「やめておくかい?」
物静かで厳粛な雰囲気すら漂うタイルの廊下を歩きながら、アスカは浮かない顔をするアインハルトに言う。聖王教会本部に入ってからというもの、どうにも記憶がフラッシュバックしてしまい中々思うように足が運べないのも彼女が暗い顔になる要因の一つだ。
「イクスを封印したのは他でもないクラウスです。彼女の最後の言葉も、私は記憶しています・・・」
生きたい。ただ、人間として。それが禁忌を犯し、罪と力を背負ったまだ幼い少女のたった一つの願いだった。しかしそれをかなえられる程、当時の世界は優しくはない。強くなければ全てを奪われ、力がなければ生きていくことができない弱肉強食の世界。誰が望んだわけでもなく、人間としての本能がそうさせたのだ。他国より上へ、もっと上へ。優れた才を、絶対的力を手に入れようと、”王”と呼ばれた人物達はその生贄となって手に入れた。平穏と引き換えにして。それを知ってしまっているアインハルトだからこそ、その渦中にいた二人が会うというのは複雑なものなのだろう。
「そうだね」
それがきみの中にあるもう一人のきみの一部だからと、アスカは付け加えてその上で「でも」と言う。
「それは”アインハルト・ストラトス”じゃないでしょ?」
立ち止まり、笑みを浮かべて話す。
「記憶に引っ張られるって感覚は俺もわかる。辛くて、痛くて、悲しくて・・・・でもさ、それだけじゃなかった。ちゃんとあるんだ。楽しかったこと、嬉しかったこと。その一つ一つが、”今”の俺に希望をくれる」
「希望・・・」
「どうあがいたって過去は変えられっこないんだ。だったらせめて、今を頑張って、明日を楽しくしようじゃん」
きっと、そうやって続いてくんだとおもうよ?と笑う。その笑顔に、記憶の中にあるフロガと重ね合わせる。そするれば、どうだろうか。似てはいる。だが、それだけだ。よく似てはいるものの、フロガとアスカとではその本質が違う――――ような気がした。
「・・・ふふっ」
少し間を空けて思わずアインハルトが吹き出す。
「あれ、俺なんかおかしい事言ったかな?」
「いえ、先日ルーテシアさんから先輩の愚痴を聞かされたのを思い出しまして。先輩、恥ずかしい台詞禁止っ!ですよ」
少し前にでて、ウィンクしながら左手を腰に、そして右手の人差し指を立ててすこし前かがみで言う。キャラじゃない。後々アインハルトはそう語ったものの、今のアスカにはこの時の彼女はとてもかわいくて。それでいてなんだかとても楽しそうに見えていた。
「やっヴぁい」
「ひゃ、先輩鼻血が!?」
「もっかい!今のもっかいやってハルちゃん!お願いなんでもするから!」
「・・・今、なんでも?」
「・・・うん、言った後でまさかとは思ったけどホントに言うとは思わなかった」
この子の前ではボケの濃度を控えようか、そんなことを考えているとおもむろに手を差し伸べられたのでそれを握り返す。
「行きましょうか」
「そうだね。イクスが、待ってる」
◇
乙女心は秋空のように変わりやすい。誰かがそんなことを言っていたっけと、ノーヴェは目の前の光景をみて痛感する。先ほど繰り広げられていたアスカとアインハルトのやり取り、その一部始終をしっかりと見ていたのだがいかんせん端から見たら落ち込む彼女を励ます彼氏にしか見えない。そのせいか、一緒に行動している年下女子たちのよくわからないボルテージが最高潮に達しようとしていた。
「なんですかアレ。完っっっっっっっっっっっっっっっ全に、カップルじゃないですか」
「しかも手まで繋いで・・・・!」
「えっと、おまえら?その辺にしとけよ。特にヴィヴィオとルールーはもうちょっとその真っ黒いような何だかよくわからない魔力光みたいなのしまおう、今すぐやめよう」
「ううぅ・・・ノーヴェ・・・」
悔しさ半分、嬉しさ半分といった感じでこちらを向くヴィヴィオ。何だかんだでアインハルトがどこか吹っ切れたことに対して嬉しさを感じているらしいが、最後のアレを目にしては恋心が許さないというものなのだろうか。リオとコロナも、どこか納得がいかない様子でグヌヌ、と唸っている。ルーテシアもヴィヴィオとほぼ同様で、かなり悔しい様子だ。
「ハイハイ、わかったわかった。ほら、泣いてないで早く追いかけないと見失――――」
「――――うことはないから安心していいよみんな」
ギクッと肩を上げるて体をこわばらせる。次にギギギ、と油のきれた機械のような軋んだような音が聴こえそうな動作で振り返る。そこには仁王立ちしてこちらを見ているアスカの姿があった。
「探偵ごっこは楽しかったかな?」
「先輩、いつから・・・!?」
「割と最初からかな。だってコロちゃん目立つんだもん」
と苦笑いして指摘する。それにコロナは頬を朱に染めながら俯きちいさく「ごめんなさい」と呟く。その一言を皮切りに次々に謝罪を口にするヴィヴィオ達。
「あたしも悪かったな」
「いや、ノーヴェに関しては巻き込まれただけだしいいよ。というか、怒ってなんかないしね。ただ、コロちゃんも無理してボケなくてもいいんだよ?」
「うう、恥ずかしい・・・」
「ところでアインハルトは?」
「ああ。今イクスと会ってる。二人っきりで話がしたいんだってさ」
「・・・先輩、なんだか嬉しそうですね」
「そりゃもちろん」
――――だって、あの子が笑ってる気がするから。夕焼けに染まりゆく空を見上げながら、アスカはそう心の中で呟いた。
「お、アスカに陛下たちも来てたんだ」
とそこにシャンテが現れる。
「ようサボり魔法少女。ソウルジェム濁らせてるかー?」
「どんな挨拶だよそれ・・・つかソウルジェムって何」
「気にするな。で、なんでおまがここに?まさか自力で脱出を!?」
「まあそんなとこ」
「ボケをマジレスで返す・・・これが俗に言う”ボケ殺し”って技か・・・」
「コロナ、私コロナのこれからが心配になってきたよ・・・」
割と真剣にメモを取るコロナ。この子のキャラは一体どこに向かっているのか想像もできないが直感で碌なことにならないだろうと感じっとたリオは一応のツッコミをいれておく。
「そうだ、これあげるよ」
そう言ってシャンテがポケットから何かを取り出す。それは綺麗にラッピングされた袋に入れられたクッキーだった。
「月に何回かある集会でさ、あたしらシスターと街のご老人達と一緒にクッキー焼いてお茶会してたんだけど、その余りだけど・・・良かったら食べる?」
あ、これ絶対わかってて作ってきたな。そうバレバレな態度でアスカに渡すシャンテ。今日彼がここに来ることはおそらく事前のアポイントメントで知っていたのだろう。逃げ出してきた、というのもおそらくはここで鉢合わせるための口実に違いない。つまりシャンテは、アスカに自分が作ったクッキーを渡す為にこの状況を作り出しているのだ。その証拠に、アスカ以外のクッキーは用意されていない。あざとい。そう心中で呟くルーテシア。
「まさか毒なんて入ってないだろうな?」
「あたしゃどっかのポイズンクッキングキャラとは違ってちゃーんとレシピ通り作ってるから」
「さりげにシャマ姉をディスったな・・・ま、本当のことなんだけどさ」
袋を開ければ焼きたてなのかバターや砂糖の香しく甘い香りが嗅覚を刺激した。
「うまそうだな。そんじゃ、いただきまー ――――」
「すっ!」
パクッと、アスカが手に取ったそれをヴィヴィオが横から奪い取って頬張った。
「ちょっ、陛下ズルい!?」
「ふん、シャンテもアインハルトさんも抜け駆けは許しません!」
「そーよシャンテ。それにしても貴女、ずる賢いのは知ってたけど意外とえげつないことするわね・・・私も一つもーらおっ」
「あ、私も私も!」
「なら私も」
ルーテシアに続きリオ、コロナ。そして何故かノーヴェまで食べる始末。結果一枚しか残らなかった為アスカはその一枚を頬張る。
「んん!」
「では先輩、御味の方は」
「う”う”う”う”う”まアアアアアアいいいいいい!」
「参りましょうう”う”う”う”う”まアアアアアアいいいいいい!」
「コロナー!?戻ってきてー!」
「アレは相当重症だねぇ」
「アスカ、あんたコロナにまで何したのよ・・・」
「おい待て、今回は俺乗っただけだぞ」
そうして、穏やかな休日は過ぎていった。余談ではあるが、この後コロナはシャマルに診察を受けたという話があるが、それはまた別のお話。
~アインハルトとイクス、イクスの眠る部屋にて~
アインハルト「イクス。私は今、とても幸せです。沢山の人に・・・友達に囲まれて。それに、一番大事な――――」
――――う”う”う”う”う”まアアアアアアいいいいいい!
アインハルト「・・・・大事な・・・・ええ、きっと・・・・多分・・・すみません、何だか私やっぱりヘンな人が近くにいて困ってるかもしれません」
その夜、何故か夢の中でイクスに小一時間以上説教されたアスカであった。