ROYAL Sweetness   作:皇緋那

34 / 41
デッド・オア・ダイ

【前回のあらすじ】

 

もしも戻れるのなら。あの闇も、この悲しみだって、なんにも知らなかった子供のころに。

 

 

自らの領地である火山地帯の中央、どこからどう見ても暑苦しい場所に陣取って、彼女は端末を手に持っている。画面に映されている項目の数々。それぞれのタイトルからは、大まかな内容――『プリンセス脱落のお知らせ』であるということが見てとれた。

残ったプリンセスは8人。そこに接続姫をあわせてもたったの9人だ。となると、数ヶ月と言えるほどにも経っていないあいだに9人の少女が消えたということだ。警察は迷惑を被っているだろう。主催者側は、どうやら現実世界のことなど考慮していないようだ。噂に聞く前回以前も同じだったらしい。探れば、先代の優勝者についてくらいわかることだろう。

そんなことを調べたところでこの少女、プリンセス:ブレイザーには何の得も無く、忌々しい思いも消えてはくれない。ただの骨折り損になるだけだ。

ブレイザーがセクターボードを放り投げ、消えるように指を鳴らした。鳴らしたというよりかは小さな点火でごまかしているようだったが、ボードは消えたので問題ない。それよりも、ブレイザーには煮え切らない思いのほうが重要だった。自分を出し抜いたプリンセス、カダヴァー。ブレイヴァーへの憤りはさんざん物に当たり散らし「ラストオーダーでなら負けるはずがない」という結論に達していったんおいておけるほど落ち着いたが、カダヴァーへの怒りは大きく燃えている。最下位の分際でこの私から奪ってしまおうだなんて身の程をわきまえないにも過ぎると、いくら岩だのを蹴り壊しても物足りなかった。

もう一度セクターボードを手元に読んで、通知欄を眺める。さっきは詳しく読んでいなかったが、死んだのは誰かいちおう確認する気になったのだ。見出しをタップして暗転ののちロード画面に遷移した画面をじっと見続け、目を細める。

 

「……ちっ、どうでもいい」

 

脱落者は5位と6位だった。この前は7位。所詮は上位にもなりきれない出来損ない。ブレイザーが気に留めるほどのことではないと思っていた。上位者といえど残ったのは自分とブロワーだけ。あとは卑怯な手で首位を独占するエンペラー、ブレイヴァーに殺されたプランター。つまり自分こそが王者にふさわしいと思っていた。

彼女のイライラが高まり始めたところに、軽いちゃららんという音がした。いきなりのことに驚いたが画面が切り替わったのみで何が起こる気配もない。聞いたことのない電子音だったが、恐らくボードの着信音かなにかだろう。切り替わった画面を見てみると、メール形式で何かが届いているらしかった。本来はこんな機能ついていないはずだが、とタップしてみると差出人はコネクター、炎上姫を唆し争奪戦を始めさせた金色のプリンセスであった。運営側に立っているらしい彼女からの通達ならば見たことのない機能でもおかしくはない。ブレイザーはそれを、声に出して読んでいく。

 

「炎上姫ブレイザー様。この度は戴冠式に……この辺はいいか。用件は……」

 

長々しく業者っぽく堅苦しい挨拶をぜんぶスクロールして飛ばすと、本題にあたるだろう部分で段落が変わっていた。そこから読み上げを再開すると、どうやら頼み事があるようだった。

 

「詳しくは17番セクターにて、か。ここだ」

 

最初からここにいるのだから、わざわざ送ってくる必要もなかったように思える。けれど、コネクターはまだここにはいないようだった。

 

「ちっ、我を待たせるとは。あの女、今度出会せば焼き払ってやろうか」

 

愚痴を垂れ流しながらブレイザーは待った。コネクターは現れる気配すらない。あのプリンセスは現れるときは気配など伴わないが、すぐに来るとは思えない予感がしていた。

が、ブレイザーの予想は外れることになる。17番セクターには炎上姫でない影が現れる。侵入通知が一時的に書き換えられているらしく、なぜか『待ち人到着』と記されていた。

 

「あっ、あんときのプリンセスじゃーん」

 

声からは嫌な予感しかないし、神経を思いっきり逆撫でされていた。まさかこれは、コネクターからの嫌がらせではないか。

 

「最下位、貴様ぁ……!」

「えっうちなんもしてないじゃん」

「セクターの件、忘れたとは言わせんぞ」

「え……あー、でもあれ先着うちだったよ」

 

死んだだろうが、とブレイザーは噛みつく。カダヴァーの反応はへらへら笑っているままで、そういうプリンセスだし、で片付けようとしていた。気にくわない。このイライラを全部ぶつけてやりたいブレイザーだったが、いくらぶつけたところで返ってきそうなのでやめておくことにした。

 

「ったく、何故二位を最下位と会わせようと思った?あの金色め」

「コネっちのこと知ってるの?」

「……コネっち?」

 

コネクターのことをそんな呼び方で話す奴を始めてみたため、ちょっと引っ掛かった。が、こいつはさっきのテンションからしてこういう奴なのだろう。首をかしげるカダヴァーを放って、さっきの言葉に答える。

 

「彼奴が向こうから干渉してきただけだ」

「それはうちもいっしょじゃん」

 

てっきり素質を認められ運営側から来たのかと思いきや、最下位のところにも行っているとは。自分の早とちりを恥じるより先にカダヴァーにイラつきの視線を向ける。向けられた当人は気づいていないが。

 

「うちは特例っていうか。ちょいと経緯がアレなんじゃん」

「特例……か」

 

自分がレヴェルを一瞬にして殲滅したことによる褒賞もまた特例なのだろうか。

 

こうしてイライラばかりを溜めながらコネクターを待っていると、気配を伴わず目の前にいきなりコネクターが現れる。相変わらず神秘を閉じ込めたような瞳でいて、ブレイザーはそれが苦手だった。なるべく目を合わせたくないし、あとかっこいいので背後に現れたときはそのまま背中合わせで話していたのだが、今回はそうもいかないらしい。カダヴァーもいるからだろうか。

 

「お二人とも、おはようござい」

「ございー!」

 

開幕でついていけないテンションだ。

 

「この度集まっていただいたわけですが」

「なになにー?」

「討伐依頼、といいますか」

「トウバツ?」

 

なにかを倒せ、ということか。ブレイザーは面倒事ではなく単純そうな依頼に手元の空気に火花を散らしてみせる。

 

「やる気があるようでよく、討伐対象はペティグリィ・レヴェルというもので」

 

ブレイザーも、カダヴァーも聞いたことのない概念だった。コネクターは説明を続けていく。裏世界は元より人間の感情に左右される部分が濃く、プリンセスへと向けられる負の感情がレヴェルとなるのだが、ペティグリィに怨念や無念がこもったものがペティグリィ・レヴェルだそうだ。この途中で切るような話し方がうっとうしくブレイザーは大雑把にしかわからなかったが、とにかくそれを倒せばいいらしい。

 

「ひとまず調査中の部分もあるですが、受けられて?」

「うん、うちでいいなら」

「はっ、その程度我のみで片付けてくれる」

 

互いに即答だった。単純な人の良さと、怒りの捌け口だ。

 

「では、最初の敵は8番セクターで。異端尋問姫のリングに宿ったレヴェルがお相手になりまし」

「りょーかい!じゃあ行こうか!」

 

元気よく敬礼をしたカダヴァーは、ブレイザーの手をとって引っ張っていこうとする。気安く触るなと振り払おうとも思ったが、ここでわざわざ喧嘩を吹っ掛けるとレヴェルを吹き飛ばした際に自慢ができなくなるかもしれない。そうなると、爽快感が損なわれてしまうのだ。

珍しく大人しいまま連れられていくブレイザー。カダヴァーはこのまま、8番セクターまで歩いて行こうとしているのだった。

 

 

歩いて8番セクターまで行くのはそう難しくない。方角を誤ってジアザーの領地に踏み込まなければレヴェルが出るだけだ。それもブレイザーにとっては取るに足らないものばかりで、何事もなく到着できた。歩きづめで疲れていないわけではないが、まだまだ戦える状態でだ。

 

「……しかし、なぜ徒歩なんだ?現実に戻って再出現すれば歩かなくて済む、それに逃げ出すことだってできる」

「あー、んー、訳アリなんだよね」

 

彼女が自分を特例だと言っていたことを思い出す。現実に戻れない制約でもあるのだろう。それに、とカダヴァーは続けた。

 

「ブレイザーが逃げないように見張ってられるじゃん」

 

嘗めるな、と炎上姫はむっとした。逃げるほど気弱な訳がない。相手の姿も見えていないのに退くなど論外だ。

 

「そっちこそ逃げるなよ」

 

眼前にぐいっと赤い炎上姫の髪が迫り、その指が屍人姫の鼻の頭にあたたかな感触を伝える。炎上姫というだけあり、変身時は体温が高いのかもしれない。影響されたのかカダヴァーは自分の耳のあたりが熱くなっていくことを感じていた。ブレイザーの身体はカダヴァーのそれよりも歳上である。身長差もそこそこだ。つまり、このシチュエーションは所謂『俺様系イケメンに詰め寄られる』ものに似ていた。

 

「……あ、ちょっと、近い、恥ずかしいじゃん」

「あぁそうだ。我を嘗めるなど恥ずべき行為、よく覚えておけ」

 

ブレイザーに自覚はない。相変わらずの態度がその証拠だろう。臨戦態勢の鋭い目付きのまま、ちょっとぼうっとしているカダヴァーを今度は逆に引っ張っていく。

 

「っと、遂にお出ましか」

 

気配を察知して立ち止まったブレイザーの目の前には、黒いシルエット。まるでぴっちり肌に密着しているインナーを着用しているような光沢のある手足で、その上にシスター衣装らしきものを纏っている。これがコネクターの言っていた異端尋問姫の――インクイジター・レヴェルといったところか。

手には錆びた金属製の拷問器具が握られていた。明らかにこちらを見ており、三白眼の小さな瞳が睨み付けてくる。背筋の凍るような怨念を感じるが、ふたりは平然と立っている。

 

「さぁ、始めようか」

「……あぁ、ほいほい。やってやるじゃん」

 

カダヴァーはちょっと反応が遅れていたものの、プリンセス側も戦闘体勢に入る。相手方も身体を低く持っていき拷問器具を構えており、飛び出す用意は十分のようだった。

 

「おし、食らえー!」

 

ボロ布が空間にはためいて、カダヴァーの攻撃がはじまった。同時にインクイジターも行動を開始する。最初にダメージとなったのはインクイジターの拷問器具で、カダヴァーの衣装の隙間から肉に深々と突き刺さっていく。だが衝撃が足りない。傷ついてきた彼女を止めるには吹き飛ばすだけの攻撃が必要だ。カダヴァーは苦痛にすこし表情を歪ませるが、続けて拳が振るわれる。死者の姫ゆえにまともなストッパーがかけられていない打撃がインクイジターの脳天を襲い、目眩を誘う。

 

「そらもいっぱつ、っとぉ!?」

 

二度眼の攻撃に移るため振りかぶったとき、カダヴァーの足元でなにかが蠢く音がする。レヴェルの影からだ。ドス黒いロープが飛び出して、カダヴァーを捕らえに来る。急いで離れようとレヴェルの顔面を蹴って跳ぼうとしたが、レヴェルは口を開いて噛みつくことでその勢いを殺そうとしている。

まともに食らって再び死ぬことを覚悟したとき、追っ手となるはずだったロープが灰と化す。ブレイザーだ。燃え尽きたものが地に落ちたのを見て、カダヴァーは足を噛まれたまま親指を立ててみせた。

 

「……はっ、これが感謝されるほどのことか」

 

鼻で笑ったブレイザー。続けて炎の掃射が襲い、レヴェルの足元を焼き尽くしていく。影から出ていこうとするロープはすべて焼失し、相手はやみくもに手持ち武器を振り回すしかないようだ。逆さになってぎりぎりでしがみついているカダヴァーは炎そのものの攻撃は受けていないものの、振り回される錆びた金属の棘は受け続けることになる。噛まれている脚が何度も何度も標的にされ、ついには露出していた骨まで叩き割られてしまうような。

だが脚がちぎられたことを皮切りに彼女の攻勢も大きくなる。着地した直後に頭突きをお見舞いして互いの頭部から血を流させると、ふらつく相手に腹パンを決める。

 

「どーだ、見たかぁ!」

 

そうは言われても、まともに見ていられるような戦闘方法ではなかった。血がひたすら出ていって、この戦いが終わる頃には失血死していると思えるほどだ。ブレイザーはいくら死んだはずのあの炭化から脱出できるほどの能力の持ち主でも、こんな痛々しい戦い方はちょっと、と思っていた。

 

レヴェルは起き上がろうとしてこない。不審に思って片足でぴょんぴょんと跳んでカダヴァーが確認しに行く。まだ撃破はできていないだろうが、これはチャンスだろうかと思ったのだ。しかし、大きく開いたインクイジターの口からは杭が飛び出していく。カダヴァーの身体をやすやすと貫くそれは、彼女を晒し上げるかのように上空へと持ち上げていく。過程で杭が枝分かれするように肢体を蹂躙、徹底的な破壊が行われる。あのカダヴァーはもう死んでいるだろう。諦めるしかないと、ブレイザーは自分のみで攻撃に移ろうとする。

腕のあたりに意思の力を集め、炎として打ち出す『ファイアーブレス』の実行は「ちょっと借りるよ」という声で遮られる。気づけば手元のエネルギーが流れ出て、ブレイザーの横で人型になって現れようとしていた。カダヴァーの復活だろう。

 

「貴様、邪魔をしおって」

「ごめんごめん。でもまぁ、自分で手を下すより楽じゃない?」

 

自分が傷つく選択肢をにへっと笑って選んでいくカダヴァー。起き上がったインクイジターがもう一度あの杭による処刑を始めようと、口内にエネルギーをためているらしい。ブレイザーを庇うようにして、彼女は立ちはだかった。

 

「……何のつもりだ」

「肉の壁じゃん」

 

あっさり言ってのけるカダヴァーに驚くが、ただ驚いているだけではいられない。こうしているあいだにもあのレヴェルは攻撃の準備を――と、思ったとき。もう一度杭が放たれて、カダヴァー目掛けて飛んでいく。受ける側ももう一度死ぬ覚悟があるらしく、歯を食い縛っていた。そういえば。彼女はダメージを受ける度、表情を歪ませているではないか。痛覚が通常に働いているのか。ならばどうしてと、ブレイザーの考えは加速する。たった数秒のうちに、今自分がどうすべきか考える。

 

次の瞬間、杭は炸裂し――炎が舞った。ブレイザーの指がレヴェルを差していて、もう片方の腕にはカダヴァーを抱いていた。

 

「今のがプリンセスの『ファーストオーダー』だ、三下女の偽物の成り損ないが」

 

インクイジターレヴェルは半壊していた。強い力を呑み込み勢いを増す焔の竜に押しきられ、焼かれていたのだ。異端尋問姫がペティグリィとしていたリングが脳幹にあたる部分から落ち、欠けている姿を晒した。

 

「すご、一発って」

「さっきの杭が奴のラストオーダーにあたる技だろう。燃料にし切れる程度の攻撃なら我は負けない」

 

腕の中で硬直するカダヴァーを抱いたまま、消滅していくレヴェルを見届ける。その横顔を見ることになっているカダヴァーは、彼女を再び容姿端麗な男性と一瞬見間違えた。

 

助けた者をやさしく立たせ、ブレイザーは自分の衣装にかかった灰を払う。一応命の恩人に恐る恐る話しかけようとするカダヴァーが口を開いて、聞きたいことがあるとした。

 

「……どうしてうちを助けたじゃん?わざわざこんなふうにしなくても、あのまんまで倒せたはずじゃん」

「貴様が挟まると狙いが定まらん」

「それだけなわけないじゃん。あの位置で外すわけないじゃん」

「……痛いと思って」

 

カダヴァーには予想外の答えだった。痛覚がそのままだからといって、ブレイザーはわざわざそんなことをするようなイメージではなかったのだ。

 

「とにかく!インクイジターは倒した。解散しろ」

 

多少の炎を纏ってこそいるが、炎上姫の背中は警戒の色を薄めていた。そのことに気付いた屍人姫の口元はゆるみ、微笑みを作っていた。

 

 

 

【次回予告】

 

第二位の座につき、敵を焼き尽くす炎上姫。

しかし現実の彼女ではそうも行かない。

ブレイザーの正体である少女。普段の彼女が明かされる。

 

次回『同じ景色』


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。