【前回のあらすじ】
今回も私、金ぴかプリンセスが担当するということで。ブレイヴァーに対し、あらゆる負傷の追体験というドマゾな苦行をさせはじめた変人ヒーラー……彼女にブレイヴァーは勝てるのか!といったところでして。ところで、私がここ担当になるのって、ここに誰か置きづらいときだったり?
◇
意思の力によって修復された鎧がユウキの身体を包み、戦うための姿――ブレイヴァーへと変身させる。古本から召喚した剣を握って、自分を襲う激痛を堪えながらヒーラーを睨んだ。
「あら。やめてしまうのですか」
「どうしてこんなことを!」
「言ったでしょう。すべての傷を見届けることが願いだと」
ブレイヴァーの頬を冷や汗が伝う。ヒーラーが言う見届けるということには、塞がるまでだけでなく生まれる瞬間も含まれているのだった。ユウキをわざわざここに招いたのは、元よりそれが目的だったのだ。
「痛み、流血、そして治癒。私の知る唯一の娯楽。ユウキさんが私を否定するのなら、更なる傷を付けるのみです」
ヒーラーの両手に3対の刃が現れる。まるで爪のように装着されたそれらによって引き裂かれれば、最早傷どころの話ではないだろう。戦う以外に選択肢はないと、ぎゅっと手元の武器を握った。
先に動いたのはヒーラーだ。飛び上がって上からの一撃、落下のエネルギーを加えた攻撃。受け止めるために出した剣を両手で押し留め、刃の侵攻を防ぐ。だが刃は片手だけではなく、もう片方にも備わっている。全力で押し返してヒーラーの身体を突き飛ばすと、バックステップで距離をとった。
それでも追撃は続くようだった。地上から両手を構え駆けてくるヒーラーを見据え、自らの戦う決心を振りかざして突き進んでいく。6本が相手だろうが、聖剣は輝きユウキを導く。ただ、正義を貫く道を。
幾度となく銀と金が交わされ、一滴の赤もないままに戦いは続く。観客どころか土煙もなく、ただ器具まみれの収納に叩きつけられるだけ。まろびでる拷問器具たちも関係なく、ただ金属音が鳴り響くだけ。体力が尽きた方が叩き切られるだけの戦いだった。
「……もうやめにしませんか、時畑先輩」
「いいえ。だって、こんなに楽しいことはじめてですもの」
純粋に楽しんでいるような、無邪気に微笑んでいるヒーラー。とちが見せた慈愛などではなく、余剰の笑顔にも似た幼いもの。
「もっと、もっとしましょう、ユウキさん。死ぬまで止まりたくない、止まれませんから」
ファーストオーダーを行使すれば、今の疲れきったユウキを気絶させることなど容易いはずだった。けれど、ヒーラーはそれを選ばない。選んだのは娯楽で、命を懸けた殺し合い。未だ澄んでいる光で殺意を見せてくる凶器に舌を滑らせ、ヒーラーはブレイヴァーを急かすのだ。
「わかりました」
収納されていた自分のペティグリィ……古びた書籍を手にしたブレイヴァー、彼女の首が静かに縦に振られる。次の瞬間、ふわりとペティグリィが浮き上がる。ページがひとりでに何枚もめくれ、いつもの剣とは違う場所が開かれた。プリンセスの力が使われる気配がして、ヒーラーは肌がびりびりするのを感じていた。
「その願い、私が叶えます」
ユウキが左腕を前方に勢いよく突き出す。それが合図となって本からは鋭利な穂先が覗き、銀色の淡い光を纏って狙いを研ぎ澄ましているようだ。ブレイヴァーが深く息を吸う。生命の危機を感じ取ったらしいヒーラーは、先に傷つけてしまえと走り出す。が、とうに遅い。ブレイヴァーのすべき行程はあとひとつ。名を呼ぶだけだ。
「――ロンゴミニアド」
4メートルはあろうかという大槍。一瞬にして打ち出され、ヒーラーの脇腹を抉ったのは、かのアーサーの振るい反逆の徒を葬った武器。ぎりぎりで外しこそしたものの、槍の通り道だった直線上には吹き飛ばされた肉片でさえほとんど血と変わりがないようなものしかなくなっていた。
「これが……私、の……!」
抉れた傷口からピンクの臓物、腸が露出する。ひとしきり目を輝かせたヒーラーは、その傷を治しもせずに突貫してくる。さすがに止まると思っていたブレイヴァーは不意を突かれ反応が遅れる。迫る凶刃には咄嗟に手を出してガードするしかなく、籠手は引き裂かれて手首に切り傷ができてしまう。
「ぐ……!!」
プランターに貫かれるよりはずっと痛くない。ブレイヴァーもまた手首の負傷になど構わずに、選定の剣を振るう。
清潔だった床に赤い紋様が点々とあらわれる。飛び散った血液は気にも止められず踏みつけられると、擦れて広がって床をさらに汚していく。天使の翼が穢れるように、白が赤黒い血に潰されていく。
突如。銀の刃が宙を舞い、金属音をたてて転がった。それも1本だけでなく、3本まとめて。度重なる激突に耐えきれなかったのだ。
片方がへし折れてもお構いナシに、まだヒーラーは続けようとする。残った左手での攻撃をすべて防がれ押し返されても攻撃を緩めようとはしない。壊れたゲームをひたすら叩いて直そうとする無知な子供みたいに、ぜったいに続けたいという意思があった。けれど、かわりに体力はもう残っていない。脇腹から出血した量と何度も受けてきた衝撃で、歩くのにもふらつくことだろう。
「まだ遊ぶんだ、まだ、まだ、まだ!」
「……終わりにしましょう、時畑先輩」
手にした剣が、闇雲に振るわれる刃を操っている腕から切り落とす。もはや折れた側の根本で殴るしかできなくなったヒーラーが実行しようとして、またもや腕を落とされる。両腕を失って、息も絶え絶えになって。血まみれの堕天使とすら言い難く、ただの死にかけの少女はもはや執念だけで立っていた。
「はぁ、はぁ、もう1回、なんだから!」
叫びながらヒーラーの能力を使おうとするとち。だが、包帯は力を発揮しない。すでに、何をどうしても彼女の出血量は多すぎたのだ。意識があるのも執着から来る意思の力でもたせていただけで、死ぬことは決まっていたのだ。
「もう1回……あれ、塞がらない……よ?」
ついに、ヒーラーは膝をつく。滴る血の勢いすら衰えて、遊ぶ気力すら薄れてしまう。
「あぁ……あ。せっかく、楽しいこと、見つけたのに」
膝に力も入らなくなったのか、彼女は頭を真っ赤な床に強打する。当然だろう、すでに裏世界からの消去が始まっており、足の先から消えていってるのだから。
ユウキは意識ももう無くなってしまうだろう元回復姫のもとへと血液を踏みつけながら歩み寄ると、屈んで彼女の顔をじっと見る。瞼を閉じて消滅を待つとちの表情は遊び疲れた少女の寝顔に近かった。
「……これで、残った……プリンセス、は……」
ユウキの意識もまた遠くなっていく。戦闘と、殺しからくる疲労だろう。血液たちが消えてゆき無機質な白へと還っていくセクターに、ブレイヴァーはその身を委ねてしまった。
◇
沈んでいく意識のなか、いつかの記憶が呼び覚まされる。そう、遠くもない過去。
いるかが隣にいて。余剰がくっついてきて。双美が、とちがあたりに座っている。あの日、プランターと戦った日の新聞部室。自分の願いを見つけるため、みんなが話してくれていた時間。
いまそれを見たユウキは心の底からその光景を幸せだと言えるだろう。だって。みんなみんな、消えてしまったのだから。
だが、不思議と羨ましくはない。きっととちは元よりあんなふうに無知な人間で、いるかはきっと私が守らなきゃ死んでしまうか弱い者だったのだ。守りきれなかった後悔は自分のセクターに捨ててきたはず。
私が本当に掴みたいものはなにかを問いながら、ユウキは手を伸ばす。水面へ、空へ、最果てへ――
「ちょっと失礼。それ、うちのおっぱいじゃん」
むぎゅ、とやわらかな球。知らず知らずに引っつかんでいたのは、なんと少女の豊かな胸だったのだ。
「え」
「え、はこっちの台詞じゃーん?まぁうちもファインダーのおっぱい触ったし、これはノーカンにしとくじゃん」
自分が頭を任せているこのなぜか安心感のある枕は、どうやらこのおっぱいの主のふともものようだった。いつのまにやら、ユウキは膝枕をされていたらしい。
「なんで、ここに亜傘さんが」
「んー?なんでうちの本名?」
見覚えのある容貌。それは、数ヶ月前から失踪しているクラスメイトの亜傘棚のものだった。
「……私、同じクラスの」
「クラスメイト?ちょいと待って……あーあー思い出した!沖ノ鳥ユウキ!うるさいやつだ!」
「うるさいって、ちょっと」
そんな覚え方をされているのも無理はないかもしれない。棚はちょっと制服を着崩しておしゃれしてみたり、と常習犯だったから。
「いや、まさかクラスメイトにプリンセスがいたなんて、驚きじゃん?」
「……亜傘さんもプリンセス?」
「そうそう。カダヴァーってのがうちじゃん」
言われてみれば口調とか容姿とか彼女そのままだ。
また、クラスメイトにプリンセスがいるという話。いるかのこともそうだし、学校だけで含めればひとつの学校に集中している。それに何かの意味があるかはわからないが、もしかしたらこの街からすべてのプリンセスが選ばれているのかもしれない。
「……ところで、亜傘さん」
「たなっちとかてきとーでいいよ。どしたの?」
「私、どうしてここに?」
「あぁ、それ?」
聞かれるだろうとは思ってた、と膝枕に至るまでの話を始める棚。しかし膝枕されたままでいいのかについては、何も言ってくれていない。別に気にしないのだろうか。
さて、彼女の話によれば、ヒーラーは既に脱落の通知が出ているという。それを見た棚は、隙あらばセクターを奪えるか、もしくは協力とか持ちかけられないかと思い、真っ先に16番セクターに駆けつけた。すると、ブレイヴァーらしい少女が倒れているではないか。この前協力してくれたブレイヴァーとあらば話は別だと、ここ15番セクターへと連れて帰って来た……らしい。
「で、16番セクターはうちがマーキングしといたんだけどさ。やっぱセクター取ったのって本来ユウキじゃん?」
「……いいよ。私は、別にセクターなんて欲しくない」
「あーそっか。じゃあ貰っても?」
「いいよ」
「やったー!」
バンザイして喜ぶ棚。ユウキの好意に甘え、とっておいたセクターはそのままカダヴァー領ということになるのだった。
「あ、そうそう。ケガしてるし疲れてるし、休んでったら?うちの実家くらいの物は用意しといたからさ」
ふと周りを見ると、なんとこたつにテレビに家具がいろいろ用意されていた。とても果樹の植えられた街道だったとは思えないほどの生活感で、ほんとにセクターで生活しているのではないかと疑うほどだった。
◇
【次回予告】
カダヴァーといっしょに休憩するユウキのもとへ、突如侵入通知が届く。
侵入してきた相手は、賭博姫ゲームスター。
彼女も万全の状態でないようすだが、何やら頼み事が……?
次回『ダメなやつなりのお礼』