【前回のあらすじ】
ユウキだよ。一時はどうなるかと思ったけれど、なんとかプランターを倒して帰ってこれた。時畑先輩と、雪ちゃんのおかげかな。もっと、ちゃんとお礼しなきゃ。
◇
――ここは、2つの大セクターに挟まれた場所。東にはブロワーの持つ5番が、西にはフリーザーの持つ10番セクターが存在する。統治者は6位と7位の共同統治であり、景観はネオンましましの夜の歓楽街のように設定されている場所である。番号は、6番。
そこに立っているのは当然、統治者であるプリンセスのどちらかである。大量のネオンサインによるぎらぎらした居心地の悪い光どもに肌を刺されながら、ふたりの少女が52枚のカードが広げられたテーブルを間に向かい合っていた。
スクール水着の上から、それよりも深い青で海底の山脈がデザインされているスカートを着用した潜水姫『ダイバー』が興味深そうに盤面を覗きこむ一方で、もう片方の賭博姫『ゲームスター』はタキシード風のワンピースについたネクタイを垂らして居心地悪そうにしていた。
「ねぇ、表ちゃんさ」
「どうかなされました?」
「いや、あの、視線がさ」
「私のことはお気になさらず、と言いました」
「気になるもんは気になるんだよね。どうしても」
どうやら、ダイバーの視線が注がれていることで集中できないということのようだ。しかしダイバーは頑なに見ることをやめようとしない言動をとり、ゲームスターを困らせていた。
ふたりは協定を結んでおり、現在友人関係のような状態になっている。ゲームスターとしては好き勝手したいだけのようだが、ダイバーは賭け事のような夜遊びには少なからず興味がある。今まで触れてこられなかったぶん、珍しいと感じてしまうのだ。
「あの、ひとついいでしょうか」
「お気になさらずと言ったそばからどうかした?」
「こちらのゲームはどのように終わるのですか?」
「ん、あぁ。最終的に、こっちに全部、スートごとに置ければ勝ち」
「ふんふん……アーモンド、こんなに難しいことを……」
目を輝かせるダイバーに、しょうがないやつだと思い始めるゲームスター。アーモンドというのはゲームスターの変身前の名であり、『アーモンド・ヴァウ』が本名である。
そのアーモンドにとって、トランプでのひとり遊びはずっとやってきたことだ。だから、自信はあるほうだった。
「……で。いいの?表ちゃんは。私に付き合って遊んでてさ」
「あら、というと?」
「家のこととか、戴冠式のこともそう」
「白神は私程度いなくても問題ありません」
「おいおい跡継ぎさん、それでいいのか」
「いいのです。どのみち私は継ぎませんからね」
よく聞いてはいるし、実際居候させてもらっているからアーモンドにはわかるのだが、表の生まれた白神の家は由緒正しき名門だ。大企業を持ち、大金を持ち、多くの分家を持つ。そのぶん、しきたりなどは厳しいのだろう。
「白神の話はいいんです。戴冠式の話にしましょう」
強引に話題を変えようとする表に押され、続きを聞くことはやめた。かわりに提示されたほうの話題に添って、アーモンドはお喋りを続ける。
「じゃあそうしよう。先日のプランターの脱落っていう大ニュース、知ってるよね」
「ばかにしないでくださいね」
「違うよ、確認確認。あいつの持ってたセクターの争奪戦、行くんでしょ?」
そりゃそうですわ、とダイバーは頷く。プランターが遺した空きセクターのうちひとつであり、6番セクターとほぼ同規模の中セクターである17番が南西に位置している。狙うなら、まずそこからだろう、とふたりは考える。フリーザーとの激突はなるべく避けたいところだが、そのほかでいえば付近にあるのは18番に22番。イーターでもブレイヴァーでも味方につければ攻略はできるかもしれない。
「ま、焦っちゃコトをシソンじる。なんて言うんだったよね?こういうこと」
「そうですわね、他が動き出してからでも横取りは可能ですわ」
悪どい笑みを交わし、ダイバーとゲームスターは変わらずネオン街でトランプ遊びを始めるのだった。
――何も現れなければ。
「汝 後悔は有るか」
「……は?」
ゲームスターの振り返った場所には、都会の俗っぽい光をその金属めいた身体で反射させる、少女騎士のようなモノが立っていた。
少女騎士のよう、といってもブレイヴァーのように咲き誇るそれとはまったく違う。明らかに陰鬱な雰囲気で、金属光沢以外には兜の奥に光る眼だけが輝いている。まるで、こうして鎧に身を包むため生まれたような暗さを纏い、ゲームスターに関わりたくないと思わせ心底ぞっとさせた。
「後悔はあるか と聞いた」
「何だお前……あっちに賭けりゃよかっただの、日常茶飯事だよ!」
「我は 後悔を断つ者」
答えてなお無機質に告げる少女騎士。首を傾げるゲームスターの手をひっそりとって回避させられるよう用意しつつ、ダイバーは警戒をゆるめず睨み合う。
相手の眼には人間らしい生気は感じられない。イーターの食事会で出会ったあの冷ややかな視線と同じような眼。ふたりは気配から、騎士がプリンセスなどでなくレヴェルであると察知していた。
ふいに、騎士のレヴェルが動く。予想外に滑らかに、速い動きであった。
「我が剣にて 懺悔せよ」
抜き放たれた西洋剣は、ゲームスターのワンピースを裂いていく。ダイバーは回避させる用意をしていたものの反応が一瞬間に合わず、首もとの皮膚に薄くだが切り傷ができてしまった。
「い、いたっ……!?」
急に切られたり引っ張られたりしたゲームスターの身体はバランスを崩していて、ごく少量の出血を宙に散らしてダイバーごと倒れこむ。切り傷は鎖骨にぎりぎりかすっていない程度の位置で命に別状はないようだ。
「次なる懺悔 聖堂に在り」
剣を抜き放った騎士が、空中に言葉を残す。
突然のことで思わず閉じていたアーモンドの目がやっと開かれると、そこに少女騎士はいなかった。ふたりで顔を見合わせて、お互いに目を丸くしたのを見た。
「はい?な、なんだったの?」
「さぁ、わかりません。アーモンド、その程度なら我慢できますね?」
「……がんばるよ」
「よろしい。では、現実に戻りましょう。毒などによる攻撃だった場合、動くと悪化しそうですもの」
「なるほど、りょーかい」
いったん変身を解いて、表とアーモンドはそれぞれ指輪とコインを通して自らの肉体へと帰還するのだった。
◇
雲行きの怪しげな早朝、時刻は6時よりだいたい20分ほど前。いつもよりすこし早めに出発したユウキは、いつもどおりの通学路を歩いていた。
いまユウキがいる学校と沖ノ鳥家とのだいたい中間ほどの地点には、わかりやすい目印がある。この街にある豪邸3つのうちひとつ、白神の大豪邸である。
通るのは毎日のことなので、見慣れたものだ。いつもなら目もくれず素通りするような庶民には関係のない場所……なのだが、今日はユウキの注意をすこし引くことがあった。
こんな早朝から、こんな豪邸の玄関先に人がいる。それも二人である。何やら話し込んでいるらしい。いつも学校へ向かっている時間帯でも人をほぼ見ないというのに、白神邸に人がいるのはほんとうに珍しかった。
片方は金髪碧眼で、顔立ちからもわかるように日本人ではないらしい。もう片方の風貌には、どこか見覚えがあった。その小さな背丈から、恐らくは年下だと思われる。既視感の正体が気になって、じっと見つめていたところ、さすがに視線に気づかれたらしくこちらを振り向いた。
「……あら。こんな早くから、珍しいですわ」
相手が呟いたのは、ユウキが持った感想とおなじような言葉。確かに、早朝に同年代を見かけることなどほとんどなかった。
「どした?知り合い?」
「いえ、そういうわけでは……?」
向こうにも既視感はあるらしく、金髪の少女の言葉に首を傾げている。
「ふーん。案外この子もプリンセスだったりしてね」
彼女が続けて冗談を言う、だが冗談のつもりなのだろうがユウキはプリンセスである。そしてその一言により、彼女らが戴冠式に関わる者であることがわかる。
ユウキと小さな少女は冗談に引っ掛かりを感じて、突っ込みこそしないものの気に留めていた。
次に口を開いたのは、ユウキだった。
「……まさか、ダイバー?」
「その声、ブレイヴァーですの?」
自分のことを言い当てられたことで、お互いに合点がいったようすだった。表情がすっきりとしたダイバーは、困惑する金髪の少女にかまわず白神の玄関までユウキの手をひいた。
「現実のほうで出会うとは。奇遇ですわね、ブレイヴァー」
ユウキはその雰囲気を通し、数日前のお食事会のときのことを思い出していた。ダイバーは『白神表』と名乗っていたはず。本当に白神の娘なら、この豪邸にすむお嬢様ということになる。実際、お食事会のときから育ちの良さを感じさせられたことがいくつかあった。
「えっと?彼女がブレイヴァーなんだね、表ちゃん。」
「そうです。名前は……あら、そういえば名前を聞いていませんでした」
あのときは、現実での名前を名乗ってまではいなかった。知らないのも当然だと、ユウキは自分の名を伝えた。
「沖ノ鳥ユウキといいます」
「ユウキちゃんね、把握把握。私はアーモンド、アーモンド・ヴァウ」
「アーモンドさん……ですか」
「そう、でプリンセスは7位『ゲームスター』。よろしく!」
いくら一緒にいるダイバーがしていないからといって、警戒するようすもなく表よりも無防備に握手を求めるのはいかがなものだろうか。むしろ、無防備であることが敵意の否定になっていて、ユウキが安心して応えられたという点はあったが。
「えぇと、表さんたちはどうしてこのような時間から立ち話を?」
ユウキが気になっていたことを口に出した。すると今までの話題を思い出したらしい表は、昨夜あったことを話しはじめる。
「昨日の晩のことです。私たちが共同で持っている6番セクターで、このように話していたときでした」
トランプで遊ぼうとしていたところで、アーモンドは突如現れたレヴェルに襲われたという。その証拠として、ユウキはアーモンドの首元の切り傷を見せられる。
「それで、そいつの正体についてと今後の動向について話してたってわけ」
なるほど、とユウキは頷いた。
「レヴェルを作った感情が誰に向けられたものかはわからないけれど、表ちゃんや私に向けられてたらきっと標的にされてるはず。危ないよね?それでさ」
アーモンドが付け足して、話題についての質問は解決された。が、話しているだけではレヴェルのことは解決しないだろう。
「というわけなのですが、ユウキさんには勉学のこともあるでしょうし……」
「あの、私も協力させていただけないでしょうか」
ユウキの言い出したことに、目を丸くした表。一方のアーモンドは笑いをこらえずにこぼす。それから、相談するまでもなくふたりは協力の申し出を快く受け入れた。
「たしか、あいつは『次なる懺悔 聖堂に在り』だとか言ってたよね?」
「はい。ですから、その通りに教会へ行けばよろしいかと」
表がいっているのはこの街にある唯一の聖堂のことだろう。レヴェルが現実世界へ現れるためにプリンセスのペティグリィを通る必要がある。しかし、仮にレヴェルを現実世界へ喚んでいるプリンセスがいる可能性もある。
プリンセスがこの街どころか学校内でさえ何名もいるところを見れば、この街の聖堂は訪ねる価値があるだろう。
「では行きましょう、ユウキさん」
ダイバーとブレイヴァー、2人のプリンセスは白神邸の大きな玄関からまだまだ人通りの少ない通りへ出発したのだった。
「……あれ?まって、私は?」
「アーモンドは安静に。薄くても、傷は傷です」
要するに、留守番を任せるということらしい。ゲームスターは、ちょっと不満そうながらも2人を送り出していた。
◇
【次回予告】
聖堂に向かったユウキと表。
彼女らを快く迎えたのは、シスターの女性だった。
言葉通りに現れたレヴェルと、彼女を守って戦うことになり――
次回『狂信、斬首刑』