ようやく少しは面白いカンジに書けるようになってきたんですかねぇ。
楽しんでもらえたら幸いです。
換装… ぢゃねぇや。感想もどしどしお待ちしております!!
迅と三雲を待つ間の二人の話は、空閑のことに再び戻っていった。雨取はボーダーの人間ではないが、ボーダーの戦闘部隊が三輪隊だけではないということくらいの知識はある。
先ほどは三輪隊を退けた空閑だったが、今度は彼らより腕の立つ戦闘員を、より多く動員してくるかもしれない。しかし、その辺りのことを質すと空閑はあっけらかんと答えた。
「ボーダーが何人で来ようと、本気でやればおれとレプリカが負けるような相手はいないよ」
慢心とも取れる発言だが、その言葉には重みがあった。長く戦いの場に身を置いていた空閑だからこそ言えることなのかもしれない。だが
「…いや、ひとりだけいるか」
直接戦ったわけでもないその人物の力量を、空閑は正確に洞察していた。迅である。
「あのおでこにサングラスの人…?」
「そう」
空閑の直観によれば迅は相当に強く、勝てるかどうかは実際に戦ってみなければ分からないという。
「じゃあ、あの人が追っ手になったら…!」
雨取がもっともな心配をしたが、空閑はそれにもあっけらかんと、しかもかなり断定的に答えた。
「そうはならないよ」
彼には何か確信じみたものがあるのだろう。
『私に言わせれば』
それまで空閑の指にはめられた黒トリガーに収まっていたレプリカが二人の会話に加わる。
『ジンよりもムサシマルがやって来る方が厄介だ』
「ふむ…?」
空閑は別に清治を侮っていたわけではない。ボーダー内部における彼の評判を知らない空閑は、そうした雑音に左右されることなく迅と同じように清治を観察していた。その結果、仮に清治が迅と同じレベルのトリガー使いであっても戦闘能力はやや劣ると判断したのだ。
苦戦は免れ得ぬところではあろうが、決して遅れを取るような相手ではない。それが空閑の下した判断である。だが、レプリカは違う判断を下したようである。
『確かに単純な戦闘能力であれば、ムサシマルはジンに及ばないかもしれない。だが、ムサシマルには違う脅威があると私は見ている』
レプリカによれば、そう考えるようになったのは例の改造ラッド捕獲のおりだったそうだ。清治が三雲に出す指示は、戦術的と言うよりも戦略的であったと言う。単に今目の前にいるラッドを捕獲するための指示と言うよりは、最終的により多くのラッドを捕獲するための動きのように感じたというのだ。
言われてみれば、清治の指示は三雲や自身以外の者も利用してラッドを捕らえるためのものも多くあった。つまり、彼自身や三雲が直接ラッドを捕らえるということにこだわったものではないのである。
『ムサシマルにとって、戦闘とは目的を果たすための有効な手段の1つであって、戦闘に勝利することが最重要であるとは考えていないのだろう』
なかなかに難しい話だが、レプリカによればもし清治が追っ手となった場合、例え戦闘で自身が敗北したとしても、最終的には必ず捕らえて黒トリガーを確保する、そういった算段をつけた上で、最も効果的かつ効率的に目的を達成できるタイミングを狙って行動を起こすだろうと言うことだった。
「ふむ、なるほど… つまり、ムサシマルさん相手だと、戦ってる時点でもうアウトってことだな」
『極端な言い方をすればそういうことだ。そして、もしそうできない場合であれば、機をうかがうために敢えて何もしてこない可能性もある。戦闘ではともかく、戦争になると相手にはしたくないタイプだ』
空閑にしても、その意見には同意できるものがあった。長くネイバーフットで戦争地域に身を置いてきた経験からして、戦闘して勝利することに固執する相手はそれほど脅威ではない。むしろ、敗北をも材料として最終的な勝利を掴もうとする、言ってみれば大局的な見方のできる相手の方がはるかに手強く、恐ろしかった。
二人の会話を聞いていて、雨取は何となく不安になってきた。空閑が言い切った通り、迅が追っ手になる可能性は確かに低いのかもしれない。
しかし清治になるとどうだろう。雨取は、さも愉快げに自分と三雲をからかった清治、戦闘後の米屋を相手に『バカな男子』然とした態度を見せた清治、迅から本部へ向かうか聞かれた時に露骨にイヤな顔をして見せた清治を思い出した。
どれを取ってもレプリカが言うような脅威は微塵も感じられない。本当にそんなことになるのだろうか。そうなってしまったら…
「そりゃぁ過大評価もえぇトコぢゃ」
突然声をかけられ、雨取は驚き、空閑とレプリカは身構えた。朽ちつつある鳥居の下には先ほど話題に上った人物が、少し大きめの紙包みと竹製のほうきを持って立っている。
「なんや君らこげなトコで逢引ききゃ? メガネくんが見たら泣くぞ」
緊張を解かない空閑たちに、あくまでも飄々とした態度で応じる清治。雨取は妙な違和感を覚えていた。
「おいおい。今の話ぢゃなぁが、別に捕まえに来たわけぢゃなぁ。わしゃ非番の時にここの手入れに来よんのよ」
清治の話によると、この小さな神社に祭られているのは
古事記や日本書紀に登場する神で、神話上での役割はともかく剣術家としてはとても重要な意味を持っていた。
本神は総本山である茨城県鹿嶋市の鹿島神宮に祭られているが、その鹿島神宮において繋がりが深いとされている兵法家がいる。
鹿島新当流の開祖であり、この世で最初に剣の極みに到達した人物とされている。その剣は絶妙で、生涯にわたって多くの決闘、戦闘に参加したが一度も怪我も敗北もしなかったと言われている。
彼の人物の奥義である『
曰く、剣の修行によって高みを目指すも、その道筋を見失った卜伝は、千日に及ぶ参籠の期間中に建御雷から直接奥義の伝授を受けたと言われているのだ。
後者の話の方が何となく神秘的でロマンがあるため、案外ロマンチストな清治はこちらの話を信じている。
清治は祖父から古流剣術『無外流』を継いだ身であるが、塚原卜伝が伝えたのは『鹿島新当流』だ。だが、流派は違うが同じ剣の道に生きた偉大な先人に対し、清治は敬意を禁じ得ない。
そんな伝説の中の人物に縁の深いこの神社を気にかけていたのである。先の大侵攻の後に命を取り留めることができた清治は、荒れ放題だったこの神社を管理する神主と掛け合い、非番の日にはここの手入れを行っているのだ。
「ま、薄給ってわけでもなぁが、わしはボーダーの下っ端なんでね。さすがに社殿や鳥居の修復まではできんから、せめて掃除なりとね」
そう言う清治を、空閑と雨取も手伝うことにした。じっとしているには寒すぎるし、三雲たちが帰って来るにはまだ時間がありそうだった。
「ところでムサシマルさん。その包みはなに?」
空閑は清治が持って来た紙包みが気になるようだった。
「こりゃぁの。掃除の後に枯れ葉を焼くついでに焼き芋でもしようと思うてな」
「ヤキイモ?」
「おお。うまいで」
清治が持って来た2本の芋を焼いて、3人で食べる。初めて食べる空閑が感動していたので1本まるまる彼に渡し、残った1本を清治と雨取で分けて食べた。その際、大き目の方を雨取に渡す。
「君らは育ちざかりぢゃけぇの。しっかり食いなよ」
そう言って優しく微笑む清治の姿には、レプリカが言ったような脅威は全く感じられなかった。もっとも、先ほど会っただけの印象で言えば、迅に対しても恐ろしいような印象は無い。
「ムサシマルさんは、俺たちを捕まえるように命令されたんじゃないの?」
焼き芋をほおばりながら空閑が聞く。
「さっきも言うたがそげな命令は受け取らんよ。受けりゃそうせんわけにはいかんがの。だいたい、そういうメンドーな話はわしではなくて実力派エリートさんに行くぢゃろうて」
清治が言うには、自分ではそうはできないだろうが、迅であればそのような命令を受けてもうまく立ち回るだろうと言う。まずは安心して良いとも言った。
「それでコトが収まるっちゅ~モンでも無ぁが、少なくともすぐにも手強い連中が襲い掛かってくるなんてことはあるまぁて」
「フム… で、ムサシマルさんはどう思ってるの?」
空閑が無邪気な感じで聞くが、その表情は険しいものだった。
「どう思うねぇ… お前さんにゃ隠し事は通じそうになぁけぇ言うが、まえぇんぢゃねぇかね」
清治はネイバーフットに行った経験から、ネイバー全体を恨むようなことは無いが、実際のところ全てを信じることはできなかった。もっとも、全てを信じることができないのはこちらの世界の人間も同じであるとも言う。
「わしは臆病モンぢゃけぇの。何か裏付けでもなぁと不安なんじゃ」
「なら、なんで俺に何もしないの?」
「ゆういっちゃんが信じとるからの…」
実際のところ、清治もまだ全面的に空閑を信頼して良いものかどうか判断がつかない。だが、先ほどの戦闘の前に雨取をかばったり、三雲との付き合いなどから信用しても良いのではないかとは考えてはいる。
「そう言や、空閑くんはわしが前の大侵攻ん時に死にかけたのを知っちょるんぢゃったの」
「遊真でいいよ。うん。迅さんに聞いた」
具体的な話を聞いたわけではないが、生死の境を長く彷徨ったことも聞いていた。一方、雨取にとっては初めて聞く話だった。
「まだボーダーのこともネイバーのことも知らん頃での。腕に自信があったわしは、避難支援くらいはできると思ぅとった」
幼少期から剣道ではなく『剣術』を徹底的に叩きこまれた清治にとって、人を助けるために自分の力を発揮するのは当然のことだった。
その時代、国防の要とならんと編み出された技の数々。それを長年かけて徹底的に自分の体に落とし込んだ清治は、戦闘において多くの人々と比較すると抜きんでた存在であると言えた。
また、仮に自分の技が通用しない場合であっても引くことは許されない。自身の力の限り周囲を守るために奮闘しなければならない。それこそが師である祖父の教えでもあった。
当時清治は15歳。自身の腕にはそれなりの自負があった。大丈夫だ。きっと五分以上に渡り合えるはずだ。と。
しかし実際そうはならなかった。どれほどの打撃を与えても相手はダメージを受けた様子はない。結局できることと言えば、自らを囮にして他の人間が避難するための時間を稼ぐことくらいであった。
当初はそれもそこそこ上手く行った。だが、捕獲の難しい獲物をどうするかを考えた場合の相手の動きは予想した通りだった。
数体のモールモッドに追われ、自身の疲れも出て来た清治は、塀を乗り越えた先で待ち受けていた一体のモールモッドを視界に捉えて以降の記憶はない。あるのは、ほんの一瞬走った恐怖と冷たい痛みの感触だけだ。
また、その記憶もボーダーに入隊した後に受けた治療とリハビリによってようやく取り戻すことができたものだったのである。
「身体的に言えば、右腕と左足を斬り落とされた。あと、頭も斬られたもんぢゃから、脳の一部も持っていかれたそうな。聞きゃあ、よぉ生きとったと思うレベルぢゃ。助けた方もよう見捨てなんだものぢゃ。ありがたいことに、な…」
そのため、今の清治はトリオン体への換装を行わねば通常の生活を送ることもままならない。
「んで、両親も連中に殺された。そりゃぁ恨むな言う方が無理な話ぢゃ」
やれやれと言った体でそう嘆息する清治。その仕草からは本当にネイバーに対する恨みを持っているようには見えなかった。
「わしは三輪っち… というのは先ほど遊真が戦った隊の隊長じゃが、彼ほど強くネイバーを恨むことはできんかった。正直意識を取り戻してからの方が大変だったのもあるし、遠征でネイバーフットに行って、現地の人間とも会ったのもある。悪い奴ばかりじゃなかった。ぢゃが…」
それでもやはり、大侵攻を行ったネイバーを許すことはできないと言う。
「ま、はっきり言や、どこの誰がやったかなんてことは分からん。ただ、何としてもケリはつけにゃぁならんとは思うとる。それまでは… わしは死ねんのじゃて」
焼き芋を食べ、火の始末を済ませた後、清治は空閑に言った。
「正直なところ、わしはまだお前さんを完全に信用したわけではない。ただ、ゆういっちゃんが『見た』と言う以上、それを信じることにする。だから、ゆういっちゃんだけは裏切らんでくれ」
「そんなつもりはないけど… ムサシマルさんは随分迅さんのことは信頼してるんだね」
「そうさ、な…」
少し間をおいて清治は言った。
「ゆういっちゃんをはじめとしたボーダーの人らがおらんかったら、わしは生き残ったあとも生ける屍に等しい余生を送ったろう。そして、それもおそらく長くはなかったぢゃろうて。今のわしがあるのはその人らのおかげじゃ。とりわけゆういっちゃんは頼りになる。わしはあんにに頼ってばっかりじゃ」
恥ずかしいから本人には言えんけどな。と笑うと、清治は去って行った。
「おっ。来た来た。オサムと迅さん」
頃合いを見て市街地へと戻って来た二人は、本部から撤収してきた迅と三雲と合流した。
「オサムえらい人にしかられた?」
「いや… まあ叱られたけど、処分はひとまず保留になった」
「おー。そりゃよかった。一安心だな」
三雲の立場だけを見ればそうかもしれなかったが、全体的にはそうも言ってはいられない状況だった。一応迅が上手く立ち回ってくれたものの、この後ボーダーが本腰を入れて空閑を捕らえにかかる可能性が非常に高い状況だ。油断はできない。
「いろいろ考えたけど、こういう場合はやっぱシンプルなやり方が一番だな」
迅の言うシンプルなやり方とは、つまり空閑がボーダーに入るということだった。驚く一同に迅が言う。
「ウチの隊員はネイバーの世界に行ったことあるやつ多いから、おまえが
迅の言葉やここまでの流れなどを考えて、空閑は行ってみた方が良いと思った。ボーダーの内部のことは現時点では良くは分からないが、いずれにしても彼がこちらにやって来た目的を達成するためには、どうにか穏便にボーダーと接触しなければならないのは間違いない。
「オサムとチカもいっしょならいいよ」
「よし。決まりだな」
3人の中学生を引き連れて移動する最中に迅は清治にメールを送る。
『んなわけでよろしく!』
という文面だった。
「そう言えば、二人はどこにいたんだ?」
何とはなしに三雲が聞いた。
「チカの隠れ家に連れてってもらったぞ。そしたら、そこに武蔵丸さんが来てちょっとびっくりした」
空閑と雨取は、境内を掃除すると言う清治を手伝ったあと、焼き芋をごちそうになったことを話した。
「うまかったぞ。甘くてホクホクして。ちょっと塩を振るともっとうまいんだ」
珍しく食い気味にそう言う空閑を見ながら迅が笑う。
「そんなら、今夜も楽しいかもしれないな」
さて、迅からのメールを受け取った方は苦笑を浮かべたあと、商店街へと向かう。
「あらキヨくん久しぶりじゃないの」
魚屋の前に通りかかった時に清治に声をかけて来たのは近所の主婦だ。
「これはこれは惣部さんとこの奥さん。相変わらずお綺麗で」
こうして話をしながら、いつの間にか複数の知り合い(すべて主婦)たちと井戸端会議に花を咲かせる。清治は女子力も高いがオバハン力も高めなのである。
ひとしきり話をしたあと、清治は目的のものを多めに購入する。明らかに一人分の量ではなかった。
「珍しいなキヨくん。客でも来るのかい?」
この商店街の人々とは顔なじみで、お互い会えば軽口を叩いたりする仲である。彼らは清治が自炊をしていることは知っていたが、これほど多くの材料を買ったのは初めてだったため気になったのだ。
「いやぁ。ちょいと頼まれたんすよ」
清治は明らかに一人分ではない量のバカガイ、それも砂抜きが済んでいるものを購入すると、八百屋で青ネギとショウガなどを購入した。
一旦家に戻ると、買ってきたものを少し大きめのショルダーバッグに入れて出かけて行った。