その日、アスカは朝から上機嫌だった。いつもより早く起き、鼻歌混じりに身支度を整え鏡の前で決め顔を連発するその姿は八神家の皆に吐き気と寒気を与え、ルーテシアにはおまけに苛立ちゲージの最大値振り切りという、なんとも害悪しかない振る舞いを見せていた。
「だああああああああッ!何なのよ朝から鬱陶しい!」
「あのさ、やった俺も俺だけど扱い酷くね?」
「いや、じゅーぶん気持ち悪いぞお前・・・ンで、一応聞いとくけど・・・つか、聞かないといつまでもやりそうだからな」
「よくぞ聞いてくれました!」
「いやまだ何も言うてへんよ」
「なんとこれからッ」
「人の話を聞かない・・・どこまで此奴はフロガと一緒なんだ・・・」
「ハルちゃんと!おデートなんですッ!」
ビシっ!そう効果音でもでそうな某漫画のような立ち方で立つアスカ。手に負えないとヴィータとザフィーラは早々に諦めてリビングを出て、シャマルとリイン、アギトは朝食の片付け。シグナムは新聞に目を戻し、はやてはテレビを付け――――全員が戻ってきた。
「おいちょっと待て、今おまえ誰とデートっつった!?」
「ハルちゃん」
「もしもしノーヴェか!?至急アインハルトの部屋まで行ってくれ!手遅れになる前に!」
「ついに、ついにやっちまったのかアスカ・・・シショーとして、あたしは悲しいぞ!?」
「リインは、リインはそんな子を弟に持った覚えはないですよ!」
「主、離してください!手遅れになる前に、せめて・・・せめて私の手で!」
「あかんて、あかんてシグナム!そない殺生はあかん!」
「そうよみんな!冷静になって、アスカだって年頃の男の子だもの。デートの一つや二つくらいするわよ。さ、アスカ。出かける前に私の作ったプリンでもどう?」
「おいお前ら、誰一人として味方はいねーのか」
アインハルトにデートに誘われた、そう口走っただけでコレである。普段この一家に自分がどう思われてるのかが一目瞭然だ。不審者として扱われてるあたりもう家出したいと切に思うアスカ。
「デート・・・あのアインハルトから誘ったというの・・・?」
そしてすぐ隣でなにやら小刻みにワナワナと震えるルーテシア。テーブルから下げようとしていた空のコップをあり得ないほど力を込めて破壊するその様は本当にコイツフルバックかと疑いたくなるほどの衝撃だ。ともあれ、ここにいる人間全員が天変地異でも起きたかのような取り乱しようにツッコミを禁じ得ない。しかしここまでカオスになってしまってはもはや手遅れだろうと見つからないようこっそりとその場を立ち去り、アインハルトと待ち合わせした場所まで急ぐことにした。
時刻は10:00。定刻通りの到着だ。待ち合わせしたのは、二人が初めて出逢った場所。当時まだアインハルトが”覇王”の異名でストリートファイトをしていた頃に出逢った、想い出の場所。ビジネスビルが立ち並ぶ一角にある公園、そこにある時計の下に彼女は待っていた。髪の色と同じエメラルドのワンピース。普段ジャージや制服、バリアジャケット姿しかあまり見たことのないアスカにとって、その姿はとても新鮮だった。
「ごめんハルちゃん、待たせちゃったかな?」
「いえ、私も今来たところですので」
そんなお決まりな会話から始まる。アインハルトとこれから二人きり――――とはいかず、当然彼女の相棒であるアスティオンも一緒ではあるが、それでも二人なのには変わりない。
「それじゃ、行こっか」
「はい。今日はよろしくお願いしますね」
笑顔で言い、二人は街中へと歩き出す。そして、それを追って複数の影もまた動き出した。
「アインハルトさん、まさか本当にデートだったなんて・・・」
「旦那から連絡もらった時は一体どんな緊急事態かと思ったけど、これは別の意味で緊急事態だな」
「ところでコロナ、なんで私達こんな格好なの?」
「尾行といえば、サングラスは必須なんだよリオ」
「随分とズレたセンスしてるわねコロナって」
順にヴィヴィオ、ノーヴェ、リオ、コロナ、そしてルーテシアのチームナカジマ+αの面々がお揃いのグラサンをかけながら二人の後をばれぬようについて行く。当然、念話やデバイスという物があるにも関わらずコロナの強い要望でトランシーバーまである。そんな骨董品をどこで手に入れたんだとツッコミを入れたいノーヴェだが、それを一々やってたら今日一日もたない気がしたのであえてスルーすることに決める。
「まずはどこ行きましょうか」
「ん~・・・なら、あそこなんてどうかな」
二人が目指す先。それは大型ショッピングモールだ。
「こちら、ゴーレム。ターゲットはどうやらショッピングモールへと移動中。状況を報告せよ、オーバー」
「こちらラビット。ねえねえ、あのクレープすっごい美味しそう!」
「ホントだ!」
「二人ともやる気があるのかないのか・・・」
ボケの集中力が途切れたところでクレープ屋に入ろうとするヴィヴィオとコロナを止めるリオ。ダメだこいつ等、ボケに走らせると使い物にならない。リオは改めてアスカのボケの重要性に気付く。
「なにやってんだ。ホラ行くぞ」
二人が入った店は可愛らしいぬいぐるみが所狭しと売られているホビーショップだ。
「へー、アインハルトさんってこんなかわいいぬいぐるみが欲しいんだ」
「なんか意外だね。あ、このクマかわいいーっ」
普段凜としてリングの上でもクールで冷静な先輩の意外な一面を見れたことと店内の雰囲気にテンションの上がる初等科組。それとは逆にほんの少し場違い感を覚えるノーヴェとルーテシアはいたたまれない気持ちを苦笑いで誤魔化す。
「先輩、このようなものはどうでしょうか」
「お、いいね。それ買う?」
「はいっ」
「・・・やばい、あのアインハルトさん可愛すぎる」
「クマのぬいぐるみをギュッと抱きしめながらの笑顔・・・同じ女の子でも、アレは反則だよ」
「へぇ、アイツ、あんな顔もするんだな」
「むぅ・・・ちょっと悔しい」
「奇遇ねヴィヴィオ。私もよ」
◇
「いや~大分回ったね」
「はい。あ、少し休憩していきますか」
ひとしきり目的の店であろう店舗を回った後は、時刻もあって昼食を取りにカフェへとはいる。当然、5人も入って行く。
「ホビーショップに服屋、どれもなんだかターゲット年齢層低めな感じね・・・これって全部アインハルトの好きなジャンルなのかしら」
「あたしも流石にそこまではわかんねー。何だかんだでアイツが自分の趣味のものとか買ってるとこ見たことないしな」
「あ、このパンケーキ美味しそう」
「すみません、コレ三つください!」
「あ、私はホイップクリーム多めでお願いします!」
「もうお前ら飽きたんだな?」
マイペースな年少組はさておき、ちゃんと分析を始めるノーヴェとルーテシア。ルーテシアにいたっては自身の恋心がかかっているとだけあって余念がない。
「・・・いいなぁ」
ボソッと、小さくだがたしかにそう呟くヴィヴィオ。何だかんだで、この子も自分と想いは一緒なんだなとルーテシアは思った。
「このウサギ型パンケーキ」
「私の感心返せコラ」
やはり、自分がしっかりしないと。そろそろツッコミが追いつかなくなりそうだと軽く危機感を覚えるも、注文した品をきっちりと食べ終えて再び尾行を開始――――したのだが。二人を追えば追うほどどんどんクラナガンから離れていくのに気が付く。モノレールの改札をくぐったかと思えば、それが行きつく先を見てヴィヴィオは何かを察したようで小さく笑う。
「どうしたのヴィヴィオ?」
「・・・ううん。ただ、なんとなくだけどわかちゃったかなって」
そう語るヴィヴィオの表情はどこか憂いを帯びているようにも見えて。それでいて嬉しそうにも見える。時刻は午後16:00。陽も傾き始めオレンジの光が世界を染め上げようとする時刻に向かったのは――――ベルカ自治領。聖王協会だった。
~チームナカジマ+α尾行中にて~
ノーヴェ「ところでコロナ、二人の呼び名がなんでゴーレムとラビットなんだ?」
コロナ「それは私の得意魔法と」
ヴィヴィオ「クリスから連想したものだよ」
ノーヴェ「なるほどな。それだとアタシやリオとルールーは何になるんだ?」
コロナ「んー、コーチはツンデレで」
ヴィヴィオ「リオはモンキーかな?なんだかお猿さんみたいにいつも元気いっぱいだし」
リオ「褒められてるのか貶されてるのかイマイチよくわかんないけど・・・ルーちゃんは?」
ヴィ&コロ「オカン」
ルーテシア「言いたいことはよぉーくわかったわ・・・」
ルーテシアの明日はだっちだ!?