ROYAL Sweetness   作:皇緋那

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ざぶーんだな!


ようこそ、海中散歩へ

【前回のあらすじ】

ども、アーモンドだよ。教会に行った表ちゃんにユウキちゃん。どうやら異端尋問姫と出会っちゃったようで、表ちゃんは左肩に刺し傷を作って帰ってきた。しかし!逆転を賭けた一手は、すでに始まっているのだった!ら、いいね!

 

 

ユウキが学校へ行ってしまい、アーモンドもまたふらりとどこかへ遊びに行ったあとの白神家。暖色系のドレスに身を包んだ表はいまだに、肩の痛みに悩まされていた。とはいえ、治療はしっかりと施されているし、安静にしていれば痛むこともないはずだ。

だが……傷がうずく度に思い出すのだ。主の正義だのと言うアネモスと重ねて、白神の掟だのと喚く女性の姿を。

 

「……相手はプリンセス。だから、大丈夫ですわ」

 

表の独り言は、自分に言い聞かせるものだった。大丈夫だと、自己暗示をかける。相手が異端尋問姫インクイジターならば、あの女にできなかったことができる、と。

 

「戴冠式は殺し合い。傷つけられたのだから、私は、大丈夫……」

「お姉様?」

「あ、え、うらちゃん?」

 

はっと気付いた妹の声。彼女に心配されるのは、姉としてよくないことだ。表は焦った表情のあと、何事もなかったように裏へ笑顔を向けた。

 

「お姉様。その傷といい、何かあるのですね」

「……ないわけじゃありませんわ。でもこれは、ただ私が注意を怠っただけ」

「いえ。お姉様は悪くありません。私がインクイジターを」

「それは駄目。裏が危険なことをする必要はないの。いい?」

「ですがお姉様、私もプリンセスの一人。ならばこそ!」

 

互いに意見を譲らぬ姉妹。姉の過失ではないとしたい妹が声を大きくしていくが、自らの過失とする姉は彼女を止める。

 

「だったら尚更。下手な行動はお互いの脱落に繋がりかねないわ。私達のセクターは24と25よ」

「……わかりました」

 

裏が折れて、話は止まる。表の脱落は彼女の考える一番の避けたい事象なのだろう。

 

「それに。アーモンドも、ユウキさんもいてくれる。大丈夫よ」

 

にこりと向けられた笑顔。だが瞳の奥には先程のインクイジターへの怨み言、彼奴は自分の獲物であるという感情が少し見えている。それは妹が何度も見てきた、偽りの笑顔というものであった。

 

「……はい。お姉様ならば、インクイジターなどに殺されることはありません。ですが、どうかお怪我のないよう」

 

信頼と心配の混ざってしまったような言葉を残して、裏は表のいる部屋をあとにした。

 

 

時が経つのは早いもので、すでに前回の交戦から一日と8時間が経過しようとしていた。曇天のもとを下校中の生徒たちが通っていく。何ら変哲のない風景だ。異様な点はなく、まるでなにも起きていないよう。

もちろん、蘭花いるかに続く土実基の怪死など、誰も気に止めていないに違いない。聖堂のシスター、アネモスによって白神のお嬢様が怪我をしたなど誰も知らないに違いない。

午前中に降った雨が溜まったごくちいさな池を踏み、ユウキは表と約束したとおり白神邸へと歩き出していた。

 

「おや、ユウキ先輩?なんか用事っすか?」

 

ふいに、女子生徒から声をかけられる。古史雪……プリンセス:ファインダーだ。隣には、クラスメイトらしい少女が立っている。彼女の友人だろう。

 

「ちょっと、待ち合わせがあってね」

「へぇ、何処でっすか?体育館裏?」

「いや、白神の家」

「ですよねー、さすがにそんな殴られるようなこと、ユウキ先輩は……ってえぇ!?」

 

不良にでも呼び出されたのか、と冗談を言ってみたところ、逆に驚かされた雪。隣の少女はユウキの言葉でなく雪の大声にびっくりしたらしく、「いきなり大声出さないでよ情緒不安定!」と文句を言っていた。

 

「し、白神って、あの豪邸の!?」

「うん、大きかったよ」

「ひえ……なんて人と知り合いなんすか」

「え、いや、雪も知り合いでしょ?」

 

ダイバーがリアルプリンセスであることなど知らない雪はきょとんとして、首をかしげた。確かに、彼女はスク水ロングスカートで最もプリンセスっぽくない格好ではあるのだが。普段着のほうがふりふりでそれらしい。

 

「なるほど。まさかダイバーがとは……」

「じゃあ、行ってくるからね」

「あぁ、はい。引き留めてすいませんでした」

「いいって。じゃあ、また明日ね!」

 

事情のわかったらしい雪は素直にユウキを見送った。そんな彼女に手を振った後、ユウキはすぐに表のところへ急いだのだった。

そのおかげで、友人――刹におちょくられて赤面する様子を、雪は見られずにすんだのだが。

 

 

ユウキがまっすぐ向かった先、待ち合わせ場所の表の部屋。雪と別れてから10分もしないうちに、ユウキは表、アーモンドの二人の待つその場所に到着していた。

戦略面での打ち合わせは既に行われていたようで、ユウキは前回同様レヴェルとの交戦を任されるようだ。倒せばいい、とだけ言われてすこし困ったが、確かに言葉どおりである。プリンセス相手に比べれば、言葉を交わす必要すらなくただ戦い、下すのみであるからだ。

 

そうして一緒に行くと決めた三人は、それぞれのペティグリィを握って意識を集中させる。向かうは敵地、8番セクター。古本、指輪、コイン――それぞれの通り道を抜けて、彼女たちの中身は死地へと赴く。

 

変身を済ませてしまい、ブレイヴァー、ダイバー、そしてゲームスターが降り立った場所は確かにインクイジターの居るであろう場所。現実の聖堂よりもより清潔に、規模は大きく、宗教的な像などの要素を増やしたといったところだろうか。

同じだったのは、窓から差し込む光を見つめていた少女騎士の存在であろうか。アネモス――異端尋問姫は宣言通り待っており、祈りに集中していた。

修道服の頭巾、トゥニカを左右に大きく裂き、白い衣装の上に来たその姿は、差し込む光に照らされ絵画のようだった。

 

「気付いてない、かな」

「えぇ。ですが、不意討ちは良くありません」

「お、さすがお嬢様」

「やられて不快だったので、まぁ一撃でいけば関係ありませんが、その賭けはやめておきましょう」

 

祈りの時間はセクターボードの通知も切っているのだろう。三人ものプリンセスに侵入されているにも関わらず、気づく気配はない。終わるまで待っていようと考えていたブレイヴァーの一方で、ダイバーとゲームスターの認識は異なっているらしい。仕留めてしまえば関係ない、の言葉に反応したゲームスターはその後に続けられた内容でちいさく舌打ちした。

 

「ちぇっ。じゃあ、シャクだしヒマだけど待つ?」

「その必要はありません」

 

ダイバーのものでない言葉が割り込んだ。視線を聖堂の奥へ戻すと、インクイジターはこちらを向いている。

 

「私は嬉しいです。三人ものプリンセスが、主の正義に興味を持つだなんて」

「今や15分の3は20%ですものね」

 

主の正義、とやらには言及せず、一歩前に出るダイバー。インクイジターは前回表の肩を刺したものと同じ型の異端者のフォークを構える。

 

「ではお望み通りお教えしましょう」

 

その声に反応し、レヴェルもまた三人の方に剣を抜いた。ブレイヴァーが黄金の剣を握り、彼女はこれといった特徴のない銀色の刃を握る。

直後、ほぼ同時に踏み込みがはじまった。インクイジターやダイバーとは離れた場所へ、剣をぶつからせながらしだいに移ってゆく。

 

それらを、ダイバーは平然とした様子で眺めていた。インクイジターのいったことに対し静かに返しながら、隣のゲームスターにアイコンタクトを送る。

 

「生憎ながら、わざわざ長そうな説教を聞くだけの余裕はありませんから」

 

やってしまえとの意図を汲み取って、ゲームスターは指の隙間にどこからともなく現れたトランプ5枚を挟み込み、ひとおもいに投げつける。うち3枚が小規模な爆発を起こし、煙にて目を眩ますとともに内側から別の数値、またはスートをもったカードが現れた。

5枚すべてが揃ってインクイジターのもとへ着き、はたき落とそうとした彼女の攻撃をくぐると、先程爆発を起こさなかった2枚が今度は小さめの爆発を起こした。

インクイジター当人にはダメージはない。が、周囲にあった像がいくつか倒壊しており、それを見たインクイジターは目付きを一気に鋭くさせていた。

 

「あー、ただのワンペアだねこりゃ」

「あなたは、いったい何を……!」

「え?ほら、トランプで戦うとか、かっこいいじゃん?」

 

ゲームスターのふざけた発言に、インクイジターは異端者のフォークを投げつけた。間一髪でそれを回避したゲームスターは、あとは任せるとダイバーにバトンを渡そうとその後ろにまわる。彼女がしたことといえば煽っただけなのだが、彫像の破壊は効果があったようで明らかに雰囲気が変わっている。

 

「よくもそれだけで……冒涜を……!」

「ありゃ?ちょっとやばいかんじ?」

 

インクイジターはそのふたつに分かれた修道服の内より金属の輪を取りだし、強く意思を込め始めた。おそらく、その金属光沢だけではない光をみせる輪こそがペティグリィなのだろう。

自分が狙われていると自覚はしているらしいゲームスターは、ダイバーと手を繋いで彼女の小柄な体に隠れようとしている。

 

「真に正しきものをッ、なぜ信じぬのです!『ファーストオーダー』!捕らえ給え、密告の蔦!」

 

二人の周囲を、血の染みた大量のロープが取り囲む。蔦とはいうが、プランターのそれとは毛色が全く違う。これら一本ごとに込められた呪いは、ロープをより強靭で凶悪にしていることだろう。

 

「うわぁ、捕まっちゃやばいな」

「ですから、捕まるかわりに掴まっておいてくださいね」

 

言われるがままにゲームスターはぎゅっとダイバーの両腕を掴み、回避体勢に入る彼女に身を預ける。次の瞬間、ロープから逃げるためにダイバーは大きく跳躍し、容易くインクイジターの背後まで跳んでゆく。

が、インクイジターのファーストオーダーは逃さない。ゲームスターがトランプを撒いてみても、よりによってこんなときにノーペアを連発させてしまい一本落とすのにも時間がかかるようだった。

 

「あーこれ駄目だ。ついてない」

「まったく、肝心なときに……仕方ありません、ユウキさんを頼ります」

 

ダイバーは進路を変えて、ブレイヴァーとレヴェルが火花を散らす方へと駆けて行く。時に椅子の背を蹴って、時に壁を蹴って、掴まっているゲームスターにとってはジェットコースターより絶叫らしい視点の移り変わりであった。

それがやっと終わりを告げたのは、ブレイヴァーのもとへ到着したときだ。急降下して勢いをつけたダイバーは、交戦中の少女騎士の頭めがけて降りていく。つまり、高所からの全体重を乗せたキックである。

 

「……ユウキさん!」

 

驚くブレイヴァーに向けて、顎で迫り来るロープを指した。おおまかに状況を把握して、ブレイヴァーは剣を振るう。

いくら血と呪いの縛りだろうと、聖剣の前ではただの紐だ。容易く数本がまとめて切られ、地に落ちる前に消失していった。

 

「おーし、さあどうするインクイジター!」

 

ぶんぶん振り回されて気持ち悪いのをこらえながらも、インクイジターを煽りにいくゲームスター。だが向こうからの反応はなく、ぶつぶつと何かを呟いているのみのようだ。

耳を澄ませると――聞こえてくるのは、こうだ。

 

「――異端尋問姫インクイジター。ここに、私の王権を行使します」

 

それはラストオーダーの行使。プリンセスの最終戦力たる、名の通り最後の命令である。一度発動すれば、容易く越えることはかなわぬだろう。

 

「まずい、止めない――」

「ダイバー、後ろ!」

「――と?」

 

妨害のため飛び出そうとしたダイバーだったが、ブレイヴァーに言われ振り向くとそこには先程蹴り倒したレヴェルが立っている。剣を振り上げて、今にもダイバーを両断しようとしている。

歯をくいしばり、更なる傷を覚悟したとき。金属音のあとに、何かが砕ける音がした。

 

「ファンブルだぜ、騎士様!」

 

それは、2つのダイスが剣にぶつけられた音と、ダイスによって0を2つ押された剣が砕け散る音であった。レヴェルがそれに対応しようとする前に、ゲームスターが追撃に走る。

 

「ほら、表ちゃん!」

「……えぇ!」

 

大きく頷いたダイバーが、すこし屈んでまっすぐにインクイジターを見る。まだ間に合うと、そう確信した。伸び上がった勢いのまま、ダイバーが宙を泳ぐ弾丸のように跳ぶ。

僅か数秒間。インクイジターの詠唱が完成する前に、その目と鼻の先に着地することを成功させた。

 

「我が命に応え――」

「させないッ!」

 

次の瞬間、インクイジターの詠唱は途切れた。外部からの衝撃により、顔面にダメージを受けたからだ。

ダイバーの行った対ラストオーダーの攻撃は、オーダーでもなんでもない単なる拳であった。

途切れた詠唱の効力が数秒でも残った場合、死ぬのは近くにいるダイバーだ。続けて腹部への膝蹴り、さらにはミドルキックが突き刺さる。

 

「が、はっ!?」

 

体勢は崩れ、インクイジターは地に手をついた。すかさずダイバーは指輪に意思を集中させて、自らのオーダーを行使する。

 

「『ファーストオーダー』……沈め、昏き海底へ」

 

避けることかなわず、指輪から放たれた波動らしきものを受けてしまったインクイジター。目立った攻撃能力ではないダイバーのファーストオーダーが、彼女に死を見せる。

 

「海中散歩へようこそ。正義を騙る異端尋問姫さん」

 

ここから先は、簡単なことだ。まるで海の底へ沈められたように、インクイジターの呼吸から酸素が喪われていく。酸素のない空気を、酸素を求めて吸い込むのだ。故に体内のそれらが奪われて、さまざまな障害を起こす。濃度が低下するにつれ、空中で溺れはじめる。

 

「……頼ってはいかがですか?主の正義、とやらに。ここは、海底よりも天に近いですよ」

 

意識を失い、血色も著しく青に近づいたアネモスを見下ろして、ダイバーは呟いた。それっきり、彼女がインクイジターに言葉をくれてやることもなく。興味をなくした子供のように、背を向けてしまった。

 

「おーい、表ちゃん!こっちは大丈夫!」

 

手を振って呼んでくるゲームスターの足元には、止めを刺されたらしいレヴェルが転がっており、光に包まれて消滅が始まっている。

 

「えぇ、こちらも大丈夫です。死んでこそいませんが、生還しても障害をきたすでしょう」

 

ダイバーはブレイヴァー、ゲームスターのところへ歩み寄る。対インクイジターの戦いは終わったのだ。

ユウキは意識のないらしいアネモスを見て、このような勝ち方でよいのかと思う。上位の存在と自分の心という差はあれど、彼女もユウキと同じような者ではなかったのだろうか。

 

「じゃあ帰ろっか。セクター取るのは配分決めてからね」

「えぇ。帰還いたしましょう」

 

ユウキの心の内など露知らず。表とアーモンドは現世への帰還をはじめる。慌ててユウキは古本のページをめくり、挿し絵を通して自分の身体へ戻っていくのだった。

 

 

 

――アネモスは幻覚を見ていた。

 

失われていく意識、感覚の中で、光を見ているように錯覚していた。

 

確かに、目蓋の上は偽りの日光に照らされているのかもしれないが、それは救いなどでは断じてない。

 

しかし、アネモスは幻覚を見ていた。自らは救われる、これは迎えの者が現れたのだと。

 

「いいえワタシは、そのような大層なものでは」

 

脳裏に直接響かせてくるような声。どこか無機質で、合成のような声。

 

「けれど迎えという表現は、正しくもあり」

 

辛うじて光の中に影が見えるような気がして、アネモスは必死に手を伸ばそうとする。だが、届くことはない。現実の身体が動くことはない。

 

「とにかくアナタは、脱落ということで」

 

ぶわっと広がった衣装で、大きなシルエットの彼女。ただ作業めいた態度で、救いを求める者に事実を告げる。

 

「それでは時間は、そろそろ来るようで」

 

その姿が、遠ざかっていく。光の中へ、消えていく。

否。遠ざかっていくのはアネモスのほうだ。信じた光から引き離され、あまりに恐ろしく見ることすらできない暗闇に引きずり込まれていく。

いくら悲鳴をあげたくても、あげられるはずもなく――彼女の意識は、闇の中へ融けていく。

 

「――『接続解除(でぃすこねくと)』」

 

少女が呟いたその言葉を最後にして、アネモスの意識があった場所には闇のみが残っていた。

 

 

 

 

【次回予告】

 

ユウキはインクイジター戦に協力し、彼女の脱落に貢献した。

そのことからか、白神のパーティに招かれることとなる。

雪を連れて参加したユウキは余剰と再会し、数日前の女子会メンバーが揃うこととなる。

 

次回『至福のランチタイム』


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