ROYAL Sweetness   作:皇緋那

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意外にはやくできましたね。


屍を越える者

【前回のあらすじ】

 

ごきげんよう、私は双美だ。前回は、基もといプランターくんに襲われたブレイヴァーくんの苦戦と、ファインダーくんの苦悩だった。どう転ぶのやら、そいつはとっても見物だね。うん。だから私のドローン叩き落とすのやめてくれないかな。気になるんだけど。アニメの録画失敗くらいのつらさあるんだよ。

 

 

ユウキが樹海と戦っているころ、部室を飛び出した雪は校内を駆けずり回っていた。事情を説明している暇はなく、口より脚を動かさなければならないのだった。すれ違う人々には不思議な顔をされたが、それを雪は1度も見なかった。

保健室前にユウキの身体を安置して、三年の教室まで全速力で急行する。どうにか扉についた窓から教室内を見て、数度か見覚えのある保健室のプリンセスを捜した。彼女がプリンセス:ヒーラーだということは聞いていたから、一瞬の躊躇いを振りきって教室内へ乱入する。

 

「!?だ、誰だ!?」

 

驚き叫ぶ教師の声は無視。周囲から集まる視線も無視。戸惑う時畑とちの手を強く握り、教室から連れ出そうとする。

 

「おい待て!何のつもりだ!?」

 

とちの担任らしい男性教師が追ってくる。手をひいていては追い付かれると、とちを引き寄せ抱き上げる。お姫様抱っこの体勢にされたとちの方は状況の把握こそできていなくても、先程のクラスの誰よりも落ち着いている。小柄なユウキより重く感じ、ちょっとはスピードが鈍ってしまうが、それだけだ。駆けて、駆けて、駆けるのみ。

 

「……どうなされたのです?」

「ユウキ、先輩が、危ないっ!」

「ブレイヴァーさんが?」

 

大きく揺られながら、しかも初対面であるにもかかわらずとちはだいたいの事情を察してくれたらしい。

雪の吐息は荒く、体力の限界が近いことを表している。否、もう既に限界がきているのだろう。45kg前後のものを持って走り続けるなど、いくらプリンセスでも無理がある。所謂馬鹿力を発揮できる火事場でなければ、とっくに捕まっていただろう。それでも徐々に距離は詰められているが。

 

「もう、すぐ……!」

 

あと曲がり角ひとつで、ユウキのいる場所にたどり着く。というときになってふと振り返った雪。大の大人の男が、あちらもまた全力で疾走してこちらへ向かってくる。

 

「ごめん、なさい、乱暴にっ、しますよ!」

 

そう予告した直後に、雪の手は抱えていた先輩の身体を放り投げた。べしゃりと着地には失敗したとちも、ユウキのことを思ってか曲がり角の奥を目指す。

残った雪は追手に向き合って、肩で息をしながらもポケットからリボンを取り出した。青く小さなアクセサリーを指輪のように左の中指に通し、プリンセスの力の一部を解放する言葉であるモノを紡ぐ。雪にはそのあいだの数秒が、まったくの静寂に感じられた。

 

「『リミテッド・オーダー』、来たれ、此岸の住人」

 

手元には静かに、バスケットボールが現れる。今はとちの治療も、自分だって止めたくない。その動作が駄目なこととわかっているけれど、雪は肩の力を乗せてボールを追手向けて投げつけた。

突如現れたボールに対応しきれず、教師は腹部にそのままボールを食らって倒れる。追手はいなくなった。

 

「ユウキ、せんぱいっ……!」

 

わざわざ気絶を確認するなどはせず、何より思わず呟くほど気がかりな彼女のことが一刻も早く確認したいことだった。

1度止まったせいか、急激に重く感じることになった脚。一歩一歩をゆっくり歩み、しだいに大きく見えてくる少女ふたりの影に疲れはてた手をのばす。

やっとの思いであと数歩まで来ると、とちが目を見て結果を告げた。

 

「彼女の怪我は大丈夫です、治癒しました」

「よかっ、た」

「あくまでも現実では、ですけれど」

「……!」

 

いくら現実での傷が治って左肩が帰ってきたとしても、相手はあのプランター。傷を負うことはじゅうぶんに考えられる。加えて、いま雪の走り回っていた時間のうちでブレイヴァーが敗北していればそれはもうこの程度の治癒では足りないだろう。ぎゅっと、雪はユウキの手をやさしく握る。

 

「どうか、あの人が無事でありますように」

 

雪には、祈ることしかできなかった。

 

 

同時刻、15番セクター。木々に飲み込まれたはずのブレイヴァーは、そこに立っていた。届いた祈りが光の奔流となり、周囲を焼き払ったのである。それによって大きく地面が抉れ、セクター本来の空白が露呈していた。

 

「ブレイヴァー……ッ!」

 

思わずプランターは声を漏らす。当然のことだろう、もう終わってしまったかと思った者が、そこに立っていたのだから。

 

「どうして、ファーストオーダーを?」

「……さぁ、ね」

 

短く答えたブレイヴァー。鋭くプランターを睨む視線が肌を刺し、本当は起きていないはずの痺れが今まで焦ることのなかった脚を少し後退させる。

 

「きっと――どこかの盗賊姫が、助けてくれたんじゃないかな」

 

そう聞いたとたんに、驚きと焦りを見せる彼女の顔に僅かながら歓びが混じったように見えた。

 

「なるほど。向こうの傷が塞がれば、こっちでの傷も……!」

 

……ブレイヴァーは答えない。森は晴れた、土は散った。生命が蔓延るべき地ではなく、彼女が立つのは何色にも染まるキャンバス。彼女の瞳にもう容赦の色はなくない。

選定の剣は静かに振りかざされ、光が集ってゆく。放たれるは恐らく、プランターの左腕を焼いたあの輝きだろう。

 

「く、ふふっ!あはははは!いいでしょう、いいでしょう!来るがいい、私はそれに応えましょう……!」

 

ラストオーダーは吹き飛ばされた。プランターに残された手は無いに等しく、無理矢理自分の体力を使った新たな蔓の生産ができる程度。とても、ブレイヴァーのファーストオーダーを受け止められはしない。

けれど彼女は笑っていた。激痛の走るだろう左腕をも大きく広げ、逃げも隠れもしないという姿がブレイヴァーの視線を一身に受けていた。嘲笑うようで、心底楽しそうで、嬉しそうに。

 

「――『ファーストオーダー』」

 

慈悲はなく。少女の口は刑を告げる。ユウキが秘める意思の力を増幅した熱線は、最早待ちきれぬと多くの光を刀身から溢す。

 

「煌めけ、栄光の剣よ……!!」

 

振り下ろされる膨大なるエネルギー。木々を呑み、土を消し去り、果実を貪り、基の最後の抵抗を否定する。極大の直線が、15番セクターの終点まで駆け抜けていく。

気休めで偽物の太陽光など掻き消してしまうほどの過酷をもたらし、たった1秒もたたぬうちに樹木の壁は塵に還る。プランターが残った力で展開したものだとしても、耐えられないものは耐えられない。そのクッションによって1度やわらげられたからか、プランターそのものが消し飛ぶことはなかったが。

 

「ぐっ、か、はっ……!?」

 

やっと、光が晴れる。まるで元からこうして何もなかったように、視界を遮るものが喪われた風景。エンブレムも損壊しているために、15番セクターは戴冠式より前の白紙に戻ってしまったようだった。

そのにある物体と言えば、唯一原型を保っていたプランターが、ただ苦しそうに喘ぐくらい。片方が潰れてしまった眼はブレイヴァーを見つめていたが、ほかの生命はどこにも面影が見つからない。

 

「あぁ。なんと、清々しい」

 

力尽きたのか膝をついたプランター。それに対し彼女にぶつけられた光熱の主は、一歩、また一歩と迫っていく。鎧の金属が擦れる音が死の到来を告げているようで、プランターには心地がよかった。

逃げるための術など持ち合わせるはずもなく、ブレイヴァーがプランターの傍らに立つまで時間はかからなかった。

 

「――ねぇ。ひとつ、頼みがあるのです」

 

ふいに、プランターがなんとか声を出した。ブレイヴァーが頷いたことによって、彼女の頼みは声という形を得ていく。

 

「私は、ずっと……皆に巣立ってほしかった。私みたいな地面から離れて、空を選んでほしかった」

 

死に瀕しているからか、基の変身は解ける。土実基としての本音は、突き放すときの冷たさだったのだとブレイヴァーは聞かされる。

 

「だからね、私はとってもしあわせ……だって。願いを、あなたが叶えてくれるんだもの。」

 

ブレイヴァーは、プランターを敵や悪としてしか見ていない。だが、プランターはブレイヴァーを、そしてファインダーを自分の希望だと見ていた。

そして今、ユウキにはそれが押し付けられる。

 

「お願い。私を殺して。そして……大きく、羽ばたいて」

「……わかった」

 

ユウキはたった数秒で頷いた。これで自分の手を汚すことになれど、相手の望みならば躊躇う必要はないと、彼女は基を殺すと決めた。自らが持つ剣、その切っ先を彼女の首もとに当てる。すでに小さな切り傷ができ、細いひとすじの流血が起きた。

 

 

自分の首を伝う生暖かなそのひとすじに、願い事の片鱗を見たのだろうか。

基の表情は今までの淑やかなものよりもずっと人を惹き付ける、満ち足りた笑みに変わる。

 

「どうか、あなたに素敵な祝福がありますように」

 

基は、祈りを遺し最期を受け入れた。

 

 

 

 

「先輩……」

 

こうして雪がつぶやくのは、もう数十回目だった。どうしても心配で、待っているだけじゃ落ち着かないらしく、時にユウキの身体に視線を巡らせていた。

そんな彼女へ唐突に、振動するような音が聞こえてくる。驚いて身体を震わせたが、セクターボードからの通知だと気づくと驚きよりも緊張が走った。

……見たいけれど、見たくない。もしも、もしも。万が一間に合っていなくて、ブレイヴァーの脱落だったらと思うと。セクターボードを手元に出現させたはいいものの、画面を点けるのは躊躇ってしまっていた。

 

「通知、見ないのですか?」

「……見る、けど……。」

 

後ろを振り向いてユウキの身体に視線を戻し、不安が溢れだしそうな顔になる雪。もし怖くて開けないなら私が教えましょうか?というとちの好意に首を振って、思いきって立ち上がる。

 

「……ユウキ先輩。あなたが死んだら、私は……!」

 

涙腺がゆるみながらも、意を決して画面を表示させようとした。

 

「誰が死んだら、だって?」

 

ちょうどそのとき。背後で、気配が動いた。待ち望んでいた声が聞こえた。視線をゆっくりと、後ろに動かしていく。

 

「ただいま、雪ちゃん」

「……っ!!」

 

その顔を見たとたん、少女は彼女に抱きついて、緩んでいた涙腺を決壊させてしまった。涙が頬まで流れてから、雪は自分が泣いていることに気がついたが、声をがまんするのみでユウキからは離れなかった。

 

「この通知のプランター、あなたが倒したんですね。ご苦労様です」

「……危なかったんですけど、ね」

 

とちにかけられた言葉に、苦笑いで答えるユウキ。そのあと、自分の左肩とくっついている雪にも視線を配る。

 

「帰ってこれたのは、雪ちゃんのおかげだよ。助けてくれたんでしょ?」

「うぅ、それはっ、ヒーラーさんにいってください……」

「でも、時畑先輩を呼んでくれたのは雪ちゃんだよね」

「礼には及びませんから、だから!」

 

自分の服を濡らし続ける雪に、ユウキは首を振って。

 

「ううん。ありがとう」

 

その言葉を受け雪の涙が増えたことは、きっとユウキは気付かなかっただろう。

 

 

 

 

【次回予告】

 

ついにプランターを討ち果たしたユウキ。

しかし、戴冠式はまだ始まったばかりなのだ。

残るプリンセスは15人。新たにひとり、姿を現す。

 

次回『教会の裁断』




……ん?忘れられた子がいる?
そこは次回をお楽しみに。です。

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