ROYAL Sweetness   作:皇緋那

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砕けて

【前回のあらすじ】

「私は、ユウキについて知らなければならない」

「どうして、どうして私の好きな人から消えていくの?」

 

 

18番セクター。幾度も戦場となり、血を受け止めてきた勇者姫の立つべき領。しかし今は、その支配者ではない少女もまたここに立っていた。

虚依青女、氷結姫フリーザー。喪われた右の瞳を覆う瞼は固く閉ざされているものの、もう一方の眼には戦意が宿っている。自分は正しいと信じたい心と、それを疑う幻の声と、ブレイヴァーを知ろうとする好奇心が入り交じって青女を戦いへと駆り立てるのだ。氷のコスチュームは二人を手にかけてなお輝き衰えず、威圧を感じさせる気迫を放っていた。

 

「……久しぶりですね、ブレイヴァーさん」

「あのとき以来、だったっけ」

 

フリーザーの前で戦闘体勢に入っているのはこのセクターの主、ブレイヴァー。侵入者の通知を受け、急ぎで意識を飛ばしてきたのだった。

あのとき、いるかが死んだとき。ユウキには青女を邪険に扱ったような覚えがあり、その節に関しては申し訳ないと思っていた。だが、相手の眼はその程度の感情だけではないということを明らかにしている。

 

「この度は貴女を殺しに来ました」

 

かんざしを中核として形成された氷槍をブレイヴァーへと向けて宣告する。ここから先に手加減など必要ない。殺すと宣言した以上、青女はユウキをその通りに殺すべく動く。

 

「『ファーストオーダー』。射抜け、鋭き氷柱」

 

フリーザーの指令に従って、多くの氷柱が打ち出される。ひとつでも突き刺されば死ぬようなものが大量に、だ。ブレイヴァーは黄金の剣を振り、次々と氷柱を破壊していく。だが、フリーザーも射出を止めなどしない。数も勢いも増す弾幕に追いきれなくなると判断したブレイヴァーは大きく跳んで回避すると、短く告げる。

 

「『ファーストオーダー』。煌めけ、選定の剣」

 

細かな弾幕による攻撃が氷結姫の攻撃だが、ブレイヴァーのそれは違う。エネルギーを収束させ、極大の光として打ち出すのだ。フリーザーとてこの高エネルギーを一気に凍らせるなどできず、氷の壁を数百、どころか数千と出現させて防御を試みた。一枚ならば紙切れのように消し飛ばされるものの、大量にかき集めれば減衰できる。

これで威力が大幅に弱まったと見たフリーザー。光の中へと飛び込んでいく。多少の焼けつく痛みなど最早関係がない。数秒も立たずにファーストオーダーの切れ目より敵の姿が現れ、氷結姫の槍と勇者姫の剣が火花を散らしながら交差した。

 

「沖ノ鳥ユウキ。貴女は何故立っていられるのですか」

 

完璧、無欠を求められ、望むままにしてきた青女。相手にどうすれば好かれる、どうすれば良く思われるのか、そのために動いてきた。結果がこうだ。片目を失い、幻聴を患い、わけがわからなくなっている。

だから。しがらみから逃れようとした表も、こうして傷ついていないユウキも、理解できなかった。

 

ユウキが答えることはなく、徐々に槍が押されていく。ついに氷槍は弾かれて、剣がフリーザーの身体を襲う。だが剣を周囲ごと大きく凍らせ氷の塊とすることで斬撃を受け止めると、素手で剣を押し返そうと試みる。

 

「貴女も私と同じ、周囲に応え続けてきた人間なのでしょう?」

 

こうすればいいと知ったから、こうしろと言われたから。青女は機械のように動いてきた。だから氷細工のように、体温が感じられなかったのかもしれない。

同じく、そうして心を磨り減らしてきたのだろうと。ユウキに同意を求める。けれど返事はなく、変わりに氷塊にヒビが入る音がした。刃によって断ち切られた両側が地面へ落ちて音をたて、刃はそのままフリーザーの手を裂く。

 

「ぐっ!?」

 

中指と薬指の間に大きな切れ目が入る。このまま戦いに使えるような傷ではなく、右手ではもう何も握れぬだろう。強制的に傷口を凍らせれば使えるかもしれないが、それではブレイヴァーの剣に対抗はできない。

 

「なら――氷結姫フリーザー。ここに、私の王権を行使します。我が命に応え……凍てつく氷華よ、咲き乱れなさい」

「煌めけ、選定の剣」

 

オーダーにはオーダーだと、ブレイヴァーもまたファーストオーダーを起動する。衝撃波とエネルギーが激突し、ぶつかった地点に氷の壁ができていく。やがて広範囲を凍土にするための波を抑えて莫大な光の奔流が壁を破り、突き進んでいこうとする。

対抗策として第二の波が送り込まれ、再び同じ風に激突する。また壁自体も用意されており、フリーザーのところへたどり着くまでに光は失せていた。

 

「……答えて、ください」

 

口を閉ざしたまま剣を振るうユウキに、青女は不安を抱いていた。彼女は私のことを理解しているのだろうか、と。

当然そんなのは勝手な期待があっただけの話で。ユウキには青女のことなどわからない。答えられる呼び掛けではない。いちおうの言葉を返すだけだ。

 

「違う、と思う。私と、あなたじゃ」

「いったい何が違うのですか……!」

 

やっと口を開いてくれたと思い、青女の表情がやや明るくなった。ユウキは相手の望んだ答えではないだろうとわかってはいたが、告げるしかない。

 

「……私は自分しか見てないけど。貴女はみんなだけを見てる。ぜんぜん違うこと、じゃないかな」

 

青女は固まった。自分は認識を間違っていた。思えばあの少年だって言っていたじゃないか。「自分にだけは反したくなくて、自分が裏切りたくないと思ったものがあるから結果的にしっかりしてるように見える」んだって。

 

「……そうですか」

 

急に、青女は世界に人間など自分しかいないようなふうに感じた。誰も同じじゃないのなら、誰も正してくれないのなら。

 

「えぇ、続きをしましょう。殺し合いの続きを」

 

幻聴なんて聞こえない。今きこえてくるのは自分の心音と、金属の音。視界には殺すべき者。重なりあう刃が青女の決意を映し出す。

 

そこから先は、互いに言葉もなく。斬撃と刺突の応酬であった。一直線に放たれ全てを凍てつく凶器へと変えながら突き進む殺意と、そのすべてを貫き突き進む聖なる武器がぶつかりあい、共に砕けていく。黄金の切っ先と白銀の尖端が弾き弾かれ、また共に削れていく。

 

互いに一歩も譲らずに激突し続け、もはやあの強固な意思の量でさえ尽きかけていた。最後の一発だと理解したうえで、ペティグリィが構えられる。押し負けたなら押し負けたほうの敗北。即ち、死だ。集う力は生を、そして正を掴もうとする心。

 

「『ファーストオーダー』……行きますよ」

「『ファーストオーダー』、受けて立つ」

 

鋭い眼光がぶつかりあい、それだけで射殺せると思えるほどだった。フリーザーとブレイヴァー、ふたりの詠唱が重なり、空気が震え出す。

 

「打ち貫け――」

「邪を祓え――」

 

 

「――永劫の氷華」

「――栄光の剣」

 

 

互いの視界から相手の姿が消えた。視覚すべてを遮る暴力的なまでの戦意の塊が噴き出し、本来破壊されることのないセクターそのものまでが揺らいだようだった。徐々に冷気が光の束を押していき、勇者姫を飲み込もうとする。

願いを込めた奔流が晴れた先。きっと、この同時攻撃を制したほうが勝つ。そう確信してその場で立っていたのは――氷結姫だった。

 

「いない。彼女がそこにいない。ということは、私が、私が……!!」

 

ブレイヴァーが立っていた場所に彼女はいない。なら、これは殺せたんだ。自分にまであの衝撃は及んでいないのだから、こちらの攻撃が勝ったのだ。アーモンドを殺した程度とは比べ物にならぬ達成感で感情を抑えきれるはずもなく。つい、笑い声をあげてしまっていた。

 

「……私が、何だって?」

 

自分の笑い声の中からその声を拾ったのは、右の耳。だがすぐに使い物にならなくなる。刃物の侵入によって、鼓膜ごと裂かれる。

 

「なんで、生きて」

「……悪を滅ぼすため」

 

じゅっ、と。肉が焼ける音がする。少しだけながら残っていたエネルギーが解放され、青女の頭を消し飛ばしたのだ。脳と生命を失い胴体が崩れ落ち、セクターからの消去がはじまる。

ユウキには彼女が何を思っていたのかはわからないが氷結姫フリーザーがブレイヴァーにとっての障害になっていたことは間違いない。

 

セクターボードには一瞬で通知が入る。フリーザーの脱落、死亡の通知だった。わざわざ読むまでもないとボードを一時消滅させると、ブレイヴァーもまた裏世界からいなくなるのだった。

 

 

一時の冠状で屋敷から逃げ出して、向かう先も定まっていなかった表。あてもなくただふらふらとする。自分がしたいことだなんてわからない。ただ、表は縛り付けられないでみんなと過ごしたいと思っていただけのはずだった。

 

「……これからどうしよう」

 

あんなふうに言っておいて、のこのこと裏のところに帰るのは格好がつかなかった。何も変わっていないのに戻るということは、まるで諦めのようで嫌だった。

となると、なるべく知り合いとの接触は避けたいところだ。家柄上の知り合い、例えばあのパーティに来ていたおじさんおばさんたちのような人物と接触すれば、足がつくしなにしろ自分は家を飛び出してきたのだから合わせる顔などない。

まずは誰にも見つからないよう路地へと引っ込んでいく。綺麗なドレスに排気で濁った路地の空気は似合わず、表は噎せ返る。

 

ふと、今までの自分はずうっと考えなしだったのだと思った。今の行動だって、飛び出してきたのだってそうだ。昔から、何も考えていない。

本来の後継者が死に、自分が当主に指名されるだなんて思ってなくて。余剰ちゃんも、アーモンドも、あんなふうに別れなきゃいけないだなんて思ってなくて。

 

「どうすればいいのかな」

 

問いかけてみても答えが帰ってくるはずがない。誰もが、表のことなんて気にしないで通りすぎていく。その光景は居心地がいいようでもあり、寂しくもあった。

両親に無視される余剰は。賭け事に逃げるしかなかったアーモンドは。こんな気分で毎日を過ごしていたのだろうか。こんな空気で過ごしていたのだろうか。

そう思うと、勝手に抱いていた憧れはすうっと消えていく。彼女らが表に応えてくれたのは、いつも誰も隣にいなかったからか。

 

「……ごめんなさい」

 

誰に告げたところで聞こえるはずのない場所で、か細い声で、涙ももう出ない少女は呟いた。

 

「何がごめんなさいよ」

 

いきなり表の視界を何かの影が暗くした。半端な明かりが消えた原因を知ろうと、本来の通りのほうへ顔を向ける。

 

「なっさけないわね。本当にあいつと同一人物なの?」

 

そこにいたのはふたりの少女。年下の、見覚えのある顔だった。生意気な声も、立ち姿も。パーティのときに見た憎たらしいままだった。

 

「……あなたは」

「お察しの通り。ランク3位の速疾姫こと『ブロワー』よ」

 

そっちのほうは初耳だったのだが、彼女はご存じのように言ってくる。

少女は名前を野芭蕉刹といった。アポもないのに壁用の並木から侵入してきて、情報を盾に侵入してきたとんでもない少女だ。よりにもよって彼女に見つかるとは、表にとっては完全に予想外の出来事だった。

 

「あぁ、ふかもいるわよ。ほら」

 

刹の背後に隠れていたほうもひょっこり出てきて頭を下げる。こっちの名前を表は知らなかったが、刹曰くふかというようだ。

 

「それで?なんでそんなよわっちい感じになってるの?」

 

強気な口利きだった。だが、今の表に反駁するだけの気力は残っていない。何も言えない相手にため息をつく刹は、頭を掻きながら原因を考えた。

 

「何があったっていうの……あ。」

 

思い当たる節があったらしい。懐からスマホサイズのセクターボードを取り出して、彼女は通知欄を確認した。

 

「なるほどね。どっちもいなくなったって訳か」

 

表はその言葉にうつむくしかなく、さすがに笑えない状況だと思ったのか刹も気まずそうになる。ふかだけは変わらずおどおどしているだけだったが、けっきょく雰囲気は重たいものになった。

 

「しょうがないわ。殺さなきゃセクターを奪えないようなシステムだものね」

「……仕方ない、と言うのですか」

「えぇ。戻ってこないんだもの。でもね。遺した物はあるでしょう」

 

気分を変えようとしているのか、表の手をひいて路地から引きずり出す刹。ドレスには汚れがついているが、それもぱんぱんと刹が払った。

 

「私の家にでも来なさい。そして裏世界へ行って、彼女たちが持ってたセクターを取り戻す。生きた証拠を残すのよ」

 

刹はそれに協力する、と言いたいらしい。表は遠慮することも考えたが、強引な刹の力が意外に強くすでに引きずられ始めていることに気がついて、抵抗をやめた。

 

 

 

【次回予告】

 

ゲームスターとイーターが持っていたセクターへ赴くダイバー。

落ちていた一枚のコインが伝えるものとは。

そして、少女ふたりの正体とは。

 

次回『戻れるのなら』


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