高町ヴィヴィオという少女は、かなりの努力家だ。少なくとも、自身の交友関係の中ではトップと言って差し支えないとアスカは言い切るほどに彼女のひたむきな向上心に心から感服するほどだ。それはひとえに、彼女自身の特性からくるものである。率直な話ではあるが、ヴィヴィオは格闘技をやるにはあまりにも脆い。アインハルトのような頑丈さも、ミウラのような打撃力も持ち合わせてはいない。生まれ持っての才――――そう言いくるめられても、反論はできないだろう。
だが、才で全てが決まるほど世の中甘くはない。努力が才能を凌駕することもあるのだから。
事実、彼女はそうやって己を鍛え上げこのインターミドルチャンピオンシップという大きな舞台にまで立ち、年齢も性別も違う選手相手に勝利をおさめ勝ち上がっている。師であるノーヴェが見つけた彼女の”見切って反撃する戦法”であるカウンターヒッターは、その練習の成果もありかなり高いポテンシャルまで仕上げられている。それもこれも、ノーヴェの教えとヴィヴィオ自身の強くなりたいという強固な意志からくるものだろう。以前、彼女から聞いたことがあった。大事な人たちを守れるくらいに強くなりたいと。それはアスカも同じ志であり、そう頑なな意志を宿した綺麗な瞳を持つ少女もまたその内の一人だった。
果たせなかった、約束の為。救ってくれた、人の為。二人は今、同じ道を歩いている。それだけに、ヴィヴィオは止まらない。
繰り出す拳はしっかりと相手を捉え、相手の攻撃をしっかりと見て躱し、反撃を的確に撃ちこむ。ダメージは確かに蓄積されている。しかしながらそれはヴィヴィオも同じだ。ミウラの攻撃はアスカまでとはいかないまでも見た目からは想像もできないほど重い。格闘技を初めて僅かな期間でここまでの成長を遂げた彼女もまた、才だけの人材ではない。努力と想い。その濃さと大きさは、ヴィヴィオにも引けを取らないほどに強い。撃たれては撃ち返し、そうやって続いていく二人の激闘。
ああ、楽しい。こんなにも格闘技が楽しいなんて。
当然、痛いし辛い。普通の女の子ならこんな風に公式の場とはいえ殴り合うなんてことは絶対にしないだろう。でも、それでいい。だってそれは、こうして互いの全てをぶつけ合えている二人にしかわからないことだから。
楽しい時間は、いつだってあっという間で。どんなに望んでもそれは止まることのない時間という大きな流れに生きている限りそれは覆ることはない。だから、
終わらせよう。全身全霊、全力全開の術を持って。そうして、二人の少女は幾重の激突の果てを迎える。その胸に、憧れと希望を抱きながら。
◇
あがる息を整えつつ、アスカはアリーナのロビーへと入る。どれぐらい走っただろう、服は汗で肌に張り付くほどに湿っている。
「もう、試合終わった頃か・・・」
『結果、ご報告しましょうか?』
「・・・・いや、その必要はなさそうだ」
自身を見つけてミウラが駆けてくるのが見え、相棒の報告を取りやめる。元気な弾んだ声、その微笑みはまさに先ほどまで行われていた試合の結果を物語っていた。ミウラの後ろには、セコンドを務めていたヴィータとザフィーラ意外にも八神家一同、そしてルーテシアの姿もある。
「・・・あのヴィヴィちゃん相手によく頑張ったな。おまえ、ホントすげーよ」
「いえ、そんな・・・――――でも、ボク・・・・」
笑顔かと思えば急に表情に影がさす。疑問に思ったアスカはヴィータへと視線を移し念話で事の経緯を聞く。
《ヴィヴィオが攻撃のショックで意識を失っちまってな。さっき目を覚ましたんだが、アレじゃ当分動けねぇ》
《なるほどそれでか・・・》
なんともまあ、純粋な子だ。そう苦笑いをしつつ、そっとミウラの頭の上に手を置く。
「ミウラ。おまえは全力でヴィヴィちゃんと戦った。そしてあの子も、そんなおまえに応えるように全力で戦った。悔いはない・・・違うか?」
「・・・・、」
目じりに涙を浮かべながらも、アスカの問いに頷くミウラ。
「それならいいじゃねーか。それに、勝ったのはお前だぞ?もし俺がお前なら、涙は見せないぜ」
そう言いながら撫でる。勝ったのはミウラだ。それなのにしこりを残したままではいい試合なのできない。敗者でなく勝者としてミウラは今ここにいる。それをわからせるために、アスカは諭すかのように言った。涙を拭くミウラ。まだ少し赤いものの、先ほどまでの揺らぎは残ってはいない。それを見てアスカは笑顔で答え、今度はわしゃわしゃと撫でた。
「にしてもホント、よくやったよ。こりゃ俺もうかうかしてらんねーな」
「アスカ」
呼ばれて、ルーテシアの方を見る。すると彼女はアスカの方へと歩み寄り、耳元で囁く。
「ヴィヴィオに会ってあげて」
「・・・なあルー、それはシャンテの時とおんなじで――――」
「――――でしょうね。でも、あの子の本音を引き出せるのは、アンタだけよ。なのはさんの前でも見せられない、本当のヴィヴィオを」
そう言われ、ウィンクとともに背中を叩かれる。
「さ、ミウラ。帰って体を休めないと」
「そーだな。んじゃ、あたし等はこれで失礼すっから、アスカ。後は・・・わかってんな?」
ヴィータにまで念を押され、ザフィーラとシグナムには諦めろと半ば苦笑気味で言われる。アギトとリインはニヤニヤと笑みを浮かべ、ミウラはルーテシアに強引に連れていかれてしまった。何をそんなに期待してるんだか、と頭をかきながら足をヴィヴィオがいる医務室へと向けた。
コンコン、と軽くノックをすれば扉の向こうからなのはの声がする。
「アスカです。入っても大丈夫ですか?」
やっと来たか。そう息をついて了承の意を伝えれば少しぎこちなさそうにアスカが入ってくる。そんな彼を見て、ヴィヴィオはすぐに笑顔になった。
「先輩・・・」
でも、声はどこか力がない。いつものヴィヴィオではないということを、なのはだけでなくアスカも察することができた。本人がそれを自覚しているかまでは、わからないが。
「・・・アスカ君、凄い汗だね。何かあった?」
「あ、いえ、その・・・ちょっと走り込みしてたんで。臭いキツイですか?」
「ううん、大丈夫。それより、そんなに汗掻いたなら水分取らないとだよね。私も何か飲みたいから買ってくるけど・・・スポーツドリンクでいいかな」
「あ、おかまいなく」
「いいのいいの。ヴィヴィオもアスカ君と同じでいい?」
「うん」
それじゃ、あとはお願いね。そう言い残してなのはは退室した。明らかに意図的にこの状況を作り出そうとしてのものだと瞬時に悟ったアスカはどうしていいかわからず、未だ整理のつかない思考をまとめながらヴィヴィオに促され椅子に座る。
「・・・ごめん」
少しの沈黙の後、最初に切り出したのはアスカだった。唐突の謝罪の言葉に、ヴィヴィオは戸惑う。
「試合、観れなくて」
それを聞いてなんだそんなことか、とホッと息をついて胸をなでおろす。
「先輩が謝ることなんて何もないですよ。それに、そうさせたのは私とミウラさんですから」
「へ?」
「見ましたよね、私達からのメール。実はアレ、二人で相談してやったことなんです。・・・先輩がいるってわかってると、多分二人とも集中できないからって、共通見解で。だから、意図的に先輩がいずらい状況を作ったんです」
「そうだったのか・・・」
なんだか狐につままれた気分だと溜息を漏らすと乾いた笑い声で吐きだす。
「・・・・でも、本気だったんですよ?あのメール。試合に勝てたら、っていうの。・・・結果は、負けちゃいましたけど」
その言葉で、ヴィヴィオの声のトーンが少し下がった。些細なことではあるが、アスカにはしっかりとそれが聴き取れた。
「やっぱり悔しいですね負けちゃうと。おっきい大会だと、沢山強い人がいて。そんな人たちと自分の全力を出し切って試合するのが凄く楽しいって思えて・・・でも、それは試合の最中だけで。今まではずっと楽しいで終わってたけど、負けちゃうとこんなにも悔しいんですね・・・」
「・・・・」
「でも、ウジウジしてらんないですよねっ。先輩、次の試合私の分も――――」
頑張ってくださいね。言い切る前に、ヴィヴィオの頭はアスカの懐へと抱き寄せらていた。突然のことにパニックになるヴィヴィオ。顔を真っ赤にしながら小さくあたふたする。唯一の救いがあるとするなら、なのはと一緒にクリスが出て行ったことだろうか。必死に冷静を取り戻そうとするヴィヴィオにアスカは囁くような声で言う。
「ヴィヴィちゃん。俺はきみの笑顔が大好きだ。沢山励まされたし、勇気も貰った。いつまでもずっと見ていたいとすら思うよ。でも・・・今のきみの笑顔は、見ていて辛い」
「・・・どうしたんですか先輩。なんか今日はいつもの先輩じゃないみたいです」
「悔しい時はさ。泣いたっていいんだよ。無理して笑うことなんかないんだ」
「ホント、どうしちゃったんですか先輩。あ、ルールーのツッコミで頭打っちゃったとかですかね!?それならシャマル先生に――――」
「――――もういい。もういいんだ。大丈夫。今は、俺ときみだけだから。きみが一番涙を見せたくない人は今は、ここにはいないから・・・だから、本当の事を言ってくれ」
「・・・・楽しかったのは、本当なんです。でも、終わってから段々と悔しくなってきて。だけど、泣かないって決めたから・・・・どんな時でも、笑顔でいようって、決めたから・・・・泣いちゃったら、また弱い私に戻っちゃうから、だから・・・・ッ」
「・・・・だとしても、それは弱さじゃない。きみが一生懸命もがいて掴み取った”強さ”だ。だから、恥じることなんてなにもないんだよ。その涙はきっと、ヴィヴィちゃんを強くしてくれる」
どれぐらいぶりだろうか。こんな風に泣いてる子を慰めるっていうのは。そう思いながらアスカはヴィヴィオの背中を撫で続ける。その外で、一部始終を聴いていたなのはは小さく溜息をつく。
「・・・やっぱり、アスカ君には敵わないかな」
「かもね」
そう言ってフェイトがなのはの隣に同じように、通路の壁にもたれかかる。
「知らない間にあの子に無理させちゃってたんだなって。私、ちゃんと母親できてると思ってたけど・・・まだまだだね」
「それは私も一緒だよ。あんまりヴィヴィオと一緒にいられないし。あーあ、執務官やめちゃおっかな」
「ちょ、フェイトちゃん!?」
「うそ。冗談だよ。でも・・・うん、ちょっとはそう思っちゃったかな。悔しいけど」
「ならフェイトちゃんも私の胸で泣いてみる?」
「もうそこまで子どもじゃありません。・・・フフッ」
「にゃははは」
「あ、その笑い方。昔のなのはの笑い方だね」
「え、うそ、今そんな風に笑ってた?」
「うん。何かいいことがあった時とかに今もしてるよ。それ」
そっか。そう思ってもう一度少し空いた扉の向こうの光景を見る。もし、そうだとしたら。それはきっと、あの子の小さな枷をすこし垣間見れたから、かな。未だ泣き止まぬ愛娘の少し大人になった姿を見つつ、なのはは笑みを浮かべた。
~ヴィヴィオ対ミウラ、試合後~
ヴィヴィオ「・・・もうちょっと」
アスカ「はいはい」 ナデナデ
フェイト「ね、なのは。アスカの撫で撫でをよくヴィヴィオが話すけど・・・どれだけいいのかな」
なのは「それ、私も気になった・・・うずうず」
フェイト「・・・こんど、してもらおうかな」
なのは「フェイトちゃん」
フェイト「なに?」
なのは「今の、エロい」
フェイト「なんでそうなるの!?」