躰の芯まで冷え込むほどの寒い冬。時期的に、多分11月も終盤だろうか。そんな季節になってもやることはいつもと変わらない。空は清々しいほどの冬晴れ。雲一つない青空の下で幼い子供達に混じってめんどくさがりながらも手を動かす。こうしないと、昼飯抜きにされるというなんとも前時代的罰が待っているので文句は言えない。生きていくためには喰わねばならんのだ。
ええ、わかってますよマザー。そうかっかしないで、また小皺が増えます―――って、それはダメ!アンタの拳骨はマジの奴だからダメだって!
昔、格闘家だっただの、聖王教会騎士団のお偉いさんだっただのと色々噂されるだけあってこの人の拳はかなり痛い。石頭と自負しているものの、あの拳だけはどうにも耐え難いものがある。
アスカ・スカーレット・・・それが俺の名前だ。このマザーと呼ばれる女性と、周囲にいる子供達。これが、
んー?どうしたよ・・・・えっと・・・誰だっけ。
何か困り顔で白髪美少女が俺の前にやってきた。なにやら伝えたいことがあるらしいが引っ込み思案な性格なのか、素直に自分の気持ちを伝えられないようだ。こういう時はなんて言ったらいいんだろうか・・・いかんせんこんな先生じみたことなんてやったことないからどうしていいかわからない。他のガキんちょなら、適当にあしらってもいいのだが。だって美少女だよ!?どうみても将来有望だもん!オニイサンこんな子の相手なんて二十数年生きてきたけどわからないよ!
まあ、今は10歳だったりするんだけどね。そんなことよりどうした?・・・って、聞くまでもないか。
後ろの方で何やらガキんちょ達が人だかりを作っている。その中心に目をくれてみれば、またいつものようにトラブルを起こしているガキんちょを見つける。あれがこの子の困り顔の原因だ。
まったく・・・ホレホレ、また何をもめてんだんだお前らは・・・ほう、リンネがまた意地悪されていたから、此奴らをしめていた、と。よしわかった、俺も手伝おう。え?年上の癖に止めないのかって?やかましい。こんな可愛い子を泣かす方が悪い。可愛いは正義。ジャスティス。そしてそれを信じる俺もジャスティス。つまり、俺が正義だジャスピオン!――――あ、マザー。揃って拳骨ですね。遠慮しておこう!
その後、滅茶苦茶説教された。
◇
おや皆さん。また逢いましたね。ドーモ、ドクシャ=サン。アスカ・スカーレットデス。・・・いや、うん、ヘンな電波入っただけだからそんな目で俺を見ないでくれよ。流石にお前まで俺をそんな風に見たらいよいよ面目丸潰れじゃないか。
クリスマスツリーの飾りつけを終え、年長組は施設裏で薪割り。始めてから約1時間。子どもの作業効率なんて微々たるもので、まだノルマは達成できていない。男の俺はともかくとして、女の子二人にはこの季節の薪割りなんてキツいだろ。つか、なんで薪割りよ。魔法があんでしょーが。
愚痴ってても仕方ないので、ここらへんで溜息をつきつつ薪を割る。いい加減飽きてきた。そんな中、また例の白髪美少女が困り顔に。今度はなんだ?
はあ。フーちゃんがお腹空いているからお菓子を分けてもいいか、と。一々かわいいなコンチクショウ。
とはいえ、この子が持っているお菓子も二人で分けるにはちと小さいな・・・よし、ここはオニーサンに任せなさい!――――って大それたこと言っても自分で隠し持っていた物をポケットから出しただけなんだけどな。ほれ、コレやるから食べなさい。・・・なに?お兄からお菓子分けられたとか一生の恥じゃ?・・・ならあげないでもいいんだぞツンデレよ。俺は白髪美少女と二人で分けて食べ―――いや、うん。そんなグヌヌって顔しないでもあげるから。
もぐもぐとお菓子を食べる二人。うん、やっぱりこういう場面は見ててほっこりする。可愛い女の子が口いっぱいに頬張りながらもぐもぐしてるって癒しだなぁ・・・片割れガサツだけど。
ん?今度は寒いとな。まぁこんだけ冷えてれば寒いのは致し方なしって感じだけど・・・うん。ならこういうのはどうだろう。
火でも、起こそうか?
◇
これを才能というべきなのかどうか。このミッドチルダと呼ばれる世界に住む人間は割と見慣れているかもしれないであろうモノが、よくわからないが俺も使えたりする。寄せ集めた枯れ葉や小枝に向かって手を翳し、意識を集中させる。すると足元に三角形の文様が大きく現れて紅く発光する。自分の髪と目の色と同じ深い紅が、一瞬まばゆく光る。すると、盛られた枯れ葉と小枝に突如としてボッと音を立てて小さな火がともった。これには二人も目を輝かせながら感激している。
魔法。そう呼ばれるモノを、俺は使えた。ちなみに他の人にはナイショだったりする。だってヘンに騒がれたくないし。三人だけの些細な秘密。そんな如何にも子どもらしい約束事が、俺達三人を繋ぐ物を強くしてくれていた。2人がこの施設に入ってから今まで、寝る時以外はほぼずっと一緒の、家族といってもいい存在。親なんていないし学校にいってるってわけでもない。普通の、同年代の子らとは全く違う日常だけど、それでも、コレはこれで楽しいし幸せ・・・なんだと思う。これから先も、こんな感じで生きていくんだと――――そう、思っていた。
嵐は、突然やってくる。
ストーブの熱が室内を温め、外の風が窓ガラスを揺らす。施設の応接室に、俺はどこの誰かもわからないおかっぱ頭の黒服さんと一緒にいた。
はあ。聖王教会のシスターさん・・・ですか。そういやこの施設の管轄でしたっけ。・・・まぁ、その程度の知識ってだけですけど。
簡潔に言うと、さっき裏でやってたたき火の一部始終をマザーとこの人に見られていて、こんなところに拉致られてるわけです。そんなにマズいことだったのか?あの魔法。―――あ、マズいってことでもないのか。それなら安心。・・・はあ、問題はじゅつしきの方、と。術式・・・って、あの三角形の奴って結構大事なわけ?
結構な大事だったらしい。なんでも、アレは古代ベルカ式と呼ばれるもので、かなり貴重なものなんだとか。そんなものをなんで俺が?って疑問が浮かんだけど、どうやら彼方さんはそれどころではないっぽい。あ、ちなみにストーブの火は俺が魔法で点けました。いやー炎熱変換て便利だよね。冬はこうして暖をとれるし、何よりサバイバルにおいては大きなアドバンテージにもなる。
はい、何でしょうシスターおかっぱさん・・・はぁ、聖王教会本部で。いやぁ働いてみないかと言われても俺まだ10歳ですよ?そんな子どもに働けとかそれなんて鬼畜・・・あ、そういや奉仕活動って遠巻きに働いてることになるのか。いやでもあれって残業とかないじゃないですか。・・・あ、残業ってないんですね。お金ももらえる、と・・・。そーいやもうすぐクリスマスだし・・・よし、ここはいっちょ働いてみますか。
◇
そんなこんなで聖王教会で働くことになりましたとさ。あ、働くっていっても子どもだからそんな大したことはさせられないってことで――――
コラ!テメーまた手ェ洗ってねぇな!?――――年上ってだけで指図すんな?・・・よろしい、ならばOSIOKIだ。
ってな感じで子どもの御守りですはい。しっかしこのオレンジ髪なんなんだいったい?まるで狂犬だぞ。さっきからガルルって唸ってるし。・・・あぁ、ちょうだいいところに来たシスターおかっぱさん。この子なんなんです?てか、働くって保育士じゃないんですけど・・・・はぁ、歳も近いから話もできるだろう、と。いやそれならリンネとフーカの凸凹コンビの方が・・・ああ、なるほど。こうなるって薄々感づいてたわけですかそーですか。というかこんなザマならあの二人には任せらんねーよな。で、魔法を扱えてコントロールもできてる俺ならもしもの時でもなんとかできるだろうと。才というかなんというか、見込んでくれたのは嬉しいけどこの子がこんなんじゃ取りつく島もないわけで。施設のガキんちょどもは割と最初から懐いてくれたからいいけど、この子の場合、どうやら貴女にしか心を開いてないっぽいし。
ん、なんだオレンジ。・・・いや開いてないって、俺がここに来た時真っ先におかっぱさんの後ろに隠れたキミが何を言うかね。・・・え?あ、名前ね。シャンテっていうの。つかなんで名前教えてくれなかったのさおかっぱさん。
ってなわけでシャンテの御守りがスタートしましたよっと。
◇
12月も中旬。今日も今日とてシャンテの御守り・・・の、筈なんだが。なんだかよくわかんねーけど、めっちゃおかっぱシスターとドンパチやってるんですがこれはいったい何がどうしてこうなったわけ?
あ、ありのまま起こったことを話すぜ!いつものように御守りしに来たら年下跳ねっ返り幼女が騎士とガチのドンパチしてたんだ。なんだかよくわかんねーけどとりあえず中庭ですんなお前らァ!!
まったく、いい年したシスターがなに子ども相手に本気になってんの!怪我したらどーすんのさええッ!?止めに入らなかったら今の大怪我してたかもだよ!つかお前もお前だ!トンファー的な奴ぶん回してるよりもっとやることあるでしょーよ!・・・って、なに二人してそんなハトが豆鉄砲でも喰らったような顔してんのさ。え?試験?なんの。・・・シスターになるための。え、シスターってこう教会でお祈りとかしてるイメージの聖職者って感じなんだけど凶器ぶん回したりもするわけ?シスターも色々あるんだなぁ。で、なんでそんな顔してんのさ。あ、結構ガチだったのね。まあそれはなんとなく雰囲気で察してたけど。ところで、ってなんでしょおかっぱさん。
格闘技を、やってみないか――――と。
とまぁそんな感じでよくわからない流れで何故かシャンテ共々シスター(戦闘要員)の皆さんと同じ訓練を受けることに。内容は、まぁ・・・言うのもはばかれるほど厳しいもんで。というかこんなの受けてたんだなシャンテ。ちょっと見直したぞ。
いや、別にお前の事尊敬してもいいとか言われてもする要素が一つも存在しないんだが。あ!俺のクッキー!表出ろやこの狂犬幼女ッ!
さて。そんなこんなで訓練以外では教会のシスター(一応男なので執事見習いという扱い)をちょいちょいやらせてもらえるようになったんだけど、最近あの凸凹コンビにまったく会ってないことに気が付いたので、とりあえず午前中で終わりな日を見計らって久しぶりに会おうと思い、今日にいたるわけだが・・・結果的にすっかり辺りは夕暮れ。急がないと日が暮れる。そんな道中に、目撃してしまった。
フーカとリンネが、年上の男子たちに囲まれているところを。
最初は遊んでいるだけなのかとおもった。でも、フーカの強張った、相手を睨む敵意むき出しの目から察するにそれはない。そしてその後ろで怯えるリンネ。それから――――フーカの頭に、水がぶっかけられた。明らかに虐めである。それに手を出さず、グッと拳を握るフーカ。今にも泣きそうなリンネ。そんな光景を見て、流石に黙っていられる程このアスカ・スカーレット、薄情ではない。
気づいた時には、拳が相手の顔面にめり込んでいた。
◇
いやぁ、我ながら律儀なもんだと思ったよ。フーカがあのガキんちょどもに手を出さなかった理由が、「お前はすぐ魔力で強化した拳でぶん殴ろうとするから喧嘩禁止」って約束を守ってんだから。あのねぇ、破ってもいいのよああいう時は。え?お兄との約束だから我慢した・・・なんだお前、いつになくしおらしいじゃないか。
はぁ、お兄が頑張ってるから、年上のワシが頑張らんといかん、か。まったくこの子はいい子なんだかそうでないんだか・・・まあ実際いい子なんだろうけど。リンネも、あんな怖い中よく泣かずに我慢したな。偉かったぞ。
2人を撫でてやると、嬉しそうに笑ってくれた。うん、やっぱり男女問わず子どもは笑ってるのが一番だなとおもうよお兄さん。え?発言が一々オッサンくさいのうって?前言撤回だフーカ、お前はOSIOKIだ!
そんなこんなで、季節は過ぎていく。時と共に状況は目まぐるしく変化し、やがてすべてを変える。
新暦0079年。笑顔の時は、突如として終わりを迎えた・・・。