【前回のあらすじ】
インクイジターの脱落があり、プリンセスは残り14人となり。戴冠式は加速していく、というわけで。ゲームスターにダイバー、ブレイヴァーの動向やいかに、といったところで、今回がはじまるわけなので。
◇
「……パーティ、だって?」
「はい。元より予定されていたものなのですが、せっかくですしプリンセスのみなさんを呼ぼうと思いまして」
インクイジター戦から数日。セクター情勢はまだ動く気配を見せず、多くのプリンセスが様子見に徹しているらしい状況のまま、日々が経過していた。それは現実でも同じであり、たかが一個人が外傷も病魔もまったく関係のない場所で死亡したところで小さなニュースになる程度だった。
そんな中、白神家においても表の負傷などスケジュールを狂わせる要因にはならぬようだった。
「プリンセスのみなさん、って?」
表がどこまで招くことができるのかはよく知らないが、何人ほど訪れるのかは知っておきたい。仮に知らないプリンセスがいたなら、交流の機会があるのはいいことである。戦わなくてすむ相手が多いほど、誰かが血を流さずにすむからだ。
ユウキの願いは、ただ悪の欲望を挫くことにある。悪となるプリンセスがいないのなら、彼女は真っ先に王権を放棄するだろう。
そうした先を見ようとするユウキの視線に、表は特に何も言わず答えるだけだった。
「えーと、まずユウキさん、私、アーモンド、余剰ちゃん。それに、古史雪さんに……あ、このくらい、でしたね」
「……雪も?」
「はい、ファインダーでしたよね?彼女も、というか先程お見かけしたので」
表は誰かの名を言いかけたようすだったが、言葉としては発されずに終わった。彼女はそれをごまかすように、ちらりと背後を見た。
ここは、ユウキたちの中学校。表はそこに押し掛けてきたのだった。ユウキを探す道中で、見覚えのある顔を発見したのだろう。現に表が来た方向は1年教室のほうだった。
「というわけで、本日の午後なのですが。大丈夫ですか?」
「だいぶいきなりの話ですね」
「でも大丈夫なのでしょう?」
「まぁ、そうですが」
そうユウキが答えたとたんに、表は瞳を輝かせた。がしっとユウキの手を掴んで、引っ張りはじめる。どこかへ連れていくというのか。
「なら……さっそく出発しませんこと?」
「ま、待って!私物がまだ!」
「あらそうでした。では、すこし待ちましょう」
授業はいちおう午前の部が終わっているものの、給食以降がまだだった。話はすでに通されているらしく、ユウキや雪には大切な用事があるような話が廊下を行く教員たちの間で交わされている。
「……さすがお嬢様、大切な用事扱いだ」
「仕方ありませんわ。裏が先に話を通しているんですもの」
裏、というと、彼女の妹だったはずだ。彼女は仕事が早く、姉の世話役めいているらしい。本来はメイドだかがつくらしいのだが。
「とにかく。ご用意なさって?至福のランチタイムが待ってますのよ」
表の言葉にユウキは頷いて、早足気味に教室まで戻っていった。
◇
「というわけで、ここがパーティ会場です!……といっても、ただの庭なのですが」
元より高校生としては小さな表が、さらに小さく見えるような広大さ。外からは木々でよく見えず、ここら一帯の数割を占めていることだけを知っていたユウキだったが、中に入ってみればそれはまるで総合公園だった。
「うわぁ、なんすかこれ。うち何個入るんだろ。252くらい?」
「それは言い過ぎじゃないかな、気持ちはわかるけど」
隣で声を漏らす雪。彼女とは来る途中で合流していたのだった。おたがいにこれは予想していなかったため、ふたりして固まっていた。
「アーモンドや余剰ちゃんがいるのはあちらのテーブルです。ほら、こちらへどうぞ」
表に導かれるままに、よく手入れされているらしい芝生を踏んでいく。向こうにはお嬢様らしいドレスの人物が表を除いてふたりと、エプロンをした小さな人影が見える。小さなほうが、余剰のものだろう。
「お、来た来た」
「ユウキおねーさーん!」
むこうで手を振る余剰に挨拶を返して、歩調をすこし早めて歩く。もちろん周囲の高そうな服に身を包んだおじ様やらマダムやらをひたすら避けて、でなければならない。
「余剰ちゃん、こんにちは」
「こんにちはー!そっちのおねーさんもまえあったね!」
「そっすね、食事会んとき一緒でした」
ちゃんと雪のことも覚えていたらしい。彼女らが手を握ったりで名乗りあい、ほほえましい光景ができていた。それをぼんやり眺めていたユウキの肩に誰かの手がふれる。振り返ってみると、表でもその妹でもないらしい。となると残るはひとりしかいない。
「やっほ、ユウキちゃん。こっちだよ」
振り返った側と逆方向に立っていたのは、身長150cm後半くらいの少女だ。どこの令嬢だろうか、きらびやかな衣装がその整った身体を彩っている。ユウキのおぼえには、このような胸の大きな知り合いは双美とプランター程度のものだが、前者とも後者とも特徴は一致しない。この金髪碧眼が最も近いのは、アーモンドのような気がする。
「いや、アーモンドだよ」
「えっ」
「えっ、てなにさ。プリンセス衣装がタキシード風だからといって、こっちでもおんなじようなのだけとは限らないよ」
どちらかといえば、ふだんのアーモンドはボーイッシュな格好だと記憶している。そのため、ユウキはちょっと混乱したのだった。
「こういうときくらいさ、おめかししたいもんなんじゃないの?」
「……そういうもの?」
「わかんない。ま、別にだからとうってこともないけどさ」
結局のところ、アーモンド自身も興味はないらしい。表たちに合わせた格好にしようと思ったのか、表に着せられたのかは定かではないが。
「負けたときの身代わりくらいには、なるかもね」
それは明らかに、年頃の女の子の服飾への考え方としてはおかしいと思う。彼女の今までの生活というものが、そのような価値観を生んだのか。
何を望むのかにそれが滲み出るのかもしれないと、アーモンドのほうを向いて彼女を見据えた。
「……アーモンドさんはどうして戴冠式に?」
「んー、私?そりゃ決まってるでしょ、ゲーム感覚」
『ゲームスター』というプリンセス名となっただけある返答だった。
「だってさ。願いが叶うだなんて証拠もない上手い話、普通信じる?」
「……信じる人もいると思う」
「だとしても、相当追い詰められてる奴でしょ。溺れる者がすがるワラをさ、どうして一般人が命綱にして、岸辺の花を掴む必要があるわけ?」
ユウキは自分が責められているように感じ、口ごもる。ユウキに言っているつもりではないアーモンドはそれに構わず続けるが、どうやらただ相手の表情が曇っていることに気づいていないようだ。
「いや、それがあるんだよ。だって怖くて面白いもんね」
その動機は、単なる娯楽のためだけに他人を蹴落とそうとする悪を含んでいた。
「……そう、ですか」
しかし、ユウキには強く言い出せなかった。自分もまた、そのワラを使い自分を満足させようとしている人間だと思っているからだった。
「ま、そういう訳。あとは表ちゃんに養ってもらってるし、用心棒的なのもあるかもね」
終始冗談めいて話していたアーモンド。彼女の願いに、いるかや余剰のような感情は感じられない。いずれ、彼女とは戦うことになるかもしれないことは心に留めておかなければとユウキは拳を強く握った。
「ユウキさん」
「……?」
アーモンドが視界の中心から遠ざかっていき、かわりに裏の声が入ってくる。裏の足元には余剰がくっついていて、隣には雪が立っている。
「お姉様には伝えましたが、私たちはこれから屋敷の案内に行って参ります」
「ここまで広いんすからね、見せてもらいたくなったんです。ファインダー的に」
「ごはんになったらよんでほしいな!イーターてきに!」
雪の言葉に便乗する余剰。ユウキが頷いて行ってらっしゃい、というと、プリンセスふたりは行ってきますと手を振って、裏はぺこりと頭を下げて屋敷のほうへ歩いていった。
「では、みなさんが行ってしまったところで。ほかのイベントですね」
「……ほかの?」
「えぇ。インクイジターの持っていたセクターの取り分を決めなければ」
「いえ、私は大丈夫です。ダイバーと、ゲームスターでなんとかしてください」
「そんなこと言わずに!」
表はユウキの手をとって、自らの着ける指輪を輝かせる。だがユウキはその手を申し訳なさそうに振り払い、表へむけて頭を下げた。
「……ごめんなさい。ご厚意は嬉しいのですが、受け取れません」
「あくまで勝つつもりではない、と?」
「私は……正義を貫くためだけにプリンセスを続けています」
表のどこか冷めた目に、ユウキの一直線の眼光が吸い込まれてゆく。それからすこしの沈黙と、アーモンドが焦って場をごまかそうとした発言による数秒の後に、表が先に視線を逸らした。
「そうですか。では、私たちで決めてしまいましょう」
「ほんとに勝ちに興味ないんだね。ユウキちゃん、何番目に死ぬかな?」
焦っていたのが嘘だったように、くすくす笑ってユウキを煽るアーモンド。だがその言葉はユウキの脳では真面目に処理されておらず、彼女の注意はずっと表の瞳に向いているのだった。
◇
白神の庭は木々で遮られ、外からは見られぬようにされている。しかし、わざわざ覗こうと木々に突っ込んでいけば別の話だ。しかし、そうまでして白神に用事のある人間などそうそういない。ましてや、パーティなどしている時間に木々に挟まって覗き見など――
「なによ雪のやつ。幼女とお嬢様従えて探検とか子供すぎ」
――中学生にもなって、するような者はまずいないはずだった。
「の、野芭蕉さん……やめませんか」
「ダメよ。相手の偵察も、ライバルとして当然の行いよ」
「それ、私いりますか……?」
「いるわよ、身代わり!」
「えっ」
木々の間から顔を出している、このランチタイムに招かれたクラスメイトの様子を盗み見しにやってきた二人。まずいないはずの実行犯である。名前は『野芭蕉刹』に『糠道ふか』。標的を雪に定めて観察を続けていたが、彼女が裏や余剰とともに屋敷のほうへ行ってしまったことが不満らしい。
「追いかけるわよ」
「えっ?」
「この際侵入してもバレなきゃなんでもないわ。私ならあなたを抱えて追手を撒けるし」
「ほ、ほんとですか?」
「嘘は言わないわ。憶測でも本当にするもの」
そう言って堂々と庭に出ていく刹に、おどおどしながらついていくふか。ついていってはいけないだろうに、彼女は押しに弱かった。
しかし、すこししたところでふかの歩みは止まった。なにかあったのかと、歩は止めずに振り返る。
「どうしたの?さっさと来ないと置いてくわよ」
ふかが何かに気づいたらしく、指をさして前を見るよう促してくる一方、物怖じせずに立ち入っていく刹。
だが突然、前を見ていなかった雪はなにやら柔らかいものに当たって、バランスを崩す。
「きゃっ……なんかやわらかいんだけど、なによ!」
自分がさっきまで隠れて行動していたことも忘れ、刹はそう叫んだ。叫んで自分がぶつかったほうを見たのだが……。
「おや、ごめんごめん。だいじょぶ?ごめんね私の胸が」
さっきまで話を盗み聞きしていた相手のうちひとり。金髪碧眼の高校生ほどの女、たしかアーモンドとか呼ばれていたはずだ。衝突したのはその胸部とらしい。
それに加えて、お嬢様の姉のほうである表も立っていた。
「野芭蕉さん、この人たちって!」
「え、えぇ。あなた、白神の娘よね?」
「そうですが。何か用ですか?あなたがたのような人物を招待した覚えはありませんが」
アーモンドの対応は軽くとも、さすがにお嬢様の反応は冷たかった。威圧感にすこし押されてはいるが、刹はその程度では屈しない。
「そうね。確かに招待はされてない……けれど、あなたの正体は知ってるわよ!」
「……正体?とは?」
外野でアーモンドがイッツショーターイ!とかふざけているが、真剣な表と真剣なはずの刹には聞こえていないらしい。ふかにもウケていなかった。
表が首をかしげ、刹の言葉を待つ。一瞬に走る緊張感が、ふかの背筋をも凍らせる。
「プリンセス:ダイバー。それに、そっちがゲームスターね」
「……それがどうしたと?」
「プリンセスを集めてどうするつもりかしら」
ダイバーであることは否定しなかった表。それは事実である。しかし、彼女はためいきをついて刹を睨んだ。
「私には用事があります。速やかに退去すれば、見逃してあげましょう」
「あらそう?じゃあ、屋敷や庭にいるほか4人のプリンセスを相手にしてもそれが言えるかしら?」
「4人、ですって?」
表の眉がぴくりと動く。刹が調子を取り戻すなら今だとばかりに、声量を大きくして続けた。
「そうよ。ブレイヴァー、イーター、ファインダー!そして……!」
タメが入り、次を言おうとしたところでさらに表の眉間に皺が寄る。後ろで聞いているアーモンドははてなを浮かべるだけだが、ふかは表同様に何か引っ掛かるものがあるようだった。
ここで刹が言おうとしているのは自分、速疾姫『ブロワー』のことだ。が、表の想定する最悪の発言は生田裏の変身するプリンセスである。糠道ふかについてはそのどちらかなのか、どちらでもないのかはわからないが、恐らくこの場に誰かがいることを知っているのだろう。
「……ここでそのプリンセスのことを公言されては困ります」
「あら、そお?なら入れてくれないかしら?」
刹の言おうとしたのは違うプリンセスのことなのだが、誰も勘違いを勘違いだと認識しないせいで場の雰囲気は非常に張り詰めていた。そこに渋い顔の表の肩を叩いて、アーモンドが彼女をなだめようと話しかける。
「そんぐらいいいんじゃない?減るもんじゃなしに。情報をこのどこから監視姫が見てるかわかんない場所でバラされるってのは、なかなかキツいよ?」
「……そうですね。仕方ありません。今回限り、入場を許します」
「当然ね」
調子に乗った笑みで、表の横を通り抜けていく刹。木々の間を通ってきたせいでくっついた葉っぱが芝生に落ちて、イレギュラーの入場を示す。
「あ、えと、ありがとうございます!」
ふかはきちんとお礼を言って、刹を追いかけていく。表とアーモンドはそれを見送ったのちにセクターへと赴くのだが、ふかがいちど振り向いたときにはその気分はあまり良好ではないふうだった。
「野芭蕉さん!まってくださーい!」
「ダメよ。あっちの雪、さっさと見つけたいんだから!」
雪のクラスメイトふたりが向かう先は、入ることを許された屋敷。そこにいる標的、雪を求めて自称ライバルはどんどん前進していく。
◇
【次回予告】
縛られた者の願いと与えられなかった者の思い。
再び現れたレヴェル・コールドアイズどもを相手に、プリンセス:ダイバーは宙を舞う。
やさしくあまい言葉を、あなたのにがい思い出に。
次回『もしも生き残ったなら』