人生で初めて”恐怖”という感情を覚えたのは、マザーに皺の数を数えているところを目撃され、笑顔でボコられた時。あれは壮絶だった、この世の修羅が見えた。よくあの地獄から生還できたもんだ――――では、”死”という感覚を覚えたのはいつだろうか。
そもそも死ぬというのは、医学的には心臓が停止、又は脳が機能しなくなった場合に起こる身体的行動あるいは機能の完全停止を意味する・・・・らしい。それが死という物ならば、その時に直面する死期というものはどんなものなんだろう。
アスカ・スカーレット14歳。中身は20後半の少年は、二度目の死というものを目の当たりにした。
「もう!なのはママってばいっつもこうなんだから・・・」
「あははは・・・ごめんなさい」
娘に怒られ正座で反省させられる母というなんともシュールな光景で昼を迎えた。昼食は一階のテラスにてバーベキュー。スタミナをつけ、きっちり休んで翌日の模擬戦に備える。これが毎回行われている合宿メニューだ。そんな中で、ただ一人毎回のように地獄を見てガクブルと震えて顔を真っ青にしているアスカは隅の方で膝を抱えている。
「あの、先輩。大丈夫ですか・・・?」
「アA、ヴぃヴぃちゃん。俺はだいzよーブだYO」
「もうママッ!恐怖のあまり先輩がなんだかよくわからない言葉使いになってきてるよッ!」
「うう・・・で、でもねヴィヴィオ?ママはもうアスカ君相手に加減してたら思いっきり殴られるからちょこっとだけ、ほんのちょこ~っとだけ、全力でやっても――――」
「ママ?」
「な、なにかな?」
「OHANASI・・・する?」
「・・・スミマセンデシタ」
あの母にしてこの娘あり。ここ数年でなにやらよからぬものまで似てきてしまったヴィヴィオは、慰めるようにしてアスカの目の前でしゃがみ、頭をそっと撫で始めた。
「先輩・・・えっと、元気だしてください」
「ぐすん・・・もうお家帰りたい」
「そんなこと言わないで・・・ほら、お肉ももう少しで焼けますよ?」
どうにかしてアスカを励まそうと努めるヴィヴィオ。初等科4年生に励まされる中等科2年。これではどちらが年上で先輩かなどわかったものではない。未だにいつもの調子に戻らないアスカに呆れたのか、ハァ、と溜息を残してリビングへと入っていくルーテシア。そんな彼女を見てエリオとキャロが追いかけると、何故か自室に入っていってしまった。少しの間があり、出てくるとその手には一枚の写真が。どうやら、今日撮ったものらしい。そういえば、と今日のことを思い出してみる。アスカを含めた元機動六課組は小学生チームとは別に訓練メニューをこなしていた。しかし、その時にルーテシアの姿はなかったことを思い出す。
「ルーちゃん、その写真どうするの?」
「まあ・・・見てればわかるよ」
なにやら不服そうにムスッとしながらそれを持って体育座りでふさぎ込んでいるアスカの元まで歩み寄ると、持っていた写真を差し出した。
「これあげるから、元気になりなさい」
「ルー、それなんなの?」
「・・・なんで私のじゃダメなのよ」
ボソッと呟くルーテシア。何をあげたんだろう?横からのぞき込むヴィヴィオ。そこに映っていたのは――――
――――ヴィヴィオの、水着写真。
「さ、ヴィヴィちゃん。ごはん食べよっか」
「え、いや、あの、今私の写真――――」
「なのはさん。貴女の娘さんは大変素晴らしい天使です。控えめに言って天使です。大げさに言うと女神です。貴女も女神です」
「私の事はいいんだ。でもねアスカ君、流石に控えめに言って天使ですはないと思うの」
「間違えました、女神ですね」
「うん、それそれ」
もう嫌だこの二人。救いの目をフェイトに向けるも、それもうんうんと肯定の意を示すかのように頷くだけでヴィヴィオにとっての救いはどこにもなかった。
ああ、お家帰りたい・・・・できれば、このおバカさん達のいないところがいい。高町ヴィヴィオ、10歳。親バカをカンストした母親二人とどうしようもなくダメ人間な先輩に恵まれてしまい、友人と最近できた尊敬と癒し要素のある先輩に囲まれて今日も頼もしく生きています。
◇
時刻は、午後19:00。大人組は明日の模擬戦フィールドの最終確認とチーム構成の為外に。午後の訓練を終えた女子たちは今入浴中で、メガーヌとガリュウで夕食の支度をしている。そして、貸し切りの男湯に赤い頭が二つ。
「あ”~・・・いい湯だ」
「アスカってホントおじさんクサいよね」
ほっとけ。そう突っぱねて再びだらん、と手足を湯の中で伸ばす。女湯と広さは同等の為男二人では手に余るその広い湯船にただただ脱力して身を任せれば、背泳ぎでもするかのように体がぷかぷかと浮遊する。雨をしのぐために設けられた屋根から波に従って外に出てみれば、そこには満天の星空が広がっている。ミッドでも星は見えたが、ここまで多くの、そして澄んだ夜景は自然ならではと言えるだろう。上から見れば、湯船が鏡のように反射して星の鏡とでもいうような幻想的な光景が広がっている。こうしていると不思議な気分になると、アスカは目を閉じた。
瞼の奥に映るのは、あの日見た幼い笑顔。彼女たちと離れて暮らすようになってからもう4年が経とうとしている。あの子達はどうしているだろうか。今も元気にやっているだろうか。
同じ空の下で、笑いあえているだろうか。それが気がかりだった。
まるで自分だけが幸福な世界に来てしまったようで、アスカは少し心が苦しくなった。
「・・・なあ、エリオ」
「なに?」
「女湯、覗くか」
「ちょっと待って、いまの雰囲気からどうしてそうなるのか一時間くらい問いただしたいんだけど」
「男なら・・・いや、
「ティアさん、僕のツッコミセンスじゃやっぱりアスカの相手は無理です・・・」
ここに来る前、任せたとサムズアップをしたティアナの顔を思い出すエリオ。そういえばやたら何かしらの苦痛から解放されたっぽい清々しい顔をしていたなあとぼんやり思い出し、そこで気が付いた。
あ、こういうことか。
「そこにロマンがあるなら!やるしか、ないじゃないッ!」
「いやそもそもなんで男ならやって当然みたいなことになってるの!?降りなよ、また去年みたいに見つかってヴィヴィオに暫く口きいてもらえなくなるよ!」
「それはイカン、今すぐやめ――――」
なければ。そう言い切る前に、何やら女湯の方で悲鳴が聞こえてきた。イタズラされたとかではなく、本気の悲鳴だ。まさか、この無人の星に何か有害な生き物が・・・いや、もしかしたら、管理局の目をすり抜けて潜伏していた次元犯罪者かもしれない。
「ヴィヴィちゃん、聞こえるか!?」
《せ、先輩!》
「今そっちに行くから!」
《うぇ!?いや、あの、ああリオ!そっちは男湯――――》
直後、ドーンという轟音を響かせて何かが頭の上に振ってきた。その前後の記憶は、未だもって思い出せない。
◇
「おい」
「あんだよ?」
「こンのダメシスター!いいのは顔だけかお前は!?ヴィヴィちゃん達がうっかり怪我でもしたらどーすんだッ。ルールーがシスターシャッハに口きいてくれたからいいものの、営業妨害で訴えでもさえたら俺はお前を逮捕しなきゃなんねーんだぞごはんおかわり!」
「いいじゃんかよあたしも遊びたかったんだよはいごはん!」
「開き直ってんじゃねぇよ水色頭朝食うめぇな!」
「そっちこそ年上にグチグチ細かい事いってんじゃねぇよ赤色頭ありがとう!」
褒めながら説教と開き直りをして、且つ朝食を食べると言う
「さっすがはルールー。これならいいガンプラとか作れそう」
「ガンプラ・・・?なんだかよくわからないけど、この私にかかればどんなモンでもアッと驚くようなものに変えてみせるわよ」
自信満々のルーテシア。そして、フェイトとなのはからチーム分けが発表される。
「俺は・・・青組か」
「あれ?でもこれ、人数が偏ってますよね」
配置を見ていたキャロがそんなことをもらす。
「今回ははやて達が参加してないからね。でも、その差を埋める意味を込めて今回は助っ人もいるよ」
「助っ人?」
と、辺りを見回してもそれらしき人物は見当たらない。いったいどこにいるんだと首を傾げると、突然聞きなれた声がアスカの耳に飛び込んできた。明るくくだけた口調に、白と黒のセインと同じシスター服。背丈は小柄で、帽子からはオレンジのツインテールが歩くたびにふわりと揺れてる。それはまさに、アスカにとっては久方ぶりとなる再会だった。
「シャンテ・アピニオン、お呼びに預りただいま参上!・・・なんてね」
「あ、チェンジで」
「ちょ、久しぶりに会った幼馴染に開口一番がそれ!?」
なんとも締まらない雰囲気のまま、シスターシャンテ。参戦。