死神少女と鏡の魔眼   作:LAMLE

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第九話

<森-奥>

 

深い森の奥。

そこを歩く、一人の影。

木々が夕日の光を遮り、辺りは真っ暗。

暗闇に目が慣れれば、辛うじて輪郭が見えるくらいのものだ。

足元さえ見えないはずだが、影は慣れたようにスルスルと歩く。

目的地に到着したのか影の足が止まる。

 

「…さぁ御飯の時間だ。バケモノはバケモノらしく、本能のままに貪り尽くすと良い」

 

そう言って影は懐から一つの小瓶を取り出す。

小瓶の中にはキラキラと輝く、宝石のような物が入っていた。

それは『結晶』と呼ばれる魔力を固体化したもので、まだ一般には出回っていない。

コレの使い道を分かりやすく言うなら、携帯の充電器のようなものだ。

結晶を手に取り、強く握れば、結晶に込められた魔力の分だけ、魔力を回復することができる。

といっても簡単に作れるものではなく、貴重なものだ。

 

影はおもむろに小瓶の蓋を開け、貴重なはずの結晶を辺り一面へばら撒いた。

大小さまざまな結晶が地面にちりばめられ、暗闇でキラキラと一層輝く光を放っていた。

すると――

 

ズズズッ

ズズズズズズズッ

 

変化はすぐに訪れた。

辺り一面の地面が黒く染まっていく。

いや、それは地面を這うようにして近づいている黒い泥だった。

溢れでる泉の様に現れる、黒い泥。

やがて、泥は地面からはい出るようにして姿を現す。

 

『『『GRRRRRRRROOOOOOOOOOOO!!』』』

 

獣のような唸り声を上げて、泥は我先へと結晶に群がる。

泥に飲み込まれた結晶はゆっくりとその形、輝きを失い、消えていった。

この泥こそ、異世界より現れた異種族のひとつ『魔物』。

魔物はわずかな魔力でも嗅ぎ取り、襲いかかってくる。

しかし、影は小瓶を放った位置から動かない。

その場にいれば魔物は問答無用に襲い掛かる。

しかし、魔物が影を襲うことはなかった。

いや、影の存在すら気付いていないのかもしれない。

 

魔力に誘われた魔物は更なる魔力を求め、更なる獲物がいることを察知する。

そして、再び魔物はその輪郭を失い、溶けるように地面へと吸われる。

地面を這いずり、移動を開始する。

 

美味しそうな餌のいる方角へと……。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

<数時間前>

 

その日、帰りのホームルームで担任の柳先生から注意事項が話された。

 

「えーっ、最近『森』に関して変な噂とかあるみたいだけど、今日から一定期間、許可なく立ち入らないように。もし許可なく入ったら、それなりの罰が待っているから、みんなも守るように」

 

おそらく希沙羅から教師全員に伝えられたのだろう。

各クラスの教師たちから一定期間、森への立ち入りが禁止について話された。

森への警備も厳重になり、簡単に入ることもできないだろう。

 

「(これで噂につられて面白半分で森に行くやつがいなければ良いんだけど…)」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

その後、滞りなく学園が終わり、俺は桜花と共に街へと繰り出した。

 

「わぁ!凄いです!」

 

今回向かったのは、最近できたという大きなショッピングモール。

桜花は初めて見るショッピングモールに驚きを隠せないようで、

幼い子供の様にはしゃいでいる。

俺も実際に行くのは初めてで、少々緊張していたが、

桜花の反応を見ていたら幾らか落ち着いた。

この島に新しく出来たショッピングモールはその物珍しさからか

いまだ人であふれかえっている。

俺たちは、はぐれないよう気を付けながら、いくつかの店を回った。

桜花にとって目に見るもの全てが新鮮の様ではしゃいでいた。

俺もそんな妹の姿を見てどこか安心していた。

買い物に夢中で、時間が立ち、やがて夕方になっていた。

 

夕日の佇む商店街を二人並んで歩く。

 

「買い物に付き合ってくれて、ありがとうございます、兄さん」

 

買い込んだ袋を持ち上げ、桜花が嬉しそうに笑う。

今の時間は仕事帰り、学園を終えた学生で溢れている。

しかし、もうすぐ外出禁止時間。

この賑やかさも、あと数分経てば、静かになるだろう。

 

「今日の夕飯、何か食べたい物はありますか?」

 

「んー、そうだな」

 

夕飯の希望を話しながら食材を買っていく。

今まで一人だった帰り道。

これからは妹と一緒に帰ることになる。

その事に不思議な幸福感に満たされる。

 

「(案外、こういうのも悪く無いな)」

 

そう思いながら、寮へと帰る途中、奇妙な感覚を覚えた。

誰かに見られているような、首のあたりがチクチクする感じ。

とても不快だった。

 

辺りを見回すが、ここはもう第七寮の近く、人の気配はない。

気のせいか、そう思い再び歩こうとした時…。

 

「…ッ!?兄さん!」

 

桜花の大きな声に驚き、振り返る。

眼の前にあったのは鋭い牙の生えた大きな口だった。

 

ガキンッ

 

鋭い音が辺りに響き渡る。

それは歯同士が噛みあう音だった。

俺は噛みつかれる瞬間、桜花に突き飛ばされ、その一撃から逃れることができたのだ。

 

『GRRROOOOO!』

 

眼の前にいたのはオオカミだった。

いや、少し違う。

見た目は確かにオオカミだが、その身体は赤黒い泥で覆われており、

とてもじゃないが生きている物には見えなかった。

 

「…魔物」

 

自然と口に出る。

異種族の一つである魔物。

人類にとっての敵が目の前に現れたのだ。

桜花の息をのむ声が聞こえる。

怪我は無いようだが、おそらく初めて見る魔物に怯えているのだろう。

 

「…桜花、俺が時間を稼ぐから寮まで逃げろ!」

 

「で、でも兄さん…」

 

「魔物の姿はオオカミだ。二人で走っても追いつかれる。早く!寮まで急げっ!!」

 

 

視線は魔物へ向けたまま、大きな声をあげ、桜花の背中を押す。

魔法の発動には冷静さも必要だ。

今の桜花は目に見えて、混乱している。

この状態では上手く使うことはできないだろう。

 

「…ッ、は、はいっ!」

 

良かった、腰は抜けていなかったようだ。

桜花はふらふらと立ち上がると、寮のある方角へと走って行った。

魔物が桜花へ向かって行かないよう注意していたが、奴は追いかけなかった。

その野獣のような眼光は俺一人へと向けられていた。

 

「やっぱり、狙いは俺か」

 

魔物は本能に従い、魔力の匂いでやってくるらしい。

そして俺の魔力はそこらの魔法使いより膨大。

エサとしては十分すぎるほどの御馳走だろう。

ブーツに仕込んだナイフを取り出し、構える。

幸い、魔物は一匹、時間を稼いで逃げるチャンスを窺う。

 

「…こいよっ!」

 

『GGYYAAAAAAAAAA!!』

 

魔物がその大きな口を開く、よっぽど俺が喰いたいのか

ダラダラと黒い涎を垂らしながら、飛び掛かってくる。

その攻撃をかわしながら、ナイフでその腹部を切り裂く。

 

『GGYAAAAAAAAAAAAAAA!!』

 

痛覚はあるのか、悲鳴のような叫び声を上げながら、のたうち回る魔物。

だが腹部の傷もシュウシュウと音を立てながら塞がっていく。

全くダメージが無いわけではない、と思う。

再びナイフを構え、臨戦態勢をとる。

 

『GGYYAAAAAAAAAA!!』

 

寒気がする程の叫び声をあげ、再び飛び掛かってくる魔物。

俺を引き裂こうとその鋭い爪で攻撃を仕掛ける。

その攻撃を紙一重でかわし、再びナイフを…

 

ブオンッ

 

「がぁっ…!」

 

魔物の尻尾によって腹部を勢いよく殴られ、地面を転がる。

 

「い…つぅ…」

 

痛む腹部を抑えながら、何とか立ち上が――

 

「…ッ!」

 

右足に鋭い痛みが走り、耐えきれず体勢を崩す。

痛みのある足を見てみると、深い切り傷からドクドクと血が流れていた。

俺が吹き飛ばされる瞬間、魔物の爪によって切り裂かれたのだろう。

痛みにのたうち回りたくなる。

俺が動けないことが分かったのか、魔物がチャンスとばかりに、襲い掛かる。

 

「それなら…!!」

 

俺は手に持ったナイフを構え、狙いを定める。

魔物は一直線にこちらへ向かっている。

 

「…フッ!!」

 

魔物の頭部へ向けて投擲する。

魔物は避けることが出来ず、その頭部に深くナイフが刺さる。

ズブリッという、音が聞こえた。

――が魔物の勢いは止まらない。

ナイフ一本、脳天に当たった程度では魔物は止まらないのか!?

魔物の牙は俺の喉元を狙っている。

 

「(まずいっ!)」

 

命の危険を感じた、死すら感じた。

頭を過るのは…桜花の顔だった。

 

「(あぁ…悲しませちゃうな…ごめん)」

 

最後に浮かんだ言葉は。

一人にしてしまう妹への謝罪だった。

時が止まった様に魔物の牙がゆっくりと近づいてくる。

せめて、少しでも桜花が遠くへ逃げられるよう、拳を強く握る。

 

――その瞬間

 

俺と魔物の間に一つの黒い壁ができた。

いや、それは壁ではなかった。

 

「(黒い…剣?)」

 

それは陽炎の様にゆらゆらと揺れ、実体のないように見えた。

黒い剣はその刀身の半分を俺から延びる影に埋まっていた。

勢いを殺さず、鋭い牙を構えたまま、黒い剣に衝突した魔物は弾き飛ばされた。

 

「……..」

 

感情は未だ戸惑っている。

だが、本能は理解していた。

これは掴むことができる。

奴を…魔物を斬ることができる武器なのだと。

 

「…ッ!はぁぁぁぁぁっ!!」

 

考えたのは一瞬、両手で柄を掴み、一気に引き抜く。

陽炎の剣は思っていたより、あっさり抜ける。

その勢いのまま左足を軸に身体をひねり、迫りくる魔物へと斬りつける。

 

『GRRRRRRRRRRRRRRRRR!!』

 

剣によってその身体を真っ二つにされた魔物は

唸り声をあげ、重い音を立てながらゆっくりと倒れる。

崩れ落ちたその身体は再生することなく、ドロドロの液体となって地面に広がる。

 

「か、勝った…のか」

 

気が抜けたのか、失血によるものか、ふらつく身体を剣で支えなんとか態勢を整える。

だけど、いくら寮が森に近いからと言って、こんな所に魔物が現れるなんて。

それに…無我夢中で使っていたが、この剣はいったい?

 

「とにかく、早く寮に戻らない…と」

 

一体、いつの間にそこにいたのだろう。

夕暮れの道、俺を取り囲むようにして、森から見える野獣の眼光。

まだ終わってなどいなかったのだ。

 

『『GGYYAAAAAAAAAA!!』』

 

一体、二体、三体四体、その数はどんどん増えていく。

 

「あ、はは、ここはパーティー会場か何かかよ」

 

勿論メインの料理は俺だろう。

周りには無数の魔物、足を負傷している俺では逃げることはできない。

さっきまで使っていたナイフも魔物の体液を浴びて使い物にならない。

魔眼を使おうにも魔物は魔法を使わない。

あるのは正体不明の剣が一本。

状況は圧倒的に不利、だろうな。

この状況に俺は力なく笑う。

 

「だけどな。簡単に飯にありつけるなんて思うなよ」

 

痛む右足を引きずりながら、剣を構え、魔物たちへ向ける。

怪我をした右足では逃げることも叶わないだろう。

それでも少しでも桜花の逃げる時間を稼いで見せる。

 

「そうすれば、きっと希沙羅が何とかしてくれる」

 

希沙羅は怒るだろうか、それとも悲しんでくれるだろうか。

希沙羅の性格なら、両方かな。

魔物達が少しずつ距離を詰める。

あと少しで第二ラウンドが始まる。

その刹那―――何かが砕ける音がした

 

「ふぅ、やっと壊せました」

 

凛とした声が辺りに響く。

どこか聞きなれた声。

しかし、記憶に新しい彼女の雰囲気と少し違う。

 

「…だから言ったじゃありませんか、貴方一人の身体じゃないんですよ?」

 

呆れており、どこか叱るような声。

と、同時に俺の立っている場所から広がるように影が伸びる。

魔物たちの足元へと広がった影、その中からいくつもの杭が飛び出す。

 

「…影遊び」

 

『『『GYAAAAAAAAAAAAAA!!!』』』

 

杭は魔物の皮膚を割き、貫通させる。

魔物の断末魔が響き渡る。

魔物は抵抗するが、無数の杭によって宙に吊るされたままでは大して身動きが出来ず、やがてその動きを止めた。

無数の杭からは魔物の液体がしたたり落ちる。

俺の周りは直ぐに魔物の黒い泥でいっぱいになった。

巻き散らされる泥の先に一人の少女が立っていた。

 

「生きていますか?って聞くまでもないですね」

 

さっきまで命の危険を感じていた俺だが、眼の前の光景に唖然とした。

学園指定の黒の制服。

風に流れる銀色の美しい髪。

闇夜に照らされる、輝くような藍色の瞳。

眼の前にいるのは間違いなく、寮まで逃がしたはずの妹『八神 桜花』だった。

 

 

 







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