「え・・・アスカ、もう会えないのか?」
突然言い渡された知らせにシャンテは柄にもなく寂しさのにじんだ声色でつぶやいた。
「おう。なんでもヤガミって人が俺を引き取りたいんだってさ。おかげでこっちはホームに帰れば毎日のようにリンネがくっついてまわるから大変なんだよ。この前なんか一緒に風呂入るどころかトイレにまでついてきてさ----」
アスカの愚痴さえ、今のシャンテには届かない。もう会えない、その事実がまるで銃弾のようにまだ幼い少女の心を射抜く。チリチリと熱いものが頭を、そして体全体を包んでいくようで不快感がこみ上げる。唐突別れ・・・・正直言えば、彼とのこの不思議な関係は気に入っていた。兄貴風を吹かせるのがたまにイラッとしたこともあったが、兄弟や家族といった肉親のいないシャンテにとってはここでアスカと過ごす時間が唯一と言っていいほど心が安らぐものだった。そんな時間が、なくなる。どこか遠いところへ行ってしまう。実際には永久の別れということではないにしろ、まだ幼いシャンテからしてみれば、それも同然のことのようにとらえてしまう。
ゆえに、彼女の行動は早かった。
「あたし、シスターカリムにじきそしてくる!」
一目散に駆け出そうとするシャンテ。とんでもないことを大声で叫んだ彼女を、アスカの手が引き留めた。
「おいおいおいおい待てって!どーしたんだよ急に」
「どーしたもこーしたもないよ!アスカはそれでいいの!?」
「いいも何も、養子縁組してくれるって言ってくれてるし・・・家族ができるんだぜ?」
「じゃあアスカはあたしと一緒じゃ嫌なの!?家族じゃないの!?」
目じりに今にも零れ落ちそうなほどの大粒の涙を浮かべるシャンテ。そんな、いつも強気で泣き言なんて一度も言わない見せないだった彼女の見せた意外すぎる一面に、アスカはハッとなる。
「あたしは・・・・寂しいよ・・・・」
絞り出すように、うつむいてでた言葉。そこでアスカは気が付く。この子にとって、ここが安心できる唯一の場所。悪いことをすれば叱ってくれる大人がいる。一緒に笑いあえる友達がいる。それが突然なくなってしまうことがどれほど大きなショックになることか。それは計り知れないだろう。そんな悲しみを、今シャンテはその小さな体で乗り越えようと戦っているのだ。彼女とて、そうそう物わかりの悪いという訳ではない。彼の言っていることが自分たちの境遇の子供たちにとってどれほどのものかをよく理解できる。そうしたほうがいいということなど、わかりきっている。
でも、それとこれとは別という言葉があるように。頭と心とでは、かみ合わないものだ。
「・・・シャンテ。ここには、シスターシャッハも騎士カリムもいる。それにシスターの人たちは騎士団のみんな。シャンテはもう、独りぼっちじゃないんだ」
「そんなの、わかってるよ。あたしだって馬鹿じゃないもん。みんな、こんなあたしにあったかく接してくれるし、悪いことしたら怒ってくれる。ここにいる人達みんなが、あたしの家族だ----そんな家族が、どこか知らないところに行こうとしてるのに、黙ってることなんてできないよッ!」
行ってほしくない。
「アスカの言ってることが正しいってこともわかる!」
ここにいてほしい。
「これが、あたしの我儘だってこともわかてる!」
ずっと一緒にいたい。
「でもッ!----」
----それでも。
「・・・・あたしは、アスカと離れたくない・・・っ」
それはきっと、ダメなんだ。
「今までずっと一緒だったんだもん。今更、そんなのって・・・」
声の限りに叫んで、それが小さくなったら今度は涙が溢れて。そうやって素直な気持ちをやっとの思いで吐き出したシャンテに、アスカは何かを言うでもなく、繋いだ手を離さないよう、ただぎゅっと握る。きっと、どう言葉を尽くしたところでこの子はきっと自分の意志を曲げないだろう。初めて逢った時と変わらない、駄々をこねては自分を振り回す。今だってそうだ。これはいつもの風景。いくら騎士としての訓練を積もうと、いくらシスターとしての修業を積もうと。子供は子供、こうやって散々気持ちをぶちまけて、最後には疲れて眠ってしまう。それでいいと、アスカは思った。少なくとも今は、そういう時間だから。こうして頻度こそ少なくなってきたけど、年相応の彼女を表に出せる。そんな時だから。
今はただ、この子と一緒にいよう。何をするでもなく。何を話すでもなく。ただ、一緒に。手を繋いでいよう
それからしばらくして、シャンテは散々泣いて最後には泣きつかれて寝てしまった。それでも繋いだ手を放さなかったのは彼女なりの意地だろうか。仕方がないということで、その日はホームへと戻らずにシャンテの部屋で二人で寝ることにしたのだが----。
「----腰痛ぇ・・・」
同じベッドに入って寝るというわけにもいかず、椅子に腰かけて寝ることにした為目覚めは最悪だ。そして目が覚めたシャンテはアスカが自分の部屋にいたことに驚いて起きるなり悲鳴を上げて右ストレートを叩き込んだ。おまけとして、今は左頬が痛い。
「ア、アスカ!」
見送りする、と言って今まで仏頂面でシャッハの後に続いて歩いていたシャンテが叫んだ。
「ンだよ。こっちは腰と首の可動域が増えそうでかなり痛いんだがねシャンテさんよ」
「うう・・・そ、そんなのおまえが弱っちいのが悪いんだろ!?」
「ハァ!?」
「そもそもあんなパンチ一発で伸びるんだから大したことないよね」
「言いやがったなこのツンデレテンプレ娘がッ!」
「誰がツンデ・・・ツンデレ・・・・?あぁ!とにかく!」
ビシっ!と、腰に手を当ててアスカを指さすシャンテ。
「次会った時にはあんたよりもっと強くなって、そんでもってもっと大人っぽくなってやるから覚悟してな!」
「・・・・あ、そう」
興味ない。そう言いたげな顔で返すアスカ。それにワナワナと震えながら拳を握るシャンテに、アスカは。
「だったらせめて、俺に勝てるようになるんだな。訓練の模擬戦成績、俺のほうが勝ち越してるんだからさ」
「にっしっしっし、言ったなぁ・・・後で泣いて謝ったって許してあげないかんね!」
「言ってろ。・・・・じゃーな、シャンテ」
そう言って、最後にシャンテの頭をポンポンと軽く叩いてから背を向けて去っていくアスカ。その先には、褐色のショートヘアの女性が立っている。これからアスカはあの人と一緒に行ってしまう。悲しいのは変わらないけど、それでも嫌な別れではなくなっていた。今度会う時は・・・・そうやって、いつもみたいに別れて手を振る。いつか、あの背中に追いつけるように。もっと強くなろう。今よりも、ずっと。そして、いつの日かその時がきたら・・・・----。
◇
湧き上がる歓声と、金属同士がぶつかり合う甲高い音。火花が散ったかと思えば次の瞬間には青い電流がほとばしって空間を貫く。目まぐるしく入れ代わり立ち代わりで繰り広げられる攻防に、観客席から閲覧している競技選手からもため息がもれた。
「すっごいなシャンテの奴」
「ええ。今日の彼女はいつにも増してコンディションが良好です」
対戦相手はエリートクラスのトップファイターの一人であるヴィクトーリア・ダールグリュン。鉄壁を誇るとすら言われている彼女の防御と固有スキルを織り交ぜた見事な立ち振る舞いにもものともせず果敢に攻めに転じている。
「どーしたのさお嬢様、さっきから防御一辺倒じゃあたしに勝てないっ、よ!」
シスターシャッハ譲りの双剣術でその小柄な体型からは想像できないような鋭く、重い一撃を次々に繰り出していくシャンテ。そんなシャンテを捉えきれずにスピードで圧倒されてしまうヴィクターは未だに防戦一方の流れを崩せないでいた。死角からの一撃をハルバードで受け止め、押し込んで距離を離す。
「随分とすばしっこいですわね・・・」
「へへん、速さには自信があるかんねー。あ、あとそれからいいこと教えたげるよ」
ステップを踏みながら、両手のトンファーを起用に回してリズムを取るシャンテ。そして構えなおしてヴィクターを見据えながら----
「----
そう呟いて、再び刃を振るった。
~リンネ、ジル。とあるスポーツジムで練習の合間にて~
「・・・・ということがあったので、その時はずっと兄さんと一緒にいたんです」
「貴方たちってホント仲が良かったのね。・・・・って、ちょっと待ってくれるかしらリンネ。今なんて言ったかしら」
「え?えっとですね。お風呂に一緒に入って、トイレも一緒で、それに寝るときもずっと兄さんと一緒にいましたよ。あ、でもなんだかその時の兄さんなんだかとって疲れたような顔をしてました。それに、なんだか殴られたような跡も。ってことは兄さんを殴った人がいる・・・・許せない、兄さんを・・・・ワタシノニイサンヲ・・・・」
(逃げて!誰か知らないけど超逃げて!)