ROYAL Sweetness   作:皇緋那

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孤独の海

【前回のあらすじ】

ダイバーに連なっていたゲームスターの脱落にフリーザーの負傷なんて。世の中はうまくいかないようでいてうまくいくものであるようでして。ただ、ワタシであるコネクターからすればどちらもただのふるい落とし、運命というやつなのかもしれず。

 

 

大切な友人からの感謝の気持ちがこもったイルカをもらった直後のお嬢様は、幸せを感じずにはいられないようだった。なんだか抱き締めるとあったかく思えて、ずっと抱いていたくなって、いつのまにかベッドに寝転んでいて。布団も被っていないのに不思議と心地よい眠りに誘われている。瞳を閉じれば、ふわふわと夢の中に沈んでいってしまうだろう。いままで彼女を心配していた分の疲れが、吐息といっしょに抜け出ているようでもあった。

 

アーモンド・ヴァウとの出会いは戴冠式が始まるもっと前。表が逃げ出すためにダイバーとなったあとで、まだプリンセスも数人しかいない時期のことだった。表の戦略は他のプリンセスを懐柔し協同の陣地を増やすことで順位を上げていくというもので、アーモンドはその最初のターゲットだったのだ。

はじめはただ仕事上というか、うわべだけの協力関係というやつだったのだが、表は彼女に憧れを感じるようになっていた。自由奔放に暮らす遊び人。余剰のときのように、表は無意識ながらそういうものにずっと憧れており、それが彼女の意識のうちにまで現れはじめていたのかもしれない。

遊んでいるのを隣で見せてもらったり。たまには教えてもらったりを経て。互いに、ただのプリンセス同士ではなくなっていった。だからあんなふうに笑えるし、照れ臭くてありがとうなんてなかなか言えなかった。

 

ベッドの中で、大事そうにぬいぐるみを抱えてすやすやと寝息をたてる少女。そんな可愛らしい絵面に、セクターボードの通知音が響き渡った。何事かと思って目をこすりながら端末を起動する。そこには、予想だにしていなかった文字が記されていた。

 

「え……?」

 

思わず声が漏れて、頭ががつんと鈍器で殴られたような衝撃を受けた気がした。たった数十文字の通知なのに頭がこんがらがって、捻り潰されるような頭痛を引き起こした。手の力が抜けてぬいぐるみが床に落ちてしまう。

 

「いや……う、うそ、なに、それ」

 

書かれていたのは『ゲームスターの脱落』。ということはつまり、アーモンドは――

脳裏に最悪の可能性がよぎった表。ぬいぐるみにも構わず焦って部屋を飛び出すと、アーモンドに貸し与えている部屋へ疾走する。まさか。まさか。

唯一残った可能性(すくい)は、彼女がコインを破壊してプリンセスであることをやめたというものだ。けれど、そんな選択をしているとは思えない。そう信じたいけれど、それは表の知るアーモンドではありえない。

 

恐る恐る扉を叩いた。返事はない。我慢などできるはずもなく、扉を開け放つ。そこに広がっていたのは、なんの変哲もないいつもどおりの彼女の自室。見慣れた光景だった。けれど、ベッドに倒れて眠っているらしいアーモンドはどうもいつもどおりではないようだった。

 

「ねぇ、アーモンド」

 

直接呼び掛けて、彼女の身体をゆさぶっても、力なくなすがままに揺られているのみだ。体温は感じられず、目覚める気配はない。

 

「起きて、ねぇ、起きてよ」

 

でも、ゆさぶるのをやめたくなかった。認めたくなかった。さっきまで、元気だったのに。あまりに突然に訪れる大切な友人との別れをすんなりと飲み込めるほど、表は強い人間ではなかった。

 

「嘘だ、そんな、こんなにいきなりなんて」

 

さよならも、バイバイも、またいつかも。わかっていたなら多少は諦められて、ひとつは別れの言葉も言えたのに。

 

「……ひどいよ」

 

膝から崩れ落ち、泣くしかなかった。何もできない無力さも、失ったことの悲しみも。表が受け止めるには大きすぎた。

 

ただただ、涙が亡骸を濡らす。

 

 

涙の原因、氷結姫フリーザー。彼女が表に目をつけなければ、彼女がアーモンドを殺すと決めなければ別れはずっと先だった。けれど、その氷結姫はいま達成感に満ち溢れていた。

失った右目は即席の眼帯で覆って隠し、成し遂げたことを噛み締める。自分はゲームスターを、穢れたものを殺したのだ。だから自分は正しい。彼女が死んでどうなるかなど、もはやどうでもよくなっていた。白神表がこれで正しくなるはずだが、そんなわかりきったことは気にしようと思わない。

 

「……えぇ。わかりましたよ、どうすればいいのか」

 

完璧であるために、何をすればいいのか。答えはもう見えた。完璧なプリンセスになるのなら、すべてのプリンセスは消さなければならない。残った一人こそが勝者となるこのルールで、完全なる勝利をおさめなければならない。

 

「まずは……ダイバー」

 

道路を多くの車たちが忙しく行き交う中、青女の脚は白神の家へと向かい始めていた。潜水姫の味方は皆消えたはず。仮に他にいたところで、ダイバーを殺すのには差し支えないだろう。

金のかんざしは輝きを失っていないどころか、青女にはさらなる光を手に入れているように見えていた。その手に入れた光が指す先が、刃の真っ正面であるとも知らずに。

 

「本当に正しいのかい?」

 

声が聞こえたような気がして、青女は振り返る。誰もいない。この声には覚えがある。フリーザーが最初に手にかけたプリンセスだった卯道双美のものに酷似しているのだ。仮に双美だとしても、そんなことはありえない。双美は、すでに死んでいるのだから。

 

「フリーザーくんの目指す完璧はそんなもんなのかい?」

 

これはきっと幻聴だ。きっと、目を撃たれたときにちょっとダメージを受けただけだ。無視を決めた青女は脚を止めず、そして振り向かなかった。

 

「ゲームスターくん殺しは楽しかったかい?」

 

「私を凍らせるのはどうだった?」

 

「罪悪感も、何も無かった?」

 

「人を殺せば……完璧になれるのかい?」

 

耳障りな声がする。歩調を速めても追いかけてくる。何度も何度も投げ掛けられる問いに耐えられなくなった青女は思わず振り返ってしまい、双美などいるはずのない道に怒りの視線を向けた。けれど、その声は止むことはない。

 

「戴冠式に勝って支配者になったとしようか」

「黙ってください」

「叶える願いは何?更なる殺害?」

「黙れ」

「屍だけを支配して何が――」

「黙れと言っているでしょう!?」

 

幻聴だとわかっているはずだった。けれど、聞こえる声に向かって叫んでしまう。かんざしを振り乱し、でたらめにオーダーを行使する。氷が生まれては砕け、生まれては砕け散る。いまの青女の姿は、惨めにしか見えないものだった。

 

「はぁ……はぁっ……!私は、間違ってない」

 

これもまた今までのように求められ、応えるだけのことだと思っていた。だというのに、うっとうしい声が聞こえてくる。青女は困惑していた。経験したことのない不安が、この双美の声にあおられて大きくなっている。

突然、潰された右目が強く痛みはじめた。まるで、アーモンドが青女を嘲っているかのように。苦しむうちに膝の力がだんだん入らなくなって、地面にぺたりとついてしまう。表のところまで行くつもりだったのに、決意が抜けていく。

道端にへたりこんでぼうっとする彼女の横を、目をくれず人々が通り過ぎていく。いくら綺麗でも、いまの青女のもとに立ち止まる者はいないだろう。いたとすれば、身体目当てだとか――

 

「……あの、大丈夫ですか?」

 

――顔を合わせたことがある、だとかだろう。

 

「貴方は……?」

「あー、えっと、覚えてるかな。前にユウキ姉の件でさ」

「弟さん……でしたか」

 

沖ノ鳥ユウキの親族。彼に話を聞いたなら、ユウキに信じるものがわかるのかもしれないと思い始める。きっと、ユウキならわかってくれるのだと。淡い希望を抱いていたのかもしれない。

 

「あの……いくつか、お聞きしたいことが」

「いや、それどころじゃないと思うんだけど」

 

ごもっともな意見だろう。眼帯で覆ってある瞳を押さえてうずくまっていることより、質問のほうが重要だろうか。普通に違うだろうに。

 

「いいえ。私は、ユウキについて知らなければならない」

 

まるで不治の病に侵され苦しんでいる最中のような気迫で、少年は圧されてしまった。結局質問には答えることになる。

けれども、青女の質問は少年にとってよくわからないものばかりだった。長く付き合っているのだからだいたいのことは答えられるが、細かい思想まで聞かれても困るのだ。だけれど、自分にだけは反したくなくて、自分が裏切りたくないと思ったものがあるから結果的にしっかりしてるように見える、というのはユウキについて確実なことだった。

 

「……なるほど」

「ええと、それで目のほうは」

「そんなことはどうでもいいのです……姉に会わせてください」

「ちょっと。何があったんです?」

 

青女の様子についていけない少年。今は外出中で、連絡をとるものは持ち合わせていないと正直に話した。すると青女はすぐにあきらめたらしく、ふらつく足取りで道の先へと消えていく。

いったい姉の周辺には何が起こっているのか。気になりはするが、深追いしてはいけないものだと感じ取った少年は、素直に自らの目的である買い出しに戻ることとした。

 

 

アーモンドの部屋で泣き続けていた表のもとに、少女の人影が現れる。友人の死で恐怖を覚えていた表はその気配を敵対者だと思い身構えたが、妹が心配して来ただけであった。

 

「……大丈夫ですか、お姉様」

「私に、怪我なんかはないわ。ただ、この子は……」

「そう、ですか。遺体の処理は私が」

「お願いします」

 

いつものような声でなく、弱々しくて不安そうな声だった。あくまでも冷静に処理へ取り掛かろうとする裏と、もう見たくないのか出ていこうとする表は互いに顔も合わせずすれ違う。

ふと、表が口を開いた。

 

「……ねぇうらちゃん。どうして、こんなにみんないなくなるのかな」

 

裏の視線が、表の背に向く。アーモンドも、余剰も、10年前にだって親族が何人も死んでいる。もう涙もでないらしい彼女へ向け、裏は声をかけようとした。

 

「安心、してください。お姉様は」

「安心なんてできるもんですか!!」

 

突然の叫び声。驚いて言葉が止まり、先に続けられる言葉はなかった。

 

「どうして、どうして私の好きな人から消えていくの?ねぇ、どうして、どうして!」

 

痛いくらいに拳を握っている手がふるえていて、泣き叫ぶ表の心が耐えきれなくなっていることを感じさせる。

何も言えない裏をよそに、表は走り出した。だれかがいなくなる運命から逃げ出した。屋敷から飛び出したかったのかもしれない。乱暴に扉を開ける音が響いている。

 

彼女に寄り添ってやる者になろうとしたはずだったのに。裏には、引き留めることができなかった。ただ、死体を眺めている。姉がこうして耐えられなくなったとき、友人と認められていた彼女だったらどうするのだろう。答えが返ってくるはずもないのに、ずうっと眺めていた。

 

 

 

 

【次回予告】

 

自由と完璧を求めたふたりのお嬢様。

何処へ行き着く。何処を目指す。

目指した果てに出会ったとき、どうするのだろう。

 

次回『砕けて』


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