死神少女と鏡の魔眼   作:LAMLE

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第八話

<トレーニングルーム>

 

二時限目の授業は実技。

場所は校舎の地下にあるトレーニングルームで行われる。

基本的に内容は個人の自由。

他の連中は魔法の練度上げや持続時間の向上、対象物を狙う練習。

中には模擬戦をする者もいる。

それに対し、八神奏華は現在、隅の方で練習中。

やっているのは魔法発動における基礎になる。

といっても、やっていることは魔力の循環をイメージしたりするくらいだ。

魔法を発動できない奏華は実技でやれるのはこれくらいしかない。

もっといえば奏華は実技の授業でこれ以外をやったことがない。

 

「わー、桜花さんすご〜い!」

 

一人練習する奏華の近くで賞賛の声が上がる。

桜花が魔法を放ち、的を連続で当てているようだ。

あの後、桜花はクラスの男女から引っ張りだこ。

その見た目や性格も合わさり、直ぐに人気者になった。

桜花は俺と違い、十分な魔力があり、魔法も使える。

兄としては妹が同じ境遇にならずに安心しているが

逆に兄としての立場が無い気がして悲しいような。

いや、よくない方に考えるのはよそう。

マイナスな考えを振り払い、再び魔法の基礎練習を始める。

 

「やぁ、成果はどうだい?」

 

と、すぐ近くに誰か来ていた。

その方向へ視線を向ける。

くせっ毛のついたボサボサの髪に分厚いメガネ。

常に白衣を羽織っている奇抜な服装。

クラス担任の柳先生だった。

その手にはバインダーが持たれている。

おそらく生徒の状況を聞いて回っているのだろう。

 

「…見ての通りです」

 

その質問に対し、肩をすくめる。

この学園に入ってから何度もこの授業を行っているが、いまだ魔法を使えた試しがない。

その為、成績は常に下位。

希沙羅の面目のためにと初めは頑張っていたが成果は未だ実らない。

そんな奏華に対し、彼は興味深そうに眺める。

 

「…君は常人より魔力量が多いが魔力回路が存在せず、魔法を使うことができないんだったね。僕も魔法については色々調べているけど、君のようなケースは初めて見る。」

 

先ほどまでの軽口は変わらないが、その表情が一瞬真剣な顔になる。

その別人のような変わりように少し驚く。

 

「単に宝も持ち腐れか、もしくはそれを補うだけの別の力があったりして…ね」

 

「…っ」

 

別の力…そう言われた時、全てを見透かされているような、底知れぬ寒気を感じた。

背中に嫌な汗が伝う。

彼の発言にどう返せばいいのか上手く思いつかない。

 

「…なーんちゃって!先生そういう話とか結構好きなんだよ」

 

さっきまでの表情から一転、おちゃらけた様に笑う柳先生。

そのいきなりの変化に面食らい、驚く。

こちらが発言するより先に柳先生は踵を返す。

 

「それじゃあ、練習頑張ってね」

 

手をヒラヒラとさせ、最後にそう言い残して、柳先生は他の生徒のいる場所へ行った。

 

「頑張ってね…か」

 

さっきは急にあんなこと言われ、動揺したが、冷静に考えてみれば、

この眼について知っているのは希沙羅だけ、彼が知っているはずもない。

それに知られれば、学園は大騒ぎだろう。

それだけの代物なのだ…この眼は。

俺は雑念を振り払うように練習を再開することにした。

しかし、いつも通り、何の変化も起きなかった。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「おーい、奏華!模擬戦やろーぜ」

 

授業も残り数十分というところで琥珀から声をかけられる。

 

「…お前なぁ、なんでよりによって魔法の模擬戦で魔法が使えない俺を誘うんだよ」

 

「いいだろ別に。すぐに終わるんだし。他の奴とバトってるより、奏華とバトった方が面白いしな!」

 

琥珀は実技になると、こうして勝負を挑んで来る。

最初に誘われた頃から断っていたんだが。

ある時、俺が挑発に乗ったのがまずかった。

引っ込みがつかず、そのまま戦うことになった。

その時の結果は…まぁこれからわかる。

 

「お、柏木と八神の対決か」

 

「あの人たち、いつもやってるわね」

 

周りのクラスメイトも、もはや慣例行事のように

呆れ半分、好奇心半分といったところ。

 

「よーし、そろそろやるかぁ」

 

琥珀は身体を動かしながら準備態勢に入る。

いつもの事だけど俺、やるとは一言も言ってないんだけどなぁ。

そんな二人の様子を見ていた桜花は心配そうにする。

 

「あの、兄さんと柏木さんは一体何をするつもりなんですか?」

 

この状況を知らない桜花にクラスメイトの一人が説明する。

 

「あぁ、あの二人…というか柏木が勝手に始めるんだけど。授業終わり数分前に、ああやって戦うのよ。でも八神くんって魔法が使えないじゃない?私たちも最初は危ないって思ってたんだけど…」

 

話していた女生徒に続くように、もう一人の女生徒代わりに説明を加える。

 

「まぁ実際に見ていれば分かるわよ。それに先生もいるんだし。危ないことはないわ」

 

若干苦笑いする女生徒。

確かに、柳教師も二人には気付いているようだが、止める様子はない。

桜花は不安の色を含めた目で奏華へ視線を向ける。

模擬戦は今にも始まろうとしていた。

 

「うっし!そんじゃ始めるか!奏華!」

 

「…なぁ、本当にするのか?」

 

身体を動かしながら、準備を整えている琥珀に対し、俺はあまり乗り気ではない。

 

「安心しろ、もちろん手加減なしの全力でやるさ!」

 

「おい!普通逆じゃないのかっ!」

 

全力…といっているが、ある程度は手加減をしてくれると思うが

それでも当たれば痛いことに変わりはない。

できることならこの模擬戦自体拒否したい。

そんなことを思っている間に琥珀の魔力回路に魔力が通るのを感じた。

 

「そう!ここで奏華を華麗に倒し、女子に俺の強さをアピールして好感度を!」

 

「おい、人を何だと思ってる!」

 

あと、俺を倒しても大して評価は上がらないと思うぞ。

そんな俺の言葉を無視して、琥珀は掌に魔力の塊を練り始める。

魔力はすぐに一つの塊のなって、俺へと放たれる。

希沙羅が使ったような魔力による遠距離攻撃だ。

 

「うおおおおおりゃあああああああああっ!」

 

脂汗をかきながら、魔力を放つ。

俺は横へ飛ぶために姿勢を低くする。

その時、琥珀の口元がニヤっと笑ったのを見逃さなかった。

 

「…ッ!?」

 

一直線に放たれた魔力は弾け、いくつもの球体となり、俺を囲むように襲い掛かる。

 

「(避けきれないっ!)」

 

そう判断した俺は無駄だと分かっても諦めきれず。

無駄なジャンプを試みた。

 

「…え?」

 

クラス全員が唖然とする。

琥珀の放った攻撃は間違いなく、命中するものと思われた。

四方から襲い掛かる弾に人間のジャンプ力ではとてもじゃないが避けきれない。

だが、結果的に奏華は避けることができた。

ただその場をジャンプしただけで、彼は弾の当たる範囲から逃げることができたのだ。

それに驚いたのは他でもない奏華自身だった。

 

「(これは魔法…なのか?)」

 

結果的に弾は奏華に当たらなかった。

そのまま何事もなく着地に成功。

そして…

 

バタンッ

 

奏華が着地したと同時に誰かの倒れる音が聞こえた。

 

「…」

 

琥珀のいる場所へ視線を向ける。

そこには

 

「ぐっ…無念…だ」

 

うつ伏せに倒れ伏していた、琥珀の姿があった。

あー、うん、これは…

 

「勝ったー!」

 

両手を天高く挙げ、勝利の宣言する。

 

「「おぉぉぉぉぉぉ!」」

 

観戦していた者たちによる怒号はトレーニングルームにこだました。

いわく、『柏木 琥珀』は能力だけなら上位クラスに入れるだけの実力を持っている。

しかし、その魔力量は一般の数値よりもかなり少ない。

今回倒れたのも、魔力弾を撃ったことによる魔力切れだ。

数発打っただけでこの有様である。

とてもじゃないが上位クラスに入れることができず、底辺クラスへと入れられたのだ。

 

「そ、そうだったんですね…」

 

その話を聞いた桜花は驚き半分、どこかで聞いたような話だと思った。

 

「まぁ、天は二物を与えないって言うか、ホント似たもの同士よね。あの二人」

 

常人以上の魔力を持つが魔法を全く使えない奏華。

常人以上の魔法の才能を秘めていながら、魔力が全くない琥珀。

確かに似ている。

そんな二人が仲良くなるのは道理なのかもしれない。

苦笑する彼女たちの話を聞きながら、桜花はその藍色の瞳で彼を見つめる。

琥珀を担ぎ上げ、運んでいる奏華へと。

 

 

 

 

琥珀を保健室へ運び終わった後、携帯を確認する。

朝送った、希沙羅からメールが返っていた。

内容としては、『分かった。すぐに対処する』とのことだった。

『それと、お主は勝手に動くなよ』

釘を刺されてしまった。

それと今日は俺にできる仕事が無いらしく、帰っていいそうだ。

 

午前の部が終了。

お昼休みになったが、いまだ桜花はクラスメイト達から解放されていない。

 

「…ん」

 

携帯が振動した。

誰かからメールが来た。

差出人は…桜花だった。

『今日のお昼は一緒に食べられそうにありません。すみません兄さん』

視線を桜花へと向けると、申し訳なさそうな顔をしていた。

俺は大丈夫だよ、と手を上げる。

琥珀はまだ、保健室だったので弁当箱を手に教室を出る。

 

屋上に行けば、白百合がいるかもしれない。

だが今日は、一人でゆっくり考えたかった。

そう思った俺は、屋上へは行かず、中庭で食べることにした。

 

 

<中庭>

 

流石にまだ肌寒いためか、他の生徒は食堂や教室で食べているのだろう。

屋上ほどではないが、中庭の人気はあまりなかった。

俺はちょうどいい木陰を探し、腰を下ろす。

 

少し肌寒いが、我慢できないほどではない。

木に寄りかかり、桜花の作ってくれたお弁当を食べ始めた。

うん、どれも美味しい。

冷めても美味しく食べられるよう、よく考えられている。

正直、嬉しいと思う。

こんな俺に懐いて、兄と呼んでくれて。

だが、同時にぬぐいきれない違和感の様なものがまとわりついている。

 

「(俺に…妹なんていたのか?)」

 

いや、いるはずだ、そうでなければ桜花は何だというのだ。

幼い頃から一緒にいて、本当の兄妹として過ごしたあの日々が…。

 

「(なんだ…これ…)」

 

思い出そうとしても、靄のかかった様にはっきりと思い出すことができない。

言われることで、ようやく、そう言えばそんなことあったな、と思い出す程度。

本当にそんなことあるのか?

記憶は間違いないと常に言っている。

だが、感情がどこかこの現実を受け入れられずにいる。

思えばクラスでの俺も少しおかしかった気がする。

 

「(俺はこんなに明るかったか…)」

 

いや、それだけじゃない。

琥珀とはいつも通りだったと思う。

だが、琥珀 以外のクラス連中との距離が近すぎないか?

 

「(なんだよこれ…これじゃ、まるで)」

 

まるで全部が書き換えられたような…。

 

--ザザッ--

 

「…あれ、なんだったっけ」

 

何か考えていたと思ったんだが、上手く思い出せない。

やけに頭がボーッとしている。

それに頭の奥が妙にチリチリする感覚がある。

 

「…寝るか」

 

痛む頭を休めるために、考えることを止めた。

そのまま、瞼を閉じ、眠ることにした。

 

 

 

 

「…ぱいっ、…んぱいっ!」

 

まどろみの中、誰かが呼ぶ声が聞こえた。

 

「ん…」

 

瞼を開けると、そこには心配そうに俺の顔を覗き込む美少女がいた。

 

「あ、起きました!大丈夫ですか、先輩?」

 

整った顔立ち。

長く綺麗な髪はストレートに背丈は桜花より、やや低め。

ただこちらは木に寄り掛かっているため少女を見上げる形になっている。

服装はこの学園制服、ネクタイの色は青、つまり一年生になる。

なるほど、それで先輩か。

 

「…君は?」

 

「あ!ご、ごめんなさい。私ったらつい!」

 

俺の質問に少女はワタワタと慌てたように離れる。

その瞬間

 

「…ッ、きゃあッ!?」

 

少女は一瞬にして視界から消えた。

 

「…あれ?」

 

さっきまでいたはずの少女が一瞬にして目の前から消えてしまった。

瞬間移動?

透明人間?

…幻?

 

「…夢か」

 

寝起きの奏華は、そう結論付けた。

 

「あのーすみませーん」

 

どこか遠慮がちに聞こえてくる少女の声。

 

「…どこだ?」

 

声は聞こえど姿は見えず。

キョロキョロと辺りを見回すが、人影もなく

あるのは大きな木と茂みが少々あるくらいで。

 

「木の上にいまーす。助けてくださーい!」

 

木の上…?

言われた通り、上を見上げると…黒い塊が宙に浮いていた。

 

「なんだ、あれ?」

 

発見した黒い塊はもぞもぞ動いている。

いや、よく見ると黒いのは制服だ。

吊るされた網の中にさっきの少女らしき人が入っている。

網は木に括り付けられそれなりの高さのある木に繋がっている。

 

「あ、でも上は見ないでください!見えちゃいます!見えちゃってますから!」

 

確かに制服のスカートから何かが見えている。

 

「あ、もう昼休み終わるな。教室に戻らないと」

 

遅刻は成績に響くからな。

名も知らぬ少女には強く生きてもらおう。

面倒ごとを避けるため、くるりと踵を返し、その場を去ろうとする。

 

「まさかの興味なしですか!?次に人が来る保証なんてないんです!!まって!まってください、先輩。行かないで!?パンツを見ても構いませんからぁ!」

 

「やめぇい!?大きな声で叫ぶな!俺を変態にするつもりか!!」

 

軽くパニックになっているのか、とんでもないことを口走ってきた少女。

流石にこのまま放置するのは、いろんな意味で危ない、俺にあらぬ噂が立つ可能性がある。

諦めた奏華は木に登り網を解くために木を登る。

木の枝は思ったよりしっかりしているようで、俺の体重でも折れずに支えることができた。

網は固く、素手ではとてもじゃないが、解くことはできない。

仕方なく、ブーツに仕込んでいる小型のナイフを取り出した。

それでも時間は掛かったが、何とか外すことができた。

 

「た、助かりました…ありがとうございます先輩」

 

地面に降り立つと同時に、ペタンッと尻餅をつく少女。

服についた葉っぱを手で落としながら、頭を下げる。

 

「てか、この網って…」

 

道理で硬いと思ったら、魔物用に設置された捕獲網じゃねぇか。

対象物は魔物限定にされており、魔物が通った時のみ作動するはずなんだが…。

 

「あ、私って生まれつき運が無くって、たぶんそのせいで誤作動が起きたんだと思います」

 

たはは、と苦笑いする少女。

その言葉を信じるなら、生まれつきの不幸体質ってことか。

 

「木に寄り掛かっている先輩を見つけまして、体調でも悪いのかと思って声を掛けさせてもらったんですが」

 

なるほど、だから目が覚めた時、心配そうにしていたのか。

 

「でも、結局先輩に迷惑かけちゃいましたね。すみません」

 

「いや、おかげで俺も起きれたんだ。こっちこそありがとう」

 

そう言ってから、頭を下げる。

顔を上げると、少女は少し驚いていた。

 

「いえ、その、予想と違った反応だったので驚いたというか…もっと怒られると思ったので」

 

確かに、人によっては授業に遅刻した、面倒ごとに巻き込まれた、と言って

迷惑がる奴もいるかもしれない。

だけど、まぁ、今回に至っては

 

「君が起こしてくれなかったら、寝坊で遅れてたんだし、俺が遅れても自業自得だ。だから君が気にすることじゃないさ」

 

桜花にいつも言われている。笑顔に気を付けながら笑って見せる。

だけど、言ったことも正直な気持ちである。

 

「クスッ…あっすみません。先輩って優しいんですね。ありがとうございます」

 

立ち上がった少女は再び頭を下げた。

 

「私、『宝条 莉絵(ほうじょう りえ)』っていいます」

 

手を差し出し、微笑む、少女―宝条。

 

「八神 奏華だ」

 

答えるように手を差し出し、握る。

 

「八神先輩ですね。ありがとうございます」

 

名前を聞けて満足したのか笑顔を浮かべる宝条。

 

「あまりお引き留めするわけにはいきませんね。それでは先輩、また!」

 

そう言って宝条は駆け出して行く。

不幸体質…か。いろんな意味で面白い娘だったな。

時間を見ると今ならギリギリ授業に間に合いーー

 

「Σ(゚∀゚ノ)ノキャー――――――」

 

ボシュッと捕獲網が発動する音が聞こえた。

 

「…はぁ」

 

訂正、午後の授業は遅刻することになりそうだ。

 

 

 

 


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