選考会の組み合わせはA~Dブロックに選手をエントリーナンバーごとに振り分け、番号が近い者同士で組み合わせて試合をする。そこでの勝敗の結果で予選リーグへの決まるという流れだ。
《Aブロック第一試合。ゼッケン913vsゼッケン319》
「・・・ナンバーに悪意がある気がするのは俺だけ?」
不満を漏らしつつもリングに上がるアスカ。選考会での試合には幾つかルールがある。その一つに魔法とデバイスの使用を禁止するというものだ。とはいっても武装、主に槍や剣といったアームドデバイスの場合、選手本人のスタイルの根本に関わるような事に関しては使用を認められており、魔法もまたしかりだ。原則としてこの選考会では本人のコンディションの良し悪しと極めて実力が近い者同士で振り分ける為のものであり、規則とは言ってもそこまで拘束力があるというわけではない。その為か、武器を持参している参加者も少なくはないのだ。
「アスカ、気を抜くなよ」
「オッケーザッフィー。んじゃ、ちょっくら勝ってきますかね」
セコンドアウトが告げられ、試合開始のブザーが鳴り響く。
「フン、随分と舐めた口きいてくれるじゃないの坊や」
「おねーさん相手にこれくらいの虚勢張らなきゃ、自分を奮い立たせるなんて無理だからね」
言葉と行動が逆になるかのようにアスカの表情には恐れがまるでない。むしろ言葉通り、既に勝ち誇ったような顔で対戦相手を見つめる。軸足である右を前にして少し腰を落とし、右手は拳を作り胸の前に。そして左手はさながら手刀のようにして前に出す。
「へぇ、変わった構ね」
「かっこいいでしょ」
「そうね。・・・もう見られないのが、残念だけど――――ッ!」
瞬間、相手が踏み込む。体勢を低くし、さながら獲物を狩る豹が如く駆け抜けアスカに肉薄する。しなやかな動きでリングを移動し、拳を繰り出す。スピードが乗っている分、インパクトの瞬間にかかる力は普通に殴るよりも威力が増す。
しかし。アスカはそんな拳を微動だにせず、ただじっと待つ。
「んー、確かに見納めだね」
迫りくる拳。アスカはそれを右に体重移動して体の軸をブらせるという僅かな動作のみで躱し、すれ違いざまに腹部に拳を叩き込む。勢いを逆に利用された相手はそのまま成す術もなく肺から無理やり空気を排出され、意識をこん倒させられる。よろめいたそこにすかさずもう一発の拳を叩き込み、相手をリングに沈めた。試合時間は会話を含めてもおおよそ一分もかかっていない。この結果に、周囲がざわめいた。
《し、試合終了!ゼッケン913、勝ち抜け!》
◇
「おお、ヴィヴィちゃんとミウラも勝ち抜けか」
試合後、観客席に腰掛けて後輩達の試合を見ながらドリンクを飲む。ザフィーラはミウラのセコンドの為今は彼女と一緒、現在は彼一人となっている。
「予選4組・・・あちゃー、こりゃ身内同士でつぶし合いか・・・」
ヴィヴィオとミウラ。是非とも見たい組み合わせではあるが、それと同時に戦いたいとも思っているアスカにとってそれは少し不満のある組み合わせだった。こうなることは予想はしていたが、試合で当たりたかったという気持ちもないわけではない。残念だ、と溜息をつくと隣に誰かが腰掛けてきた。上下真っ黒なジャージに、バケツのような大きさのカップに山盛りのポップコーンを抱えている。
「不審者だ」
「ちょ、そない勘弁してぇな!」
特徴的な喋り方。こんな口調をしる人物はアスカの知りうる限りでは二人しかいない。内一人は今は仕事中ともなれば、誰かを特定するなどたやすい。
「ジークか」
「アスカって、意地悪やね」
「そうか?これでも優しい方だけどな」
「そうなん?・・・って、意地悪ってことは否定せーへんのな」
「それよりなんでお前がここにいるんだ?」
「強引に話反らした・・・」
頬を膨らませるジーク。
「ウチかてチャンピオン言うても、特別シードってわけやあらへんから。予選で戦って、そこで勝ち抜いて地区代表でその次に・・・ってな具合で、これから対戦するやろうなって子がどんな選手か観に来たんよ」
「敵情視察ってやつか・・・こりゃ俺も見られてたかな」
「もちろん。あんな速い人をキッチリ抑えてのKO勝ち、見事やったで」
「チャンピオンに褒めてもらえるなら、これほどの名誉はないな」
おどけてみせるアスカ。それにすっかりなじんだジークはクスクスと笑う。と、そこへまた一人やってきた。
「みーつけたっ」
そう言ってジークのフードを取るのは、現在彼女が下宿している・・・・筈の家主、ヴィクトーリア・ダールグリュンだ。アスカにとっては約半月ぶりとなる。
「またこんなジャンクフード食べて・・・朝ごはんも食べないでどこに行ったのかと思えば」
「だって、アスカの試合見たかったんやもん・・・それよりウチのポップコーン返して~」
端から見たら姉妹、もしくは親子にでも見えるのだろうか。そんな姦しい光景を見ながら眼福だと手を合わせて拝むアスカ。
「お疲れさま、アスカ」
「そっちもな、ヴィクター。いやぁ朝から美少女と美女のイチャイチャを見れて眼福眼福」
「貴方、出逢った時も思いましたけど発言が一々おじさんクサいですわね」
「よせやい、照れる」
「・・・はぁ。それでジーク。今年は最後までやれそう?」
「・・・・うん」
ヴィクターの問いに少し表情を曇らせて頷くジーク。
「なんだ、ジークは途中退場でもしたのか?」
「ええ。ちょっと、ね」
「ふーん・・・どんな事情があったかはしんねーけど、今年はやるんだろ?だったら最後までやってもらわないとな」
「え?」
「だってそうじゃなきゃチャンピオンって名乗れないだろ?不戦勝しても後味悪いだけだしな。ま、仮にそうなったとしても探し出して首根っこ捕まえてでも俺と戦ってもらうけど」
「あら、貴方ジークを倒すと言うの?」
「倒す。全力のジークを、俺の全力で。それが俺の目標だからな」
しっかりと言い切るアスカ。それにジークは笑みで返す。
「せやったら、ウチも負けんようしっかりせなアカンね」
「もう、私を忘れてもらってはこまりますわよ?」
三者三様で宣戦布告をする。そんな中、今度は慌てた様子で駆けこんでくる人影が。
「アホのエルスが生意気に選手宣誓なってすっから笑いに来てやったのによー・・・お、ヘンテコお嬢様じゃねーか」
「あら、ポンコツ不良娘じゃない。どうして貴女がここにいるのかしら」
「選手だからに決まってんだろ。それにそれはこっちのセリフだっつの。なんでおまえが―――」
目が合ったとたんに何やら言い争いを始める二人。犬猿の仲、と言う奴だろうか。罵倒に続く罵倒。売り言葉に買い言葉で話は展開していく。正直ヴィクターのお淑やかで凛とした雰囲気しか知らないアスカにとって彼女の意外な一面は面食らうには充分なものだった。
「えっと、あの子はハリー・トライベッカいうてヴィクターとは因縁の相手なんよ」
そこでジークが耳打ちする。なるほど、それでかと納得のいったアスカはスッと席を立ち、二人の間に割って入る。
「はいはいお二人さんそこまで」
「なっ、アスカっ!」
「何すんだテメー!」
強引に引き離されたものだから当然ヒートアップしたふたりの矛先はアスカへと向けられる。しかしそこで自分もカッとはならずにビシッと指を立てて言う。
「あのね、公共の面前でなにやってんのさアンタらは。ここには少なからずアンタらに憧れて大会に参加したって選手だって大勢いるかもしれないんだぞ?そんな人達に、こんなキャットファイト見せていいのか」
「そ、それは・・・」
「そう、ですけど・・・」
「けども何もない。それに、争うならもっと別の物で争え」
「例えば?」
「俺を巡って、とか」
「なあ、コイツ殴っていいか?」
「ええ、いいわよ」
「ちょ、酷いっ!?」
説教を始めたと思ったらこのオチ。まったくもってこういうダメなところは先祖も子孫も変わらないなと呆れ気味に溜息をつくジーク。そしてそこに突如無数の鎖が駆け抜けて、ヴィクターとハリーを拘束してしまった。鎖型の捕縛魔法、チェーンバインドだ。それもかなり高密度のもの。
「なんですか、都市本戦常連組の
「うっひゃー、すっげーバインド。さすが上位入賞選手は違うわ・・・」
『魔力濃度、コントロール、どれをとってもマスターより上ですね』
冷静に分析するブレイブハードと素直に驚くアスカ。その光景を見て、エルスは驚愕する。先ほど自分は確かにこの三人を射程に収めていた。狙いも完璧だったし、死角からの捕縛だ。後ろに目でも付いていない限りは悟られることは決してない。でも、
「そやけどリング外での魔法使用もよくないと思うんよ・・・」
「――――あぁ!?チャンピオン!」
エルスが発したチャンピオンという言葉。それに一気に会場がざわつく。それもそうだ。都市本戦の、一昨年の世界覇者がこの選考会の会場にいることがそもそもレアであることに他ならないのだから。そうなれば当然、周囲の人間の視線は一気にジークに注がれる。ヴィクターやハリーもスター選手ではあるが、彼女の場合はその比ではない。あまりにもの羞恥心に、ジークはアスカの背中に隠れるようにして身を隠す。
「あ、先輩!」
と、そこに聞きなれた声に下をみる。
「ヴィヴィちゃん、みんな」
「アスカ先輩、通過おめでとうございます!」
「ありがとうコロちゃん。あ、紹介するよジーク。あの子達が俺の後輩で友達。普段一緒に遊んだりしてるんだけ――――」
と、不意に反対側の観客席に目を向ける。そこに見る、白髪の少女の姿。後ろ姿ではあるが、それは紛れもない、幼き日に自分を兄と慕ってくれた少女のそれだ。
リンネだ。リンネがいる。
「ジーク、ゴメン、また今度。えっとバインドのおねーさん?でいいのかな。あの二人のことよろしく!」
「あ、ちょ、待ちなさい!」
エルスの制止も聞かぬまま、アスカは人だかりをかき分けてリンネが歩いていったであろう後を追う。が、彼女の姿は結局発見できずそれがリンネ本人だったのかすらわからないままモヤモヤとした気持ちをかかえてアスカはミウラとザフィーラ、そしてルーテシアとウェンディ、ディエチと合流した。
◇
「リンネ・・・」
確かに見た。少し背丈が伸びていたけど、アレはたしかにリンネだった。そう確信するだけの根拠が自分の中にはあると、アスカは昼間のことを思い返す。リンネが来ていた。でも、何故?格闘技なんてやるような子ではなかった筈だ。それじゃ、もしかしてフーカが出場していて、それの応援?!いや、でもそれなら自分の方も観に・・・・。
「なーに黄昏てんのよ」
テラスに出て海を見ながらひとりふけっているアスカにルーテシアが声をかける。
「幼馴染がいたんだ。妹みたいな子でさ。ホームでずっと一緒だった・・・」
「・・・ああ、確かリンネとフーカ、だっけ」
コクンと頷く。
「おかしいわね、リストにもシードにも名前はなかったはずだけど・・・」
「でも、あれは間違いなくリンネだったんだ・・・きっとそうだ!」
「ちょ、近い、近いって!」
いつの間にか熱が入っていたようで、ルーテシアの顔が目と鼻の先にあることに気が付くアスカ。慌てて離れる二人にぎこちない空気が流れる。波の音だけが、静寂の中で響く。
「・・・開会式の時にさ」
「ん?」
「ミウラに聞かれたのよ。もしかしてアスカ先輩の強くなりたい理由って、ルーテシアさんなんじゃないかなって」
「彼奴、余計なことを・・・」
「・・・実際どうなのよ」
「教えるわけないだろ。恥ずかしい」
プイ、とそっぽを向くアスカ。その顔に若干赤みがかかっていたことを、ルーテシアは見逃さなかった。
「照れることないでしょうに」
「お、男には秘密の一つや二つはあった方がミステリアスでモテるんだよ!」
「女からしてみれば、自分をさらけ出してくれた方がよっぽど好感度高いと思うけど?」
グヌヌ、と唸るアスカ。初めて口で負かせた気がして心地いい高揚感に包まれるも、それでも内心は少し穏やかではなかった。ややあって、ルーテシアが言う。
「・・・ヴィヴィオでしょ。強くなりたい理由」
その解答に、アスカは黙って頷く。
「・・・なんて言うか、それに関しては――――」
「ストップ。それは言いっこなしだぜ」
言葉の続きを、指を当てられてシャットアウトされる。
「あの時は、単に俺が弱かっただけだ。そのせいで、あの子に沢山怖い思いもさせた・・・一緒にいるって約束も、守れなかった。あの時からずっと、俺の中でくすぶってたものがようやく火が付き始めたんだ。強くなりたい。もう誰も、傷ついてほしくないから。皆に・・・大事な人たちに笑顔でいてほしい。その為に、強い自分に――――誇れる自分になる為に」
「・・・・そっか。そっかそっか」
しみじみと呟くルーテシア。そこで、昔言われた言葉を思い出す。
――――俺はきみにも笑ってほしい。だから、この手を伸ばすんだ。握ったら、絶対離さない。
(そうよね。初めてあの時、私はアスカを・・・)
自分の気持ちを再確認し、ルーテシアはフフ、と笑ってテラスから歩き出す。
「お、おい?」
「・・・アスカ」
「ん?」
「私、負けないから。絶対アンタに届かせて見せる。だから、覚悟しときなさい」
「・・・よくわかんねーけど、わかった!」
そう言って、笑いあう二人。インターミドルチャンピオンシップ、選考会。アスカ・スカーレット・・・・スーパーノービスクラス、決定。対戦相手は――――エルス・タスミン。
※コミックス5巻のおまけストーリーにて
はやて「あ、ヴィータがなのはちゃんにお姫様抱っこされとる!」
アスカ「なんだとぅ!?よしリイン、アギト!キャメラだ!キャメラを持てぃ!」
リイン「一眼レフ、スタンバイ!」
アギト「デジタル録画もばっちりだぜ!」
アスカ「これでしばらくはネタに困らないぜ・・・デュフフフフ・・・!」
その後、案の定バレて説教された4人であった。