ROYAL Sweetness   作:皇緋那

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最近とっても寒いですね。手先が冷えて困ります。いい感じの手袋とか欲しいです。


大樹と勇者

【前回のあらすじ】

 

基ですわ。私がプランターであったことを知った雪ちゃん……くすくす、彼女に試練を越えられるのでしょうか?期待していますよ、ファインダーに……ブレイヴァー。

 

 

号令を受けた蔓。植物であるというのに害意をひしひしと感じさせるそれが雪の視界を切り裂くように、3方向から彼女のもとへ飛んでいく。

頭の理解が追い付かず、何が起きているのかわからない。唯一分かるのは、これから自分が貫かれるだろうということ。そんな雪に回避行動などとれるはずもなく、無情にも柔らかな皮膚は蔓の餌食に――

 

「……あ、れ?」

 

雪がゆっくりと目を開くと、彼女の身体には傷がつけられていなかった。蔓の勢いは絶え、雪は無事助かったのだ。

無論、無事でない者もまた存在していたのだが。

 

「あらあら、身を挺して守るなんて、美徳ですわね」

 

蔓を止めたのは、ユウキの身体によってだった。左肩に食い込んだ凶器は、それ以上進むことなく、代わりに深々とユウキの肉を抉っている。当然ながら血が滴っており部室の床は血痕で穢れていく。

 

「ユウキ先輩、どうして」

「雪ちゃんが傷つくのは……私の正義に反する」

 

基が次の攻撃へ移ろうとする前に、自分で止めた蔓を残った腕でひっつかんで、一思いに食いちぎる。血まみれの蔓をごみ箱目掛けて投げつけると、丸められた紙の群れが一部赤く塗られた。

 

「くすっ、なら精々、ご友人(テイマー)のようにならぬよう、努力することですね」

 

あくまでも淑やかに、基の挑発が続く。いるかを助けられなかった、とユウキの口から、本人の意識の外の言葉が漏れる。

 

「では確認いたしますわ。試練の対象はあなたですのね?」

「えぇ……この私、沖ノ鳥ユウキだ!」

 

胸を張って答えるユウキ。肉を抉られる激痛、それも裏世界からの影響でなく現実での大ケガを課されても、彼女は正義のもとに基を睨むのだった。滴る血のみが見える背中から見ている雪にもその視線の鋭さは空気のびりびりした震えのような感触で伝わり、雪の腰に力が入らなくさせていた。

いままでの淑やかなうわべのほほえみを取っ払い、プランターは歪んだ笑いを浮かべる。

 

「いいでしょう。プリンセス:プランターの試練、存分に――」

「あ、ちょっと待ってくれたまえ。」

 

ふいに、双美が口を挟む。この雰囲気で平然と入ってくるあたり、彼女の無神経さが目立つ。が、双美の言葉と表情は彼女にしては真面目なものだった。

 

「ここで戦わないでくれ。新聞部部室ってことを忘れないで」

「あら、ごめんなさい。ユウキさん、場所を移しましょう?場所は……そうですわね、15番セクターなどどうかしら?」

 

ユウキが頷き、基は自らの持つペティグリィのはす口へユウキを誘う。15番セクターはプランターの領である。だが敵のホームグラウンドで戦うことになれど、ユウキはこの持ちかけを蹴らない。ただ、誘いに乗るだけだ。

ふたりは意識をペティグリィへと集中させ、裏世界へと精神を飛ばす。戦場となる農園へと、吸い寄せられるように誘われるのだった。

 

 

 

ユウキと基の身体は、操縦者を喪ったロボットのように崩れ落ちる。だがユウキの流す血は止まっていないし、雪が状況をすぐ整理できるようになったわけでもない。

 

「で?ファインダーくん。君はどちらにつくんだい?」

 

ふたりの脱け殻を指して、双美はそう言った。雪には、すぐに答えることはできない。

 

「こんな傷を負ったブレイヴァーじゃあ、ファーストオーダーも放てない。ならば、彼女はこのまま死ぬ」

 

戴冠式のはじまったときにも、今も見たプランターの能力、樹々の海。ブレイヴァーのファーストオーダーが本当にあの増殖した目玉レヴェルを焼き払えるものであったなら、勝ち目はあるのかもしれない。

だが、剣による攻撃なら両手が使えなければ真価は発揮できないのかもしれない。もしくは、この出血の時点で彼女の生命は危険かもしれない。ユウキを失う不安が脳裏を駆け巡る。

現実での傷は裏世界へそのまま引き継がれるが、現実で治療してしまえば向こうでも回復するはずだ。ならば、このユウキの脱け殻は治療を施されるべきである。

 

「でもね?ブレイヴァーを生かせば、彼女は必ずプランターを殺す」

 

突きつけられる現実。ユウキの性格を鑑みれば、プランターの他を蹂躙する『試練』は正義に反するのだろう。それに先程のやり取りを思い返せば、プランターは脱落したテイマーの名を出した。テイマーがブレイヴァーと共同でセクターを持っていたのが友人だったからとすれば、復讐という理由も現れる。

 

「さぁ、どうかな?」

「……私、は」

 

血だまりを作りながら倒れているユウキの横顔が、雪の目線を奪う。どうせユウキとの付き合いなど薄いのだから、基と今までどおりの生活をすればいいはず。

……けれど、ユウキは雪をとっくに友人であると言った。けれど、基は雪を可愛がってくれた。けれど、けれど、けれど。挙げればキリがない、尽きるまで理由が出てくるだけだ。

ふと。さっき見た、背中を思い出した。この血だまりは、果たして何故出来たのだったか。それは――

 

「私を殺そうとした土実先輩(プランター)から、ユウキ先輩(ブレイヴァー)は助けてくれたから」

 

そう口に出したとたん。つくべきはどちらかを理解した。まっすぐなあの瞳を、もう1度見るべく動き始めた。ユウキの身体を担ぎ上げ、重くとも全速力で脚を踏み出す。行き先は、とにかく保健室へ運び込むしかない。話によるとプリンセス:ヒーラーもこの学校に居るらしいが、探している時間はない。思案に時間を割いてしまったから。

廊下に飛び出した雪は、目的地へと駆け出した。

 

 

ユウキの招かれたセクターには、木々が健やかに、逞しく成長している光景が広がっていた。瑞々しい果実たちが自らの存在を主張する果樹園で、ふたりのプリンセスが睨み合う。ブレイヴァーの眼は周囲の果樹を映さず、ただプランターに目標を定める。剣を構えたブレイヴァーと対峙する相手から感じるものと言えば、目の前に大樹があるような圧迫感だ。

 

「あなたは、その傷でなにができるのでしょう?樹海(わたし)を越えられるのでしょうか?」

「……越えてみせる」

 

強気に出るユウキではあったが、彼女の右肩の筋肉は千切れている。左腕は満足に動かないし、動かせば激痛が走る。片腕で、戦わなければならない。

ユウキにはひとつ、思い出すことがあった。一週間とすこし前、18番セクターでのことである。いるかを喪ったとき、ユウキは左手を貫かれていた。使い物になら無いのは奇しくもまた左だ。片手では剣を支えきれず、ファーストオーダーは使えない。

 

「二の舞には、なりたくない!」

 

襲い来る小手調べの数本を一刀のもとに斬り伏せて、力強く踏み出した。

 

「――『ファーストオーダー』!埋め尽くせ、森の細胞よ!」

 

撒き散らされる如雨露の水。空中ですでに発芽をはじめている草どもを回避して、この剣を届かすため突貫していく。

視るのはプランターだけ。一直線に向かっていく。

 

「くっ、ははははは!滑稽、滑稽ですわ!あなたがしようとしていることはテイマーと同じ!同じように貫かれ、脱落するが定め!」

 

口ではそう挑発するプランターだが、表情からは期待の色が見える。これもまた、テイマーのときと同じであった。

攻撃は右腕一本ではカバーできぬ左側に集中していく。だが、扱い慣れた自らの剣の捌きが悪いわけもない。肩の出血が止まらぬことのほかは、ブレイヴァーは傷を負っておらず、プランターまで残り15メートルを切った。

 

「なんと速いことでしょう、ですが!これならどうでしょう、行きなさい!」

 

プランターが後退しつつ指示を下す。狙いが明らかに一点を貫くものとなり、押し寄せる物量に捌ききることは難しくなる。

減速してしまいながらも数秒はもたせていたブレイヴァーだったが、すぐに切断を逃れたものが現れた。

 

「ぐ……っ!?」

 

咄嗟に腕を上げて避けようとする。鮮血は飛び散って、神経が悲鳴をあげる。

このままでは不利すぎる。距離を離され、必死に食いついたところで刃を届かせることはできないだろう。そう判断したブレイヴァーが退避をはじめ、数度の後方宙返りで試練より逃れようとした。

 

「逃がしませんわ」

 

声の主を見た。災厄を幾度となく振り撒いてきた如雨露が輝いて、更なる攻撃の前兆を示していた。まさしくその通り、輝きはプランターの声に反応し増大していく。

 

「――農園姫プランター。ここに、私の王権を主張します。我が命に応え……我が身体を貪る子らよ、地を覆いなさい」

 

蠢く樹海は更なる規模をもって、ブレイヴァーを飲み込まんと動き出す。

もしもこの手にある剣の力を、命令を行使できたなら。これに対抗することもできたことだろう。だが、片腕しか動かないこの身体では、それは不可能だった。

 

この手が動けば――まだ死にたくない――と、意思だけは折れずに足掻こうとする。しかし、足掻けるようなモノはなかった。剣も四肢も動かせず、しだいに視界が犯されていく。

 

 

試練に成す術無く沈み、見えなくなっていくブレイヴァー。笑っていたはずのプランターは溜め息をつき、残念だと呟く。彼女ならば自らの願いを叶えられると思ったのに……と自分勝手に失望した基は、自らの産んだ樹海に背を向けた。

 

「なんと残念なことでしょう、ブレイヴァーも試練を越えられなかった」

 

悲しげな瞳で吐く溜め息が、仮初めの日光に照らされる木々の合間に漂う。プランターは胸についた双葉のエンブレムに手をあてながら、その変身を――

 

 

「誰が、越えられなかったって?」

 

 

――声が聞こえたような気がした。後ろを急いで振り返っても、そこには少女を飲み込んだ木々しかありはしない。幻聴をおこすほどにあのブレイヴァーに期待していたのだろうか。否、そうではなく。

 

一瞬。閃光と爆風が辺りを駆け抜けた。プランターも思わず顔を隠して、眩しさと風圧を凌ごうとする。だが、手にもいくつか細かなものが当たってきている。横の視界は土埃に覆われて何も見えないが、土埃であるということは土のちいさな粒だったらしい。

 

「な、何が起きて……!?」

 

土埃がしだいに晴れていく。すると、なんとそこにあったはずの木々はほとんどがどこかへ消えていた。隕石のようにとてつもない衝撃を受けてか、敷かれていた土壌も大きく抉れ、セクター本来の白い地面が露出している。

 

そして中心には、人影がひとつ。

 

「ブレイヴァー……ッ!」

 

黄金の剣を地に突き立てて、白銀の鎧に身を包み。戦場の花は此処に返り咲いた。

 

 

 

 

【次回予告】

1度打ち負かしたと思ったブレイヴァーの復活に焦るプランター。

彼女の復活は、現実世界からの影響だった。

ラストオーダーを乗り越え、少女はただ前へと進む。

 

次回、『屍を越える者』


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