部へとやって来た。

 三雲は少し尻込みしていた。というのも、道すがら迅から聞いたこの支部についてのことがあるからだった。

 彼はボーダー隊員だ。そのため、ネイバーフットに出向く隊員がどういった存在なのかも他の二人よりも良く知っている。

――― やっぱりみんな腕利きなのか…?

 自分の身の程を良く知っている彼にとって、迅以外の腕利き隊員の存在はある種恐ろしかった。よく知らない人たちだというのもあるし三輪の例もある。

 迅の言葉を信じる限りはイキナリ空閑に襲いかかるということは無さそうだが、なんとなく不安だった。

 そんな彼は、のっけから度肝を抜かれる事になる。入るなり玄関で出迎えたのは、例のカピバラに乗った少年だった。

「しんいりか…」

 誰かいるかという迅の問いに対する、それが答えだった。当たり前だが答えにも何にもなっていない。

 そんな陽太郎に迅が軽いチョップを食らわせていると、奥からオペレーターの宇佐美が顔を出した。

 吹き抜け構造となっている玄関の二階に立つ彼女は何やら荷物を持っている。二階のどこかの部屋の片付けをしている最中らしかった。

「あれっ。え? 何? もしかしてお客さん!?」

 大慌てで対応の準備をする宇佐美。もっとも、この時彼女が準備した高級どらやきが後にちょっとした騒動を起こすことになるのだが、それはまた別の話である。

 空閑のどらやきを狙う陽太郎と、それを阻止する空閑。悔し涙を流す陽太郎に雨取が自分の分をすすめるなど、三雲からすればとてもボーダーの基地とは思えないゆるい空気が漂っている。先ほどまで本部会議室の肌がヒリつくほどに張り詰めた空気の中に身を置いていた彼にとってはとても信じられない。

「なんていくかここは、本部とは全然雰囲気が違いますね…」

 三雲の疑問は当然のことに思えるが、実際支部に所属している宇佐美はそうは思わないらしい。

「まあウチはスタッフ全員で10人しかいないちっちゃい基地だからねー。でも、はっきり言って強いよ」

 宇佐美の自身に満ちた言葉に三雲は居住まいを正す。

「ウチの防衛隊員は迅さん以外に3人しかいないけど、みんなA級レベルのデキる人だよ。玉狛支部は少数精鋭の実力派集団なのだ!」

 先の通り、三雲はA級隊員というものがボーダーにおいてどういった存在なのかを良く知っている。そして、宇佐美の言葉を信じるのであれば、ここに所属している隊員は全員A級以上の強者ばかりだということになる。無論オペレーターの宇佐美も含めてである。すごい支部だとしか言いようがなかった。

「あの…」

 メガネ人口を増やそうと三雲を勧誘している宇佐美に雨取がおずおずと質問した。

「宇佐美さんも()()()の世界に行ったことがあるんですか?」

「うんあるよ。1回だけだけど」

 この時点でやはり宇佐美がA級のオペレーターであることがはっきりした。それにしても、『1回だけ』ということは、複数回行ったことのある隊員もいるということになる。

 さらに雨取は、ネイバーフットに行くことのできる隊員がどのように選ばれているのかと質問した。どうしてこれほど興味、というよりはむしろ執着があるのだろうと三雲が驚いているそばで、さして気にしている様子もなく宇佐美が説明する。

「それはねー。A級隊員の中から選抜試験で選ぶんだよね。大体は部隊(チーム)単位で選ばれるから、アタシもくっついて行けたんだけど」

「A級隊員… ってやっぱりすごいんですよね…」

 少しうつむいて雨取が聞くともなしに言う。

「400人のC級、100人のB級のさらに上だからね。そりゃツワモノ揃いだよ」

 宇佐美の言葉を聞きながら、三雲はある疑念に囚われていた。

――― 千佳のやつ… まさか()()()の世界に…?

 ここに3人を案内してきた迅がふらりとリビングに戻って来たのはその時だった。

「よう。3人とも。親御さんに連絡して、今日は玉狛(ウチ)に泊まってけ。ここなら本部の人も追ってこないし、空き部屋もたくさんある」

 この時迅は言わなかったが、ここには『何故か』清治の私物が置いてある部屋もある。ぼんち揚げで埋め尽くされている迅の部屋とは違い、意外に整理されているその部屋に置いてあるのはけっこうな量のうまい棒、エレキギターとその音をモニタリングするためのヘッドフォンアンプである。

 エレキギターは見る人が見れば非常に価値の高いものであることがひと目でわかるものばかりで、実際清治は非番の日にヒマなときはせっせとここにやって来てギターの手入れをしている。

 

 それぞれが泊まる部屋を決めると、三雲たち3人は夕飯を作るという宇佐美の手伝いをすることにした。

 3人はお客なのだからその必要はないと宇佐美は言ったが、三雲と雨取は性格上世話になるばかりというのは何となく気がさすのだ。空閑はそこまでは思わないが、2人が手伝うなら自分もそうしようかと思ったのである。

「夕飯はいつも、非番の隊員が当番制で作ってるの。今日は昨日のカレーの残りで済ませようと思ってたんだけど…」

 言いつつ宇佐美は鍋の中を覗いてみたが、当然ながら以前見た時より量が増えているということはなかった。今日の人数を考えれば心もとない。

「この人数じゃちょっと厳しいわね。これは明日に取っておくとして…」

 水回り周辺に根菜類を置いていないか確認してみたが見当たらず、冷蔵庫の中も壊滅的な状況だった。

「キャベツときゅうりだけ… メインになる食材がない…」

 絶句する宇佐美に陽太郎が言い放つ。

「おれにまかせろ」

 意気揚々と釣りの準備を始める陽太郎。どうやら表の川で今夜の夕食をゲットするつもりのようだ。

「なるほど。釣りか」

 屋外での戦闘経験も豊富な空閑からすれば納得できる判断だ。釣り糸を垂れる陽太郎に宇佐美が窓から声をかける。

「頼んだわよ陽太郎。最低でも人数分はよろしくね」

 そこそこ無茶な要求に思えるが、陽太郎は否とも応とも言わない。どうやらハナからそのつもりでいるらしい。

 陽太郎と共に表に出た空閑はそのまま残って陽太郎の様子を見つめている。

「お前は戻らないのか?」

「釣りなら俺も得意だ。あっちでも良く大物を釣ってた」

 空閑のこの言葉は、陽太郎の内なる釣り人魂をくすぐるには十二分であった。

「… 俺と、勝負するか?」

「面白い。負けても泣くなよ」

「お前が買ったららいじんまる触りほうだいだ」

「あんまりうれしくないなそれ… 」

 当の雷神丸はため息をつくかのごとく大きく息を吐いた。感情の動きはまるで人間のようである。

 一方、キッチンでは宇佐美、三雲、雨取が主菜以外の料理に取り掛かる。

「それじゃあこっちは、サラダを作って、ごはんを炊いて… 修くん。お米研げる?」

「あ、はい」

 宇佐美の問いにエプロンのひもを結びながら三雲が応える。

「じゃあ千佳ちゃんはお皿の準備手伝って」

「はい」

 雨取は移動する前に三雲に声をかける。

「ボーダーのスーツ姿より似合ってるかも」

 三雲としては苦笑するしかない。彼女としては褒めたつもりなのかもしれないが、三雲の年齢の男子にはそうは受け取れないだろう。

 雨取の言葉に苦笑しつつ

「ここは… 本当にボーダーの基地なのか…?」

 三雲は心底疑問に思った。

 

 空閑と陽太郎が釣りを始めた頃は周囲を淡いオレンジ色に染めていた夕日は、今はすっかり姿を隠してしまった。周囲は夜の帳へすっぽりと覆われ、光るものと言えば空に寒々と輝く上弦の月のみだ。

 三門市内とはいえここは郊外と言って良く、また警戒区域にほど近いため民家の明かりは届きにくい。そのため、月明かり以外に見える光は殆ど無く、あるとすれば建物の窓から見える明かりのみだった。

 釣果と言えばさっぱりだった。釣れていないというのもあるが、アタリすら来ないのである。年齢にしては小柄な空閑と子供の陽太郎が並んで座っているさまはかわいらしいが、いささか尻が冷たくなってきている。

 聞こえるのは風と流れの音だけだ。基地の中からは物音も聞こえない。もっとも、聞こえてくるような事態は穏やかではないが。反して川の流れは下流で川幅が広いために実に穏やかだ。静かな冬の夜と言って良いだろう。

 ふと、陽太郎の竿が大きくしなる。何かがかかったのだ。

「ふん!」

 気合とともに意気揚々と釣り上げる陽太郎。だが、釣れたのは残念なほどに小さなギンブナの稚魚だ。

「それじゃ食べるところがないな」

「ほんの小手調べだ。でっかくなって帰ってくるのだ!」

 言うや獲物を放つと再び釣り糸を垂らす。そして、再び二人を沈黙と夜闇が包み込むのだった。

 ほどなく空閑の竿にあたりがくる。先ほどの陽太郎の時と比べると竿のしなりが大きい。

「あ!」

 釣れたのはオオキンブナと思われる大きな魚だった。なかなか調理のしがいがありそうなサイズである。陽太郎は驚愕し、ついでくやそうにはぎしりする。

 もっとも、その場に清治がいればその獲物をすぐに夕飯の材料にするのはすすめなかっただろう。川の下流で水質の問題もあるし、できれば一晩は真水で生かしておき、翌晩の食卓に上げる方が良いかもしれなかった。

 だが、実際にはそのギンブナが食卓に上がることはなかった。

「悪いなちびすけ」

「甘いな! その程度ではまだ勝ったとは言えないぞ。ふん!」

 二人のやり取りを尻目に、雷神丸が二度目のため息を吹き出す。

 バケツに獲物を入れ、再び釣りを再開する二人。しかし、このあとなかなかアタリが来なかった。

 どれくらい時が過ぎただろうか… さすがに時間的にもそろそろ切り上げ時だと空閑が思い始めたころ、陽太郎の竿に再びアタリがあった。かなりの大物のようで竿のしなりが半端ではない。

「きたー!! こいつぁでかいぜ…!」

 勝利を確信した陽太郎は釣り上げようとするが、今回の獲物は本当の大物のようだ。苦戦は必至である。

 隣に座っていた空閑が手を貸す。彼にしても、勝負の結果はともかく夕飯の満足度がこの釣果にかかっているのだから当然のことと言えた。

「助けはいらない」

 男前なセリフを吐く陽太郎に空閑が応える。

「安心しろ。手柄はお前のものだ」

 男の友情を確認した二人は、協力して大物を釣り上げた。釣れたのは… 数日前にたっぷり見たため、既にお腹いっぱいと言いたくなるような改造型ラッドだった。しかも、ご丁寧に釣り上げた陽太郎の顔めがけて一直線に飛んでくる。

「ぎゃぁ〜〜〜!?」

 驚いた陽太郎は、思わず竿を握っていた竿を放してしまった。いっしょに持っていた空閑は、突然陽太郎の負荷が無くなってしまったためにバランスを崩して転んでしまった。

 不運なことに空閑は、転んだ拍子にバケツにぶつかってしまった。バケツはひっくり返り、獲物が逃げるのは当然のことだった。

「でっかくなって帰ってこい…」

 逃した魚は大きかったという言葉の通り、結局以降は何も釣れず。傷心の二人はラッドを持ってとぼとぼと基地に引き上げるのだった。

 

 キッチンではまな板の上にくだんのラッドが鎮座している。いささかシュールだ。

「すまん。獲物はこれだけだ」

「おれのせきにんだ。ヤツに罪はない」

 交互に釣果について詫びる二人をよそに、三雲は獲物を見て驚愕している。

「こ、こいつは…!」

 彼にしても先日、ウンザリするほど見てきたシロモノである。

「大丈夫だ。すでに活動は停止してる。この前の殲滅作戦のときの残骸だ」

 空閑の言葉に安堵しつつも、だからといってこれをどうしろと言うのかと三雲が考えていると

「よ〜し! それじゃあ私が腕にヨリをかけて!」

まさかの宇佐美の言葉だ。三雲と雨取でなくても驚くことだろう。

「た、食べられるんですか!?」

「あはは… 冗談に決まってるでしょ。でもどうしよう」

 さすがに冗談ではあるが、夕飯の献立が手詰まりなのは冗談ではなかった。頬に手を当てて考えこむ宇佐美。清治が見ればかわいいと言うことだろう。

「あの、ごはんにカレーの残りをまぜて炒めて、カレーピラフにするのはどうですか?」

 鍋の方を指差しながら雨取が言う。

「ああ〜! それいいかも!」

 この上ない名案だった。翌朝の朝食の分が無くなってしまうが、それこそ冷蔵庫にあったキャベツときゅうりを使ってサラダでも作れば良いのである。

 早速取り掛かろうとして宇佐美は絶句した。彼女の視線の先にあったのは、鍋を貪る雷神丸の姿である。カピバラはカレーを食べても問題がないのだろうか?

 みるみるなくなっていくカレーを呆然と見守る一同。ほどなくして鍋は文字通り空っぽになってしまった。

「二日目のカレーはらいじんまるの好物の1つだ」

「ははは…」

 陽太郎の言葉に乾いた笑いで応える宇佐美。これでほぼ完全に夕飯が無くなってしまった。

「どうしよう…」

 宇佐美がため息をつきながらそう言うのと、彼女の端末に基地の入り口のドアが開いたという通報が入ったのはほぼ同時だった。

「こんな時間にお客…?」

 不審に思いながらも端末を確認する宇佐美。反応は玄関で止まっている。どうやら侵入者の類ではないようだ。

「誰だろう…?」

 彼女の疑問はもっともだった。このシステムには支部のメンバー全員の生態反応が記録されている。そのため、隊員が基地に入ってきても誰が入ってきたのかがわかる仕組みになっている。

 玄関にある『来客』の光点にはUnknownと表示されている。こんな時間帯にこう表示される来客と言えば、知っている人物であればおそらく…

「ちわ〜っす。『デリバリーキッチン・ムサ』で〜す。ご用命の調理にうかがいました!」

 玄関にいたのは、宇佐美の予想通りの人物だった。

「ご用命?」

 宇佐美に限らず、玉狛支部の人間であれば清治が料理上手であることは知っている。だが、依頼を出した覚えは宇佐美にはなかったし聞いてもいなかった。

「ああ。それ俺」

 今までどこにいたのか、2階から迅が降りてきた。

「迅さんが?」

「ああ。宇佐美の料理が完成しないと、俺のサイド・エフェクトが教えてくれたんでな」

「それなら早く言って…」

 がっくりとうなだれる宇佐美をなぐさめつつ、清治はキッチンに向かうと驚くべき手際で調理を開始するのだった。

 夕飯は深川めしだった。近年はアサリを使うことが多いのだが、清治が持ってきた貝はアサリではなくバカガイである。

「そう手のこんだもんぢゃなぁけぇ、すぐに食えるで」

「そりゃいいや。なんせ腹ぺこだからね」

 手早くささがきにしたごぼうを長ネギ、生姜といっしょにフライパンに雑に放り込み、水と酒を少々加えて火を入れる清治の横で、さもうまそうなものを見るように見つめる迅。ただ、残念ながらつまみ食いできそうなものはなかった。

 ほどよくごぼうに火が通った頃合いをみて、醤油と砂糖、みりんを少量いれ、ゆっくりと砂糖を溶かしていく。

「調味料少なくない?」

 そう問う宇佐美に

「このくらいでえぇ。入れすぎると煮詰まった時に味が濃くなりすぎるけぇの。ところで…」

質問に答えつつ、今度は清治が質問する。

「飯は炊けとるん?」

「しまった!!」

 言うや、大急ぎで米を研ぎはじめる宇佐美。

「やれやれ…」

 苦笑しつつ、清治は実はちょうどよいとも思っていた。このあとアサリを入れてアルコールを飛ばす程度に煮立たせたあと、煮含めるためにしばらく放置する方が味が良くなるからである。

 今から米を炊けば、急速炊飯でもおよそ30分ほどはかかるはずだ。米が炊けたころに再び温めなおし、味見をして必要なら醤油などで味を整えれば完成である。

 出来上がったものはそのまま汁物のように食べても良いし、清治や迅の好みのように炊きたての白米に思い切り掛けて食べるのも良い。

 支部長の林藤は本部にいて、こちらに戻るまでに夕食は済ませてくるだろうから、残ったものを置いておいてそれを肴に一杯引っ掛けるのも良いだろう。

 夕飯は楽しい物になった。清治渾身の深川めしをそれぞれが思い思いの食べ方で楽しみながら会話もはずむ。実に和やかな食卓の風景である。

「ボーダー基地っぽくないけど、これはこれでありかもしれないな…」

 ここに来た時から感じていた違和感にようやく三雲がなじんだ瞬間だった。

 食事がそろそろ終わろうという頃になって迅の電話の着信音が響く。相手と二三言ほど会話をした後に電話を切る。

「間もなくウチのボスが帰ってくる。遊真とメガネくん。ボスがお前たちに会いたいそうだ」




ちょいとアニメのエピソードを入れてみました(^^;
アニメ見ない派だった人にも面白がってもらえたら幸いです。

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