無責任野郎! 武蔵丸 清治   作:アバッキーノ

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C03 主流派は悪人

 城戸司令の言葉にボーダー本部基地の会議室がざわついていた頃、空閑と雨取はある場所にいた。三門市のはずれの小高い場所にある神社で、普段は訪れる者もいない所だ。

 いつ作られたものなのかは誰も知らないし、何という神が祭られているのかすらも、知っている者はこの神社を管理する神主以外には清治くらいしかいない。

 雨取はネイバーが現れるとここにやって来て、自らの心を『空っぽ』にすることで難を逃れてきたのである。

「おお~。いいカンジのところだな」

 人の手の届くところにはいくつか傷があり、そうでないところは長年風雨にさらされてきた跡がありありと見える鳥居をくぐりなが空閑がそう言う。

「そうかな」

 彼に続きながら雨取はなんとなく気恥ずかしくなった。自分が褒められているわけではないのだが、良い場所を知っていることを褒められているような気がしたからだ。

 障子があちこち破れている社殿に向かいながら、雨取はネイバーが現れた時にしばしば隠れ家としてここを利用していると話した。

「まあ、飯でも食ってオサムを待とうぜ」

 二人は、ここに到着するまでに買い込んでおいたハンバーガーなどを広げて食べ始めた。店内で食べるのも悪くはないが、ファストフードを外で食べるのはまた格別だった。

 店内ではなくここで食べたいと言ったのはもちろん雨取だ。彼女は他の人には聞かれたくない、そして他の人にはし辛い質問を空閑にしたかったのである。

「遊真くんって… 本当にネイバーなんだよね?」

「ほうだよ」

 雨取の質問にバーガーをぱくつきながら空閑が答えたのを皮切りに、雨取は彼女にとってどうしても知りたいこと、知らなければならないことを空閑に聞き始めた。

 一番聞きたいのはネイバーに攫われた人々のことだった。三輪隊の襲来の少し前に、ネイバーはさらった人たちを自分たちの国の戦争に利用するという話は聞いた。

 トリオン能力の高いものは自国の兵士として、そうでない者はトリオン器官のみを採取する。

 トリオン器官は心臓のすぐ横にあるため、器官を取り出す過程でほぼ確実に命を落としてしまう。控え目に言っても残虐行為以外の何物でもなかかった。

 雨取が聞きたかったのは、攫われた人間が具体的にどのようにして戦争に利用されるのかを知りたかったのである。

「さらわれた『国』によるかな」

 空閑が言うには、ネイバーフットには多くの国があり、その国によってそれぞれスタンスや状況が異なるという。例えば戦争に勝っている国、負けている国、兵士を鍛える余裕がある国、無い国、軍司令が有能であるか否かなど様々な状況があり、状況によってどのように遇されているかは詳しくは分からないのだそうだ。

 ただ、トリオン能力の高い人間は貴重であるため、ほとんどの国で良い待遇を受けることができるのだそうだ。

「じゃ… じゃあ、さらわれた人がむこうで生きてるってことも…」

「普通にあると思うよ」

 一番聞きたかったことが聞けた。雨取は満足だった。また、希望が湧いてきたとも思った。

「なんだ? 誰か知り合いがさらわれたのか?」

 質問の内容が内容だ。空閑でなくともそう思ったことだろう。

「…ううん。ちがうの。ちょっと気になっただけ」

 雨取としては聞くだけのことを聞いたというのもあるが、自分の状況を他の人に知られることを避けたかった。話せばきっと巻き込むことになる。

 だから、空閑に本当のことを話すのは憚られる。そうでなければまた…

「…お前、つまんないウソつくね」

 空閑のサイドエフェクトの前では、例え雨取がそうした彼女なりの善意から出ることであってもウソであれば察知してしまう。

「こっちだけにしゃべらせてそっちはヒミツかー。まあいいや。あとでオサムに聞こう」

 空閑にしてみれば雨取の事情を知らない。そんな彼からすれば、例えそれが善意からのものであったとしてもウソをつかれたということになる。空閑はウソをつくのもつかれるのも嫌いなのだ。

 いや、嫌いになったと言うべきなのかもしれない。そうなったのは、『ある理由』からウソを見抜くサイドエフェクトを身につけてからのことだった。

「ええ!? わあごめん。待って待って!」

 空閑のサイドエフェクトの事など知らない雨取だが、自分が本当のことを言わないせいで空閑が気分を害したということはハッキリとわかった。

 いずれにしても、三雲から聞いてしまえば結局同じことだ。雨取は自分で話すことにした。

 彼女の近しい人物がネイバーフットに攫われた。いや、本当は一人は自らの意思でネイバーフットへと向かったのだが、その辺りの事情を彼女はよく知らない。

 一人は彼女の友達だった。小学校で仲の良かった人物で、雨取がネイバーに狙われているという話を信じてくれた唯一の人物だった。

 もう一人は彼女の兄だった。兄としてネイバーに狙われる妹をずっと気遣っていた彼だったが、思うところがあったのか数名の協力者と共にネイバーフットへと密かに渡ったのである。

 なお、この時の協力者の中にボーダー関係者も居たということは、この時点で知っている人間は極めて少ない。

「だからもう他の人には頼りたくないって言ってたわけか。ボーダーとかにも」

「うん… だって迷惑かけるだけだから…」

 他の誰かを巻き込んでしまうくらいなら、とにかく自分だけでなんとか切り抜けよう。彼女の健気で悲壮な覚悟を空閑は理解した。もしかしたら、三雲との付き合いがなければ理解できなかったかもしれない。

 話は三雲のことにも及んだ。空閑は自分がこちらにやって来て彼と知り合ってしまったがために彼の出世をふいにしてしまったかもしれないと思っているのだ。

「それは大丈夫だよ。修くんはたぶんそんなこと気にしない」

 雨取はそう言うと、両手を使ってメガネのようにし、三雲の口調をまねた。その様子がおかしかったのと、いかにも彼が言いそうなセリフだったため空閑は妙に納得してしまった。

 話をしながら、空閑は何とも言えない気持ちになっていた。とても心地が良いのだ。

 三雲と接して感じていたどこか心がふわふわした、違和感にも似たそれを彼は良い気分だと感じていた。そして、その三雲の話を雨取としているこの時間を、空閑は同じく心地よく感じているのだ。

 ネイバーフットでは感じることのできなかったことだ。彼にとって『あの日』以降、心を許せる相手も心が休まる時間も全く無かったのだ。

 もちろん、ネイバーフットにも心を通わすことのできた人物がいないわけではなかったが、恒常的に戦争があり、日常的に戦闘がある日々の中では心が寛ぐような時間を過ごすことなど、できようはずもなかったのだ。

 空閑は今、人生で初めてリラックスした気分になっていた。ただ、それをリラックスしていると自覚できるようになるまでには、まだ少々時間を要しそうだった。今の彼は、とにかく『ふわふわした良い気分』と認識している。まるで酔っ払いの感想である。

 

 二人の話は、三雲と雨取のことから空閑のことへと移った。雨取からすれば、なぜ空閑がこちらの世界にやって来たのかが分からないからである。

「親父が死んだから」

 まるで近所に出かける理由を告げるかのようにサラりとヘヴィな一言を放つ。雨取は驚きつつも謝罪したが空閑は気にしないと言った。

「『もしオレが死んだら日本へ行け。知り合いがボーダーっていう組織にいるはずだ』親父がよくそう言ってたから日本に来たんだ」

 彼は死んだ父親から、ボーダーはこちらの世界とネイバーフットの架け橋となる存在だと聞かされていたが、現実は雨取も見ての通りだった。

 ネイバーはネイバーでこちらの世界を脅かしているし、ボーダーはボーダーでこちらがネイバーだと分かった瞬間に何の呵責もなく攻撃してきた。聞いていた話とは大違いである。

「お父さんってどんな人だったの?」

 雨取の質問に答える形で空閑が父親がどのような人物であったのかを語り始めた。一言で言えば変わった人物だった。

 だが、その話の内容からすれば、刻刻と状況が変わるネイバーフットを旅して来た人間の知恵がつまっているものであった。少なくとも清治がその話を聞けばそう思うことだろう。そして

「まぁ、ヘンな人ぢゃったんじゃのお前のオトン。わしも人のことは言えんけど」

とでも言ったに違いない。

 とにかくそういう人物であったため、空閑はこちらの世界に来て話が違うと思いつつも、あの父の言うことであるからさもあろうと思ってはいたという。

「問題は… 親父の知り合いがまだボーダーにいるかどうかだな」

 同じ頃、ボーダー本部上層部の集まる会議室でもちょっとしたざわめきが起こっていた。三雲が空閑の名前を告げたことからである。

「『空閑』… 『空閑 有吾』か…!?」

 普段滅多なことでは表情を崩すことのない城戸司令が、誰の目からも明らかにわかるほどに驚愕し、動揺している。

 また、常になく驚いた表情を浮かべる林藤玉狛支部長と忍田本部長。どうやらこの3人は空閑の父親に心当たりがあるようだ。

 話は少し遡る。城戸が命じた空閑の始末を、迅は断った。

 玉狛支部に所属する迅に総司令である城戸が直接命令を下すのは、彼の直属の上長である林藤の職権を犯すものであった。そのため、その司令を出すのは城戸ではなく林藤であるべきだと主張したのである。

「何をまどるっこしいことを… 結局は同じことだろうが」

 鬼怒田はそう言いつつも、ボーダー内部の統制のことを考えれば迅の主張が正しいこをとを認めないわけにはいかなかった。迅は命令に従わないと言っているわけではない。正しい経路で命令を下して欲しいと言っているに過ぎないのだ。

 このあたりは、彼の命令に従わないこともある『ごくつぶしのムサ』とは違う点である。

「林藤支部長。命令したまえ」

 城戸にそううながされ、しぶしぶといった体で林藤が迅に命じる。黒トリガーつまり空閑を捕まえて来いと。

「ただし、やり方はお前に任せる」

 これはつまり、城戸が命じようとしていた方法でなくとも良いから、とにかく迅のやり方で空閑を連れて来るように命じているのである。

 『連れて来る』場所は何もボーダー本部でなくても良い。迅が玉狛支部に連れて行くというのであればそれで良いのである。その辺りも含めて迅に『任せる』のである。

 これらの司令の意図は明々白々であり、鬼怒田の根付が納得するわけもなかった。

「やはり玉狛なんぞに任せてはおけん! 忍田くん。本部からも部隊を出せ!」

 しかし忍田はその意見を即座に退けた。既に城戸から命令が出ていることだ。今から彼がそのような司令を出すことは道理に反している。

 幹部たちの喧噪をよそに会議室を退室しようとしている迅と三雲を、唐沢外務・営業部長が呼び止め、空閑について質問した。彼からすれば、利用できるものは利用したいし、取り込めるものであれば取り込みたいのである。このあたりの考え方は野心的かつ柔軟であると言える。

 唐沢が知りたいのは、空閑がこちらの世界にやって来た理由である。神社で同じことを質問した雨取とは違う理由でではあるが、彼の目的を知ることができれば、それを材料に交渉できるのではないかと考えてのことだった。

 唐沢の質問に対し、三雲は以前空閑から聞いていた、彼がこちらにやって来た理由を説明した。ボーダーの中に彼の父親の知り合いがいる。だが、それが誰だということまでは三雲は知らない。

「その『父親』の名前は? … いや、きみの友人本人の名前でもいい」

 唐沢のこの質問に対する三雲の返答が、上層部をざわつかせる原因となったのだった。

 その後のやり取りで、どうやら空閑の父親は城戸、林藤、忍田の知己であり、その立場は決して軽くはなかったことが分かった三雲は、わずかではあるが安心して会議室を後にした。

 同様の質問を迅にしてみると、迅の方は彼ほどこの事態を楽観視してはいなかった。

「メガネくんもなんとなく気づいてると思うけど、今ボーダーは大きく分けて3つの派閥に割れてんだよね」

 迅の説明によれば、城戸司令を中心とした主流派はネイバーに対して強硬な態度を取っており、それが今日の旧弓手町駅で起こった出来事につながっている。それとは別に、ネイバーから三門市ひいてはこちらの世界を守ることを優先する穏健的防衛主義を主張する忍田本部長の派閥、そしてネイバーにも良い者と悪い者がいるため、一概に敵対するべきではないとする玉狛支部の派閥があるのだそうだ。

 勢力的には城戸派が最大派閥であり、例え主張が異なる他の二派に対して強い圧力をかけて行くということはこれまで無かった。だが、空閑が玉狛に与することになればその情勢も一気に変わることだろうと迅は言う。

「空閑ひとりにそこまで…!?」

 驚きを隠せない三雲に、黒トリガーとはそれほどの効果があるものだと迅は説明した。そして、それを避けるために城戸派はなんとかして空閑の黒トリガーを奪うことを考えているであろうことも。

「本当なら、その辺の話をムサさんにも一緒に来てもらってしてほしかったんだけど、ムサさんは説得は無理だと思ったみたいだな」

 迅が言うには、清治も最初は報告に付き合うつもりでいたのではないか。しかし、現状それは避けた方が良いと判断したのではないだろうかと言う。

「あくまでも俺の憶測だけどさ。ムサさんがあの場に居たら、俺が遊真を捕まえるのを断ったら、城戸さんは林藤支部長じゃなくて鬼怒田さんを通してムサさんに命令するって考えたんだと思う」

 そうなれば、事が事なだけにいかに清治でも断ることはできないだろう。清治は戦闘員としては鈴鳴支部に所属してはいるが、エンジニアとしては本部付きであり、鬼怒田は直接の上司である。

 また、命令が鈴鳴支部長を経由する可能性もあった。上層部に名を連ねる林藤とは違い、鈴鳴支部の支部長はボーダーに所属する一職員に過ぎない。そんな人物が城戸から命令を受ければ当然それを拒否することはできない。そうなれば当然清治もそれに従う他はないのである。

 話を聞きながら三雲は、迅が本部に報告に行くと言った際の清治の露骨に嫌そうだった顔を思い出していた。しかし、清治がこうしたことを本当に面倒がる人間であれば、本来非番であった日に自分のためにわざわざ時間を作ってトリガーの調整や基本的な使用方法のレクチャーなどしてくれなかっただろう。

「ムサさんは優しいからね。どんなことがあっても俺を信じてくれるし、何があっても最終的には許してくれる。で、俺はそんなムサさんの優しさにいつも甘えてるのさ」

 やや自嘲気味にそう言うと、迅は三雲を促して再び歩き出した。

 

 そのころ、迅と三雲に続いて林藤と忍田が退室したあとの会議室では、城戸、鬼怒田、根付、唐沢が今後の対応について協議していた。清治をして『ボーダー悪人四天王』と言わしめる人物たちである。

 空閑を捕らえるために、すぐにでも部隊を動かすべきだと主張する鬼怒田に対し、意外にも否定的な意見を述べたのは根付であった。

「大部隊を動かせば目立ちもしますし、私はリスクが大きいと思いますねえ」

 ボーダーの対外的なイメージの向上に注力する根付としては、ともすれば外部に対してボーダーが『割れて』いると印象付ける可能性があるような事態は避けなければならなかった。

「じゃあ他にどんな手がある!?」

 怒鳴るように問いただす鬼怒田に対し、根付も効果的な方法を提示することはできなかった。

「唐沢くん。君の意見は?」

 正しくはあるが不毛な水掛け論に終始する鬼怒田と根付の意見を聞き流しながら、先ほどから何か考えているような唐沢に城戸が声をかける。

 話を振られた方は、自分は用兵は専門外だと断りを入れた上で、今は手を出さないことを提案した。

 理由はいくつかあった。玉狛に空閑が行くのであれば、黒トリガーの所在がはっきりして好都合であること。自身であれば交渉を考えるが、強奪を考えているのであれば今は手元の兵力が少ないという点を挙げた。

 数日すればネイバーフットに遠征に出ている精鋭部隊が帰還する。事を起こすのであればその時を待つべきだと言うのである。

「…いいだろう。遠征組の帰還を待ち、三輪隊と合流させて… 4部隊(チーム)合同で黒トリガーを確保する」

 清治でなくても『悪の四天王』と呼びたくなるような結論が下されたのであった。


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