死神少女と鏡の魔眼   作:LAMLE

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前回からかなり期間が空いてしまいました。
(´・ω・`)



第四話

<校舎>

あの後、白百合と話しながら昼食を食べ終えた俺は

希沙羅のいる、『資料室』へと向かっていた。

 

屋上から一階まで続く階段をゆっくりとしたペースでおりていく。

人通りのない、静かな校舎に俺の歩く音がコツッ、コツッ、と響き渡る。

 

これから向かう資料室は、校舎から離れた位置にある、別館という場所にある。

別館には、授業に使う機材や魔法に関する書物など倉庫としての役割がある。

逆に言うとその程度の設備しかない為、物置以外あまり、利用されていない。

そのため普段立ち寄る生徒は少ない。

 

校舎から別館へ繋がる廊下を歩き、目的の場所へとたどり着く。

扉に付けられた、金色のプレートには『資料室』と書かれている。

 

時間を確認するためにポケットを探り、携帯を取り出す。

今は約束の十分前。

この時間なら、既に希沙羅も来ていると思うのだが。

確認として、扉をノックしておく。

コンッコンッ、と小気味の良い音が廊下に響く。

いつもなら、中から返事が返ってくるはずだが…今日は一向に返事が返ってこない。

疑問に思った俺は、試しにドアノブを回してみる。

ガチャッ

 

「…あれ?」

 

ドアノブは何の抵抗もなく回った。

扉を手前に引くと、ギィッと音を立てながら、ゆっくりと開く。

鍵がかかっていなかったってことは…希沙羅はいるのか?

それにしては返事が返ってこないのはどうしてだろうか。

確かめる為に部屋へと足を踏み入れる。

 

室内は、昼過ぎにしては、少しばかり暗い。

その理由は本来、日差しが入るはずの窓に

本棚が所狭しと置かれているため、日光が入りにくくなっているのだ。

資料室に入って、目を引くのは、視界を埋め尽くす大量の本。

まさに本の海、情報の宝庫だった

 

元々この資料室は、魔法についての書物や歴史、学園関連の書類、

島の地形調査について、まとめられた資料などが、置かれているのだが…。

今は希沙羅が半分私物化しているので、置いてあるものも

料理本や漫画、絵本、小説など多種多様なジャンルが置かれている。

その光景は、図書館と呼ばれる場所に少し似ている。

 

「(図書館…そういえば本土にいた頃、何度か希沙羅に連れて行ってもらったっけ)」

 

希沙羅に拾われてきた俺は、当時入院していた。

あの頃の自分はとにかく世間に疎かった。

記憶が無い…というのは不安なもので。

それを知られてから、希沙羅に連れられて行った場所がある。

『お主に必要なのは知識だ。ここで勉強でもしておけ』

そう言われて、病院の中にあった図書館へ放り込まれたのだ。

無数に並ぶ本、様々なジャンル、一冊に込められたその情報量。

初めての図書館に俺は只々圧倒されていた。

 

その日から俺は時間があれば図書館へ通った。

本を読むのは楽しくて、色々な本を読んだ。

絵本や小説、民話や伝承など、片っ端から読み漁っていた。

自分の知らない、忘れてしまった世界を知ることができる喜び

それはとても刺激的で感動的だった。

 

そんな懐かしい記憶を思い出しながら部屋の奥へ進む。

部屋の中央まで行くと、書類や資料に囲まれた長テーブルに

突っ伏している、ひとりの少女を発見した。

その背中は規則正しく、上下している。

どうやら眠っているようだ。

 

少女の見た目は奏華と同じくらいの年に見えるだろう。

人形のように整った顔立ち、腰まで伸びる、プラチナブロンドの髪。

今は閉じているが、その瞳には力強い意志が宿っている。

この姿こそ可憐な少女こそ、その若さで魔法使いの上に立つ者たちの一人。

魔法使い育成機関RUBICの学園長であり、俺の身元引受人『友禅寺 希沙羅(ゆうぜんじ きさら)』その人だ。

 

「…ん」

 

もぞもぞと、身を縮めるように動く希沙羅。

硬い机に突っ伏しているせいか、少し寝心地が悪そうだ。

大量に置かれた本を踏まないよう避けながら、近付いた俺は、希沙羅の肩を揺する。

 

「希沙羅、希沙羅。起きてくれ」

 

ユサユサ。

 

「…んん」

 

肩を揺すったことに、わずかに反応を見せるが、目覚める気配はない。

机を見てみると、いくつか書類が積み重なっていた。

おそらく、仕事の途中に眠ってしまったのだろう。

最近は仕事が忙しくて、ロクに寝てないのかもしれない。

 

「…ふぅ、しょうがないな。よっと…」

 

希沙羅の足と背中に手を回し、持ち上げる。

いわゆるお姫さま抱っこというやつだ。

希沙羅が起きていたなら、恥ずかしさで暴れるだろうが、今は夢の中。

この間に、ソファにでも移してやろう。

 

「(…にしても、軽いな)

 

普段ちゃんと食べているのかと不安になるくらい希沙羅は軽かった。

それとも俺が知らないだけで、女の子ってのはこんなに軽いものなんだろうか。

それに、密着しているせいか、希沙羅から甘い香りがした。

 

「う…ん?」

 

それは神さまの粋な悪戯なのか、あと少しでソファにつくところで、

希沙羅の瞼がゆっくりと開く。

何度か目をパチクリさせて、顔を上げる。

まだ寝ぼけているのか、焦点の合わない瞳で俺を見上げる。

こんな無防備な表情をする希沙羅はあまり見ない為、かなり新鮮な気分だ。

そんな呑気な事を思っていた俺だが、ふと状況を確認してみる。

寝起きの希沙羅、そんな彼女をお姫さま抱っこしている俺。

あれ、なんかやばいような…。

 

「えっと…おはよう?」

 

「ん、おはよ…ん?」

 

挨拶を返そうとした希沙羅だが途中で止まる。

その目にゆっくりと理性という名の俺の悲劇へのカウントダウンが始まる。

やがて状況を理解したのか、その顔が次第に真っ赤に染まっていく。

あ…これはまずい。

 

「あー希沙羅。これはだな…」

 

何か言わなければと思ったが、咄嗟に思いつかない。

人間、追い詰められると、何も思いつかないのだと、俺は今日、そのことを身をもって体験した。

 

顔を真っ赤にした希沙羅が猫の様にするりと腕から逃れる。

 

「ふ、ふふふ。まさか我(われ)が寝ている隙に…とは」

 

言うが早いか。

希沙羅は人差し指と中指の間に一瞬にして一本の裁縫針を出現させた。

すると希沙羅の指先に魔力が集中していく。

オレンジ色の電気がバチバチとはじける。

第二世代の属性魔法のひとつで希沙羅が得意とする雷属性だ。

 

「…( ゚д゚)ハッ!」

 

呑気に解説している場合じゃない!

急いでこの状況を説明しなければ!

 

「誤解だ!魔力を込めるな!俺はただ、アンタをソファに…」

 

「ああ。分かっているとも。若い衝動を責めるつもりはない。だがよもや

 寝ている者に手を出すとはな…この外道!!」

 

「やっぱりわかってないだろ!?」

 

若干涙目になっている希沙羅に罪悪感が湧くが、俺何もしてないよな!?

そうこうしている間に、指先程度だった電気の球体は、拳くらいの大きさへと成長する。

あんなのまともに喰らったら、シャレにならない。

いやマジでっ!

焦る俺を希沙羅は慈愛を込めて微笑む(涙目で顔は真っ赤)。

同時に俺は背筋が凍るような悪寒を感じる。

希沙羅はまるで罪人へ向けるように宣言する。

 

「さあ選べ、感電してからお縄につくか、お縄についてから感電するか」

 

既に希沙羅の中では、警察沙汰になってる!?

 

「それ選択って言わないよな!?ていうか後者って、ただの追い打ちだよな!?

 なにより、それ生身の人間に撃つのって危険だよな!?」

 

俺との会話のキャッチボールをフルスイングで打ち返す希沙羅。

拳サイズの電撃がこちらへ飛んでくる。

 

「あっぶ!?」

 

それを咄嗟に避ける。

電撃はすぐ横を通り過ぎるが、壁に当たる直前、空気に溶けるよう霧散していった。

おそらく、壁に当たる直残に消えるよう魔力を調整しているのだろう。

しかし、今の一撃、避けなかったら…もろ当たっていた。

もし当たっていたら…。

その光景を想像して背筋が凍るのを感じる。

後ずさりながら抗議の声を上げる。

 

「…これってよく言う体罰ってのになるよな?」

 

俺の抗議の声に希沙羅は、それはもう良い笑顔で。

 

「なに、安心しろ。これは体罰ではなく、教育ッッだ!!」

 

再び電撃を放つ希沙羅。

てか、そのセリフが通ったらなんでもありじゃねぇか!

 

「ちょ!?ちょっと待て!だから話を…ギャーー!!」

 

正午過ぎの資料室に男子生徒一名の叫び声が虚しく響き渡った。

 

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「状況確認もせず、いきなり魔法撃ってくるやつがあるか!?」

 

「るっさい!気安く乙女の柔肌に触りおって。普通なら即刻死刑だ!!」

 

顔を真っ赤にしたまま、視線を合わせようとしない希沙羅。

いや、確かに起き抜けにお姫さま抱っこされてたら、慌てるかもしれないが。

魔法攻撃はやり過ぎだと思うんだが…。

あの後、希沙羅の電撃を躱しながら、必死の説得を続け、どうにか撃つのは止めてもらった。

…疲れた。

 

しかし、あれだけ調整された魔法を撃っても疲れひとつ見せない希沙羅。

やはり最上位の魔法使いは伊達ではない。

こっちは自前の体力で必死に避けていたから、もうヘトヘトなのだが。

 

「そもそも呼び出しておいて、寝ていたそっちにも非はあると思うんだけど?」

 

「うぐっ…」

 

「まぁ、それだけ忙しいってのは、分かってるつもりだけどさ」

 

お姫様抱っこが、よっぽど恥ずかしかったらしく。

さっきからこの調子で、すっかりへそを曲げてしまった。

これではどっちが子供なのか分かったものではない。

頭を掻きながらどうしたものかと考えていると。

 

「よし、仕切り直しだ!お主は扉の前に戻れ」

 

…再開を求めてきた。

希沙羅なりの、けじめなんだらうが…正直。

 

「…めんどくさいなぁ」

 

「めんどくさい言うな!お主は乙女心が何にも分かっておらん!」

 

ぷいっとそっぽを向く希沙羅。

その顔は未だ赤いままだった。

それにしてもこの短い時間で女子二人に乙女心が

分かってないと言われるとは、やはり少しは勉強した方がいいのだろうか?

 

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あの後、やり直しを求めてきた希沙羅をどうにか落ち着かせた。

希沙羅は再び椅子に座り、大人の余裕(自称)を持った笑みを浮かべていた。

さっきまで取り乱していた人とは到底思えない。

だがこれ以上話を掘り下げても、藪をつついてなんとやら、合わせておこう。

 

「それで、今日は何の依頼なんだ?」

 

「あぁ、そういえばそうだったな」

 

そう言って希沙羅はテーブルに積まれたとは別に

引き出しにしまわれていた大量の紙束をドンっと机に置く。

うわぁ、すごい量。

 

「お主にはこのプリントを しおり としてまとめてもらおうと思ってな」

 

「いや、さすがにこの量を一人でってのは…」

 

希沙羅が渡してきたものは新入生へ向けた学園案内のしおりだ。

十枚で一セット、それをひたすらホッチキスでとめていく作業だ。

この量を一人でやるのはさすがに無理がある、そう言おうと思ったのだが…

 

「お・ね・が・い」

 

両手を合わせ、可愛らしく、ウィンクする希沙羅。

さっきの出来事もあり、断れるはずがなかった。

 

「…はい」

 

こうして、今日の依頼である書類まとめが始まった。

 

 

ページをまとめ、ホッチキスでとめる。

まとめる。とめる。まとめる。とめる。

この工程を何度も繰り返す。

単純な作業だが、これが結構疲れる。

 

作業の手を止めて一息つくと、希沙羅がお茶を出してくれた。

 

「ありがと」

 

お礼を言って口にする。

お茶の温かさが全身に染みわたる。

ホッと一息ついて、希沙羅へ視線を向けてみる。

 

「……」

 

希沙羅は集中しているようで、大量の書類と睨めっこしている。

時々あくびをかみ殺すような声が聞こえるが、その間も手は休むことなく動いていた。

それに倣って、俺も作業に戻ろうとしたのだが。

 

「…なぁ、奏華」

 

俺の視線に気づいたのか、それとも偶々なのか

相変わらず手は止めてないが、希沙羅が話しかけてきた。

 

「なんだ?」

 

「教師共が話しているのを偶然耳にしたんだが…『影法師』というのを知っておるか?」

 

「…あぁ、夜な夜な森に出てくる不審な影ってやつだろ」

 

丁度さっき、白百合がその話をしていたので記憶に新しい。

 

「この島には、まだまだ謎が多い…気を付けておけ」

 

気を付けろ…その言葉に思わず、作業を止めて、希沙羅を見る。

希沙羅もこちらに顔を向けていた。

彼女の力強い目は真剣身を帯びていた。

 

「…そこまでなのか?」

 

単なる噂程度で希沙羅が警戒するなんて…。

 

「なに、単なる乙女の勘というやつだ。心の片隅にとどめておく程度で良い」

 

希沙羅はそう言うが俺はやけに気になった。

今までも何度かこういった噂は流れていたが、希沙羅が興味を示したことはない。

『…くだらんな』

いつもそう言っていた。

もしかしたら、この噂はただの噂じゃないってことか?

 

「ふぅ、雑談が過ぎたな。今のは忘れよ」

 

そう言って再び作業に戻る希沙羅。

それ以上の会話は望んでいないようだった。

その後はお互い話すことはなく。

黙々と作業を続けた。

 

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<学園前>

休憩を挟みながら、なんとか作業が終わり、解放されたのが五時間後。

学園を出る頃には、既に辺りは暗く、道沿いに置かれた街灯が夜道を照らしていた。

暖房の聞いていた、室内と違い、外の空気は冷たく、少し肌寒い。

時間にして六時三十二分。

ここRUBICは八時になると、コンビニはおろか、全ての施設は機能を停止させ、

生徒達の出歩きを完全封鎖している。

この時間では、とてもじゃないが外食に行く時間はない。

面倒だが、夕飯は自分で作るしかない。

 

「まぁ、適当なもんでいっか」

 

伸びをして疲れた体をほぐしながら、街灯が仄かに照らす、通学路へと歩き出した。

 

 

 


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