ROYAL Sweetness   作:皇緋那

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私にください

【前回のあらすじ】

「わたしは母になってはいけないの?余剰ちゃんのときだって、表さんのときだって、わたしはがんばったのに」

 

 

刹がやっとクラスに顔を見せた日の翌日。朝登校したばかりの雪は、クラスメイトのひとりである糠道ふかが自宅で冷たくなって発見されたと知らされた。プリンセス:マザーが彼女で、表脱落の原因だと知らない刹は沈みきっていたが、雪はそうではない。頭を抱える刹を眺めながら自分に言い聞かせる。これはユウキのためなのだと。いくらそんな言い訳をつけたところでふかが帰ってくるわけでも戴冠式が終わるわけでもなく、ただ刹の泣き声が意識させてくる罪悪感からすこし目を逸らせるだけだった。

刹にとってのふかとは、何だったのだろう。あの蟷螂の事件があってから、刹が目をつけていたはずだ。雪が助けてから、彼女たちの関係は友人になっていった。ある意味雪が繋いだ、ということになるかもしればい。執着心の強い刹ならば雪が助けた相手に寄っていって、どうよ、私の認めたライバルはすごいでしょ、と言い出していてもおかしくはない。それに彼女は誰かを振り回すことが得意というか、いつもそうだった。雪にしろふかにしろ、聞き入れてもらえないながらもいちおうはブレーキとなり、刹についていっていた。同じ立場に収まったことのある人間として、ふかがブレーキ兼腰巾着になるのはわかる。刹といれば退屈しない。たまに鬱陶しくは思っても、自信に満ちた明るさは実家にいるような安心を与えてくれる。けれど刹の方がどうだったかというとライバルと認識されていた雪と違ってふかについてはわからない。いつも自信満々の彼女が泣き崩れるほどの大切な存在だったのか。

雪が殺したのは、一度雪が助けた人物で、友人の大切な存在だったという。だがユウキのためと自己暗示して、自分は立っていなければいけない。死なせたくないと思った、思ってしまったのだから。雪は戴冠式を駆け抜けなければならなかった。プランターの脱落した日から、思えばそれは呪いとなっていた。恋心とは決していえない呪縛。ユウキは何も知らずに雪に接し、変わらぬ素直さで走り回ってきた。

雪はこの先どう動けばいいのだろうか、と思っていた。叶える夢など忘れてしまった。元よりあったのかも定かでない。というのなら、目先の大切な人の障害を取り除くべきではないか。雪にやり直したいことはあった。もしもと思うことはあった。けれど、命を賭けた願いには値しない。ユウキだけが唯一、自分が動かなければいけないという気持ちにさせた。

 

「……ちょっと、雪」

 

さっきまで泣きじゃくっていたはずの刹は、鼻をかんでこそいたし目も赤かったが涙は止まっているようだった。雪の肩を叩き、教室の出入口を指した。

立っていたのは沖ノ鳥ユウキだった。噂をすれば、というやつだろうか。雪は何も口に出さないで彼女のところへ急ぐと、いつもの調子を繕った。

 

「どうしたんすか?ユウキ先輩」

「心配になって、さ」

 

生存確認のようだった。確かに、ブレイザーと遭遇したあとには多くのプリンセスが脱落していった。脱落者が多いということは、それだけ殺した者がいる。喧嘩を吹っ掛けた側が死んでも吹っ掛けられた側が死んでも、戦ったことには変わりない。だから、脱落していなくても一矢報いられた可能性はあるわけだった。

 

「大丈夫っすよ」

 

袖をまくって、自分の傷のない身体を見せてみる。幸いマザーは直接攻撃を加えるプリンセスではなかったため、雪の肌に傷はついていなかった。

 

「そっか、よかった。最近、危ないから」

 

何人ものプリンセスが活発に動いている状況はたいへん危険だ。いつ侵入の通知が来るかもわからない。自分が築き上げた陣地を破壊されるのは逃げ腰な持ち主への侮辱の意味も込められている。プライドの人並みにある雪はそんな煽り方をされたくなかった。

 

「そうだ、雪ちゃん」

「なんすかー?」

「雪ちゃんってさ、どうして戴冠式に?聞いたことなかったよね」

 

作っていた明るい表情が消えていく。せっかくうまい具合の気の抜けた返事を出せたと思ったら、さっきまで難しい顔で考えていた話題に引き戻されたのだ。

ここで本人に直接言うのはおかしい。嘘はつかないものとして、命を賭すまでもない願いを話して、そういうことだと思ってもらおうとした。

 

「実は……私、10年前に母親を亡くしてまして」

 

重大な秘密を明かすようなトーンだが、別に重大だと話し手は感じていない。ユウキの驚いた表情と10年前の連続不審死事件か、と聞いてくる姿勢は真剣で、すこし申し訳なくなるが事実は事実だ。ユウキの問いへの答えはイエスだった。

古史雪の母親、古史(おと)は雪が物心つく前に死んだ。まともに覚えているのは死に顔くらいのものだ。ほかの印象は、いつも彼女は雪に構ってくれなかったということと、男だの女だのを毎日連れ込んでいたことだ。特に男はとっかえひっかえで、父親の顔は見たことがなかった。幼かったこともあるだろうけど、どうせ構ってくれない母親がいなくなってもあまり変わらなかったあたりが願い足り得ない理由だろう。これが大好きな肉親やペットだったなら、戴冠式にもすがるはずだった。

 

「そっか……うん!がんばるよ、私」

 

どうやらちゃんと母の件を願いだと認識してくれたらしい。これでユウキに直接この気持ちを伝える機会はひとつ過ぎていった。ユウキのセクターボードに敵襲の知らせが入るという突然の出来事があっての会話中断がそれを早め、雪の心臓を跳ねさせたのだった。

 

 

ユウキのセクターは未だに初期の白紙の街だった。本人が無頓着で、いるかとの最後の思い出がこの白紙にあるからだろう。ユウキが友人との別れを経験した場所に、勇者姫と盗賊姫が降り立つ。ふたりの眼前に立っているのは見覚えのない黒いレースの衣装に身を包んでいるものの、容貌にはあの潜水姫、ダイバーを思わせるプリンセスだった。

 

「まさか……白神裏、ですか」

 

プリンセスは雪を睨み付け、猛獣が威嚇するように深く息を吐いて叫んだ。

 

「ちがう。私は、その名を名乗ってはいけない」

「……はい?」

「私は、お姉様の嫌った生田の女。白神表にも、白神純にもなれない落ちこぼれ」

 

事情をよく知らない雪にはなにも理解できなかった。白神純などという人物には心当たりがない。だがとにかく、彼女が先程のように白神姓で呼ばれるのは気にくわないらしい。

 

「んで、裏さんは何者なんです?プリンセス的に」

 

ここで素直に答えてくれたなら儲けものだが、残っているプリンセスは数少ない。推察は容易なことだ。裏の答えは予想通りだった。

 

「……もうひとりの姫『プリンセス:ジアザー』」

 

今までずっと暗躍し続けていたのだろう。表が切り札として秘匿しておいた可能性もある。とにかくブレイヴァーもファインダーもその戦力を知らないことは確かで、ここで遭遇するのは喜べないことだ。纏う雰囲気は狂人のそれで、協力できそうにはない。

 

「どうしてここに来たの?」

 

剣をいったん下ろして、ブレイヴァーが問いかけた。ジアザーの瞳がぎょろりと彼女に向く。焦点の合わない恐ろしい眼だった。

 

「お姉様はいなくなった」

 

白神表は消えた。マザーの胎内へ沈んでいった。間違いない。マザーの子宮からは表のはめていた指輪が出てきたのだから。

 

「なら。彼女の影はどうすればいいの」

 

生田裏は彼女の世話係だった。姉に尽くすために生きてきたのならば、すべてを失ったにも等しい。

 

「欲しい。対の羽根が。欲しい。あなたの生きる意味が。必要なの、なきゃダメなの。生きていられない、お姉様が、お姉様が、お姉様が」

 

壊れたラジオのように喚き散らすジアザー。高貴な髪も衣装も彼女を哀れに見せていたが、ファインダーには他人事に思えなかった。

彼女もただ、願いを見失い、誰かがいれば満たされると思い込もうとしている。雪と変わらない。

 

「……悪いけど。いますぐに表さんは戻ってこない」

 

ユウキは率直に告げた。雪の言えないことを、あっさりと。

 

「あ、え、あ?お姉様、わかんない、お姉様、お姉様……あなたが?あなたを映せばいいの?あなたが欲しい、わたし、私にください――『ファーストオーダー』。覗け、陰の世界よ」

 

錯乱しているらしいジアザーに言葉が伝わっているようには思えなかった。どういう経路でかユウキを手に入れるという結論に至り、ファーストオーダーを起動してジアザーは飛びかかってくる。真っ正面からの考えなしならば対処は簡単だがオーダーが絡めばその限りではない。振り抜いた黄金の剣が彼女の身体をすり抜け、液体を斬ったような感触のみを伝えて抜けていく。バランスを崩して倒れかけたブレイヴァーを呑み込もうとジアザーが近寄ってくる。

 

「ユウキ先輩……ッ!」

 

ファインダーが駆けた。幸いジアザーは速くない。追い越した先でブレイヴァーの手をとり逃げるのは全速力でなくとも可能だった。ファインダーにも手を伸ばしてきたものの、ひらりと避けてしまえる。

だが、いくら鈍重でもダメージを与えられなければ倒せない。ブレイヴァーの持つ剣でさえ効果がなかったのだから、ファインダーで攻撃できる要素があるとすれば。

 

「ちっ、使ってやるしか……」

 

手元にあるのは指輪にテーブルナイフ。本当に効果があるかはわからない。だが、ダイバーのどこかに潜る能力と、イーターの相手を食う能力であれば希望はあるはずだ。まずはブレイヴァーから注意を逸らすため、ファインダーは飛び出して行く。

 

「こっちだよ、メンヘラちゃんよ……!」

 

挑発を試みるが、ジアザーは見向きもしなかった。あくまでも狙いはユウキであるらしい。ならばと考え、背後へ駆けてゆき飛び蹴りを浴びせようとした。攻撃はする抜けるが、ブレイヴァーに対する呑み込んでくるような揺らめきはない。ブレイヴァーしか眼中にないのだろう。攻撃は続行できる。手元にサバイバルナイフだの拳銃だのを呼び出して、発砲や斬りかかりを繰り返す。すべて効果があるようではなかったが、いい加減鬱陶しくなったのかジアザーはファインダーの方を振り返り、狂った眼で見つめてくる。そうしてユウキからの注意が逸れた瞬間、ファインダーは自らのラストオーダーを起動する。

 

「――盗賊姫ファインダー。ここに、私の王権を主張する。我が命に応え……誰かが遺した夢よ、再び輝け!」

 

余剰のテーブルナイフが投げつけられ、ジアザーの身体へと向かっていく。その銀色からはいくつもの光が分かれて飛び出し、牙となってジアザーを取り囲む。完成するは牙の檻。閉じ込めた者を喰らう、食人姫の願いの残滓だ。

徐々に檻がジアザーを締め付けていく。噛み潰すように口を閉じていく。攻撃を受け付けようとしなかったジアザーの身体でもこのオーダーの前には料理に過ぎないのだろう。やがて人ひとりが入るほどの大きさですらなくなった檻の中央に黒い穴が開き、哀れな被食者を呑み込んでいく。奪うはずの者は、檻に食らわれるのだ。

 

「お姉様。あなたを信じます」

 

その二言を最後にして、ジアザーはブレイヴァーの領から消える。同時に役目を終えた牙たちも急速に劣化、崩壊していった。

 

「……あの子も私たちと同じ、ただの被害者だったんすかね」

 

雪が何気なく呟いた。裏もまた親しい者を喪った故にああなったに過ぎないのだろう。むしろ、自分が平然としていられるほうがおかしいのかもしれないとまで雪は思い始めていた。

 

 

本来ならばイーターのラストオーダーは『体内で吸収する』というものだった。が、ファインダーにはそこまで行えていない。被食者は消えておらず、まだ生きている。圧されたことによって腕は折れてしまっているし内臓がいくつかダメになっているが、それでも生きていた。

周囲には風車が多くあり、緑の高原らしい景色と相まってのどかな場所だ。形相が違えば妖艶に見えるだろう血を流すプリンセスがいていいような場所ではなかった。

 

「……生きてる?私、まだ、まだ?」

「もうひとりの姫。アナタにとっての生きる意味を見せてほしく」

「意味……そうだ……誰かを……お姉様を」

 

金色のプリンセス、コネクターが側に立っていた。ジアザーをあの状況から引き上げたのはコネクターだった。純粋な興味からの行動だろうか。

 

「ちょっと、あなたたち。この私のセクターで、なにしてる訳よ?」

 

聞こえてきた気の強い声に、コネクターは口をきかずにジアザーの背中をたたくことで応えた。声の主でこのセクターの支配者である相手、プリンセス:ブロワー。彼女にジアザーをけしかけようというのだ。結果は思惑通りで、血を流したまま飛びかかっていく。

 

もうひとりの姫と速疾姫が激突しようという中、唆した連結姫は金色の裾を翻して場から離脱する。安全圏から、生田裏の末路を見届けるべく。

 

 

 

【次回予告】

 

盗賊姫。もうひとりの姫。

見失った少女たちは結末へ向かう。

止められぬ運命を前に、雪が取った選択肢は――

 

次回『光差す』


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