死神少女と鏡の魔眼   作:LAMLE

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第二話

 

右手を前に突き出す。

そして手のひらへ意識を集中させる。

木々のざわめき、肌を撫でる温かな風。

桜花から向けられる視線。

そして、ゆらゆらと揺らめく影人。

段々と感覚が鋭くなっていくのが分かる。

 

「今、兄さんと私の間にはパスが繋がっています。さぁ、呼び出してください」

 

今まで使った時はいつも咄嗟の事で、こんな風に落ち着いてはできなかった。

だからだろうか、自分の中に新しい選択肢が存在するのが分かる。

『影』『魔眼』『魔法』

色のつかない、選択できない、『魔法』を除き、今の俺には二つの選択肢が存在している。

マウスのカーソルを合わせる様に、俺は『影』を選択する。

向けた手のひらが微かに熱を持ち始める。

俺は桜花の指示通り、影を呼び出す、その言葉を口にする。

 

「…ッ影遊び!」

 

瞬間、俺の周りにあった、木の影や岩の影、

さまざまな影が、ドロリッと、こぼれるように広がる。

零れた影は地面を伝い、手をかざした地面へと集まっていく。

墨汁の様に真っ黒な水たまりの様に広がった影。

その中心からゆっくりと剣の柄が現れる。

ゆらゆらと揺らめくその様は、実態のない、陽炎の様だった。

今まで体験したときと、同じように柄へと手を伸ばす。

ひんやりとした感触、柄はしっかりと掴むことができた。

 

「…ッ!!」

 

剣を引き抜くため、力を込める。

が、大した力はいらなかった。

地面にできた影に刀身を半分以上沈めているはずの剣は

片手で簡単に引き抜くことができた。

引き抜いた剣へ視線を向け、改めて確認する。

形は簡素な十字型。

影で作られているためか、その剣先から柄頭まで真っ黒に染まっている。

初めて使った時から感じていたが、重さはほとんど感じられない。

陽炎の様にゆらゆらと揺らめくそれは、どこか曖昧に見える不確かな存在。

一見、武器として成り立つのか、見た目だけでは不安に思うが、手の質感、

そして魔物さえも一刀両断したのを眼にすれば、その考えも変わるだろう。

 

俺は桜花へと視線を向けると、俺のやりたいことを察したようにコクンと頷くと影人から距離を取る。

十分な距離を離れたことを確認すると、俺は影人に向かって剣を軽く振ってみた。

ヒュンという風を切る音と共に、風が吹き荒れ、土煙が上がる。

土煙が晴れた時、影人の姿は影も形もなかった。

 

「…すごい威力だな」

 

軽く振っただけでこの威力。

どことなく属性武装に近いものだと感じた。

魔力を消費することで異能を使うことができる魔法。

属性武装を通して使うことが出来る属性魔法。

だが、この影は火、水、風、地、雷、五つあるどの属性にも合わない。

第六の属性とでもいうべきだろうか。

 

「流石に3回目、使いこなせているようですね」

 

「…お前が魔物相手に使った、あの杭も能力なのか?」

 

思い出すのは複数の魔物を串刺しにしていた、あの漆黒の杭だ。

思えばアレも、影から突き出たものだった。

俺の質問に桜花はコクリと頷く。

 

「はい、アレも原理は同じです」

 

試しに、と桜花は手をかざす。

さっきの俺が剣を出した時と同じように、周りの影が集まっていく。

そして

 

「影遊び…穿つ影の杭(Shadow Needle)」

 

桜花が、手を上げると共に影の集まった所から何本もの杭が針山の様に飛び出していく。

 

「ムフンッ!ざっとこんなものです」

 

腰に手を当て、誇らしげにこちらへ振り向く。

杭の方を見ると、空気に溶ける様に形が崩れ、何事もなかったかの様に消え去っていた。

 

「俺もそれができるのか?」

 

「できますよ。この能力自体は影を操る事。貴方が先ほど行った剣を出す動作を何本もの杭へ変え、広範囲へ押し出すだけですから。寧ろ影を手持ち武器として引き抜き、固定化する方が魔力を消費するんです」

 

なるほど、そうなると桜花のやり方の方が低コストな攻撃方法なのか。

コレ(影)にもいろいろな使い方があるのな。

 

確か、第一世代の魔法にも似たようなものがあった。

魔力に形を与えるというものだ。

しかし、あの魔法にはそこまでの攻撃性はない。

主な用途は簡易的な壁やロープなどのアイテム作りなのだ。

 

「……」

 

ただでさえよく分からない力だが、いつかの襲撃の事を考えると

今は少しでも、手札を増やした方が良いだろう。

俺は納得すると、桜花へ声を掛ける。

 

「じゃあ、練習のつづ…ッ!」

 

続きを、と言いかけたが、それ以上の言葉が出なかった。

立ちくらみに似た症状が起こり、ふらり、と身体が傾くのが分かる。

 

「ッ、大丈夫ですか?」

 

地面に衝突する前に桜花に抱き留められ、倒れるのは回避した。

身体がひどく寒く、桜花に抱き留められた箇所が暖かい。

 

「…まだ死神の身体が安定していないようですね。少し休んで下さい」

 

桜花が何か言っている様だが、上手く聞き取ることはできない。

だけど彼女からする桜の香りにどこか安心感を覚えながら、俺の意識は沈んでいった。

 

 

 

<桜花 view>

 

目の前で彼が急に倒れたので、少し驚いた。

それでも慌てて抱き留めたため、何とか地面に倒れるのは回避した。

意識を失った人間の身体は重いもので、今は木陰に寝かせている。

寮まで運んでいくことも考えたが、その後の彼の表情を見るに複雑なのだろう。

今回は起きるまで待ってみることにした。

そのついでに…膝枕と言うらしい。

硬い地面では良くないだろうと思い、そうしている。

 

「…すぅ…すぅ」

 

顔色は悪いが、彼からは規則的な寝息が聞こえてくる。

その様子に安堵を覚える。

 

「…私も厄介な人を助けたものですね」

 

初めて目を覚ました時、私は夜の森にいた。

そして私は、『私』についての記憶を失っていた。

それは事故なのか、それとも意図的だったのか、今の私には分からない。

 

ただ、目の前で死んだように倒れている少年。

彼を死なせてはいけないと、そう思ったのだ。

気付いたら、運んでいた。

彼を運んでいる途中、何も知らないはずの私は、知った。

この島の事、彼の住む学生寮の場所。

『私』は知らない。

でも『私』は知った。

正確には彼の記憶が流れてきたからだ。

 

世界を襲った異種族である、『死神』、『魔物』、『悪魔』、『天使』。

それらに対抗する事が出来る存在、進化した人類である

『魔法使い』で構成された組織『RUBIC(ルビック)』。

そして魔法使いの存在を危惧し、抑止として創設された

人口的な技術で異能力を獲得した、いわば

RUBICのライバルといえる組織、『OSERO(オセロ)』等々。

 

時間が経つに連れて、私自身の役割と、彼についてある程度分かった。

過去の記憶が無い事。

一般的な標準より、高い魔力を持っている事。

それなのに魔法が使えない事。

正体不明の夢に苦しんでいる事。

そして…『魔眼』の事。

私の役割は、『妹』という近い存在で彼を守護する事。

それに何の意味があるのか、私は知らない。

 

「……」

 

情報を整理している間に、彼の顔色はだいぶ良くなっていた。

私の相棒になった人は、かなりの色物らしい。

天使や魔物…彼を襲う何者か、様々な者に狙われている。

微かに口角が上がるのが分かる。

私は今、笑っているようだ。

 

「全く、手間のかかる兄さんですね」

 

少年の頬を軽くつねってみる。

眠る少年は未だ起きる気配はなかった。

 

 

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まどろみの中、夢を見ていた。

それはいつかの誰か。

燃え盛る森の中、その『誰か』は怪我をした腕を庇い足を引きずりながら歩いている。

 

『憎い…※※※が…憎い…』

 

身体から流れる血など気にした様子はなく、

呪いの言葉を唱えるように呪詛を紡ぐ。

身体には火傷が多く、所々血が滲んでいる。

 

『例え、この身体を焼き尽くされても、僕は…アイツらに…』

 

その怨嗟に反応するかのように周りで燃えている炎の勢いがさらに強くなる。

それも気にせず、『誰か』は歩き続ける。

『誰か』の中には憎しみしかなく、その瞳は血の様に紅く染まっていた。

 

俺はその『誰か』の眼に見覚えがあった。

それは…『魔眼』だった。

そしてそれは…。

 

「(…暴走だ)」

 

魔眼…それは特殊な能力を秘めている眼。

魔眼には七つの種類があり、それぞれが異なる能力を持っている。

そして魔眼はそれぞれ一種類に一人しかいない。

つまり同じ魔眼をもつ者はいない。

 

その能力すべてが人を超えた強大な力。

だが人々は魔眼を忌み嫌い、恐怖の対象としてみている。

その理由、それは魔眼所持者の精神状態が大きく揺れることで

(怒りや悲しみ、負の感情)暴走することである。

いつ爆発するか分からない、爆弾を抱えているのと同じだ。

だから人々は魔眼を恐れ、討伐を繰り返した。

 

何度も…何度も…男でも女でも子供でも老人でも関係ない。

魔眼所持者というだけで殺された。

しかし、魔眼所持者が死ぬと魔眼は新たな所持者へと転写される。

死に際の所持者の抱いた憎しみと共に。

決して終わることのない、憎しみの連鎖。

 

眼の前にいる『誰か』は怒り、そして憎しみに支配されている。

その対象は…おそらく人間。

きっとこの燃え盛る炎も、その怪我も全て…。

その感情によって『魔眼』が暴走を始めている。

そして…『誰か』の周りには誰もいない。

その暴走を止めてくれる人はいない…いなくなってしまったのだ。

身体の震えが止まらない、眼の前の『誰か』の様に俺もいつかはこうなってしまうのかもしれない。

 

『必ず…必ずお前たちを…』

 

力尽きたのか『誰か』は倒れる。

血が出るほど唇を噛みしめ、その手に爪を立てる。

身体を炎が燃やし尽くしたとしても、その怨念が消えることはない。

憎しみは次の転生者へと受け継がれる。

その憎しみが、怒りが、俺にも流れ込んでくるのが分かる。

 

「…ぐっ」

 

その憎悪に耐えきれず、視界がぼやける。

涙が溢れて止まらない。

頭がズキズキと痛む。

視界の端が段々と黒くなっていく。

『誰か』の夢はここで終わる。

この続きを知ることは今の俺にはできない。

 

『…ねぇ、復讐したくない?』

 

火の森に聞こえた一つの声。

最後に聞いたその声は、その『誰か』へかけられた救済の言葉だった。

辺りが真っ暗になる。

世界は闇に包まれ、俺は『現実』へと戻っていった。

 

 

 







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