【前回のあらすじ】
炎上姫が事故って死んだっぽかったけどなんとかなって屍人姫みたいな境遇になってふたりなかよくなって、特例2連発にワタシが驚いたって感じだったり。コネクター曰く燃えよゾンビってわけで。
◇
いつもどおりの平穏な日常。本来なら隣にいるはずの奴がいないのはさみしくもあったが、すっきりした感じもないわけじゃあなかった。いや、違和感が殆どを占めていただろう。それらは私、古史雪がぜんぜん体験したことのないような日常だった。
プリンセス:ダイバーが消えたあと。野芭蕉刹が警察になんだかいろいろ聞かれていたらしく、ここ数日間会うことはできていないなんて状況になっていたのだ。ふたりとも健康優良児だった関係上やかましくなるコンビが皆勤賞なんてことも多く、刹が現れないというのはすこし物足りないかもしれない。
だからこそ。こうして久しぶりに出会したときの「げ、刹かよ」「ええ、刹よ」というやりとりが心地よくもある。この日はいつもどおりの平穏な日常でありながら、何日かぶりに学校にまで顔を出した彼女との久々の遭遇だった。
「久しぶりね、雪」
私に声をかけてくる刹だが、いつもより威勢がない。彼女はすこし疲れているようだった。何の用件で拘束されていたのかは知らなかったが、警察相手が原因だと思われる。
「ええ、と。何があったんです?」
少々思いやりの足りない質問だった。自覚はある。けれど、それを知らないことには彼女の疲れにも付き添えない。刹の元気がないというのは、過去に一度くらいしか覚えがないし。
「ふん、あなたならわかるわね」
「……?」
「白神表よ。彼女、帰ってこなかったじゃない」
たしかに四家のお嬢様の不審死のためニュースになっているし、戴冠式の通知でも聞いている。その件が刹に結び付く理由はよくわからないが、すぐに本人の口から説明された。
「彼女が脱落したときね。私の家に居たのよ」
「え?」
「あぁ、正しくは身体がそこにあっただけ。そっから行ってたの、セクター」
セクターという語が刹の口から飛び出してくるのに驚いて、私は聞き返した。可能性としてはあり得ることだったが、本当にそうだとは思っていなかったのだ。しかしこちらが知らなかっただけで、向こうはこちらがプリンセスだと知っていたらしい。平然と話が進められる。
「で、脱落したとき。私、表、それにふかは一緒にいたの。裏世界でも私と表は途中まで一緒に行動してたわ」
「途中まで?ってことは、別れたんですね」
刹は一足お先に戻ってきたのだが、その一瞬の隙にダイバーが脱落してしまったとのことだった。
「……あれ?糠道さんはなんでまた一緒に」
「元は私とふかで出掛けてたのよ。そこに表が入ったわけ」
「そうでしたか……と、なると……」
考え込む私の前で、やれ私が協力までしてやったプリンセスを横取りするなだのと刹は嘆いていた。
犯人を探すなら。まず私しか眼中にない刹と被害者本人である表を抜くと残る少女、糠道ふかが怪しいと睨むだろう。付け狙っていたとするならほかのプリンセスすべてが当てはまるが、彼女は今、私にとって一番の要注意人物であった。
プリンセス:モニター、卯道双美。ブレイザーが動き出した日に彼女は私に『ここだけの話』だと情報を授けていた。内容はイーターの脱落についてだったが、そこにふかの名が出てきたのだ。これが正しいのなら。今回にも可能性がある。
「何よ?そんな推理タイムみたいな顔して」
「あぁいえ。推理タイムだっただけです」
刹によって思考は中断されるが、とにかくやってみることは決まった。一度行ってみなければ真実はわからない。
「……なによ。なんか知ってるなら、教えてくれたっていいじゃない」
刹はなにやら羨ましそうだったが、彼女がいては話がこじれるかもしれない。申し訳ないのだが、刹に構ってやるのはまた今度になるだろう。
◇
放課後の雪が自らの意識を裏世界へと転送し、最初に見たのは整えられた芝生の庭とその中に建つ新築らしい一軒家だった。真新しいその家へと警戒しながらも近寄っていく。一見平和でも、ここは敵地だ。足元に罠が仕掛けられていることはじゅうぶんにあり得る。
だが拍子抜けなことに、芝生にはなにも仕掛けられていなかった。本当にただの芝生だ。セクターだから理想のかたちを保っていられるのか、心地よく眠れそうなふわふわの絨毯のような手触りだった。あと数十cmという場所に迫った窓もぴかぴかで、汚れらしき濁りは見当たらない。カーテンは閉められていたが、あいだに覗き見できる程度のすきまはあった。好奇心と偵察の意味から覗き込んでみる。
家のなかでは、割烹着をモチーフとした衣装のふかが笑顔で誰かと話しているようだった。プリンセス衣装なのだろう。だが室内には誰も見当たらず、ふかは何もない場所へと笑顔を向けているふうにしか見えなかった。
この不思議なセクターについて知るなら、接近して話を聞いてみるしかない。玄関のほうへ回って、インターホンを押した。ぴんぽんと音がして、ふからしき返事と足音が聞こえる。数秒後、扉は外向きに開き、雪の視界にはふかが現れた。
「はい、どちらさまですか……?」
「えーと、糠道さんっすよね」
「あ、古史さん。遊びに来てくれたんだ!」
遊びに来たというわけではなかったが、そういうことにして上がらせてもらうことにした。
屋内は清潔な一般家庭といった印象だった。玄関に過剰に靴があるわけでもなく、リビングに物が散らかってもいない。それだけなら違和感の由来にはならないのだが、一番おかしいと感じたのは外からは見ることのできなかった成人男性の存在だった。リビングのテーブルに座って新聞を読んでいるらしい。
「どうかした?古史さんってば!」
じろじろと見回していた雪を不思議に思ったのか、ふかは首をかしげていた。言い訳の適当な発言で視線があの男性に向いていたと知ると、彼女の顔が嬉しそうになる。
「えぇ、いいでしょ?彼は、わたしの夫なんです」
嬉々として言い出したふかと反対に、雪は怪訝な顔になった。もしかすると、このセクターは彼女の願望の現れだろうか。憧れの成人男性との結婚生活を夢見る、可愛らしい乙女。それでも片付けられる。が、あの男性の容貌は現実味がないというか、薄っぺらかった。『かっこいい、ふかの夫』という役割の演者のようで、不信感を抱かせる雰囲気だった。もちろんそれだけで否定などできないが、仮に彼女がここで幸せそうにしているだけならば
プリンセス:イーター。プリンセス:ダイバー。後者は推測でしかないが、前者は確実だ。監視姫が遺した情報とデータに彼女の犯行は残っていた。新聞部にあった元・ペティグリィのカメラの映像は生前のモニターが記録したものがそのまま残っていたのだ。映像によれば、抱き止めたイーターを消滅させたのは紛れもなく糠道ふか――プリンセス:マザーである。
なぜそんなことをする必要があったのか。いくらセクター上とはいえ、余剰がこの家に上がり込んで暴れたとは考えられないし、まずイーターの脱落した場所が違うし、あの映像のマザーは慈愛にあふれているようだった。自ら、善意でイーターを殺したというのか。
雪は考えを巡らせたが、能力も知らないしまだ敵と確定もしていない相手に向かって「イーターを殺したのはあなたですよね」とまで言えるほど無謀を冒せる人間ではなかったゆえに、黙りこくるだけだった。
押し掛けておいて何も言い出してこない雪へ、ふかはそうだ、と声をかけてくる。
「何かお悩みとか、あったりしない、かな?」
何のことでもいい、私でいいなら力になると。こんな状況の雪じゃなくて、例えば誰かを喪った直後だったりしたのなら心強く思えた言葉だったんだろう。生憎、いまの雪はふかのことを疑っており、打ち明けるようなことはしなかった。ふかはややしょんぼりとしたもののあまり重くは引きずっていないらしい表情だ。続けて話題を出してくれる。
「そうだ、古史さん。ご家族のことを教えてほしいんだけど」
「私の?家族?」
「うん。例えば、お母さんが恋しくなったり、するでしょ?」
そんなことをいきなり言われても、と思った。雪の母がすでに他界していることは彼女も知っているはずのことで、だから恋しくなったりという例なのだろうが。わざわざ地雷を踏み抜くような真似、ではないだろうか。
「あの、糠道さん?自分だから大丈夫っすけど、そういうの……」
「するよね?」
「……そりゃ、そうですが」
笑顔に含まれた先に質問の答えを言えといったものに圧されて雪は頷いた。恋しくなるといっても、亡くなった当時の自分は3歳だかでぜんぜん母親としての印象などないのだが。
それでも答えたことは良かったらしく、ふかはまたにっこりとした。
何かがおかしい。
「ありがとう。じゃあ、ひとつお願いが」
ふかの気配には変わらず一生懸命で幸せそうな新妻の色が殆どだったが、奥から必死さであり狂気であるものが滲みはじめていた。それが間違いではないとほんとうに気づくのは次の言葉が来てからだった。
「『ファーストオーダー』。目を見て、わたしの目」
雪は自分の身体の緊急速報に従って、大きく飛び退きながらリボンに手をかけプリンセス姿へと変身した。こうして大きく目線を逸らしたのは正解だ。ふかの目を見ていれば、術中に引き込まれていただろう。
プリンセス:マザーの能力は難しいものではない。ファーストオーダーで意識を曖昧にして、自らの胎内へと招き入れる。もとの身体も心も消し去り、妊娠3ヶ月も経っていない胎児に戻してしまうのだ。ファインダーはそれらの動きを最初の工程で拒絶し、幸運にも回避に成功した。
糠道ふか/母なる姫マザーは、幸運に頼ったまぐれで逃れた標的を一度で諦めなかった。『夫』である成人男性に指示を出し、いきなりのことで飛び退いた先から動けないでいるファインダーを押さえてもらおうとしたのだ。後ろから羽交い締めにしようと襲いかかられ雪はとっさにナイフを呼び出して背後の男性を切りつけてしまう。その感触にはまったく人間味がなく、たやすく切り裂けるためファインダーは腕を落とした相手を蹴り飛ばして脱出した。
「なんなんだよ、こりゃ……!」
倒れた男性はレヴェルと同様に消えていく。残ったマザーはまだファーストオーダーの力を留めているらしく、瞳には気の狂いそうな妖しい光を宿していた。
「どうしてわたしの娘になってくれないの」
さっきのふかよりずっと、悲しげな声だった。
「わたしは母になってはいけないの?余剰ちゃんのときだって、表さんのときだって、わたしはがんばったのに」
視線を落とすマザー。自ら母なる姫などというプリンセスになったのも、あの幻影のような男性も、そういう願望故か。
「……そんなこと言ってませんよ。ただ――」
雪の回避は回帰への拒絶ではあった。だが直接のふかの否定ではない。何があったのかはわからないけれど、いけないだなんて言っていない。だが単なる容認は雪の主張ではなかった。先程抜いた刃を突き立て、マザーの場所へと駆けてゆく。
「――私は反抗期なんすよ」
余剰の仇討ちでも、表の救済でもない、ただの凶器が沈み込む。腹部を貫き、下部へ向けて引き抜かれる刃は皮膚も脂肪も筋肉もさらに裂いて進む。エプロン部がふたつに分かたれて、中心はじわりと赤で彩られる。
続けて金属ではない侵入者が腹部にあった。腕だった。何かを探し求めるように入れられた腕はふかの引き裂かれた子宮内をかき回し、ついに掴んだものがあった。胎内から血にまみれながら取り出されるはテーブルナイフとさんごの指輪。イーターとダイバーの名残だった。
ファインダーの手が引き抜かれ、マザーは数歩家具を頼りに歩いたのちに倒れた。血溜まりがしだいに大きくなっていくのにあわせて彼女の四肢から存在が薄れてゆく。最後にマザーのペティグリィも剥ぎ取ろうと考えたが、どうやら額の皮膚そのものになっていたらしく叶わなかった。
同級生の血液で穢れた雪の手には、願いの残滓がふたつ。塗りたくられた穢れが深紅の光沢を見せており、残酷なまでに美しかった。
◇
【次回予告】
表と裏。運命を共にするもの。
片方が消えたのなら、残り物は消えるしかない。
切り捨てるか、手を握るか――儚さか、勇気か。
次回『私にください』
サブタイ間違えた気がします。