無責任野郎! 武蔵丸 清治   作:アバッキーノ

14 / 45
B06 終わりと亀裂

 迅と清治が基地に帰還した直後からすべてのことが動き始めた。

 ラッドを迅から受け取った鬼怒田は、清治を伴って開発室にこもった。

 また、迅からラッドの写真を受け取った根付は、緊急放送でイレギュラーゲートの原因を突き止めたこと、ボーダーが駆除を行うことを告げるとともに、情報の提供を呼び掛けた。

 忍田は非番およびC級も含めたすべての隊員を動員して駆除作業に取り掛かった。指揮は迅に一任する。

 唐沢は駆除に当たる隊員をサポートするために必要な物資と金銭をスポンサーから引っ張った。

 ラッドの解析が完了すると、清治も駆除の現場に駆り出される。

「めんどいのぉ…」

 ぐだぐだ言いつつも清治は『おしおきくんれん棒』を手に、三雲とともに駆除に奔走した。

 ただ、駆除の間中ずっと三雲に色々な指示を出し続けた。ラッドを追い立てる時にどの方向から向かうべきか、どのように足を運ぶべきか。時には三雲にラッドを追い立てさせたり、逆に自分が追い立てて三雲に捕獲させたりもした。

 最初はうまく動くことのできなかった三雲だが、徐々に効率よく駆除することができるようになった。そして、そうなると清治はさらに細かいことに注文を付けるようになった。

――― これに一体何の意味があるんだ…?

 三雲は疑問に思ったが、どうも逆らう気になれない。元々彼がそういうタイプではないこともあるのだが、指示を出す清治の言葉には抗うことを許さない『何か』があった。普段のぐうたらな彼の姿からは想像もできないものだった。

――― 飲み込みが早いの…

 三雲に様々なミッションを課しながら清治は密かに感心した。清治の目から見た三雲は、最初は体の動かし方すら全くなっていなかったのである。

 そこで足の運び方から腕の使い方、引いては腰の位置や頭の動かし方をレクチャーした。そして、教えるとそれを簡単に覚えた。彼は物覚えは良い方らしい。

 人には様々なタイプがある。ボーダー内でも名の知れた戦闘員は直観的に体を動かすことに優れた若者が多い。

 だが、清治が見る限り三雲はそうしたタイプとは違う。動き方を場合によっては1から教えなければならないタイプだ。だが、教えられたことはすぐに身に着け、実際に行うことができるようになる。こうしたタイプの方が伸びしろが大きい。実際清治もそのタイプだった。

 体の使い方を覚えたのであれば、今度は捕獲時の動き方だ。これを実戦を想定して行っておけば、彼にとって今後の糧になるはずである。

 こうしたタイプは直観的に対処できない事態に陥った時にしっかり考えて行動することができる。究極的に危機を回避することが難しい状況を切り抜けることができるのはこうしたタイプだと清治は実体験から良く知っていた。

 迅はそんな二人の様子を見て目を細めた。彼にはこの未来が『見えて』いたのである。

 ラッドの駆除は昼夜を問わずに行われた。すべての隊員が交代で休憩を取りつつ夜を徹して行われた駆除が完了したのは、トリオン障壁が切れてしまう1時間前だった。

「よーし作戦完了だ。みんなよくやってくれた。おつかれさん!」

 迅の号令を受けて隊員たちが次々帰還する。中には大きな袋を持った者もおり、その中にはラッドがたっぷりと入っていた。

 ゲートの一件は一大事ではあったが、これだけのラッドがあれば、トリオン障壁のために消費した基地のトリオンの備蓄もすぐに回復することだろう。

「これでもうイレギュラーゲートは開かないんですよね?」

 人心地ついたころ、三雲が迅に問いかける。

「うん。今日からまた平常運転だ」

「よかった…」

 三雲がホッとしたのは、自分の苦労が報われたということではなかった。彼は自分のことよりも周囲に対して気を配る人間だ。

 今安心したのも、イレギュラーゲートが開かないことによって、三門市の安全が保たれることに安堵してのことである。

「疲れた… はぁ嫌ぢゃ… 帰って一杯やって寝るど…」

 清治が周囲が驚くほどに憔悴していた。

「ムサさんお疲れ。てか大丈夫?」

 心配そうな声で迅が話しかける。

「大丈夫ぢゃなぁよ… 一体あと何体残っちょるんぢゃ?」

 三雲と、こっそり作業を手伝っていた空閑が驚いたように清治を見返る。

「ムサさん。残りはもういないよ。さっき終わったんだ」

 何事もなかったかのように、穏やかな口調で迅が清治に言う。

「終わった…? まだ半分くらいおったんぢゃなかったっけ…?」

 苦しそうにそう言う清治の目を見て三雲は戦慄した。どこか『(うろ)』に見えたのだ。

「終わったよムサさん」

 悲しげな目で清治を見ながら、静かな口調でそういう迅。一体清治に何が起こったのだろう。

「ほうか… なら帰るか」

 そう言う清治の目は、先ほどとは違う。疲れは見えるがうつろな感じではなくなっていた。

「しんどそうだね。今日は本部に泊まった方がいいんじゃない?」

 迅の言葉にうなずき、軽く手をあげると清治はゆっくりと本部に向かった。その後ろ姿の憔悴しきった姿は、三雲と空閑の目からしても痛々しいものがあった。

 

「迅さん。武蔵丸さんは一体…」

 清治の姿が見えなくなったあと、三雲はそっと聞く。聞かずにはいられなかった。

「ムサさんは… 昔のけがのせいで、あんまり長く働いたりできないんだよ」

 迅が言うには、清治は前回の大侵攻のおりに重症を負ったのだそうだ。その傷はかなり深刻で、生死の境を実に四か月近くも彷徨ったという。

 その時の負傷からくる障害に今も悩まされており、また体の一部を失ってしまったがために、今の彼は眠る時以外はずっとトリオン体で過ごしているのだそうだ。

「この事を知ってる奴はボーダーの中でも少ない。だからお前らも内緒にしといてくれよ」

「ふむ。それはいいけど、迅さんが俺たちにしゃべっちゃったのはいいの?」

 空閑が至極まっとうな疑問を迅にぶつける。

「大丈夫。ムサさんはお前らになら良いって言ってくれるよ。俺のサイドエフェクトがそう言ってる」

 そう言うと迅は、集まったラッド入りの袋に目を向けた。まだ縛られていない袋の口から覗くラッドを見ると、まるで検品に引っかかって廃棄される男児向けのおもちゃのように見える。

「しかしホントにまにあうとは。やっぱ数の力は偉大だな」

 感心してつぶやく空閑に迅が言う。

「何言ってんだ。まにあったのはおまえとレプリカ先生のおかげだよ」

 言いながら空閑の頭をわしゃわしゃと撫でまわす。

「おまえがボーダー隊員じゃないのが残念だ。表彰もののお手柄だぞ」

「ほう」

 迅の言葉を聞いて、空閑は何か思いついたらしい。

「じゃあその手柄はオサムにつけといてよ。そのうち返してもらうから」

「…え?」

 言われた三雲は驚く他ない。そんなことができるわけがないはずだ。だが、

「あーそれいいかもな。メガネくんの手柄にすれば、クビ取り消しとB級昇進はまちがいいない」

と言う。

「ま、待ってください。僕ほとんど何もしてないですよ!?」

 だが迅は気にしないようだ。

「メガネくんがいなかったら遊真たちに会えてないし、ムサさんが先に遊真に声かけてたらうまくいかなかった可能性が高いんだから、地味に重要人物なんじゃない?」

「そんな無理やりな…」

 あくまでも否定的な見解を示す三雲に迅は続けて言う。

「ムサさんも、おそらくそれを見越してメガネくんに色々教えてたんだと思うぞ」

 これには三雲と空閑も驚く。

「そうなの?」

「ああ。きっとムサさんはそう思ってた。で、先々でメガネくんが苦労しないように体の使い方とかを教えてたのさ。本人に聞けば『自分が楽したいから仕事を押し付ける相手を作っただけ』みたいなこと言うんだろうけど」

「武蔵丸さんが…」

 三雲は何と言って良いかわからなかった。清治は自分の体のことは良く知っていたはずだ。だが、作業時間が伸びる可能性があったにも拘わらず自分にいろいろと教えてくれたのである。

「いいじゃんもらっとけよ。おれの手柄もムサシマルさんの好意もナシになっちゃうじゃん」

「…」

 なおも考え込んでいる三雲に迅が言う。

「B級に上がれば正隊員だ。基地の外で戦っても怒られないし、トリガーも戦闘用のが使える」

 ここでいったん言葉を切った迅は三雲の様子をうかがう。まだ逡巡しているようだ。

「おれの経験から言って、パワーアップはできるときにしとかないと、いざって時に後悔するぞ。それに確かメガネくんは…」

 迅は何かを思い出すようにいったん言葉を切ると、思い出したかのように続ける。

「助けたい子がいるから、ボーダーに入ったんじゃなかったっけ?」

 迅は、三雲と出会ったときのことを思い浮かべていた。

 街を守るためでもなく、ネイバーに復讐するためでもなく。ただただその子を守りたいと言った彼の言葉は、迅の心に小さくはないさざ波を立てたのである。

「ふむ?」

 空閑は、そういえば三雲とそういう話を聞いたことはなかったなと思った。

「ムサさんが先に帰ってて良かったな。こんな話したらしつこく色々聞かれるぞ。『お? お? それどんな子? 付き合ってんの?』みたいな感じでさ」

 意地悪な笑みを浮かべながら迅がからかうように言った。

 

 結局ゲートの件を自分の手柄として申告することを三雲は了承した。そして即日B級に昇進することになった。

 迅の言った通り、B級に上がれば戦闘用のトリガーを持つことになる。そこで、三雲のトリガー構成およびチューニングは清治が担当することになった。

「おめぇさんは『勝つための実戦』をほとんどしたことがないから、自分にあったトリガー構成なんてまだ分からんぢゃろう。なんで、まずは今まで使ってたレイガストを基本に考えてみっか」

「はい」

 そこで清治は、メイントリガーにレイガストとレイガスト専用のオプショントリガーであるスラスターを。サブトリガーに銃弾タイプのアステロイドを。そして防御用にシールドとオプショントリガーのバッグワームを設定した。ごく初歩的かつ基本的な構成であると言えた。

「レイガストは重いが、スラスターをうまく使えば他のブレードタイプのトリガーよりも自由に使える。使い方によっては攻撃にも防御にも便利に使える。まあイキナリそんな器用に使えはせんぢゃろうけぇ、まずはスラスターの使い方に慣れることから始めるとえぇ」

 訓練室にやって来た二人は、まずスラスターの使い方に慣れるところから始めた。

「起動は簡単じゃ。トリガーを起動する要領で『スラスター起動(オン)』と言えばえぇ」

 少し離れた場所で『おしおきくんれん棒』を持った清治にそう言われ、三雲は言われた通りにやってみることにした。

「スラスター起動(オン)!」

 途端にスラスターからすさまじい推進力が発生し、清治に向かって恐ろしい速度で飛んで行った。

「!!」

 間一髪のところで棒でレイガストを弾いた清治は、勢いのまま後ろに倒れこんだ。

「武蔵丸さん!」

「お~ビックリした…」

 ゆっくりと立ち上がりながら、さすがの清治も少々青い顔をしている。

「イキナリたいしたもんぢゃね。スラスターの使い方バッチリぢゃん」

 そう言う清治に、三雲が苦笑を浮かべながら答える。

「いやその… 思った以上の勢いだったんで手から離れただけなんです…」

「あらそう…」

 これはなかなか先が長そうだと思ったが、清治は切り替えることにした。ラッド捕獲の時も思ったが、三雲は感覚的に何かをすることは苦手だが、教えられたことを教えれらた通りにこなすこと、それを身に着けることに長けている。とにかく教えられることは今のうちに教えてしまうことにしよう。

「これは上手く使えば、ロボットアニメのロボットみたいに空中を移動することもできる。楽しいで。とにかく使ってみて、そのたびに使い方を検証してみよう」

「はい!」

 結局この時清治が教えることができたのは、スラスターを使った斬撃のコツとアステロイドを分割して使うということだ。

「丸のままぶつけりゃ高い威力になるが、分割して玉数を稼ぐこともできる。細かく分割して弾幕を張ることもできるが、おめぇさんのトリオン量からすりゃぁチョイとアレぢゃね。まあ慣れるまでは4分割くらいにしてみて、慣れたらもっと細かく分割していくようにすりゃぁえぇ」

 アステロイドの分割ができるようになった後は、三雲の時間が許す限りこれらを使った練習を行った。

 まずは少し離れた場所に『おしおきくんれん棒』を立て、そこに分割しないアステロイドを当てる練習をした。感覚がつかめてくると、今度は分割した弾を当てる練習。これにも慣れてくると、今度は移動する清治を分割したアステロイドで足止めし、止まった清治にスラスターで加速をつけてレイガストで切り付ける練習をした。

 何度も同じ動きを繰り返し、そのたびに動きを修正する。何度も繰り返すうちに、しばしば清治をヒヤリとさせる程度には攻撃ができるようになってきた。

「なかなかやるようになったぢゃん。ところで、ボチボチ時間ぢゃにゃあきゃ?」

 見れば、三雲が知り合いと会う約束をしている時間が近づいてきていた。

「お? お? それ女の子? 付き合っとんの?」

 先日迅が言ったのとほぼ同じようなセリフでそう訊いてくる清治に曖昧に答えたあと、三雲は礼を言っていそいそと出かけていった。

「…やれの。あとは本人次第ってとこぢゃね」

 身体能力もトリオン能力も平均以下だが、物覚えが良く根気強い。何度も同じことを教え、そのたびに気づいたことをおさらいさせていけば、長くはかかるかもしれないがそのうちモノになるだろう。

「あの子はわしに似ちょるのぉ… 違うのはわしのが不真面目なことくらいか」

 自嘲して清治は自分の用事があることを思い出していそいそと出かけて行くのだった。

 

 三雲がカッコよくバンダーを始末し、彼と会う約束をしていた雨取 千佳、彼女のことを相談したくて呼び出した空閑とレプリカと落ち合っていた頃、清治はいつも行くゲームセンターから出て来たところだった。

 このゲームセンターには駄菓子を大量にゲットできるUFOキャッチャーがあり、そこの当たりくじの入ったカプセルを取れれば駄菓子の詰め合わせをもらうことができるのだ。

 清治がしばしばここを利用し、彼がうまい棒を好んでいることを知っている店員は、気を聞かせてうまい棒の詰め合わせを清治に渡してくれるのだ。

 メーカー支給のその詰め合わせセットは、むしろ『詰め込みセット』という方が正しいかもしれなかった。何せ同じ味のものしか入っていないのだ。

 普通のうまい棒好きならちょっと迷惑であろう同じ味のうまい棒30本セットを、清治は喜んで受け取る。どれだけうまい棒が好きなのだろう。今日ゲットしたのは『うまい棒ヤサイサラダ』である。

「さて、近道近道…」

 警戒区域にほど近いあたりをブラブラとしながら、清治は迅が教えてくれた道をブラブラと歩いていた。元々三門市に住んでいたわけではない清治にとっては土地勘のない場所だった。

 三雲が空閑に雨取のことを説明する。彼女は昔からなぜかネイバーに狙われており、そのことについて相談したかったのだ。

「ネイバーに狙われる理由なんて、トリオンくらいしか思い浮かばんなー」

 空閑が言うには、ネイバーはトリオン能力の高い人間を捕らえそうでない人間からはトリオン器官だけを奪うという。そうして集めた人間やトリオンを自国の戦争に使うのだそうだ。

「なんでわざわざこっちの人間を…!?」

「そりゃこっちのほうが人間がたくさんいるからだろうなぁ」

 ネイバーにとってはトリオンの強い人間が欲しい。雨取が狙われる理由として考えるのはそれなのではないかと空閑は言った。

「トリオン能力?… て?」

 ボーダーの人間ではない雨取がトリオンについて知らないのは当然のことだ。三雲はかいつまんで説明した。

 試しに測定してみることを提案した空閑の黒い指輪からレプリカが現れる。さすがに驚いた雨取だが挨拶をされると自分も挨拶を返した。案外適応力は高いのかもしれない。

 レプリカの機能を使ってトリオン量を測定する。まずは三雲からだ。雨取を安心させるためだった。

 三雲の測定が終わると、今度は雨取がやってみる。

 空閑が雨取のことを、清治が訊いたのと同じような内容でからかっている頃、清治はようやくルートの目印の1つである『旧弓手町駅』の付近にやってきた。

 この界隈はかつてまだ『侍の時代』だった頃、領国に使える侍のうち弓を扱うことを命じられていた藩士たちの組である『弓手組』の組屋敷があった場所だという。

 藩士の屋敷の他にも弓の調練をするための広い弓場があったらしいが今はその面影はない。

「…?」

 旧弓手町駅付近のビルのあたりで清治が妙な気配を感じて周囲をきょろきょろと見まわしている頃、その旧弓手町駅に向かって進む2人がいた。

 明確な意図を持った2人の動きには一切の無駄も隙もない。そして、彼らの接近に三雲たちはまだ気がづかないでいた。

 また、駅に向かう2人とは別に2人が動いていた。彼らもまた、三雲たちに接近する2人と同じ意図で動いている。彼らの動きもまた、三雲たちには気づかれていない。

 しかし、彼ら4人もまた知らないこともある。まさか自分たちの動きを察知した人間がそれを阻止すべく動き出しているということに。

 彼らすべてが知らないことももちろんあった。ここで生じる亀裂は小さくはないということ。そして、その亀裂すらも修復は可能であるということを。

 旧弓手町駅構内に足を踏み入れた男は、疑念と怒り、そして自制を持って対象者たちに声をかけた。

「動くな。ボーダーだ」


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。