【前回のあらすじ】
ユウキだよ。始まってしまった戴冠式……私といるかちゃんは、なんとかイーターの襲撃を越えてはじめてのセクターを手に入れたの。
どんなプリンセスが待っていようとも、私はいるかを助けてみせる!
◇
翌日、朝。昨日のようなヘマはしないようにと、大事をとってもうすこし早めに目覚ましをセットした。そして直前に起きると、目覚まし時計がピッといっしゅん鳴ったそのときに止める。ユウキの朝はそんな感じに始まった。
今日は金曜日。つまり、明日と明後日には休日だということ。学校の準備をさっさとしてしまうため、ベッドから起き上がって枕元を見た。
きっちり枕と平行に置かれた、ブレイヴァーのペティグリィ。毎日学校へ持っていっている本を手にとって、戴冠式は始まっていたのだと自分に言い聞かせる。
ふと、その形を消させていたセクターボードを手元へ呼び出した。どうやら通知が届いていたようで、さっと目を通す。
『すべてのセクターに支配者が誕生しました。本日をもちまして、プリンセス・ランクを確定させていただきます』
文のあとには昨日の日付がある。気づいていなかっただけのようだ。せっかくの通知なのだから、きっと戴冠式において重要な事項が知らされるのだろう。形を消しておくのはやめておこうと心掛けながら、プリンセス・ランクの一覧と書かれたアイコンをタップして開いた。
プリンセス・ランク。それは、セクターやサポーターの数で決められる姫たちの序列だと、説明書に書かれていた。一度確定されればそれ以降は最初の順位を使うらしい。だが、序盤に全力を出したか否かはわからないため、そう鵜呑みにしない方がいい、とも。
簡単な数値で表すと、大セクターは5ポイント。中くらいが3、小さなものが1ポイントになる。ユウキが持っているのは、ひときわ大きな18番セクター。同程度の大きさのものは他に北西の10番、北東の5番、南東の23番、そしてずっと東にある1番のみだ。いるかとの共同統治となるため、ユウキは2.5ポイントといったところか。
セクターボードには、エンブレムを添えてプリンセスの名前が羅列されている。それらを目で追っていくと、聞き覚えのあるプリンセスも当然記載されている。
ボードに映し出されるものを見るに、ユウキは10位。いるかは11位と表記されているが恐らく同率のはず。まぁ、レヴェルの撃破数の差かなにかだとユウキは判断することにした。
今回はざっと目を通しただけで、そのうえいつもより早起きだったため弟の世話にはならないだろう。とっとと着替えて、朝食を作ってしまわなければ。
◇
【プリンセス・ランク】
1.女王『Enperor』
2.炎上姫『Blazer』
3.速疾姫『Blower』
4.農園姫『Planter』
5.氷結姫『Freezer』
6.潜水姫『Diver』
7.賭博姫『Gamester』
8.食人姫『Eater』
9.異端尋問姫『Inquisitor』
10.勇者姫『Braver』
11.獣姫『Tamer』
12.盗賊姫『Finder』
13.もうひとりの姫『TheOther』
14.回復姫『Healer』
15.監視姫『Monitor』
16.母なる姫『Mother』
17.死人姫『Cadaver』
◇
「おはよう、ユウキちゃん!」
いつも通りの明るい表情で、教室で座って時間を潰しているユウキに大きな声で挨拶。いるかの日常、一日の始まりである。そしてぐいっと顔をユウキの耳元にまで持っていくと、あとでまた空き教室ね、と囁いた。
「……わかったよ、いるか」
大セクターとはいえ、まだひとつのセクターしか獲っていないふたり。得点が分割されれば、順位は大きく下がるだろう。何せ、恐らく上位の4人は大セクターをひとりで奪取したのだろうから。5位のフリーザー、生徒会長の虚依青女も合わせて警戒を怠ってはいけないだろう。それに、下位だからといって油断はできない。名前だけでは能力の推察できぬプリンセスだって居る。例えば、農園姫などという牧歌的なほのぼのとした肩書きのプランター、鉢植えのプリンセスがなぜ4位などという高位にいるのか、など。
今後、どう出るか。いるかを助けるという目的を果たすため、それはきっちりと見定めなければいけない。
考えているうちに、視線はどこを見るでもないのに移っていく。いるかがたいてい最後に来るから、席にはみんな揃っている。ユウキがうるさいので、きちっとしているのだ。学級の風紀委員はユウキに先に言われるのでせめて下手なことをして逆鱗に触れぬよう黙っているらしい。
今日も、席には空きがあった。本来はそこにも女子生徒がいるはずなのだが。
彼女の名前は『
外は明るく。朝の光を窓たちは優しく招き入れている。もうじき秋が来るだろう。残暑が中学生の制服に熱をこもらせて、脱衣を促すのだ。そうしてぼうっと、ただ外と窓際で夏服になっている生徒を見ているだけで、なんだか眩しくて暑そうでこちらまで暑くなってくる。ユウキは特に暑がりでもないのでめったに制服を脱がないのだが、ワイシャツ姿になりたいとかすかに思うことは多少あった。
その気分を紛らわそうと、本を手に取った。自身のペティグリィたる、祖父の宝物を。意識はたちまち勇猛な冒険譚に吸い込まれ、騎士の活躍に心奪われる。
――ぱり。ふと、耳に聞き慣れぬ音がした。ふだんの朝には決して聞こえぬような高く、儚さのある音だ。何があったのか、ユウキはちらりと視線を向ける。
人間程度が殴れば割れるほどの脆い窓。透き通っていた風景にノイズが入り、白く阻害される。窓際の生徒は不幸にも、その瞬間に出会してしまった。腰を抜かすほどの怪異、怪物に。
轟くは悲鳴、散るは硝子。舞い降りるのは死神にも見える姿。ローブを纏い、大鎌を携えて。いともたやすく、赤子の手をひねるより簡単であると、最も近くに居た女子生徒の夏服の元から短い半袖に切れ込みを入れてしまった。すぐ下の皮膚にも同じ。薄くだが、ぱっくりと切れ込みができた。
「な、なに、あれ!?」
誰かが叫ぶ。みんなは廊下側へ逃げていき、扉を乱暴に開けて逃げ惑う。いるかも引っ込んでいってしまい、ユウキは残される。ほかには、転んだりひっかかったりして逃げ遅れ、腰を抜かし動けなくなった者が恐れ慄いている。
その白いローブに肌、人外の貌ながらに人を模しているとわかるシルエット。ユウキが見るに、こいつはあの裏世界で何匹も見たレヴェルだ。
しかし、現実世界にまで現れるのは予想外。裏世界であればプリンセスの力によって倒せるだろうが、現実世界ではそうはいかない。雪に守られていたあのときのように、奇跡に期待する他にはないだろう。
大鎌を持ったそれは、逃げなかったユウキを見るに飛びかかってくる。回避は間に合わない。ぐっと、死神の顔が近づき、勢いに押されて倒されてしまう。それでも本だけは死守し通したユウキの眼前で、逆三角形でぎょろりと大きな目がうごめく。顎は強靭で食いちぎる用途だとわかる。それは、蟷螂を思わせる容貌である。ひとおもいにユウキの首を刈り取ってしまえる状況。だが、蟷螂の目的はそうではないらしい。頬に浅い切り傷を作って……それ以上はせず、他の生徒へ。首に鎌をかけても、ちょっとした切り傷だけだ。
全員に切り傷をひとすじだけつけて安心したのやら、蟷螂は去っていく。いるかに傷はつけさせられないと、ユウキはいるかを助けるため、頬の傷などお構い無しに追いかけだした。
いつしか蟷螂の姿を見ぬままユウキは逃げ出したクラスメイトたちに追い付いた。無事を喜ぶいるかを他所に、いったいどうして現実にまでレヴェルが現れたか考えていた。現実に自然発生するのなら、とうに存在が知られ、対策がとられていても不思議はない。他に可能性を考えるならば、向こうから来たとしか思えない。
「まさか、ペティグリィを通って……?」
どのプリンセスかの特定は不可能だが、いずれかのプリンセスによって変身前のライバルを蹴落とすために送られたのかもしれない。
とにかく怪我をしたクラスメイトを保健室で応急処置するために、みんなの力を借りるよういるかを通して頼み込んだ。
◇
男子の肩を借り、気絶したり腰が抜けたりした生徒を保健室まで連れてくる。実はユウキにも運ばせるのには反対意見がたくさんあったのだが、ユウキはそれを押しきってきたのだった。そう遠い道のりでもなく、男子たちの心にもユウキの心にも疲弊より心配が強くあったまま、道中では誰ともすれ違わずに到着した。
「あら……たいへんな怪我ですね」
保健室のドアをノックして、応えた人影がドアを開けるなりの一言。首の皮一枚だけが繋がっていない気絶した生徒と、頬から血を流すユウキがいるからだ。
「先生がいませんので鍵がなく道具は限られますが……どうぞ。」
制服からすぐにわかるはずだが、雰囲気にはいつもの養護教諭と変わらない優しさが漂っているためにユウキは一瞬先生がいないという言葉の意味がわからなかった。その少女は、ユウキにとっては恐らく先輩だ。
その彼女に招かれ、保健室へ入る。ユウキにクラスメイトを任せていったん戸棚に手をかけた男子。だが、案の定開かないらしい。救急箱に手が届かず、続くデスクの下の引き出しも固く閉ざされているために手段は電話しか残っていない。
「どうすればいいんだよ!」
「先生を呼んで来ればいいでしょ」
「……それもそうか、呼んでくる」
嘆きながら出ていこうとする男子生徒。後ろから、がらりと扉を開ける音がもう一度耳に届く。
「あ、あの、私にできること、ないかな?」
来客はいるかだったらしい。彼女は一緒になって逃げてしまったことを謝りながら、ユウキに手伝いを申し出た。罪悪感があったのだろうか。大丈夫だ、鍵が開いたら絆創膏なんかを頼む、と言っているかを先に保健室へ入れさせる。そのうちに呼びにいくと言っていた男子生徒が入れ替わりで抜けていき、保健室には4人のみが残った。
背後でやりとりを聞いていた先輩らしき人物は、やっと沈黙を破ってもう一度口を開く。
「治して、さしあげましょう」
女子生徒は、出血する首の浅い切れ目にそっとふれる。はじめて気づいたが、いま伸ばした左手は包帯でぐるぐる巻きにされていて、素肌がほとんど見えなかった。
すうっと彼女が息を吸ったとほぼ同刻に、淡く包帯が光る。
「『リミテッド・オーダー』。閉じよ、無情たる痕よ」
みるみるうちに傷口は閉じ、血による汚れは払われる。やさしい微笑みでその様を眺める女子生徒の顔に、ユウキはどこか愉悦の影を感じ取っていた。
ユウキが呆然としていると、いるかはわなわな震えながら女子生徒を指差す。
「まさか、まさか……プリンセス!?」
「あら?ご存知だったのですね、戴冠式のこと」
意外だ、といるかの方を振り返る彼女。確か、説明書に書いてあったはず。
先程彼女が口にした『リミテッド・オーダー』。普段行使できる能力を限定的ながら、ペティグリィを通し現実で行使する能力だ。包帯がペティグリィで、彼女がプリンセスであることは発言からしても確定だろう。
「私は3年の『
「あ、えっと、私は2年生、蘭花いるか。11位、獣姫テイマーだよ。そっちが10位の勇者姫ブレイヴァーで、沖ノ鳥ユウキちゃん」
「……よろしくお願いいたします、時畑先輩」
「そんなに改まらなくていいのですが。1年しか違わない、どうせ365日も差がないのですから」
変わらず柔らかな、さながら白衣の天使といった態度で接するとち。先輩の意見は尊重したいが先輩を敬うのは当然だと思うユウキにとって、その選択は困ったものだった。困った結果は、すっかり傷口の閉じたクラスメイトを寝かせるという逃げ。すやすや寝息をたてる彼女に胸を撫で下ろしていると、ユウキに頬にはふいにとちの包帯で巻かれた手が触れた。
「……あなたの傷を治します。この傷も、これから出来る傷も。その代わりと言っては何ですが、あのレヴェルを倒してほしいのです。もちろん、嫌だというならそれ以上は何も……」
「どうすればいいのですか」
リミテッド・オーダーによって、ユウキの傷口は閉じていく。とちの顔も見ないまま、とちが言い終わる前に問う彼女に、とちは方法を示す。
「レヴェルは元々裏世界にあるべきもの。ならば、ペティグリィを通して彼らを帰すのは彼らをこちらへ連れてくるよりも簡単なはずです。」
「わかりました……ですが、時畑先輩」
「どうなされました?」
ユウキがやっととちの方を向き、鋭い意思の宿る目で告げた。
「これから運ばれてくる怪我人全員の治療をお願いします。巻き込まれた無関係な生徒たちですから」
「……えぇ。わかりました、ではレヴェル退治のお話は?」
「やります」
短い返答。付き合いの長いいるかにはとうにわかっていた返答だろうが、とちはその他人のことばかり考えるような言動に驚いていた。
◇
プランターの支配によって土が敷かれ、木々が生い茂り実をつけている中を通り抜ける観光名所にもなり得そうな街道となった15番セクター。昨日はプランターによってファーストオーダーが発動され、カダヴァーが敗北した場所だ。
その敗北し四肢どころか全身をへし折られたはずの少女は、よろよろながらそこに居た。
「……っく、ふぅ……!全身めっちゃ痛いじゃん……ハンデ持ちだっつーのに、最下位とかサイアクの冗談じゃん……」
痛む腕で、近くに生る熟れた林檎をまるかじりにする。悔しいが甘い、これでジャムを作ったなら、あいつが形容したほどになるだろうか。
「あー……どっかに寄らせてもらわなきゃいけないなぁ……」
歩く度に激痛が走る、が『昨日のアレよりはマシ』だ。そう言い聞かせて耐えながら、ときたまプランターの農園によって生まれた瑞々しい果実を盗み食いしながら、少女――死人姫『カダヴァー』、本来の名を亜傘棚というが――は歩くのだった。
◇
【次回予告】
ヒーラーの協力を得てレヴェル捜索に乗り出すユウキ。
だが彼女を狙うのは蟷螂だけではなく、食人姫が襲い来る。
その裏には6位と7位の影が蠢いて――
次回『蟷螂の顎』