ROYAL Sweetness   作:皇緋那

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遅くなって申し訳ありません!本当に!


もしも生き残ったなら

【前回のあらすじ】

 

刹よ。豪邸でのパーティらしいけど、雪が呼ばれて私がいないなんてありえないから。自分から来てやったわ。思ったよりダイバーと口論とかにならなかったのが幸いね。よし、じゃあ追いかけて行きましょうか!

 

 

セクター情報は正常に更新される。各プリンセスの手元の端末には、最新のセクター状況が届けられる。たった今、その更新が行われた。インクイジターの脱落によって空席となっていた8番及び9番セクターが、ダイバーとゲームスターの手に落ちたのである。わざわざ通知が行われることはないにしろ、熱心に勝利を求める者ならば確認は怠らぬだろう。その熱心に勝利を求めるプリンセスが、どれほどいるのかは定かではないが。

 

「……はぁ、よかった」

 

安堵の息を漏らした彼女は、それには含まれない。プリンセス:ブレイヴァー、沖ノ鳥ユウキ。安堵の理由は、自らが協力したインクイジター攻略の戦利品を表とアーモンドが無事受けとることができたからである。彼女らがいずれ敵になるとしても、ここで空席のセクターを狙った何者かに襲撃されたとなればいい気分にはならない。

 

「ただいま戻りました」

「あ……おかえりなさい」

 

ふいに背後からした声は、いま新たな領地を得た者――プリンセス:ダイバーのものだ。ユウキが振り返って見れば、数分前と変わらぬ綺麗なドレスに身を包んで立っている表の姿がある。挨拶を返された彼女の次の一言は、同盟相手についてだった。

 

「アーモンドはそのへんのテーブルを回ってくる、とのことです。招かれた人の中にはそういうのが好きな人くらいいるでしょうし、放っておいて問題はないかと」

 

アーモンドがそこらへんをふらついていることが、日常茶飯事であるかのような調子で語られる。

 

「……いつものことなんですか?」

「えぇ、まぁ。いつも私とふたりっきりでは、できることも限られますし」

 

むしろ、アーモンドの好むような遊びをするならそこらへんをふらついて相手を探し回ったほうがいい、のかもしれない。得体の知れない相手の方が、気心の知れた表よりずっと危険である。よって、刺激は強い。失敗したときどうなるかは承知の上だろう。

 

「彼女については大丈夫でしょう。最低限の運命力はありますから」

 

アーモンドのことは信用している部分があるらしく、表はそれ以上彼女について言及しようとしなかった。

そんな表へと、ユウキは続けて質問を投げ掛ける。

 

「あの……どうして、表さんはプリンセスに?」

 

アーモンド・ヴァウの動機を聞いたときから気になっていた。遊び人の彼女をわざわざ養っている表の心境とは、どういうものなのかと。

 

「それは、勝利の果実に賭ける願いと?」

「はい、それが聞きたくて」

「ならば……明確なものはありません」

 

ユウキが見つめていた澄んだ瞳は、すこし違う方向を見る。

 

「私はただ、母の束縛から解き放たれたかっただけ……何も与えられなくていい、だから何も縛らないでほしい。それだけで、プリンセスになりましたわ」

 

表の視線が再びユウキと合わせられる。強い願いでこそないが、少なからず憎悪の含まれた視線だった。

 

「自らの利益、繁栄だけを求める者に、未来はありません。ならばこそ、勝利の果実はすべてのために使われなければいけない。それだけは確実なことです」

 

ユウキは表の掲げた言葉に頷いて返す。完璧な共感でこそないが、理解できる点は多かった。

 

「……きっとそういうことなら、お母さんも許してくれるかも」

 

ばん、と。表が拳でテーブルを叩く音が響いた。皆が振り向き、彼女の拳はこころなしか震えているようすだ。

 

「あの女のことを……言わないで」

 

無知、善意からの発言であれど、表には最も不快な言葉だったようだ。憎悪の視線はより鋭くユウキを刺す。その今にも血の涙を流しそうな瞳は、ユウキを脅かすには十分だった。

 

「確かに今でもあの女にこの手で制裁を加えてやれなかったことが心残りでなりません。ですがあんな奴に勝利の果実を使うなど、それこそ束縛を受けている」

 

 

表は突き刺すような瞳のまま、自らの胸中をぶちまける。その相手となっているユウキは、まくしたてる彼女から後ずさってしまう。表の触れてはいけなお部分を踏み抜いてしまったらしいのだ。

 

「自らのみが得する道を選び続け、すべてを自分の思い通りに動かそうとだけし続けてきた者など、破滅すら――」

「だめだよ、おねーさん」

 

突然、まくしたてる表の背後から、彼女よりも小さな影が声を出す。少女の一声で表の言葉は止まり、詰め寄る歩みもゆっくりと振り返る動作に変わる。背後に居たのは、屋敷の探検から帰ってきたらしい余剰だった。

 

「けんかはだめ。たのしいおひるごはんだよ?」

 

表は数秒固まっていたが、正気を取り戻したようでばつがわるそうに顔を下へ向けてしまった。

 

「……申し訳ありません。取り乱してしまい」

「あ、大丈夫です。地雷踏み抜いたのは私のほうですから」

「うんうん!ふたりがなかよくなってくれたら、わたしもうれしいな!」

 

表とユウキは、「やさしいおねーさん」と余剰に認識されているのだった。そこに気付いたふたりは、余剰を見ていた顔をお互いに見合わせる。

 

「ユウキおねーさんは、わたしをおなかいっぱいにしてくれたし、おもておねーさんはわたしをたすけてくれた!だから、わたしはふたりになかよくしてほしいんだー」

 

表の瞳から、しだいに棘が抜けていくように感じられた。いつものお嬢様らしいオーラを取り戻し、冷や汗は多少あれどパーティーを続行するには問題ない。先の机殴りで損なわれた場の雰囲気も、すこしのざわめきで済んだようだ。

 

「後ろ向きな話をしてしまいごめんなさい。今度は前向きな話をしましょう」

「なになに?ごはん?」

 

いますでにランチタイムであり、料理も用意されている状況でありながら余剰は目を輝かせていた。彼女の底知れぬ食欲に対しては微笑んで、表はその前向きな話をはじめる。

 

「もしも生き残ったなら。私たちまた集まって、女子会でもしませんか?」

 

いつ終わるのか、生き残れるのかもわからない未来の話だった。無邪気な少女は喜んで、まっすぐな少女は頷く。

 

「……そのためにも。私たちは、願いを叶えましょう」

 

表が出した掌に、さらにふたつの掌が重なった。きっと彼女らは明るい運命を夢想しているのだろう。それが叶わぬ未来だと、欠片も予想しないままに。

 

 

その反逆者は、意味を持って意味を持たぬ者である。浮遊するしなやかな身体をくねらせ、悠然と宙を泳ぐ反逆者にとって、手足など飾りに過ぎない。そうして空中を舞う彼女にまとわりつく視線どもは、彼女を導くように視界へ躍り出る。反逆者たちの前方には、明るい緑の芝生へと繋がるらしい穴がぽっかりと空いている。

もちろんのこと彼女らの行く先はその芝生である。目標も、産みの親も、そこで笑っているのだから。それらを壊すため、両手足を備えた蛇の怪物とのっぺりとした暗黒にいくつも目玉のついた少女型のなにかは現れる。悲鳴をあげる中年どもに興味は示さない。蛇の視線が注がれるのは――白神表。プリンセス:ダイバーだ。

 

「……よりによって、こんなときに!」

「ぁ……い、いやぁ……!」

 

か弱い悲鳴を聞き咄嗟に振り向くと、

余剰が膝から崩れ落ちる瞬間であった。前回と同じ、あの眼のレヴェルのせいだろう。彼女の何らかのトラウマを呼び起こす存在があれであることは、すぐに理解した。

 

「どちらも私たちが狙いのようですね」

 

逃げずに残っている者――ユウキとアーモンドに視線をやった。ユウキは鞄に入っていたペティグリィより剣を召喚し、すでに臨戦態勢に入っている。アーモンドも同様に、コインを持って睨み合っている。

 

こうなれば、誰が誰の相手かはわかりやすいだろう。表は目の前で舌を出し入れする蛇の怪物に拳を向けて、細く長く息を吐いた。

 

「……行きますよ」

 

一秒もしないたった数フレームのあと、蛇の腹には拳が突き刺さる。手応えはないが、宙に浮く標的の身体は衝撃のままに吹き飛んでいく。

それをただ見ているだけのダイバーではなく、すかさず次なる一手を放り込んだ。ただ浮いているものに力を加えるだけとしても、相手の攻撃する隙を作らせてはならないと考えたのだ。

 

そう易々と封殺させてくれないのがまた、反逆者である。表は一瞬、自らの脚に違和感を覚えた。視線をやればそれは右ふくらはぎより下が凍りついてしまったことによるもの。周囲のレヴェルどもの仕業である。氷自体の破壊こそ簡単にできるものの、これによってリズムが狂い、追撃の波は隙を生んだ。相手に反撃の暇を与えてしまうのだ。

 

「あ、やば――」

 

蛇がその腕を振り上げる。およそ蛇とは思えない凶悪な爪が並び、表を引き裂きにおりてくる。リミテッドオーダーの行使、という選択肢はある。だが、仮にそうして回避に成功したとして。今の決定打を与えられぬ自分の拳を不意に打ち込んだとて、この蛇は大した影響もなく次の獲物を襲うだろう。この場で最もか弱く、最も狩りやすい獲物――余剰を。それに間に合うか?沈んでから浮上可能までの間、彼女を無防備な状態にしておけるか?

 

「――ぐ、ぁああっ……!!」

 

表のドレスが、素肌が、爪の侵攻を受ける。布と同じように皮膚が裂けて、肉に食い込んでいく。

 

「表ちゃん!?」

「気にしないで!ふたりは目の前の敵を!」

 

アーモンドの心配の声には目もくれず、血を流す肩にも押さえる手をやらず、表は自らに従うことにした。自分とは真逆、何も与えられぬ故に何も縛られなかった者を守る、と。

 

「今度は、こっちの番……!」

 

いくらプリンセスでも、徒手空拳で鱗の鎧を貫くことは難しい。表のそれは生憎と気功のような技でなく、ただの護身程度のものだ。爪に振り払われれば傷を負う。けれど、表は持ちこたえようとした。単眼の反逆者たちを引き裂いていく黄金の剣や煌めくコインと並ぶため、闘志を陽に晒す。

 

 

怖い。誰にも味方などされないことが。冷たい目、敬遠の感情を剥き出しにした瞳が。

 

ぴちゃり、と。顔を伏せて、多量の眼に怯えていた余剰の頬に、生暖かな液体が付着する。血液がもつ生命の証明、人肌の温もりは、このときは不快ではなかった。前を向けば、自分を庇うように立つ少女の姿。高価な衣装が何ヵ所も千切れ、それどころか身体にも傷が多くある。自分の盾となっている存在――余剰はそれを、はじめて見る気がした。

 

「おもて、おねーさん」

 

思わず声が漏れたらしい、口元に手が伸びる。周囲の冷ややかな視線は、自分には届いていない。アーモンドも、ユウキも、表もいる。だから余剰は立つことができた。立って、ナイフをその手に、こう口に出せた。

 

「『リミテッド・オーダー』!歯を立てろ、我が牙よ!」

 

次の瞬間に、この空間から蛇の腕が片方消失した。本来は表のものである返り血ごと、余剰に応えて現れた口に呑み込まれたのである。備えた鋭利な牙によって、根本は多少切り口が歪なものの切り離された。

 

「余剰ちゃん!」

「いまだよ、おもておねーさん……!」

 

表は大きく頷くと、腕を失ったことで怯む蛇に飛びかかる。最初に眼に靴先を突き刺し、首を掴む。そうして痛みに悶えるのみとなったレヴェルを、表は全力で放り投げる。その先には暗黒、イーターの作り出す穴が空いていた。

四肢を持った蛇のレヴェルは、白き裏世界とは対照的な暗黒へ放り込まれた。そして、その入り口は一度閉じて消えた。この先はイーターの養分となるのみ。

 

「終わった……!」

「やった!やったよ、おねーさん!」

「あとは、この有象無象ですね」

 

余剰が恐怖し続けていた、大量のレヴェルたち。パーティーの客たちの数にも相当するだろう単眼のものどもは、もはや少女の形を成さぬものも交えながらアーモンド、ユウキを苦しめている。斬っても斬っても減っている実感のないような物量だった。

 

「た、たすけないと!」

「えぇ……ぐ、うぅ!?」

 

今更になって、先程の傷の痛みを自覚した表が呻く。彼女のこれ以上の戦闘は無理だろう。かと言って、このままではユウキもアーモンドも疲労が見えはじめている。

 

「こ、このままじゃ……!」

「安心なさい、6位に8位」

 

余剰と表の横を、静かに通りすぎる者がいた。手には鳳凰の描かれた扇を持ち、自信に溢れた表情で前に立つ者。彼女は扇を振り、指令を下す。

 

「『リミテッド・オーダー』!駆け抜けろ、芭蕉が葉!」

 

直後、一陣の強い風が、周囲の葉や枝を巻き上げ、家屋を破壊してきた竜巻のように黒い渦を作り出した。彼女、刹は大量のレヴェルたちのほうへびしっと指を差す。

巻き上げられたすべてが、速度によって凶器と化す。それでもなお正確にレヴェルの眼を撃ち抜き続け、一斉に片付けてゆく。

 

「そこのお嬢様と小さな捕食者に、いいものを見せてもらった礼よ」

 

刹は次々と冷ややかな視線の消えて行く中、にやりと笑って表にそう告げた。それは第3位の余裕であるとともに、これからのふたりに祝福を願う笑みであった。

 

「……野芭蕉刹、あなたは――」

「私に構っていてもいいのかしら?妹さん、帰ってきたみたいよ?」

 

刹に言われるまま屋敷のほうを見ると、走り寄る少女の影がふたつ。裏と雪だった。他の参加者の大移動で異変が起きたことは把握していたが、なにせ人の波がありここまで来るのには手間取ったのだろう。

 

「申し訳ありませんお姉様、私が離れていたばっかりに……」

「いいえ。レヴェルが出現したせいです。裏は気にしてはいけません」

「でも……」

「そんなことを言う暇があるなら、怪我人の手当てが優先です」

「あ、はい!」

 

裏が大きく頷いて、表の肩を持つとふたり揃って移動を始める。恐らく、この大きな建物には医務室くらいはあるのだろう。途中でちらりと表が振り向いたが、刹は余剰の背中を押して手を振らせることでこれ以上の表との関わりを回避したのだった。

 

「……ふん。精々生き残りなさいな」

 

彼女はそういって、屋敷とは逆の方向に身体を向ける。ユウキはじめ、少女たちはひとつのテーブルに集まろうとしていたが、うちひとりは刹を見たまま止まっていた。

 

「あら、雪。なに?その『げ、刹がどうしてここに』って顔は」

「なにと言われても、その通りですよ。げ、刹がどうしてここに!」

「簡単じゃない。あなたのいるところ、私ありよ」

 

誇らしげに刹はそう言って、持っていた扇をしまう。彼女の平常運転には雪が露骨に嫌な顔をした。

 

「ただのストーカーじゃないっすかー!やだー!」

「ただの、とは失礼ね。違うわよ」

「何が違うんですか」

「完璧な、ストーカーよ」

「結局変質者じゃねーか!」

 

雪は思わず声を張り上げた。周囲に人はまだ戻ってきていないため、大きく響く。それから数秒おいて、こほん、と咳払いをして雪はほかの少女たちにも言葉を投げ掛けた。

 

「ユウキ先輩、お怪我はありませんか?」

「私は大丈夫だよ」

「それはよかった。皆さん、無事で何よりです。表さんは負傷してしまったようですが」

「大丈夫、表ちゃんはあれじゃあ死なないよ。痛いだろうけど」

「うん。おもておねーさんならだいじょうぶ!」

 

アーモンドと余剰は表のことを心配するのではなく、信頼を置いているようだった。それなら大丈夫かと雪はどこか安心していたようで、表情がゆるんでいた。そのことに気付いたのは、ユウキと刹に頬を両側からつっつかれてやっとだったが。

からかわないでくださいよ、と困る雪を眺めていて、余剰は何か思い出したらしい。ぽん、と手を打って口を動かす。

 

「おもておねーさんがいってたんだけどさ!わたしたちみんなでいきのこって、じょしかいをしようって!」

「……へぇ。いいんじゃないですか?もし生き残れれば、ですが」

「うん、だからね!みんな、がんばろう?」

 

表の言ったことを聞き皮肉な笑みを浮かべた雪に対し、彼女にも無垢な笑顔を見せる余剰。

 

――そんな彼女に注がれるまっすぐな視線には、この場の誰も気づいていなかった。

 

 

 

 

【次回予告】

 

プランターが脱落したことによって、統治者を失いフリーになった5つのセクター。

それらを狙い、ついに第2位『炎上姫』が動き出す。

セクター争奪に参戦しようとするユウキと雪のもとには、新たなプリンセスが――

 

次回『燃える闘志、上がる狼煙』


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