アスカ・スカーレットの朝は早い。10キロのランニングから始まり、シャドウ、そして朝食後は自宅近くの浜辺にてスパー。これを毎日欠かさずやっている。もちろん、14歳という年齢であるため学校に行くのも欠かさない。
つまり、何が言いたいかというと。
「ハードすぎるんだよなぁ・・・」
いくら鍛える為、強くなるためだと言ってもこれは流石にキツイと音を上げる。リビングのテーブルにグデーっとなりながら溜息を吐きだして出た言葉に、家主の女性は苦笑いでエプロンを着こみながらキッチンに立つ。
「まあせやかて、それであの二人もアスカの事期待しとるんよ?もちろん、私も」
「そりゃあ、まあ・・・」
それを言われると、である。何も言い返せずに頬を膨らませるだけしかできないアスカに、家主である女性八神はやては手を止めるでもなく、振り向くでもなく続ける。
「アスカがウチに来てから四年・・・家族も増えて、益々賑やかになったし、道場の子ども達にも人気あるし。ホンマ大助かりや」
「いやだから保育士じゃないッス」
ここで否定しとかないと本当にこのキャラが定着しそうだから恐い。というか、なんでこんな子どもに好かれる体質してるかな俺は。そんなことを考えながらテーブルの上にダレていた躰を起こし、天井を仰ぎ見る。そこでぼんやりと、これまでのことを思い出していた。
四年前。聖王教会騎士長であるカリム・グラシア経由でアスカのことを知ったはやては当時まだ孤児院暮らしだったアスカを引き取り、養子縁組をした。その際は院の子ども達から猛反発を喰らったが、それを宥めたのがフーカとリンネの二人だった。「お兄に頼ってばかりじゃワシらがダメになる。じゃけん、これからはワシらがお前たちのおねーちゃんじゃ」と。「おまえじゃ無理だろー」などと反抗もあったものの、二人の後押しもアリ、渋々アスカはこうして八神家にやってきた。それから現在までの間、
「将来はそっちの道もええかもわからへんよ?」
「いや遠慮しときます。俺、格闘技でやってくつもりなんで」
「言い切る辺り自信アリやなあ・・・、と、できたで。ホンマにラーメンでええの?」
「いいんですよ。いただきます」
ゴトン、とテーブルに置かれる一杯の味噌ラーメン具なし。これにニンニクチューブで濃いめにした奴がたまらない、とオッサン全開の発言をして再び苦笑されるアスカ。ズルズルと音を立てて麺をすすり、幸せそうに頬張る姿を見ているとこっちまで空腹に襲われてくる。
そういえば、最近心なしか太ったような・・・だってめっちゃ美味しそうに食べるんやもん。
そんな言い訳を心中でしながらもそういえばと手を叩いてホロウィンドウを出す。コンソールを片手で操作してから、届いていた電子メールの内容を食事中のアスカへと見せる。
「これ、ヴィヴィオから届いとったよ。今年は私らは参加できひんけど、是非アスカにって」
「あ~・・・また、やるんスね」
アスカの顔から血の気が引いた。真っ赤な髪とは裏腹にサーっと顔が青くなっていくのを見てニコニコと笑うはやて。何がそんなに面白いのかと聞いても、「逃げ惑う姿が滑稽なんやもん」とかいうドS発言でこちらのテンションが急降下するだけなのでやめて置く。どうあがいてもこの人と接戦では勝てそうでも舌戦では勝てそうにない。
「いやあモテる男は違うなぁ」
「主に年下から、ですけどね」
「あら、イヤなん?年下」
「いや別にイヤってわけじゃ・・・って、何言わせんですか」
「だって気になるやん。息子の恋愛事情って」
息子って言われるとなんだか年齢差的にものすごく違和感がある二人の会話は、はやてのその発言にどう返していいかわからずにげんなりとしたアスカの沈黙で終わりを迎えた。そしてそこへ、時を見計らったかのようにベストなタイミングでデバイスである愛機、”ブレイブハート”が通信を知らせるコールを鳴らす。
『ヴィヴィオ様からの通信です。繋げますか?』
「もちろん」
断る理由も、むしろあの子ならいつでもウェルカムだと付け加えて回線を繋ぐ。するとホロウィンドウが表示され、相手の顔が動画となって表示される。金髪で、左右色の違う緑と赤の瞳の明るい印象を受ける少女。控えめに言って、美少女であるがこの場合アスカ・スカーレットという少年は自重しない。
すなわち、叫ぶことはもう決まっていた。
「ラブリーマイエンジェルヴィヴィオちゃあああああああああああああああああん!!!!!!!!!」
《うああ!?な、何言い出すんですか急にッ!?》
「ヴィヴィオ、狼狽えたらアカンよ。毎度の事なんやし」
《いや今初めてですよこの反応!?》
軽い漫才をしつつ、満足したのかふう・・・と息をついてアスカは精一杯のキメ顔を作ってこう言った。
「こんにちはヴィヴィオちゃん。今日もかわいいね。いや、かわいいね」
《嬉しいんですけど、そのキメ顔のせいで何もかもが台無しですよ先輩・・・》
「ですよねー。で、どうしたのかな?」
そして何事もなかったかのようにして本題に入ろうとするあたり、この子も割とタフな性格なのかもしれない。
《あ、メールでもお知らせしたんですけど、やっぱり直接お誘いしたくって・・・》
「なのはさん、娘さんを僕にください」
《ダメだよ~》
「アスカ、話進まへんからボケもホドホドにしーや」
「割と本気なんですけど」
さっきまで保育士がどーとか言ってたわりにコレである。相手が相手なだけにわからないでもなかったりするが、これでは・・・と、言う前に画面の向こうのヴィヴィオは照れとこの年の乙女特有の嬉しさで顔が真っ赤である。憧れの先輩から、告白される。女の子なら誰もが憧れるであろうシチュエーションをサラッとボケに使ったにもかかわらずそれを真面目にとらえてしまう辺りやっぱりこの子は純粋だなとはやては親友の娘をみてほのぼのとする。
《え、えっとですね。話を戻しますとまた今年もみんなで合宿をやろうって感じで・・・そちらの予定なんかも聞きたいなって》
「もちろん空いてるよ。空いて無くても空けるけどね。例えそれがヴィータさんとザッフィーの地獄の特訓であても!」
「ほう、だったらヴィヴィオ、なのはに伝えて置いてくれ。このバカの馬鹿が治るよう全力全開でボコれってな」
突如聴こえてきた声に振り向けば、仕事から帰宅したヴィータが上着を脱いでこちらに歩み寄っていた。どうやら全部話を聞かれた上になにやら地雷を踏んだらしいとまた青ざめる。身内に味方がいないとは、何とも哀れなものだと肩をすくめた。
《あははは・・・えっと、それじゃ出発は明後日になるので準備をお願いします。あ、集合は私の家になるので》
「オッケー、わかった」
それじゃ、と言って通信を切る。そこでまたはやてがニヤニヤとしながらアスカに視線を向けた。
「モテモテやね~。天使からのお誘いもちろん受けるんやな」
「誘いは天使でも行き先地獄って言わないですかねこの場合」
「まーなー。でも地雷踏んだのお前だろ?ま、今回はアタシら全員仕事やらなにやらで参加できねーから、そこら辺は去年よりマシだろ」
「チーム変えでなのフェイコンビの集中砲火を受けた時の悪夢を俺はまだ忘れない」
「アレは酷かったなぁ」
差し向けたのはアンタだけどな。そんなことは口が裂けても言えないので、大人しく黙るアスカ。とはいえ、と。あの合宿は自分にとって非常にプラスな経験を沢山させてもらえるし、何より今回は今までとは違い
たとえ、その先に地獄が待っていても。
「現役で第一線で活躍してる局員とみっちり訓練できるんだ。しっかりモノにしてこねーとアイゼンの頑固な錆にしてやるから覚悟しとけ」
「相変わらず容赦ないッスね」
「お前にはこれぐらいがちょうどいいんだよ」
ぶっきら棒に頑張ってこいと遠巻きに言うヴィータ。そんな幼くもとても大きな背を見て、アスカは静かに頷く。さて、これから準備に取り掛かろうと席を立った時、ふと思い出したかのようにヴィータを呼び止めた。振り返ったヴィータにアスカは言う。
「ミウラへのお土産、何がいいッスかね?」
後輩へのお土産を訊かれ、ヴィータは少し考えた後に口を開く。
「温泉まんじゅうとかでいいんじゃねーか?」
「ですよね」
「アスカ、合宿行くんよね・・・?」
珍しく自らツッコミを入れた八神はやてであった。