ROYAL Sweetness   作:皇緋那

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たしかに剣は振り回しますが、こんなに物騒な内容ではありません。


狂信、斬首刑

【前回のあらすじ】

 

表ですわ。レヴェルに襲われ、アーモンドは切り傷を負いました。それだけといえばそれだけですが、あの居合いは危険です。気付けていなければ首を飛ばされていたかもしれない……のなら、こちらから首を飛ばすまでです。

 

 

ユウキと表、二人のプリンセスが聖堂へと到着する。時刻は午前6時ごろだ。聖堂とはいえ、白神の家のように有名なコンサートホールいくつぶんだとかそういう次元には遠く及ばず、普通の大きさであった。それでも民家よりは大きめに作られているようで、中を覗いてみるとけっこうな広さがあるようだったが。

 

「さっそくお邪魔……して、いいのかな」

「誰かいるのでしょうか?」

「とりあえずノックはしてみようか」

 

こんこん、と戸をたたいてみるユウキ。すると、聖堂の中からは女性の声で「はーい」と聞こえた。こんな早朝からだが、どうやら人はいたらしい。

聖堂にいた女性によって扉が開かれて、ふたりは彼女の姿をはじめて見ることとなった。身長からしてまず年上だろう彼女は、慎ましい胸部でありながら表のような未成熟な印象でなく、すらりとした肢体で一種の芸術品のよう。黒まじりの金髪ストレートもまた綺麗に朝日を反射させており、モデルかなにかだと言われても不思議ではなかった。

 

「おはようございます。どうぞ、お入りくださいませ」

 

シスターの柔らかな声に誘われたユウキと表は、一度顔を見合わせたが、お言葉に甘えることにして聖堂へと足を踏み入れるのであった。

 

中は綺麗に清掃が行き届いており、まさに教会だという光景を少しながら輝くものとしていた。シスターの彼女は几帳面な性格なのか、あるいはこの場は清潔に保ちたいのか。

ユウキは彼女に誘われるままに座席について、手持ちカバンを横に下ろす。場が場だからか、すこし緊張してしまう。

表はその隣に座ったが緊張のようすはなく、いたって普通にシスターの女性を見ていた。彼女の服装がプリンセスらしいふわふわとした可愛らしいドレスであるため、背景をふくめ結婚式を連想させた。

 

「はじめまして、白神表というものです」

「ご丁寧にありがとうございます。私はアネモス・ザイラフォンと申します」

「あ、えと、はじめまして。沖ノ鳥ユウキです」

「アネモス様、ひとつ聞きたいことがあるのですが」

 

アネモスと名乗った女性は首をかしげ、表のいう聞きたいこと、とやらを黙って聞く。

 

「この聖堂、きょう他に来訪者はありましたか?」

「……いいえ。このような早朝ですし、そのような者は」

「そうですか、ありがとうございます」

「どうかなされたのですか?」

「ただの待ち合わせですよ」

 

まことしやかに語る表。これも才能なのだろうか。ユウキは一から説明しなくてもいいのだろうかと思っていたが、表のやり方に口を出すべきでないとも思っていた。

ユウキにはわざわざアネモスに問うこともない。通り魔レヴェルにも出会っていないし、実質表のボディーガードをしているだけのようなものだ。特に信仰について考えたこともなく、聖堂の中を見回してもよくわからなかった。

唯一目に止まったのは、出口から繋がる赤いじゅうたんの先で透明なケースに入れられた王冠。それだけはこの清潔な聖堂で、ひときわ輝いているように見える。

 

「あれは……?」

「あら、あの王冠ですか?」

 

つい漏らした言葉はシスターに聞こえていたらしく、視線の先にあったものが王冠だと気付かれていた。

 

「あの王冠は、この聖堂にいた修道女のひとりが主より授かったといわれるものです。その女性は10年ほど前に若くして亡くなり、あの王冠も破損してしまっていたのですが」

「直したんですか?」

「えぇ、それ以降は特別なものとしてあのように置かれているのです」

 

確かに、よく観察してみると割れてしまったあとがある。その女性になにかあったのかとも思ったが、10年前ともなればアネモスは恐らく小学生ほどだろう。真実を知っているとは限らない。仮に知っているとしても、小学生のころに亡くなった人についてなのだから、聞くべきではないとしてユウキはその先の質問をやめた。

 

「……今のところ、誰も来ていないようですね」

「一度戻ります?」

「成果がないなら成果がないというわけ、かぁ。学校をサボるのもありですが……」

 

ユウキはそのような選択肢を考えていなかった。早朝からここに現れる確率は低いとは理解していたが、ここでレヴェルが現れなかったときのことにあまり気を向けていなかったのである。なによりすでにいるかの件で一週間も遅れているのだから、これ以上は自分自身として嫌だった。

一方の表であっても、白神のお嬢様がずる休みなど余程上手く言いくるめなければいけないだろう。

 

「いったんあきらめて、戻った方がいいのかもしれません」

 

表の決定にユウキは頷き、お礼をしようと話を聞いていたアネモスを見ると彼女は先に頭を下げた。

 

「来ていただいてありがとうございました」

「あ、いや、お邪魔したのはこっちで……」

 

アネモスにその必要はない、と言いたくて焦るユウキ。しかし表はアネモスの背後を見据えて真剣な眼差しであった。何かあるのか、ふと視線を向けると、確かにそこには先程までなかったはずの人影があった。

 

「あれ?いつの間に……」

 

きょとんとして、その突如現れた少女のほうへ歩み寄ろうとしたユウキ。しかし、表に止められる。何事かと表のことを見ると、彼女は首を横に振った。

 

「……あの子が待ち合わせの?」

「えぇ、そんなところですわね」

 

表がそう言った、ということは。あの少女騎士らしい鎧の姿がレヴェルのものなのだろうか。表はその細い指にはめられた珊瑚の指輪をそっと触りながら、一歩ずつ近寄っていく。

先程の制止は、警戒しろということだったのだろう。

 

「おはようございます、えーと……なんと呼べばよろしかったですか?」

 

返事はない。少女騎士は呆然と、窓から差し込む光を眺めるばかり。

 

「アーモンドを襲った理由は?何が目的なのですか?」

 

続いての質問にも反応はない。

 

「どうしてここにいるのですか?」

 

その問いには、少女騎士が顔を向けた。レヴェルであるが故にその眼は正常なそれでなく、白黒が反転している。

やっと身体を表の方へ向けた彼女。とても話し合いに応じるような雰囲気でもないし、すでに腰につけられた剣に手がかけられていた。

 

「汝 我が裁断する」

「やれるもんならやってみるといいです」

 

剣を抜くが早いか、表が動くのが早いか。緊張の一瞬、空気が張り詰める。

 

「――誘え、暗き水底」

 

表が小さくそう呟いたと同時。剣が抜き放たれ、表のかわりに流れ込んだ空気を斬る。そう、レヴェルが表の身体を裂くことは無かったのだ。手応えはなく、その場には髪の毛一本とて残っていない。

 

「き、消えた……!?」

「いえ、ここにいますわ」

 

言葉を漏らしたアネモスの背後から、平然と表は顔を出す。少女騎士にもアネモスにもそれはまったくの予想外のようで、目を見開いていた。

 

「出番ですよ、勇者様。先に手を出したのは向こうですから」

「……え、私?」

「はい。徒手空拳では、不利が過ぎるので」

 

促されたユウキは座席の横に置いてあるカバンの傍に立って、手をかざす。どうやらカバンの中に入っている古本が反応しているらしく、カバンの表面にも光で文字が浮かび上がる。

 

「――『リミテッド・オーダー』。応えよ、選定の剣!」

 

言葉に呼応し、一気に黄金の剣がユウキの手元に現れる。武器を持った者へ対し、少女騎士の標的は変わったらしい。戦意がユウキへ向き、切っ先が朝日を害意へ変えてゆく。

お互いの剣先から放たれる意思が交差して、ふたりは相手の様子を見ながら摺り足で距離を詰めていく。

 

少女騎士とユウキの間が5メートルをきろうとしたとき、ユウキが一気に踏み込みをかける。脚の筋肉に力がこもり、身体を押し出していく。相手は一瞬遅れたものの一瞬のみで対応に入る。黄金の剣と銀の刃がぶつかりあって、火花を散らす。

 

掛け声、息遣いの音と金属音が静かな聖堂に響き渡り、剣戟を繰り広げるふたりの集中を促す。ユウキとレヴェルにとっては、そこに居るのは敵である剣士のみ。

 

「あれは……」

「下がっておきましょう、普通の人間であれに介入するなら現代兵器が必要です」

 

アネモスを下がらせ、危険から遠ざけようとする表。シスターは剣戟に見入っていたが、その言葉で表に視線が向いた。

 

「申し訳ありません、事情を説明すると長いのです」

「……そうですか」

 

アネモスはすんなりと頷いた。しかし、表の心には違和感が残る。物わかりがいいのはいいことだが、彼女のそれは違う。見入っていたのもまた、ユウキを品定めするかのような。

 

「お生憎様ですが……下がるのはできない相談です。同じ信者が、間違った者を正そうとしているのですから」

 

表には、その言葉の意図を汲みかねた。彼女が自らの右胸に手をかざして、こう呟くまで意味がわからなかったのだ。

しかし次の発言――『リミテッド・オーダー』の言葉で、表は嫌でも理解することになる。

 

「正し給え、天上の主」

 

アネモスの手には、両側が二股に分かれ尖っている鉄の凶器が握られている。本来ならばそれは眠れば胸に突き刺さるように首へと固定するものであるが、ただ突き刺すだけでも凶器は凶器である。

脳では理解していても、身体に命令を出すのが追い付いていても、身体がそれに応えるのが追い付かない。動くこともできぬまま、表の着たドレスの袖が突き破られ、同じようにして皮膚にも穴が空く。

 

「――いた、ぁっ!?」

 

左肩から脳髄に駆け抜ける鋭い痛みが表を襲う。さいわい傷は浅めですんでいたようで、凶器はすぐに引き抜かれ逃げるのは容易だった。赤いじゅうたんに鮮やかに赤を示す血が滴り、痛々しい傷口から溢れ出そうとするそれを押さえながら表はアネモスから数歩離れて彼女を睨んだ。

 

「異端者のフォーク……プリンセス:インクイジターですか」

「はい。私は異端尋問姫『インクイジター』。以後お見知りおきを」

 

これはまったく、予想外の展開だった。アネモスがプリンセスであるということまでは可能性としてはあったにしろ、背後からの攻撃は予想していなかった。レヴェルのことに集中するあまり、この戴冠式が殺し合いであると頭から離れていたのだ。

 

「たとえ人間ではなくとも。同じ主を信ずる者として、私は彼女を助けましょう。そして……哀れなるあなたを、主の正義にてお救いします」

 

表=ダイバーの能力は直接戦闘できるような攻撃的なものではない。能力の実態も見えていないインクイジターとやりあうには、現実は不利すぎる。加えて左腕が使えないときた、この状況でダイバーの勝利に賭けるのは、ゲームスターくらいのものだろう。

ここからどう逃げるかと思案する表の耳に、次の声が届く。

 

「表さ、がっ!?」

 

剣を交えていたユウキが、表の心配をして注意を逸らしてしまった隙に攻撃を受けた声だった。

思案を焦らせるような展開に、表は咄嗟の判断を下す。それは自分のする指輪が纏った淡い力を使うこと、即ちリミテッドオーダーの行使。

 

「……あぁ、もう!『リミテッド・オーダー』!誘え、暗き水底!」

 

増幅された光は表の身体を変質させる。潜水姫らしい、聖堂で潜水するための能力を付加する。

重いものを水面に落としてしまったときのように、されど波などは一切たてず、表は聖堂の床に沈んで消えた。

 

「また消えましたか」

 

アネモスは細心の注意を払って、ユウキと剣どうしをぶつけあう少女騎士に加勢するために動き出す。表が再び現れるような気配はなく、またユウキがアネモスに気付き標的を変えるようなようすもない。

これを好機とみたらしいアネモスは、異端者のフォークを握って近寄っていく。

 

「――後ろッ!」

 

少女騎士の背後から、突如声がした。表の声だ。その声をうけて咄嗟に振り返ったユウキはアネモスの存在に気付き、剣を振るって凶器を跳ね飛ばそうと試みる。その試みは成功し、二股の先端が折れてしまい、片側は凶器としての色が薄くなる。

 

もうひとり、咄嗟に声の主がいる方向を向いた者がいた。レヴェルである。彼女が振り向いた先には、当然表がいるわけで。

 

「はぁ……っ!」

 

少女騎士の兜に、大きな衝撃が与えられる。綺麗にハイキックが決まったらしく、衝撃からの影響でレヴェルはよろめき、数秒だが動きが止まってしまった。

表の声から作られた隙を利用してインクイジターとレヴェルの攻撃を抜け、ユウキと表が聖堂入り口まで戻る。

 

「逃げるのですね」

「もちろん、危なくなったら逃げますわ」

「……そうですか。では私はいつでも、あなたがたを待っていることにしましょう。場所は8番セクター、主の言葉を聞きたくばお越しください」

 

少女騎士も、異端尋問姫も、追ってくるようなようすはない。それでも警戒は怠らず、表が半ば蹴破るように強く背後の扉を蹴る。

そうして開いた扉の先、まだ人通りも少ない街へと飛び出して、ユウキと表は聖堂から脱出した。

 

 

時刻はまだ7時にもなっていない。インクイジターの不意打ちを受け傷を負った表は、早朝の日が差すきらびやかな室内に戻ってきていた。

協力を申し出たのだから、とユウキも招かれ、アーモンドとともに付き添っているところだった。大きく高そうなソファに座る彼女は意外にも元気そうだが、やはり痛いものは痛いらしく笑顔はぎこちない。

 

「大丈夫ですか?」

「いえ、すっごく痛いですわ」

「だと思った。めっちゃ痛そう」

 

綺麗な肌の中に突如現れる、見るからに痛々しいふたつの傷口。流れる血は高貴なドレスに染みをつくる。

ユウキには手当てをするための道具の在処がわからない。ただその傷口を眺め、ほんのりと美しく感じるのみだ。鮮血の発色は確かに生活の整っていることを示していた。

表自身はユウキやアーモンドに手当ての期待はしていないようで、痛みを堪えて自ら立ち上がる。安静にしておかなければ、とユウキが止めようとするが先に表の目的が目の前にやってきていたらしい。

 

「おはよう、うらちゃん」

 

彼女の声がかけられたそこには、表の着た明るいドレスとは対称的に、黒系統のドレスを着せられた少女が立っていた。

 

「……おはよう、ございます。お姉様」

 

うらちゃん、と呼ばれた彼女は今されたフランクな挨拶に対し丁寧に返す。

お姉様という言い方と、その格好からして彼女もまた白神のお嬢様で、表の妹かなにかなのだろう。よくよく見れば眠たげな半開きの瞳も表のものに似ており、背丈も同じほどだ。ただし体型はそうでもないらしく、ドレスどうしでも違いがわかるほどの胸囲の差があった。

 

「お、この子が妹さん?」

「えぇ、妹の白神――」

生田裏(いくたうら)といいます。よろしくお願いします」

 

姉の言葉を遮って、自らの名前を告げる少女。白神でなく生田と名乗ったのには、なにか事情があるのだろう。

 

「裏ちゃんね、私はアーモンド。で、そっちがユウキ」

「あ、はじめまして」

 

裏の容貌のほうに集中していたユウキは、アーモンドから紹介を受けてやっと気づいたようで裏に頭を下げる。向こうもまた、同じくお辞儀を返した。

 

「それで、うらちゃん。ちょっと手当て頼めるかしら?」

「……?」

「これなんだけど、怪我してしまったの」

 

左肩まで袖をまくって傷を見せ、申し訳なさそうに笑う。裏はなにも言わないで目を丸くしていたかと思うと、踵を返して廊下を駆けていった。

 

「私よりうらちゃんのほうが主婦向きでしてよ」

 

冗談を言えるほどの余裕を見せると、またソファに座って待つ表。妹のことは信頼しているらしい。

 

「……んでさ。どうだったの?成果のほう」

「成果は、一番はインクイジターの正体ですね。むしろそれくらいしかありませんが」

「8番セクターで待ってる、とも言ってた」

 

留守番だったアーモンドに情報をまとめながら話す。あのレヴェルがインクイジターの送り込んだものでもそうでなくとも、彼女との交戦は領地の関係上避けられないだろう。

インクイジターの領である8番セクターは、ゲームスターとダイバーとが持つ6番セクターのすぐ北にあるのだ。勢力を広げる場合でも重要になる。

 

「交戦待ったなし、かぁ。ま、賭けに出ようじゃない?」

「言うと思いました。ユウキさんはどうするのですか?」

 

いきなり話を振られる。実際のところ、セクターでいえばブレイヴァーは関係が薄いはずだった。

 

「一度言い出したことですから」

 

途中で投げ出すのは、ユウキの選択肢にはない。ついていくという意思を伝えると、表がありがとうと礼を言ってこう続けた。

 

「これは私情ですが……あのプリンセスは少々むかつくのです」

「よぉし、じゃあ決まりだね!」

「そうですね。ではまた明日の午後、この家の前で待ち合わせにしましょうか」

 

ユウキとアーモンドがそれぞれ頷き、予定は決まった。打倒インクイジターに向け――とりあえず、表の怪我をどうにかするため裏を待った。

 

 

 

 

【次回予告】

 

異端尋問姫と戦うことを決め、すぐに翌日の午後はやってくる。

8番セクターへ立ったユウキたちを迎えるアネモスと少女騎士(レヴェル・ジャッジ)

潜水姫、ダイバーが取る戦略とは?

 

次回『ようこそ、海中散歩へ』


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