ROYAL Sweetness   作:皇緋那

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戻れるのなら

【前回のあらすじ】

フリーザーはブレイヴァーの元へと行き着いて、道を閉ざされて。

ダイバーはブロワーの元へと行き着いて、路地から引きずり出されて。

残るプリンセスはワタシを含めて10人、それぞれの道が結末へつながっており。

 

 

半ば強引にだが、表は刹の自宅へやって来た。ふだんの生意気な姿勢からは読み取れない几帳面さがあるようで、靴箱の時点ですでに名家のメイドが整頓したあとみたいになっていた。

 

「ささ、上がって。おばあちゃんはデイサービスにいるから、今は私たちだけよ」

 

両親について話題に出さないあたり、野芭蕉にもなにかあるのかもしれないが、表はなにも聞かなかった。ふかを見るとそれは当たり前のことのようで、平然としている。

ここまで来てしまったけれど、表はこの女子中学生ふたりと一緒に誰かの家に遊びに行くような仲というわけでもない。知らない場所へ行くのはよくあることだったが、いつにも増して表は緊張していた。

 

「別に、警戒しなくていいわ。私を信用できないのはわからなくもないの。けれど、手段を選ばない勝利は後味のいいもんじゃないでしょう」

 

表の緊張を汲み取ったのか、あくまでも闇討ちの意図はないとする刹。彼女は扇子を取り出して、ひとおもいに広げた。鳳凰が金色に存在を主張しており、彼女に似合って堂々とした印象だ。

 

「私のペティグリィに誓いましょう。あなたを裏切らないって、決めたわ」

 

自信がたっぷり含まれているからか。刹の言葉は、不思議と表でも信じられる気がした。

 

「で、ちょっとでも休んでいくかしら?ほら、疲れたんでしょ」

 

居間であるらしい、畳に小さなちゃぶ台の部屋に案内される。いかにも昭和という感じで、ドラマくらいでしか見たことのない光景だった。ふかと並んでちゃぶ台を囲んで座ると、刹はお茶かなにかを出してくるのか台所へと吸い込まれていく。

ずっとしゃべっていた彼女がいなくなると、空気はちょっと気まずくなった。あのパーティのときも言葉を交わしておらず、ほぼ初対面の相手に話しかけられるような人間ではない。表とふかはそのまま刹が帰ってくるまで黙ったままになりそうだったが、ふかが意を決して口を開いた。

 

「……えっと、大丈夫、だよ。刹ちゃんは、いい子だもん」

 

いい子、という表現は抽象的だが、ふかの言いたいことはわかる。古史雪へのストーカー根性といいちょっと変なところはあるのだが、騙したりはしていないように感じられる。3位という高ランクなのは純粋な戦闘能力故なのだろう。

 

「あ、あと……不安だったら、わたしもがんばるよ」

 

ふかの年相応の小さな身体に彼女の手のひらがぺたんとくっつく。精神的に駄目になりそうだったら、甘えてもかまわないということらしい。

 

「表さんよりずっと年下だけど、慰めることならできるから」

 

瞳と瞳がぴったり合うような、真剣な眼差し。一生懸命向き合ってくれているようだった。

 

「はーい、お茶が入ったわ」

「あ、おかえり刹ちゃん」

「えぇ、お菓子もあるわよ。適当に食べて英気を養いなさいな」

 

お盆に乗った湯飲みがみっつ。中にはあったかい緑茶が入っているようだ。表は湯気をたくさんあげているそっちより先に周りに並んでいるチョコレート菓子をひとつ手にとって、包装を引き裂いてみる。

 

「あら、あなたタケノコ派なのね」

「刹ちゃんといっしょだね」

 

適当に手に取っただけだったので、表は袋をまじまじと見た。ふだんお菓子なんてこんなコンビニやスーパーで買うということとは無縁だったので、これが噂の戦争をも引き起こす代物かと思いひとつ口に運んだ。

変に上品にまとめていない新鮮な味。クッキー部分がさく、と言ってチョコレートを引き立てる。自分をお高く見せようという意思のないお菓子は、表にとって珍しい体感だった。

 

「どうかしら?」

「……おいしい」

「よかった。あなたもこっち側ね。雪のやつはキノコなのよ」

 

また雪ちゃんの話して、とふかが言っても刹は興が乗ったようで饒舌になりはじめる。

年頃の少女たちの集いには似つかわしくない緑茶とチョコレート菓子だったが、3人は笑って過ごしていた。

 

 

そうして笑っていた少女たちも、ひとたび裏世界に入れば敵同士となる。とはいえ、今回は刹、表ともに争うつもりもなく。互いに変身こそすれど戦う相手は負の感情――レヴェルのみだった。

最初に訪れたのは豪華な内装のレストランのように仕上げられていたはずのセクター、番号は22番。朽ちた店内に寂しさが充満しているが、立ち止まってなどいられない。冷ややかな視線は出尽くしたのかほとんど一般の人形しか現れず、ブロワーにとってもダイバーにとっても簡単に制圧できるもので、なにごともなく手にいれることができた。ダイバーのエンブレムのみが刻まれ、ここは潜水姫のものだと確定する。

もう一方の7番、8番までへは一旦現実へ戻ってから赴いた。そのあいだに見えたふかの様子もすやすや眠っているようで安心できるものだったし、降り立ったとき突然目に飛び込んできた廃墟の光景にも先程初めて荒廃したセクターを見たときより驚かずにすんだ。

こちらには宙を泳ぐ足の生えた大蛇が現れた。緑の瞳でいまいましげに表を睨んでくる姿にすこしだけ怖じ気づいたが、自分とアーモンドを守るんだ、と拳を握って叩きつけた。吹き飛んでいく先には風の刃と巻き上げられた残骸が待ち構えており、凄まじい烈風によって壊れた看板、抜けてしまった電柱が武器となっていた。嫉妬の化身だった大蛇は生命活動を行えなくなったため消えてなくなり、あたりには栄華を誇った不夜城の跡地のみが残っていた。

本当に残っているものはそれのみかと警戒し、じっくりと周囲を見る。いくら見回しても新たな敵の気配もプリンセスの気配もない。制圧して、心の整理をつけるべきだとダイバーの脚が一歩先へと踏み出す。

ふと、ダイバーは足元を見た。きらりと反射の光が視界の隅に入って、表を呼び寄せたのだ。どこか見覚えのあるコインを迷わず拾い上げ、柄も光沢も記憶と一致することを確認した。

 

「何かしら、それ」

 

ブロワーが聞いてみる。ダイバーの表情は決して明るいものでなく、気分のいいものを見つけたわけではないようだが、と思ってのことだ。荒廃したセクターという場所に落ちているもので目を引く特別なものならば即ち脱落者のペティグリィである可能性が高く、実際にそうであった。

 

「アーモンドが遺したものです」

 

会話はそれ以上続かなかった。ただ、ブロワーはダイバーのとなりに立っていた。拾い上げたコインをぎゅっと握って、うつむく彼女の隣に。

 

ダイバーの能力は、ただどこにでも潜れるというだけではない。ファーストオーダーならば相手を海中に引きずり込むように酸素を奪ってしまえるし、ラストオーダーもまたただの潜水ではない。それらの能力、うちのひとつ。ダイバーはいま、意識をこのコインの過去へと潜らせていた。主が消えたとき、何があったのか。どうしてアーモンドと別れなければならなかったのか。表がいまもっとも知るべきことだと判断して、過去を見ようとした。

 

脳裏とも網膜とも言えぬ場所に映し出されるのは、戦いの一幕。ひとりは友人だったゲームスター。彼女と交戦しているのは氷の衣装のプリンセス、フリーザーだった。

フリーザーの両方の瞳はもはや常人と判断できるような瞳でなく、目が死んでいるような状態。ゲームスターが陰から銃を撃ち弾をフリーザーの意識の外に出現させているが、効果があるようには見えない。すべて対応されており、勝てる気配は殆ど無かった。オーダーを阻止するために飛び出していっても、脚を貫かれたうえに凍らされ止まってしまった。身動きがとれなくなった彼女はもう刺されるしかないだろう。

これはアーモンドの死ぬ直前の映像。つまりアーモンドは勝てない。表の認識は間違っていない。が、不可解な点はあった。アーモンドの表情、笑っているのだ。フリーザーが理解できないと叫んでいるのが聞こえる。このときだけはフリーザーに同意した。どうして、私の友人は、笑っていられるのだろう。

 

――アーモンドはただで殺されてなどいなかった。ラストオーダーの詠唱を完遂させ、拳銃によってフリーザーの眼を撃ち抜いた。命を引き換えにした一撃としては少なすぎる損害だったが、それでも脳の損傷で思考能力が落ちたことで死を招き、外傷としても後にユウキが貫く傷だった。

 

そして。彼女はこう言っていた。表の笑顔を見た私は、とっくに勝っていたのだと。

 

意識がプリンセスの体に戻ったダイバー。知らず知らずのうちに涙を流していた。友人の死に様が辛いというのももちろんあった。けれど、きっと、自分のことを最後まで想ってくれていたことへの感謝だってあった。

 

 

一日泣きっぱなしで表を置いて、刹は一足お先に現実へ帰ってきた。彼女はひとりにさせてあげるべきだと判断してのことだった。

当初の目的だったセクター制圧は完了し、それに加えてアーモンドに置いていかれていた彼女のペティグリィも拾った。刹の言い出したことは成功した。表が泣いていても自分の計画の成功には変わり無いのだと、満足していた。

ふかはまだ眠っているし、表も帰ってきていない。それまで何をしていようか。冷めてしまいぬるくなった緑茶を飲みながら、刹は考えていた。

 

 

ダイバーがブロワー不在の事実を確認したのは、友人の遺した場所に自らのエンブレムである海中風景を刻んでからであった。それまでずっとアーモンドに想いを馳せていたのに、けたたましい侵入通知によって現実に引き戻され、急いでやってしまおうと思ったところで気づいたのだった。

こんなときに侵入してくるとは、ダイバーからこれらのセクターを奪い取ろうとしているということだろう。させるわけにはいかない。向こうから出向いてくるのなら戦闘能力に自信のある相手の可能性もある。

また、セクターボードの通知は侵入者が変身時でないとプリンセス名が表示されないことを知っているらしくそれを利用しているあたりも危険性を匂わせる。氷結姫だという可能性だって高い。

背後を取られれば致命的だと地中に潜ってしまおうかとも考えたが、考えを巡らせているうちにその少女は現れた。

 

「……ふか、さん?」

 

相手は一生懸命に向き合ってくれようとしていた少女だった。あまりに意外な相手だったためにダイバーは警戒心をゆるめた。まさかふかまでプリンセスだったなんて、と同時に彼女ならまだ話が通じると安心した。仮に心を読み変身するプリンセスが殺しに来ていたならここで終わりだっただろうが、そうではなかった。

プリンセス・チェンジと短く告げられ、ふかの身に付けていた衣装はすべて再構成される。割烹着にも似たコスチュームだった。

 

「どうかしたのですか?このセクターならもう大丈夫です」

 

心配させてしまったのかな、とダイバーはそういう。けれど、ふかの視線はずうっとまっすぐにダイバー本人を見ていた。

 

「あの、なにか――」

「『ファーストオーダー』。目を見て、わたしの目」

 

オーダーの効力が発揮され、ダイバーの視線はすべてふかの瞳に吸い込まれた。自分が自分でなくなるような気がして、ダイバーは必死で抵抗しようと脳を働かせていたが、どうしても効果がない。

だんだんと頭がふわふわするような感覚で、物事が曖昧になっていく。今自分はどこにいて、誰といるのか、わからなくなってくる。

 

「お母、さん」

 

忌み嫌っていたはずの人物を呼んだ。いや、表の母親はどんな人間だっただろうか、表自身にもわからなくなってくる。抗いがたいものを感じ、よたよたと目の前の女に歩み寄っていく。

身体を衝動に任せたまま、彼女のやわらかなおなかに抱きついた。彼女もまたやさしく頭を撫でてくれて、年下が相手のはずなのにどうしてか安心できる。

 

「大丈夫。あなたはなにもしなくていいの」

 

徐々に、ダイバーの瞼がおりていく。

 

「もう悲しまなくたっていい。誰もあなたを置いていったりしない。だから――」

 

少女が目を閉じ、また別の少女が微笑むと同時に。

 

潜水姫ダイバーはこの世界から消失した。

 

 

 

 

【次回予告】

 

イライラの炎を燃やすブレイザーのもとへ再び金色のプリンセスが現れる。

何を言い出すかと思えば――カダヴァーとの協力だという。

2位と最下位、ふたりの行く末は如何に。

 

次回『デッド・オア・ダイ』


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