無責任野郎! 武蔵丸 清治   作:アバッキーノ

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毎度のことですが、章タイトルには全く意味がありません(^^


第肆章 ウルトラニャンコ編
C01 強襲!A級三輪隊


 反転する風景を見ながら、男は戦慄を禁じえなかった。歴戦の勇士と言っても過言ではない彼にとって、それはこれまで経験したことのない出来事だった。

 きっかけは師の一言だった。

「弧月のみを使って彼と闘ってみろ」

 男にとって、いや多くの者にとって、それは無意味な縛りであると言えた。

 ボーダーに所属する戦闘員は、訓練課程を終えると本格的にネイバーとの戦闘に備えて研鑽する。

 ここで言う『研鑽』とは、単に戦闘訓練のことを指すのではない。その過程での考察はもちろん、自分の闘い方に適したトリガー構成を考え、それを試すことも含まれる。

 ボーダーのトリガーはオプションも含めた複数のトリガーを効果的に組み合わせることができる。そうして自分のスタイルを確立し高めるのだ。

 弧月のみを使い、オプショントリガーも一切使用しないという状況は、普通ならありえないことだ。戦闘中にトリオンが枯渇してしまったと言うのであれば話は別だが。

 仮にそうなってしまった場合であっても、残りのトリオンを使用して撤退戦を行うかベイルアウトを使用するかを選択するのみだ。

 そんなわけで、通常ただ1つだけのトリガーを使って闘う状況になることは考えにくい。

 それが分かっていても男は師の言葉に従った。男は頭の良い方ではないが、師がそう言うには何らかの意味があるだろうからと思えたからだった。

 指定された相手は、男の良く知る人物だった。男と同じ年で、実力としてはスコーピオンが完成する以前に弧月を振るっていた1歳年下のライバルと比較すると、ほぼ互角かそれより少しマシだというくらい。

 ライバルとはいえ、弧月を使用していた頃は自分の方が圧倒していた。そのライバルとほぼ互角の相手と闘うというのであれば、男にとって負ける要素など無かった。少なくとも彼はそう思っていた。

 思ったよりも強い。男がそう思ったのは最初の2本を立て続けに取られてしまった時だった。弧月を剣として扱う闘いにおいては、相手は今の自分と互角以上に闘えるのだと認識した。

 取られたとはいえ、実際に優位に闘っていたのは男の方だった。次以降は必ず勝つ。男はそう思いつつ、これまでの2本の経緯を考察し修正することにした。

 しかし、その考えは甘きに過ぎた。以降の戦いにおいて、男は相手に肉薄することすらできなかったのである。

 いかなる構えからいかなる斬撃を繰り出しても、それが相手に届くことはなかった。いや、むしろ男の斬撃の最中に相手は男を斬り倒してしまうのだ。

 10本のうち、最後の3本は無残であると言えた。まるで居合道の剣士が、試技で立てられた竹を切るかのように切り裂かれた。有体に言えば勝負にならなかったのだ。

 10本勝負を何度か繰り返したが結果は変わらなかった。最後には悔しさすらも湧かなかった。負けず嫌いを自認する男が、である。

 悔しさこそ湧かなかったが、男は奮い立った。生粋のバトルジャンキーである男が、ライバルと師以外で本気で戦うことができる相手に巡り合えたのだから当然のことだった。

 師との立ち合いは稽古の範疇を出ることはないし、S級となったライバルとはランク戦を行うことができない。

 自分の中で決着をつけることができる相手を見出すことができないことで、男は無意識に不満と虚無感を抱いていたが、ここに限定的な条件とはいえ決着をつけなければならない相手ができた。そのことが素直にうれしかった。

 以降、男は同じ条件で何度か相手と立ち合うのだが、今に至るも勝利はおろか剣を掠らせることすらできずにいる。

 男の名は太刀川 慶。ボーダーの現役戦闘員の中では最強と謳われる人物である。

 

 旧弓手町駅周辺に集結した三輪隊全員がトリガーを起動させたため、清治は何が起きているのかおおよその察しがついた。

 プラットホームから思いのほか離れた場所に人影(正確にはトリオン体)が見えたのは、おそらくその人物がボーダー屈指のスナイパーであったからだろう。

――― この距離でもも~まんたいか。たいしたもんぢゃ。

 そんなことを考えながら、清治は見つけた『彼ら』に会うためにビルを登り始めた。階段ではない。外壁をわざわざ素手で登り始めたのである。

「勘付かれた…!?」

 驚愕の声を漏らしたのは、三輪隊に所属するスナイパー、古寺 章平だ。他の隊員と比較するとやや感情面で揺れの大きな彼だが、スナイパーの資質の高さは現時点でA級部隊に所属しているという一時をもってわかるというものだ。

「ウソだ。この距離で…」

 しかし、そんな彼の良くない面が今出てしまっている。きっかけは通信から聞こえてきた弓手町駅の構内でのやりとりだ。

 空閑がネイバーだと確信した三輪隊の面々は交戦を開始しようとしていた。その際、一対一の対決を希望した米屋を制するために三輪が言った一言に空閑が食いついたのだ。

 2人がかりで仕留めると言った彼の言葉の裏にある意図。それを読み取ったのである。

「おまえ。おもしろいウソつくね」

 彼の普段の言葉に良く似ているが、今回は少々異なる。彼は三輪の発言を『おもしろい』と感じたのである。

 このやり取りを聞いたため、古寺は自分たちが控えていること、最悪は控えている場所を空閑に勘付かれたと思ったのである。

『落ち着け章平』

 同世代であることが信じられないほどに落ち着いた口調でそう言うのは、同じく三輪隊のスナイパー奈良坂 透だ。

 いかなる状況であっても沈着冷静に戦況を分析し、己のすべきことを確実にこなす様子はまさに『スナイパーの鑑』である。

 その実力も極めて高く、個人でもスナイパーランキング2位に位置する実力者だ。

 余談だが現在スナイパーランキング1位に座る当真 勇と奈良坂は東 春秋を師に持つ兄弟弟子でありライバルでもある。このため、1位と2位のランキングはかなり頻繁に入れ替わっているのだ。

「やつは一度もこちらを見ていない。探知を受けた反応もない」

 彼は古寺がうろたえている間に探知を受けた可能性を調べ、そしてその可能性は無いと判断したのだ。驚くべき冷静さであると言える。

「ハッタリでカマをかけてるだけだ」

 しかし、そんな沈着冷静が売りの彼を持ってしても、自分の後輩がいる場所のすぐ下を垂直に登って来ているアホ男がいるなど思いもしないことだった。

 そうこうしている間に構内で戦闘が始まる。先手を取ったのは米屋だ。三雲であれば指1つ動かすことのできない速度で、予備動作も無しに一挙動で空閑に向かって槍を一閃する。そうあれかしと構えていた空閑だが余裕を持って躱すというほどの暇はなかった。

 それでもすれすれで躱す体裁きは見るものが見れば瞠目に値するものだった。

「不意打ちがミエミエだよ」

 一旦態勢を立て直しつつ空閑が言う。

「…と、思うじゃん?」

 米屋がそう言うのを待っていたかのように、空閑の右の下あごから首にかけて裂け目が現れた。首が落とされるほどではなかった、浅いと言うにはあまりにも重い。

――― なんだ…? 今のはぜったいかわしたはず

 間一髪ではあったものの完全に槍の攻撃範囲の外に退いたはずである。であるにも関わらずこの傷だ。不可解という他ない。

「浅いな~。いきなり首は欲ばりすぎたか~。やっぱり狙うなら足からかな?」

 軽口のように言ってはいるが、今の一撃に関して冷静に分析している。このあたりが戦い慣れたA級隊員の片鱗である。

 初めて空閑が戦闘中に手傷を負ったのを見た三雲は、A級の隊が相手ではさしもの空閑も後手に回ってしまうと判断した。

 そういう場合、彼は頼れそうな人物を2人知っていた。そして、より頼りになりそうな方の人物にすぐさま連絡を入れる。

『はいはいもしもし?』

 三雲が頼ったのは清治ではなく迅だった。極めて賢明な判断だ。仮に清治に連絡したとしても、無意味なボルダリングにいそしんでいるために電話に出ることはできなかっただろう。

『こちら実力派エリート。どうした? メガネくん』

 いつもの飄々とした口調だ。

「迅さん! 助けてください! A級の部隊が空閑を…」

 三雲が言いかけた時、迅が割って入るように言葉をつづける。

『知ってる。っていうか見えてる』

「えっ!?」

 予想外の言葉に三雲がベタな驚きの声を上げた。

『大丈夫大丈夫。安心して見てなよ」

 さらに意外なことを言う迅。三雲にはとても安心して見ていられるような事態には思えなかった。

『三輪隊は確かに腕の立つ連中だけど、遊真(あいつ)には勝てないよ。あいつは()()だからな」

 

 奈良坂と古寺はスコープ越しに僚友たちの戦いぶりを注視していた。いつもの通り見事な立ち回りである。

 近接戦闘に定評のある米屋が敵を攻め、注意を自分に向けさせる。その間隙を縫って三輪が巧妙に回り込み、双方が敵の死角になるように立ち位置を調整する。

 理に適った手堅い戦い方だった。

 こうした三輪たちの戦術に対し、敵は隙を見て広い場所へ出ようとするだろう。実際、何度かそういう試みを行っているのがわかる。

 本来、1人で複数人数を相手取って戦う場合、狭い場所の方が有利になるものだ。

 しかし、相手が手練れで、しかも少数の場合は逆に自分を追い込む形になってしまう場合がある。

 今回はまさにそれだ。敵は三輪たちの動きに翻弄されてはいないものの、捌くのに手をこまねいている。だが、どこかで2人を振り切るために大きな動きをするはずだ。

 奈良坂と古寺の仕事は、敵が三輪と米屋の追撃を躱して2人から離れた時に、そこで仕留めるか2人の方に再び追い込むことだった。

 三輪たちももちろんだが、敵もなかなかの戦闘巧者だ。奈良坂は古寺には敵の発言をハッタリだと言い切ったが、実際には捕捉こそしてはいないものの、牽制のために人員が配置されているくらいには思っていることだろう。

 いずれにしても、見ている限りでは三輪と米屋をもってしても、敵に有効打を与えるのは難しそうだ。それだけに、自分たちの役割が重要になってくる。

 2人の連携攻撃をうるさく思ったのだろう。敵が大きく飛び上がった。今がチャンスだ!

 そう思った瞬間、古寺のスコープに異常なものが映った。巨大な眼球である。

「ひっ!?」

 古寺が情けない声を挙げたのと、奈良坂が飛び上がった空閑を狙撃したのはほぼ同時だった。

 どちらも完全な不意打ちだった。奈良坂は空閑を確実に仕留めるために最高のタイミングで引き金を引いたし、まさにその瞬間に下から登って来た清治が古寺のスコープを覗いたのである。

 奈良坂の放った銃弾は空閑を捉えたが、瞬間に身をひるがえしたために即死には至らない。それでも腕一本を奪ったのはさすがである。

 だが、奈良坂には充足感は無い。1つはあれだけ完璧に不意を打ったにも関わらず躱されたこと。おそらくこの距離では二度と敵には命中しないことだろう。

 もう1つは古寺だ。自分と同じタイミングで狙撃するはずだったのに、彼の妙な、悲鳴のようなうめき声が聞こえただけで撃ってはいない。どうしたころだろう。

『どうした古寺?』

 怒りもいらだちもなく、普段の彼らしい落ち着いた声で奈良坂が問う。

「い、いえ。あの…」

 その問に対する古寺の反応は煮え切らない。彼にとって想像もできないような出来事だったのだから仕方のないことかもしれないが。

「おお君ぢゃったか。てぇことは、ならっちはあっちかね。ところで、うまい棒食う? あ、よっこらせの~…」

 妙な掛け声を出しながら清治が屋上へと上がってきた。古寺は呆然とその様子を見守ることしかできない。

「それにしても、三輪隊が全員でお出ましとは穏やかぢゃなぁね。で、何しよんの?」

 奈良坂にもインカム越しに、彼の師の一人でもある人物が後輩に何か話しかけているのが聞こえた。

――― なんで武蔵丸さんがここに?

 驚かずにはいられなかった。

 直接顔を合わせている古寺にしてみれば、肝を冷やす他なかった。というのも、今目の前にいる人物は彼が知る武蔵丸 清治の雰囲気とは完全に違ったからである。

 古寺は清治とは直接の面識はほとんどない。ただ、スナイパーの訓練室などで見かけたりすることもあるし、奈良坂などと話をしているところを何度か見たことがあるだけだ。

 あの奈良坂が、清治と会話をするときはほんの僅かだが笑顔を見せることがある。直接の印象と言えばそのくらいのものだ。

 また、古寺もA級であることから、彼がS級隊員であることもその経緯も知っているし、当然ながらエンジニアでもあることも知っていた。そして、彼にまつわる様々な噂と、それに対する彼のスタンスも知っていた。

 直接知っているわけではないものの、どうやら愉快で気さくな人らしい。古寺の持つ清治のイメージとはそういったものだった。

 だが、今目の前にいる人物には、そういったイメージは全くそぐわなかった。普段のようないいかげんかつちゃらんぽらんな態度で、普段のようにヘラヘラした笑みを浮かべ、普段のように軽薄かつ重みの無い声音で問いかけられているにも関わらず、古寺の心をとらえていたのは『恐怖』だった。

 古寺は思慮深い人間ではあるが臆病とは程遠い。そんな彼が哀れなほどに怖がって全身にびっしょりと汗をかき、震えている姿を彼を知る人間が見ればさぞ驚くことだろう。

 そして、彼の正面にいる人間を見ればもっと驚くことだろう。

 脅威か否かという点において、清治を恐ろしいと感じる人間はボーダーの中には少ない。彼の実力を知る人間はそう多くはないが、彼が好戦的な人となりではないことを知っている人間は多いからだ。

 そのため、対戦相手としてであればともかく、戦闘行為を行わない状態の清治を怖がるような人間がいるとすれば、彼に胸を触られた直後の女性隊員くらいのものだろう。

 ただ、仮に古寺が女性で、少し前に清治に胸を触られた場合であったとしても、みじめなほどに体を強張らせておびえるようなことは決してないはずである。

 しかも、少なくとも現時点で清治は古寺を脅かすような行為も言動も行っていない。しいていえば、常識はずれなボルダリングで突然現れたという程度だ。

 驚きもするだろうがむしろ面白がるか呆れるかといった類の行為だ。恐怖を感じることはないはずである。

「あの、僕たち今任務中でして…」

 持ち合わせるすべての胆力を総動員して、古寺がようやく言葉を絞り出した。清治は穏やかな笑みを浮かべつつそれを聞いていた。

「うん。まあそうなんぢゃろうね。で、その任務とやらで… 何をしている?」

 言った瞬間に清治の目から光が消えた。もし古寺に清治の様子を窺うだけの胆力があれば、その瞳が完全な闇のように見えたことであろう。それと同時に周囲の空気が一変する。

 もちろんそんな余裕など古寺にはない。いや、おそらくその場に居合わせて正面から清治に『気』をぶつけられれば、まともに相手の様子を窺うことができる人間などほとんどいないだろう。

 実際、古寺は今まさに清治に『気』を当てられ、生身の首を切り落とされたような錯覚を覚えたほどである。これでも清治は当代屈指の剣術家であり兵法家なのだ。

 

「武蔵丸さん」

 意外な声に驚いたのは古寺だった。もしその声が聞こえなかったら、古寺は悲鳴を上げていたかもしれない。

「ようならっち。任務の最中にこっち来てもえぇの?」

 古寺から目をそらさずに清治が言う。古寺としては天の助けが来たような気持ちだった。

「後輩のピンチですからね。それに、迅さんも来てますし」

「よっ。ムサさん。何後輩イジメてんの?」

 奈良坂の後ろから迅が声をかけてきた。

「なんやゆういっちゃん。人聞きの悪い。わしゃただフルチンに何しとんのか聞きよるだけぢゃ」

 清治のその言葉に、彼の勘違いに気が付いた迅と奈良坂は苦笑した。

「ムサさん。そいつの名前はコデラって読むんだよ。それじゃまるで、古寺がいつも素っ裸でいる奴みたいじゃん」

「え? この子そんなんすんの? わしも大概ぢゃけど、いくらなんでもそれは…」

「し、しませんよそんなこと!」

 ごく自然に声が出たことに古寺自身が驚いた。いつの間にか先ほどまで彼を捉えていた耐えがたい恐怖は霧散している。

 古寺の言葉を全員で笑い飛ばしたあと、迅は3人に向かって言った。

「遊真について言えば、あいつを敵に回すと損するぞ。黒トリガーの持ち主に1部隊だけで挑むなんて無謀すぎだ」

 奈良坂と古寺が驚いたのは当然だったが、清治も迅の言葉に驚いた。

「そうなん? そりゃ大変ぢゃ。三輪っちらがエラいめ見るで」

 しかし迅は首を横に振った。

「遊真は本気でやってないからね。とはいえ、ぼちぼちケリがつくだろうから行ってみようか」

 迅に促され、4人はぞろぞろと旧弓手町駅へと向かった。

「時にゆういっちゃん。こうなることが見えとったんきゃ?」

 清治が確認するように聞く。

「いや。ムサさんがここに居るのは俺も読み逃してたよ。なんでいたの?」

 なんでと問われても清治としては偶然だったというほかなかった。彼はたまたまいつものゲームセンターにいつもの日課で行っていたにすぎないのだから。

「ゆういっちゃんは見えとったけん来たのきゃ?」

「まあそれもあるけどね。ビルの屋上でレプリカ先生とばったり会っちゃってさ」

 そんな話をしながら旧駅構内に到着すると、予想の通り決着がついていた。


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