【前回のあらすじ】
いるかだよ!女の子の案内で、18番セクターで私とユウキちゃんは再会したんだけど、まさかユウキちゃんがプリンセスになってたなんて……。プリンセスの戦いはいつ始まるかわからないもの、私も気合いを入れなくちゃ!
◇
朝が来る。真っ暗な夜闇を押し退けて、太陽の光は人々の活動のスイッチを入れていく。
時刻は朝6時。普段ならばユウキは既に起床して、制服に着替えて、朝食の準備に入っているような時間だ。しかし今日に限ってはめずらしく、まだ寝室、しかも布団に脚を差し入れたままのパジャマ姿だった。
その理由は、彼女の手元にある。
ユウキが持っているタブレット端末のような薄い板。自分でそのようなものは所持していないはずが、起きてみれば枕元に置かれていたのだ。
時期が時期ならばサンタクロースの仕業だと笑い話にもなったろうが、ユウキの両親は予告もなく時期外れなプレゼントなどしてくるような人物ではない。
とりあえずこれが何なのか知るために、液晶らしき部分をつついてみる。
『ようこそ、お姫様』
華やかな花畑に蝶の舞う美しい風景を背景として、起動がなされたことを示す4文字が映されている。その下にある小さめの『スライドして初期設定』という部分に従って、ページをめくった。
『初期設定:使用言語を設定してください』
いくつもの選択肢が格納された部分を選択して、『日本語』を選ぶ。
国や地域の設定にも同様に、日本を選択した。
『初期設定:姫の情報を取得しています……』
Loading、としばらく表示され、ユウキは読み込んでいるうちに着替えてしまおうと布団から脱け出す。てきぱきと手馴れた様子で、制服のボタンが閉められていく。
まだすこしぼんやりとした頭で、本当にタブレット端末らしいプレゼントについて考える。姫の情報、ということは。あの世界に関連したものであって、両親もサンタクロースも関係がないのだろうか。
「……まぁ、だよね」
着替え終わったくらいにちょうど、通知音らしいぴこんという電子音が鳴った。
ロードが完了したらしい。『Princess:Braver』と表記されている。日本語に設定したはずだが、ここはアルファベットらしい。
画面の指示に従いふたたびページをめくる。設定関連はもうないようで、最初の風景画像に戻っていた。そのかわり、画面にはいくつがアイコンが点在している。
ユウキはそのうちのひとつである『説明書』をタップする。
すると縦にずらりと項目が並び、すべて読むには時間がかかりそうだ。
読む気が弱まったため視界に入ってきたのか、ふと本来なら充電残量が表示されている場所に目が行った。そこには刻一刻と数字の減っていくタイマーの表示がある。残りは、5時間と50分ほど。10分ほど設定と着替えにかかっていたから、正午には0になるようだ。
「……帰ってきたら、いつも16時くらいだし……」
この表示が何なのかを知るためにも、説明書に目を通してしまうことにした。毎日学校で門が開くのを待っている時間を削れば、間に合うだろう。
「とにかく最初の項目から……」
◇
『1.ご使用になる前に』
ご使用になる前に、この電子説明書をよくお読みいただき、正しくお使いください。
本端末『セクターボード』は、プリンセスの皆様を補助する目的で配布される端末です。端末サイズの変更や一時的な実体の解除が可能であるため、携帯することを推奨します。
『2.裏世界』
MVFとも呼称します。25のセクターが存在する、戴冠式(→P.3)の戦場にして優勝商品です。
『3.戴冠式について』
17人の選ばれた姫であるプリンセス様が、裏世界で占領した領土、自らに従う臣民によって誰が支配者に相応しいかを決める儀式となります。
領土についてはセクター(→P.7)、臣民についてはサポーター(→P.8)を参照し、__
◇
「……もう、わからない」
正直なところ、たらい回しにされるし文章は面白くないしであまり頭に入ってこない。文章は説明書なので仕方ないのかもしれないが、たらい回しにするとは、それだけ面倒なシステムなのだろうか。気づけばもう30分も経っている。カウントが0になる前に早く理解してしまいたいユウキはノートを引っ張り出すと、要点をかいつまんでまとめていくことにした。
◇
戴冠式の開始時間が今日12時。そのときからは、セクターを占領することができる。あの世界へは、変身アイテム『ペティグリィ』――ブレイヴァーならばあの古びた本を介して意識を飛ばすことで行ける。
セクターの占領は、そこにいるレヴェルの駆逐や自領土だと主張する国旗のようなもの『エンブレム』を貼り出すことによって行う。エンブレムはひとつでも認められるが、すべてのエンブレムが傷つけられたり剥がされたりすればセクターを持っておけなくなる。
セクターボードには現在誰がどのセクターを持っているのかの状況、自分のサポーターやエンブレムがどれだけ無事かの状況、プリンセスたちの生存や脱落、またレヴェルやプリンセスの侵入・交戦行動時の通知が届くので――─wwヘ√レvv~
◇
「起きろ、ユウキ姉。二度寝してる時間じゃないぞ」
誰かに揺さぶられたような気がして、ユウキは跳ね起きた。どうやら眠気に負けたらしい。電話を持ってこっちを睨んでいる弟、半端なノートと最後のほうにあるでたらめな線、手元のシャーペン。力がこもってしまったようで、先の芯は折れ、でたらめな線の終着点は折れた芯でひときわ黒くなっている。
「ユウキ姉らしくないな、二度寝で遅刻なんて。ほら、いるかさんから電話」
「あ、ありがと」
受話器を受け取ったのを見て、弟は自室へ帰っていく。たしか、きょう彼は休みだったはず。保留を解除するボタンを押して、いつもより外行きの高めな声でもしもし、と電話の向こうの人物に話しかけた。
『もしもし?ユウキちゃん、大丈夫?』
「……うん、大丈夫。ちょっと、セクターボード?だっけ、の説明書読んでたら寝ちゃったみたい」
『そっか……よかった。何かあったらどうしようかと』
ただ一度の遅刻なのに、みんなに心配されているようだ。いるかにわざわざ電話させるとは、担任もユウキが来ていないのは異常事態だと判断したのだろうか。
『私も戴冠式のことで話したいことがあるの……できれば、学校に来て欲しいなって』
「元から行くつもりだから大丈夫。準備するから、切るね」
『……うん。また学校でね』
ぷつん。通話終了ボタンを押し、顔を洗うついでに電話をいつもの位置に戻しに行く。時計は9時ごろを指している。ここまで来ればゆっくり行ってももうさほど変わらないと思い、ユウキは焦らず、むしろ悠長に準備を始めた。
◇
登校してみれば、時間はもうすぐ1時限目が終わるころだった。ユウキがくるとわかっていたからか、もしくは誰かが早退でもした直後だったのか、玄関の鍵は開いていた。こんな時間に学校へ入っていくという、小学校でもなかったはずの経験をする。誰も通らない。通っても手の空いているらしい教師のみだ。
教室へ行くのも気まずいし、とりあえず職員室へ寄っていこうと決めたとき。
前方から、なにやらお腹を押さえた女子生徒がやってくる。保健室へ行くのだろうか。彼女は何があったのやら、ユウキを見るなり顔を下に向けた。
玄関からすぐのところですれ違う瞬間、女子生徒の顔に見覚えがある気がして立ち止まった。つい昨日だったか、見たような。
「……まさか……ファインダー?」
ぴたり。彼女のお腹が痛そうな足取りが止まって、ユウキのほうをゆっくりと振り向いた。服装も髪型も異なっているが、顔立ちは記憶と一致する。
「……よりによって、まさかブレイヴァーさんに現実で出会うとは」
その返答からして、彼女はファインダー本人らしい。
「よかった、人違いだったら恥ずかしいから」
「しらばっくれればよかったですね」
ばれてしまえば仕方ないと思ったのか、お腹を押さえての演技はやめたらしく普通に立ってみせる少女。
「えっと、ファインダー……じゃ呼びにくいから、名前は?」
「名乗るときは自分から、じゃないですか?」
それもそうか、というふうに手をぽんと叩いて、ユウキは自分から名前を告げた。
「私は2年の沖ノ鳥ユウキ。あなたは?」
「うっ……1年。
先に言われれば答えるしかない、なんて顔でしぶしぶ言う雪。じゃあ雪ちゃんって呼ぶだのユウキが続けるが、雪は渋い顔でユウキに問いかけた。
「名前教えていいんですか?一度会ったとはいえ、プリンセス同士は敵ですよ」
「そう?でも、雪ちゃんは私を助けてくれたけど」
「あれは、まだプリンセスも出揃ってないわけだし、恩を作っておけばと思って……!」
いらない本音を漏らしたとばかりに口に手をあてる。だがすぐに相手の返信はやってくる。
「じゃあ、プリンセスになる前の私を庇ってくれたのは?」
「う、それは、その、目の前で死なれるのは、不愉快というか……」
「へぇ、やっぱり優しいんだね」
「そんなんじゃないですってば……!」
雪の耳はその名前に反して真っ赤になっている。そんな彼女をユウキはくすくすと笑い、彼女の恥じらいを加速させた。
「笑わないでほしいんすけど」
「それはごめんね、雪ちゃんがかわいくてつい」
「……ぐ……なんとタチの悪い先輩……!今の、私が男子だったら気があるとか勘違いしてますからね!?」
「え?雪ちゃんのこと、好きだけど」
「ぬぅううう……!?」
言葉がついに出なくなった後輩に、先輩はずっと気になっていたことを聞いてみた。
「あれ、雪ちゃん。お腹は大丈夫なの?」
「……あぁ、腹ですか。演技ですよ。12時に怪しまれず向こうに移動したいからです」
向こう、というのは裏世界のことだろう。誰かに聞かれないよう小声で告げる彼女は盗賊姫、ユウキが最初に出会ったプリンセスだ。
「もしセクター狙いのこそ泥と戦うことになれば、ちゃっちゃと物理で叩きのめしちゃってください。ユウキ先輩ならそれができるでしょうから」
彼女の言うこそ泥が彼女自身のことだと気付かずに、ユウキは演技を再開した雪の具合が悪そうな後ろ姿を見送った。
◇
担任の先生にもいるかにも心配されながら午前を過ごすユウキ。いるかの話は、11時40分をまわった3時限目の終わりに別の使われていない空き教室まで呼び出して切り出された。教師たちでさえ使わないものを置いておくような場所なのだから、誰にも見つかることはないだろう。
「……ユウキちゃん。お願いがあるの」
「どうしたの?」
「私を……助けてほしいの。今までみたいに、戴冠式でも」
開始まで20分を切った儀式。だがそれは、プリンセスたちによる競争の儀式だ。領地を奪い合うのが主軸なのだ。陣地を分け和解するのならまだしも、プリンセスがプリンセスをわざわざ助けるというのは、よっぽどのお人好しだろう。
ユウキはいるかへ向けて、きっぱりと答えた。
「わかった、助けるよ」
即答だった。友人の表情は明るくなる。ユウキは、この安堵した表情が好きだ。何年も付き合っているからこそ、いるかの望みが正義に反しないと判断したのもある。
他の理由は友達だからだとか頼まれたからといった、普通に見れば『よっぽどのお人好し』。裏世界とはいえ戦いに身を投じる動機としては不十分だ。しかし、それで良かった。元より世界を支配なんてことへの執念も、なにもないのだから。
「……ありがとう」
自分が決して強くないことを知っており、自分ひとりでは戦えないと思っていた彼女にとっては、たいへん心強い言葉であっただろう。
「行こう、ユウキちゃん。18番セクターへ」
なにも言わずに頷き、自らのペティグリィたる古びた本とぼろの首輪をそれぞれ握る。
意識を向こうの世界に向ける。ペティグリィに開いた門を通るイメージを固める。やがて自分が見えない力に吸い込まれるような感覚。昨日と同じだが、今度は着地点を制御できるはず。脳裏に浮かぶ真っ白な全景から、南西部の大きなエリアへ。座標を心の眼で固定して、吸い込まれる勢いを乗りこなす。
数秒もしないうちにそれだけのプロセスを終え、ふたりの身体はその場で崩れる。
ユウキといるかの意識が去ったあとの空き教室には、静寂と忘れられた地球儀だけが佇んでいた。
◇
【次回予告】
裏世界での戦闘が始まる。
ブレイヴァーとテイマーを襲うのはレヴェルだけではない。
新たに何人ものプリンセスを交え、白い風景に火花を散らす。
次回『プリンセス集結』
説明まみれで申し訳ありません。ちょろい雪ちゃんで許して……あ、いただけないですか。
次回はおもいっきり戦闘回の予定です。どうか、お付き合いください。