死神少女と鏡の魔眼   作:LAMLE

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第三話

<第七寮-付近の森>

 

 

「…ん」

 

薄く開いた視界に映ったのは闇夜に輝く銀の月。

それと同じ輝く銀色の髪が頬に当たる感触。

小さく寝息を立てる桜花だった。

 

「(…って胸ちかっ!?後頭部柔らかっ!?)」

 

仰向けに倒れる俺の顔の近くには大きめの柔らかそうな果実が二つ。

桜花の呼吸に合わせ上下している。

そして、後頭部に感じる柔らかな感触。

見なくても分かる、これは…膝枕!!

 

「…っとーう!!」

 

答えを導くと同時に重心を横に向け、身体を回転させる。

ゴロゴロと坂道を転がる様に桜花から距離を取る。

おぼろげだった夢の出来事が一気に塗り替わり、先ほどまでの光景と感触が焼き付いて離れない。

顔が熱い、心臓もバクバクとうるさい。

 

「(おおおおおお落ち着け俺。何を意識しているんだ!!)」

 

寝起きの頭で、この状況に戸惑い、ごちゃ混ぜになっている感情に混乱する。

彼女は恩人でっ!死神でっ!偽妹でっ!

そこまで考えてから、スッと身体から熱が引いていくのが分かる。

うるさかった心臓の鼓動はゆっくりと大人しくなる。

 

「…相棒なんだよな」

 

「ん…」

 

可愛らしいクシャミでハッとなる。

肌寒いのか僅かに身じろぎする桜花

静かに様子を見守るが、彼女は起きる気配がない。

 

「寝てる…のか」

 

転がった為、制服についた土ぼこりを払い立ち上がる。

その無防備な寝顔を改めて見てみる。

整った顔立ちに絹糸の様にサラサラとした綺麗な銀色の髪。

閉じられた瞳には長いまつ毛。

吐息を零す桜色の唇。

その幻想的な光景は一つの芸術作品を見ているような気分だ。

 

「(そうだよな。お前は…こんな俺を信頼してくれているんだよな)」

 

二度も彼女に命を救われた。

一度目はまだ思い出すことはできないが二度目の事は当然覚えている。

あの魔物との戦い。俺一人では何もできなかっただろう。

彼女と協力しなければ成し得なかった勝利。

付き合いは短いものだったが、その中でも彼女の中にある深い優しさを感じた。

だからこそ、俺は彼女の事を信じることにした。

そして彼女もまた、俺の事を信頼してくれているのだろう。

だから、こんな無防備な姿を見せてくれるのだ。

 

「もっと…しっかりしないとな」

 

ふと、目覚める前の記憶がフッと蘇る。

学園の放課後、森の入り口付近にて特訓。

その途中に倒れたことを思い出す。

影を使った特訓をして、直ぐ後に倒れ、桜花に支えてもらった所までバッチリと覚えている。

 

「(~ッ、死なない為の特訓なのに、この体たらく…だっせぇ!)」

 

服に土が付くことも忘れ、再びゴロゴロと転がる。

自分の情けなさに涙が出そうだ。

地面に転がっている状態で、手で顔を覆い尽くし、悶絶する。

傍から見れば、頭でもおかしくなった者に見えるだろう。

だがここは森の中、視線などあるはずがない。

五分ほどの時間を要したが何とか立ち直った。

 

「…こんなことしてる場合じゃねぇな。おい桜花起きろ!」

 

肌寒さと、周りの暗さ。今は完全に夜だ。

寮の近くとはいえ、ここは森の中。

人目の付かない外に長居するわけにはいかない。

少しだけ重い身体を無理やり起こし、桜花に近付くと、その華奢な身体を軽く揺らした。

 

――ユサユサ

 

「…ん」

 

揺らすことで若干色っぽい反応を返す。

何度か揺らしていると桜花の瞳がゆっくりと開いていく。

起き抜けだからか、ボーッと寝ぼけた目で俺を見つめる。

 

「…あ、起きたんですね」

 

「お陰様でな。あと、今はコッチのセリフな」

 

起きたことを確認すると、俺は立ち上がる。

俺を見て周りを見て、徐々に桜花の意識が覚醒し始める。

桜花も俺に合わせ、立ち上がろうとすると。

 

「あ”」

 

ビターンッと力なくその場に仰向けで倒れ込む。

というか、頭から行った!?

 

「おい!?大丈夫か。まさかまた、魔力切れか?」

 

「い、いえ…それが」

 

急に倒れた桜花を起こそうと背中とひざ裏に手を通す。

担いで寮まで運ぶためだ。

しかし、その細い足に指先が触れた瞬間。

 

「み”ゃ”ーーーー!?!?!?!?」

 

「ぐぇっ!」

 

今までに聞いたことのない奇声を桜花が発すると、しゃがんでいた俺を突き飛ばす。

予想外のリアクションに俺はバランスを取ることが出来ず、木に後頭部が激突。

先ほどまでの感触は綺麗さっぱり消えるほどの木の固さ。

 

「~ッいきなり何しやがる!!」

 

理不尽な攻撃に抗議の声を上げる…が。

 

「~~~ッ!!」

 

突き飛ばした側の桜花が何かを耐える様にプルプルと震えていた。

 

「お、おい、ホントにどうしたんだよ」

 

桜花は涙を浮かべた顔でゆっくりと口を開く。

 

「あ、あしが…」

 

足が?

 

「…しびれましたぁ」

 

Oh…そういう事ね。

死神でも足痺れるのか、とか思ったが口には出さないでおく。

この間の戦闘でのカッコいい姿はどこへ置いてきたのか。

涙目で必死に足の痺れを耐える桜花は…その…可愛らしいものだった。

とても人類と敵対している異種族には見えない。

眼の前にいるのは…そう、一人の女の子だった。

どこか親近感を覚える妹+死神のために、その痺れが収まるまで待つことにした。

 

 

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「ご、ご迷惑をお掛けしました」

 

足の痺れが収まった桜花がまず初めにした事…それは謝罪だった。

それも三つ指を立てた丁寧なもの。

死神であるはずの彼女だが、人としての礼儀作法を良く知っている。

その丁寧な物腰には毎回舌を巻く思いだ。

しかし、今回の場合少しやり過ぎだろう。

奏華自身も痺れた足を触られるのがキツイというのは分からないでもない。

それに桜花は倒れた自分を介抱して、その結果足が痺れたのだ、それを理解している奏華には怒る理由はないのだ。

 

「それに突き飛ばしてしまったので、大丈夫でしたか?」

 

「怪我もしてないし、そもそもぶっ倒れた俺が悪いんだし気にしなくていいって」

 

「ですが!」

 

「ほら暗くなってきたし、そろそろ帰ろう」

 

直も食い下がる桜花の言葉を遮る様に彼女へ向けて手を差し出す。

 

「…?」

 

桜花は差し出された手の意図が分からないようで

頭の上にクエスチョンマークを浮かべる。

奏華は頬を掻き、苦笑いを浮かべながら。

 

「仲直りの握手、しようぜ」

 

俺の顔を交互に見ると、

微かに口元をほころばせ、ギュッと両手で掴む。

元々の体温が引くのか彼女の手はひんやりと冷たい。

だが、手に触れる柔らかな感触で顔が少し熱くなる。

 

「…私、暗闇でも良く見えるんですよね」

 

「そうなのか?」

 

「えぇ、何せ『し』の付くアレですから。夜目は利くのです」

 

自慢げに胸を張る桜花を見ていると頬が緩む。

知り合ってまだ数日。

人付き合いの苦手な俺も今ではこんな自然なやり取りをできるまでなった。

これも一種の成長なのだろうか。

 

「…八神君の手は温かいですね」

 

握られた手をジッと見つめえる桜花がそっとつぶやいた言葉。

繋がれた手が少しだけ強くなる。

今の俺たちなら仲の良い兄妹に見えるだろうか。

そんな事を考えながら、俺たちの住む第七寮へと歩き出した。

 

 

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<第七寮>

 

あれから寮へと戻り夕食を取った後。

奏華は自室のベッドで横になっていた。

 

コンコンッ

 

扉を軽くノックする音。

上半身を起こし、扉へ視線を向ける。

どうぞと声を掛けると、扉が開く。

この寮に今現在、住んでいるのは自分を含め、二人。

当然ながら入ってきたのは桜花だった。

桜花は俺のいるベッド近くの椅子へ腰掛ける。

風呂上がりなのだろう。

濡れた銀の髪からシャンプーのいい香りがする。

寝間着から見える、火照った肌。

それが妙に色っぽい。

 

「気分はどうですか?」

 

「…あぁ、だいぶマシになったよ」

 

「…八神君が寝ている間、時々苦しそうな声を出していました」

 

「まぁ、夢の内容自体は全然覚えていないんだけどな」

 

左手が自然と眼に触れる。

この眼が痛むのは大抵、夢で何かを見た時だ。

そんな俺の様子を見ると、桜花は真剣な表情になる。

その藍色の瞳に見つめられると心の内を見透かされた気分になる。

 

「どうかしたか?」

 

「ひとつ聞いてもいいですか?」

 

「なんだ?」

 

「…その左眼についてです」

 

「…」

 

いつかは来ると思っていた質問。

だが、いざ聞かれると動揺を隠せない。

少しだけ気まずくなり、無意識に桜花から眼を逸らす。

それでも彼女との関係を考えれば、話した方が良いのだろう。

『相棒』と自分で言った言葉を思い出す。

 

「この眼の事を…お前はどこまで知ってる?」

 

勿論、彼女がある程度知っているというのは分かっている。

記憶の共有、彼女は八神奏華の持つ記憶を同等のものを知っている。

それがどの程度の知識を彼女に与えているのか、俺にもわからない。

 

「貴方の事を100%知っているわけではありません。だからこそ、私の知らない事があっては危険です。今私たちは見えない敵の後手に回っています。情報は可能な限り共有するべきと判断しました」

 

勿論あなたが拒否するのなら無理強いはしません。

と最後に付け加える。

その気遣いを感じ、改めて彼女に隠し事をするべきではないと思った。

だから…。

 

「少しだけ、待ってくれ」

 

胸に手を当て、気分を落ち着かせるために深呼吸を繰り返す。

身体の中の緊張をゆっくりと解きほぐす様に。

それを繰り返し行うことで、幾らかマシになった。

話そう、俺の知るこの魔眼について…可能な限り。

 

「俺の眼は…」

 

ゆっくりと語り出す。

己の内側を外気に晒す様にゆっくりと。

 

………

……

 

この話は希沙羅から教えてもらったこと。

この眼は、『魔眼』と呼ばれるもの。

魔眼には七つの種類があり、それぞれが異なる特殊能力を持っている。

また、同じ魔眼所持者は存在しない。

この眼は世界に七つしか存在しないのだ。

そして能力すべてが人を超えた強大な力。

強大な力ゆえか、魔眼所持者は精神状態が大きく揺れることで暴走を起こす場合がある

それは一種の災害として扱われ、人々は魔眼を忌み嫌い、恐怖の対象としてみている。

時に捕獲し、実験し、時に殺す。

それが魔眼所持者への扱いだ。

しかし、魔眼が滅びることはない。

決して終わることはない。

何故なら、魔眼は転生を繰り返す。

所持者が死ねば、次の人間へ移り変わる。

 

 

俺の眼は生まれつきなのか、それとも後天的なのか。

それは分からない。

しかし、今の俺が病室で目覚めた時、それは既に俺の中に深く根付いていた。

使い方は、与えられた知識が教えてくれた。

希沙羅に聞いた所『鏡の魔眼』そう教えてもらった。

視覚によって確認した魔法を一定時間コピーし、自由に発動する事が出来る。

この眼は、皮肉にも俺の魔法が使えない、という面をカバーするには適しているだろう。

全く嬉しくはないが。

マイナス面としてはこの眼はあくまで魔法をコピーするもの。

魔法を使わない者、つまり純粋な格闘戦や銃器に対しては無力という点だ。

 

………

……

 

「俺の知っている魔眼の知識は大体こんな感じだ」

 

一通り話し終えた俺は、ふぅ、と息を吐く。

希沙羅 以外に魔眼について話すなんて初めての経験でまだ心臓がドキドキしている。

俺の話を黙って聞いていた桜花は目を閉じて、俺の話を吟味しているようだ。

そして整理がついたのか、ゆっくりと目を開ける。

 

「八神君は、その眼の事をあまり良く思っていないんですね」

 

そのことも既に知っていたのだろう。

少し、寂しげな顔を浮かべる桜花に思わず、視線を逸らす。

 

「そう…だな。この眼には、あまり良い思い出はないな」

 

いつの間にか癖になっていた、左眼に触れる行為。

この眼は俺にとって、『怪物』である証みたいなものだから。

流石にこの場でそこまで言うのは躊躇した。

少しの沈黙が辺りに佇む。

それを破ったのは桜花だった。

彼女は椅子から立ち上がると、俺の元へと近づくと、そっと腕を回した。

俺は桜花に抱き締められたのだ。

 

「話してくれてありがとうございます」

 

風呂上がりの為、いつもより体温の高い桜花の身体。

サラサラな髪に仄かなシャンプーの香りと、顔を覆う柔らかな感触。

いきなりの事に戸惑いはしたが、邪な気持ちは湧かなかった。

ドクン、ドクンと彼女の胸の奥、心臓の音が一定のリズムで聞こえる。

その音に安心を覚える。

 

「私には貴方の辛さを分かってあげることはできません。でも…」

 

「これからは私も半分背負います。だから…ありがとうございます。話してくれて。私を…信じてくれて」

 

「あ…」

 

鼻にツンと来る感じ、込み上げる感情を必死に抑え込む。

 

「大丈夫。大丈夫ですからね。私が貴方を守ります」

 

知らないはずの言葉。

だけど、心の中にゆっくりと浸透していく、優しい言葉。

いつの間にか、一筋の涙が頬を伝う。

とめどなくあふれ出る涙を止める手段を知らない俺は

だたひたすらに、泣くことしか出来なかった。

 

………

……

 

「せっかくなので紅茶でも飲みましょう!」

 

涙に濡れたパジャマを気にした様子はなく。

桜花は少し大きめの声で言いながら台所へと向かっていった。

去り際にその頬が赤くなっていたのは気にしないでおく。

声を掛ける暇はなく、俺は部屋に一人ポツンと残された。

 

「死神に…泣かされた」

 

先ほどまで涙と鼻水でグチャグチャだった顔をテッシュで拭う。

さっきまで重かった胸のつかえは、軽くなった気がする。

俺はベッドにうつ伏せに倒れ、枕に顔を埋める。

 

「…あぁ~~~!!恥ずかしい!!!!」

 

まさか泣くなんて!

泣かされるなんて!!

メッッッチャ恥ずかしい!!!

 

「…でも」

 

希沙羅 以外の誰かと共有するなんて、少し前の生活では考えもしなかった。

俺自身、兄という役割とやらで、どこか変わってしまったのだろうか。

 

「(でも、こんな生活も悪くない…かも)」

 

意味のない自問自答は、桜花からの呼びかけが来るまで、続いた。

 

 

---------------------------------------------------------------

 

 

その日の夜。

俺が自室で眠っていると、急に身体が重くなる感覚。

 

「う…ぐ…ぉも」

 

もしかしてこれは…金縛り!!

オカルト本に書いてあった通り、お腹の辺りに誰かが乗っているような感覚。

天使、魔物、死神と続き、幽霊とも遭遇するとは!

 

「(オカルトめ、強化されたこっちの筋力なめんな!!)」

 

そう思った俺は身体を動かそうと力を込める前に、耳元で聞きなれた声が囁かれた。

 

「重いって何ですか!少し失礼じゃないですか!(小声)」

 

え?この声って…。

ギュッと瞑っていた瞼を開けるとそこには…桜花がいた。

深夜に俺の布団の上で馬乗りになっている桜花(しかも制服着用)。

…なんだこの状況。

 

「…夜這い?」

 

「…その方が、良かったですか?」

 

呆れる目で見られてしまった。

これ以上の失言はこれからの俺の威厳にかかわる。

そう思い口をつぐんだ。

 

「はぁ…寝ぼけていないで、起きてください。早急に解決すべき案件があります」

 

「案件?」

 

未だ現状を理解しき切れない俺。

しかし、そんな思考は桜花の次の一言で完全に吹き飛んだ。

 

「魔物です」

 

 

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魔物、それは第七寮の周りに群れを成していた。

姿は前と同じ、獣である狼だった。

あの後、直ぐに制服へと着替えた俺は、桜花と共に魔物討伐を開始した。

 

「はぁっ!!」

 

『GRAAAAAAAAAAAA!!』

 

剣による斬撃が魔物を切り裂き、絶命させる。

先の戦闘で、この剣もある程度扱えるようになった。

 

「さぁ、串刺しです…よっ!」

 

『『GRAAAAAAAAAAAA!!』』

 

桜花によって繰り出された、影の杭によって周辺の魔物達が数を減らす。

 

「完全に消滅するまで、油断しないでください!」

 

「分かった!」

 

互いに背中を預ける。

俺は剣を構え直し、次の攻撃へと備えた。

 

………

……

 

桜花の協力もあって、対した怪我をすることなく、魔物を倒すことが出来た。

手に持った剣を手放すと空気に溶けるように消えていった。

地面に転がった魔物の身体も同様に空気に溶けるように消えていった。

そこまで確認し、ようやく桜花が視線をこちらへ向ける。

 

「ぶっつけ本番でしたが、八神君も魔物に対して、ある程度対処できるようになりましたね」

 

俺自身、強くなったという実感が持つことが出来た。

勿論、桜花のサポートあっての勝利だが、今は高揚感が支配している。

 

「ですが、魔物が通じないと分かった敵が次にどんなことをするのか。あるいは今回の様に数で押してくるのか」

 

桜花は既に次の心配をしている。

魔物を倒したことに対して、達成感はあまり無いようだ。

 

「(まぁ魔法使いなら魔物を倒すこともできなくはないか)」

 

俺の魔眼はあくまで魔法をコピーするもの。

魔法を使わない魔物に対して、俺はただの無力な人なのだ。

しかし、魔法使いなら話は別だ。

ある程度の魔法をかじったものなら、対処することが出来るだろう。

 

「それにしても…」

 

魔物が現れたのは第七寮の近く。

俺と桜花以外、他の学生はいない。

犯人はそれを狙っているのか、それとも他の生徒がいても、お構いなしに攻撃をしてくるのか。

だが、そうなれば学園長である希沙羅が出てくるのは明白だろう。

犯人もそれは避けるはずだ。

 

「…そう言えば、希沙羅に報告すれば解決じゃないのか?」

 

俺の考えに桜花は、首を横に振る。

 

「確かに学園長さんに報告すれば、魔物に襲われるという状況は解決に向かうのかもしれません。ですが、私達には犯人がいるという、確かな証拠がありません。

単に魔物がうろついている。と処理される可能性があります。その場合、安全のために私達、学生の行動すら制限される可能性があります」

 

「…つまり」

 

「つまり、行動制限された上での後手に回ります。そしてそれは犯人にとって良くなる一方です。だって、行動が手に取るように分かってしまうのですから。それに…誰が敵か分からない状況、下手に動くより現状維持に努めた方が良いかと」

 

桜花の言い分も分かる。だがそれだけではないのだと思った。

そして俺は、なぜかその先が分かってしまった。

その目が語っているのだ。

それに…私はまだ他の人を信用できない、と。

 

「……」

 

確かに全てを希沙羅に話したとしても、希沙羅は桜花を信じるだろうか。

俺にとっては恩人であっても、希沙羅にとっては記憶を弄った張本人なのだから。

 

「分かった、希沙羅に言うのは最終手段にしよう」

 

希沙羅への後ろめたさを思いつつ、俺はその場では頷くしかなかった。

…と俺は桜花の背後に光る何かを見た。

後は直感に任せて桜花を突き飛ばす。

 

「きゃっ!?何です…か」

 

目の前の光景に桜花は絶句した。

視線の先、自分を突き飛ばした彼の肩に一本のナイフが深々と刺さっていたからだ。

 

「ぐ…ぁ…」

 

苦悶に歪む奏華。ナイフは彼の左肩に深く刺さっている。

 

「(抜くのは…まずいか)」

 

無理に抜けば、傷口が広がり、血が止まらなくなるだろう。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

目に見えて狼狽している桜花に急いで声を掛ける。

今の状況を混乱しているようだ。

 

「落ち着け、致命傷じゃない。それより…」

 

俺の言葉の意味を理解し、桜花は冷静に今の状況を分析する。

そして視線を彼女の背後、森の奥へと向けた。

 

「…件の魔物使いですか」

 

『フフフフフフ』

 

不気味な声が森にこだまする。

自然とは違う、明らかな人影の異物。

それはすぐ近くにいた。

 

『お初にお目にかかる、我が同胞』

 

表情のない真っ黒なお面、全身を黒い包帯で覆う人影。

明らかな殺気を持つ『敵』がそこにいた。

 

 

 

 








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