【前回のあらすじ】
余剰だよ!ぜんかいはね、おもておねーさんやユウキおねーさん、せつおねーさんとやくそくしたんだ!また、おいしいパフェがたべられたら……とっても、うれしいなって!
◇
人の殆どいなくなったパーティー会場において、残っているのはあの双子を除いたプリンセスたちくらいのものだった。テーブルの周囲でユウキとアーモンド、雪と刹、そして余剰が食事を楽しんでいた。
しかし。それらの輪から外れ、ただ視線だけを向ける少女もまた、ひとりいた。刹に連れて来られたという、巻き込まれただけの人物でありながらレヴェル戦中も逃げることのなかった少女。
彼女はいま、その時とおなじ相手へ視線を注ぐ。場所は22番セクター、むろん彼女がプリンセスだとしてもここはその領地ではない。プリンセス:イーター、余剰のものだ。侵入通知を送ることによって、セクターの主を誘き寄せようとしたのだ。そして、それは見事成功した。一度会って話したかった相手は、しっかりとこのレストランじみた場所へ来てくれた。
「……おねーさん、だれ?」
余剰が不思議そうに、目の前の少女に対して首をかしげる。確かに刹に連れられて雪を追いかけようとしたものの、追い付いたわけではない。故に、余剰とは初対面だった。
「わたしは――」
少女が口を開きかけた。が、言葉を止める。対話よりも話が早いとみたのだろうか、自らのペティグリィのあるらしい額に手をあてるほうに動作をシフトして、指の隙間からちいさな光をこぼれさせる。
「プリンセス・チェンジ」
ふたりの間に意思の力による光を満たしながら、静かに自らの衣装を再構成していく。決して女性として成熟してはいない身体に張り付く光の内より、やがて淡いピンクの衣装が現れて、彼女がプリンセスであると余剰に理解させる。余剰の瞳は警戒の色を見せるが、そのプリンセスの瞳に敵対の意思は薄いらしかった。そのせいで、不気味でもあったのだが。
「わたしは、あなたのお母さんよ」
「おかー、さん?」
唐突な言い草だった。それに、余剰より年上だとしてもたかだか10代前半の彼女が母親であるはずがない。両親についておぼろげな記憶しかない余剰であっても、発言が真実でないとは気付いていた。だが、その言葉からだんだん視界がぼやけていく。赤の他人を目の前にしているのに、まるでそうではないような。まっとうな視界を取り戻すために目をこすり、口に出して否定しなければいけないと余剰は半ば叫ぶように声を絞り出した。
「……ちがうよ。おねーさんは、ちがうの」
「違ったとしても、わたしは母親なの」
わけのわからないことを呟きながらゆっくりと近寄ってくる彼女。話の通じないであろう瞳にまっすぐ見つめられ、余剰は底知れぬ恐怖を覚える。無意識に後退りして、冷や汗をにじませる。
「ねぇ、余剰ちゃん。あなたはもう苦しまなくていい。空腹に苛まれなくていいのよ」
「な、なにをいうの?なにものなの?」
「だから。お母さんだって、言ってるじゃない」
しだいに、蛇に睨まれた蛙のように余剰の足は言うことを聞かなくなっていく。本能は逃げろと伝えているのに、警鐘をけたたましく鳴らしているのに、身体は固まっている。
「でもね。大丈夫よ。わたし、あなたにお母さんって呼んでもらえるようがんばるわ」
違う。絶対に違う。あれは余剰の母親などではない。何も与えてくれなかった、何もしようとしなかった者ではない。あの優しさは、紛れもなく余剰がすがりたいものだった。
「おいで。かわいい、わたしの娘」
その一言が鼓膜を通り越して脳にまで染みて、ふと動かなかった身体が今度は勝手に動き出す。まるで目の前の彼女に、身を委ねようとするように――
◇
暑苦しい光を放つ溶岩どもが赤熱し、喧しいほどの熱気をセクターに充満させる。ここは23番セクター。5つの大セクターのうち、南東部に存在する炎熱のセクターである。もちろん実際に熱を伴った溶岩に耐えられるものなどいるはずもなく、人型の影はまず見えない場所だ。だが、わざわざこのような気候にするなどどのような神経の持ち主だと思うような過酷な環境下、風景にそぐわない白く豪華な椅子が鎮座している。そこには、足を組んで堂々と座る少女がひとり。
「……ほう。羽虫が減ったか。燃やせる娯楽がひとつ消えた程度、気にするほどでもないが……所詮その程度である者にわざわざ席を割いているのか?この戴冠式とやらは」
赤いなかに黒のまじったツーサイドアップ、炎が渦巻くようにレースをあしらった衣装、右腕にのみ着けられた長手袋が椅子の白に対してよく目立つ少女。一見周囲に誰もいない虚空に話しかけるように見える。しかし、そうではない。椅子の背もたれ、そのすぐ後ろにもうひとりの少女が存在する。ぶわりと広がった大きなシルエットで、一部記事が薄いのか透ける部分のある黄金色のプリンセスだった。
「いいえ。有望株を発掘するには、数は多いほうが有利なのでして」
「そうか、貴様らは運がいいな?1位のような反則下種野郎とは違い、実力で2位を獲った者に出会えたのだから」
こう豪語する彼女はプリンセス・ランク2位。炎上姫『ブレイザー』。開式から僅か数分でセクター内のレヴェルどもをことごとく灼き尽くし、適正が高いとされ更なる評価を得たプリンセスである。
「その2位にお願いがあるのですが、どうでして?」
「我をブレイザーと知っての提案だと?」
「イエス。実はワタシとしましても、今の停滞した戦況は困ったものなので」
黄金色のプリンセスがそう言って、ちらりとブレイザーのほうを見る。
「ちょっくら、空きセクターの制圧でもしてくれませんこと?」
「空きセクター、ねぇ。何処だ?それは」
「所有者が死に、空白になった場所はたくさんですが、いちばん大きいのは17番セクターと」
セクターボードがブレイザーの目の前に出現して、黄金色のプリンセスが言及する元プランターの領地を軽く点滅させる。プリンセス・ランク4位という上位ランカーの早期脱落は、ブレイザーにも記憶に新しい。
「5位と10位の領に挟まれている場所か」
「イエス。中セクターではありますが、火に油を注ぐには十分でして」
「はっ、それは我の台詞だろうが。しばし黙って見ているがいい」
どうやら願いを聞き入れる気になったようだ。自らの領地、その中央に位置する玉座から立ち上がり、両手をこきこきと鳴らしたブレイザー。口元には笑みは無く、固く結ばれた口からは先程までの言葉の数々は欠片も見えない。その代わりに、瞳には炎だけが燃え盛っていた。
「何をしでかそうと勝者はこのブレイザーに他ならない……コネクターにはそれを教えてやる」
言い出した本人である背後のプリンセス――『コネクター』がにやりと笑っているだろうと思いながら、ブレイザーは目標のセクターへと歩き出す。
◇
日がまだ昇っていく昼時。相次ぐ不審死のことを考慮しているのか、すでに授業はすべて終わっていた。当然の判断だろう。戴冠式の犠牲者はすでに三人。そのうち、蘭花いるかと土実基はこの学校の生徒なのだから。そのうえ、亜傘棚も行方知れずである。こうして生徒を早めに下校させようとするのは正解だろう。……ただの不審死と失踪ならば、対策になったかもしれない程度だが。
その日は授業のはやめに終わった放課後ということで、ユウキと雪は新聞部に呼び出されていた。扉を開くなり双美にずるずる連れ込まれ、強制的に座らせられる。ユウキは下校時刻を守らないことになるのは嫌でさっさと帰りたいという顔をしているが、双美はそんなことをまったく気にせず話をはじめる。
「ようこそ、ブレイヴァーくんにファインダーくん。プランターの日以来だったかな?」
「そうですね」
「……今日はなんの用っすか?」
雪が出した質問に、奥にある作業台に肘を置いた彼女はまるでどこかの組織の幹部のような雰囲気を出しつつ答えた。
「悪いニュースがひとつある」
「どうせひとつなんでどれからでも同じですから、早く」
「つれないね。ま、いいさ」
そう言って双美は指を鳴らして机にタブレット端末のような形状である、セクターボードを呼び出した。セクター図が映し出されており、何処が何番で誰の領であるかがエンブレムを表示することで書かれている。
「ここを見てくれ。ここは、もともとプランターのものだった場所だ」
「えっと……17番セクター?ここがどうしたの……っ!」
多くのセクターを持っていた第4位。彼女が脱落してからは、その元領地は灰色の双葉のエンブレムで表されていた。が、17番セクターは違う。炎を纏う竜のエンブレムである。この紋様が示すのはひとつの事実だった。
「これは……炎上姫っすか?」
「そう。ブレイザーくんが動き出した。第2位が動き出したとなれば、みんな大急ぎでセクターを奪い合いはじめるだろう」
一度誰かのものになったセクターを奪うのは簡単ではない。エンブレムの破壊は必須であり、プリンセスとの交戦は免れないだろう。それはエンブレムが無い空きセクターでも同じで、その数が少なければ少ないほど集中する。皆危険を避けるために今まで動いていなかったのだろう。
「君たちとはいろいろあったじゃないか?だから、教えてあげようと思ってね」
「……そうですか」
てっきりこの話に乗って、セクターへ赴くとばかり思っていたらしく双葉は目を丸くする。ユウキが一言だけを残し、退室しようとしたのが理由だった。単に早く帰りたいだけなのか、セクターに興味がないのか。
「ちょっと待って、これはチャンスではなくピンチだよ?黙ってたらなくなるよ?」
「それで構いません。元より、勝利に固執はしていませんし」
おいおいおい、と双美は作業台から身を乗り出した。雪がそんな彼女を冷たく睨む。双美のほうは、ふとなにか思い付いたようでまた話しはじめたが。
「……そうだ。争奪戦が始まれば、プリンセスが集まるだろう?ね、ファインダーくん」
「まぁ、そうでしょうが」
「と、いうことは!その中に、プリンセスを狙う輩もいるわけだ!」
ユウキの足が止まった。双美はにやりとした笑いを取り戻し、さらに続ける。
「他人を殺して成り上がろうとする悪。他人の夢を蹴落とす悪が――」
「雪ちゃん、今から大丈夫?」
「構いませんよ。私もおこぼれにあずかれれば大儲けです」
「……ありがとう、行こう。表さんや、余剰ちゃんの助けになれるかも」
双美の言葉を遮って、ユウキは駆け足で出ていった。帰りの支度は済んでいたから、玄関を飛び出してどこか誰にも見つからない場所へ行くだけだろう。残ったのは雪と双美、たったふたりきりだった。
「……あー、せっかちだなぁ」
ついていくつもりもないくせに、双美はそう呟いた。話の途中で帰られたのはさすがにショックだったらしい。大きくため息を吐き、机に腕を置いて枕がわりにしようと動いた。これ以上は何も見込めないかと思い、雪もまた出ていってしまおうとする。
「おーっと、ちょい待ち。ファインダーくんにはもういっこ耳寄り情報がある」
セクター図を表示させていたボードを持って、雪を手招きする双美。しょうがないから付き合ってやろうと、その表示は雪にも見覚えのあるものだった。
「これ、ブレイヴァーくんは知らないみたいだけど、君はわかるよね」
「一度見ましたからね、それ。ですがどうかしたんですか?」
表示されていたのは通知欄だった。受信画面には今朝入ったばかりらしい開封済みの通知がひとつ。その内容は、簡単。『イーターの脱落』である。
「ふふん、ここだけの話ね」
自信のありそうな表情で、双美が雪に耳打ちをはじめる。数秒後、雪の顔に驚愕の色が一気に広がるのは、恐らく双美のみが予想しているだろう。
「……それはそれは。本当に予想外です」
雪の反応に、情報を告げた側はとても満足そうに笑っていた。用事はこれで終わったようで、いってらっしゃいと満面の笑みのまま双美は雪を見送ったのであった。
◇
「で、ここは19番……つまり私の領地なわけですが」
軽く走ってユウキに追い付いて、一緒に裏世界へとやってきた雪。ふたりで到着したのは、プランターの空きセクターのすぐ南に位置するファインダーのセクターだった。それも、すぐそこに15番セクターのあるはしっこだ。ここならばいきなり接敵する危険性もギリギリないと思い、いったんここに来ようと説得したのだ。とはいえ、すぐ出発することに代わりはない。
「北にまっすぐ……です。そうすれば、15番に……」
ファインダーは目を伏せる。15番セクターといえば、戴冠式初日のことを思い出してしまうのだ。プランター=基が、名も知らないプリンセスの四肢をへし折っていたのを、ファインダーは運悪く目撃した。それから、雪はよりによって基に死について相談したのであった。見ていたのはファインダーの運が悪かっただけともいえるが、トラウマを植え付けた者にそのまま相談したというのはもはや笑い話の域だ。そう、ファインダーは心の中で自虐した。そういえば。あの、被害者側のプリンセスはどうなったのだろう?脱落したという話も聞かないが――
「どうしたの?」
「あ、いえ、なんでも。行きましょう」
ブレイヴァーの呼び掛けに、ファインダーは首を振って答えた。さっさと目的地へ行こうと、ブレイヴァーよりも先に一歩を踏み出そうとする。
「待って」
短く、隣の勇者が警告する。何かを感じたのか聞こうとすると、それもまた別のものに阻害される。けたたましいこの音は、ファインダーのセクターボードへ届いた通知のようだ。それも他プリンセスの侵入を知らせる音だ。まさか、と思い目の前に視線を戻すと、人影が見える。
ブレイヴァーが剣を構えて、ファインダーをかばって前に出る。黄金の剣に横顔が反射し、人影へと向けられる警戒と殺気が増していた。
「……そこにいるのは、誰っすか?」
仮に第2位がこちらへの侵攻を決めたのなら、激闘は免れられない。その覚悟を決めて、セクターの主として人影へと言葉を投げ掛けた。
その返答は――
「……!よかったぁ!わざわざ通知飛ばしても気付かれないとかうち影薄すぎるじゃーん、とか思ってたんだけど、よく気付いてくれた!ありがとじゃーん!?」
明るい顔での、感謝の言葉だった。
◇
【次回予告】
ふたりの前に現れたプリンセスは、まだセクターがないという。
一時だけでもいいから、自分を護衛してほしいと彼女は言い出すのだ。
15番セクターには火焔が迫る。セクターの奪取は間に合うのだろうか?
次回『旧果樹園街道にて』