翌日、高町家。事前準備も済ませボストンバッグを肩にかけ威風堂々と現れたアスカ。なんでそんなに大げさに胸を張って歩きながら鼻息を荒くしているのかとツッコみをいれたくなるヴィヴィオだが、それをやったら後が長引きそうなのでスルーするこに決める。
「い、いらっしゃいませ・・・」
「やっはろー。・・・ん、俺一人?」
玄関にあるであろう靴がこの家の住人+現在自分が穿いている分しかないことに首を傾げる。
「これから来ますよ。――――あ、噂をすれば!」
呼び鈴が鳴り、ヴィヴィオがドアを開ける――――為に靴を履こうとした瞬間、アスカが一足早くドアを開けて開口一番にこういった。
「ウチの娘はやらんぞォォォォォォォォォッ!!!」
「やかましいッ!」
すぐさま飛んできた拳が顔面にヒットし、哀れに沈むアスカ。この男は一々ボケを挟まなければ死んでしまう病気にでもかかっているのか。だとしたら一刻も早くそれなりに設備の整った医療機関に隔離しなくては。できれば、二度と出てこないように。そうとわかれば善は急げ、とばかりに愛機”クロスミラージュ”に促すティアナ・ランスター。外見の美しさとは裏腹に何ともエゲツナイことをするが、それが此奴の扱い方だと認知している為これはこれで正解なのかもしれない。
だが、救急車を呼ばれてもどこもわるくないわけで・・・まあ、今殴られたから右頬がひりひりするけど。
「ティア、そこら辺にしとかないと。ホラ、ヴィヴィオ達困ってる」
相方で相棒のスバル・ナカジマのおかげでなんとか呼ばれずに済んだのであった。
◇
「まったく、なんでったってアンタは毎回会うたびにそうなのよ。ちょっとはエリオを見習ったらどう?」
「そこで彼奴を出されると、なにも言えないんですよねー・・・あ、ヴィヴィちゃんコーヒーどうも」
なんでその年でブラックなんて飲めるんだ。私だって未だに苦手なのに。そう聞こえないように吐き捨てて自分も一口。甘め、ミルク入りだ。車をまわし、迎えに行ったヴィヴィオの友人であるコロナ・ティミルとリオ・ウェズリーはオレンジジュースである。スバルはティアナと同じコーヒー。各々出されたもてなしを口にしながらホッと一息をつく。こんなのんびりしていていいものなんだろうかと思うが、これからのことを考えればこんな時間も貴重なのだとアスカは軽く何かに諦めをつけながらコーヒーを飲んだ。
「あとは・・・フェイトちゃんが来れば全員かな?」
「フェイトママ、今アインハルトさんを迎えに行ってもらってるんです」
「覇王っ子か・・・何もかもが皆懐かしい」
「いやつい二週間前くらいの出来事でしょーが」
いやあツッコミがいるとボケがはかどるはかどる。そうケラケラと笑う14歳に疑いの目を向けながら思う。此奴、本当は自分達と同い年かそれ以上なのではないだろうか。そんな疑念を抱いていると今度はただいま、と声が響く。フェイト・T・ハラオウンの帰宅、同時にアインハルト・ストラトスが来宅したことを意味していた。ヴィヴィオにとっては憧れの、アスカとは
「いやあヴィヴィちゃんはホント天使ですね・・・」
「見てると癒されるよね」
アスカの言葉に同意するかのようにスバルが呟く。母親のなのは同様、彼女が笑えばその場に花が咲きそうなほどにヴィヴィオの笑顔で元気一杯な姿は見る者すべてに癒しを与える。あれ?この子が映ってるホームビデオとかを紛争地域とかに流したら争い根絶できんじゃね?と、そんなことをマジで考え出すほどにアスカはその笑顔に魅了されていた。そんな彼女が手を引いて再びリビングに戻ってくる。ヴィヴィオに半ば強制的に連れてこられたアインハルトはどうしていいかわからない戸惑いと、ヴィヴィオのあまりにもの大胆さで顔を少し赤らめながら入ってきた。ふと目が合い、アスカは手を上げて挨拶をする。
「えっと・・・」
「こうして会うのは二度目だな。改めて、アスカ・スカーレットだ。よろしく、ハルちゃん」
「は、ハルちゃん・・・?」
「あ、流石にあだ名はキツかったか」
フレンドリーに行くのが堅苦しくなくてよかったんだがな――――そう言って苦笑いするアスカ。それに慌ててアインハルトも自分の反応のフォローをしようとする。
「あ、いえ、そういうわけではなくて・・・」
「まあ次第に慣れるさ。今はちょっとぎこちないでもさ。・・・コイツの場合、それが嫌でもわかるようになる」
フォローに入るノーヴェ。だが最後の方は明らかに何かに対しての諦めと「そういうものだから」という自己暗示をかけているような気さえしてきたアスカは彼女が一体、自分をどう認識しているのかを問うてみたくなる。しかし時間的にもそれをやっている余裕などない為、なのはとフェイトの引率の元それぞれの荷物を持って車に。そこから約一時間を費やし一行は次元港へ。向かうは御用達、次元世界”マウクラン”。アルピーノ親子の下へ。
◇
次元世界”マウクラン”とは、もともとは無人の世界だ。しかし近年ある人物により開発が進められ、現在ではレジャーシーズンになるとここを訪れる渡航者も少なくない。運営するは若干14歳の少女とその母親、プラスα。今回は施設すべてを友人という間柄で貸し切りにし、営業している。紫の髪を風に靡かせ、真っ白なワンピースを着こなす少女こそ、この施設の設計者であるルーテシア・アルピーノだ。
「いや~いつ来てもすっげェや・・・」
流石のアスカもボケるのを忘れて素直に感嘆の声を漏らす。それにドヤ顔で笑うルーテシア。何故だろう、ちょっと負けた気がする。というかこの子ここ数年で性格変わりすぎてやいませんかねぇ。もはや別人って言って差し支えない程なんだが――――久しぶりに会う友人にそう心中で漏らしつつ、自分の荷物をあらかじめ割り振られていた部屋に置いてテラスへとでる。この旅館、全ての部屋にこんな広いテラスが付いているとか、ホント何をどうしてこうなるんだと不思議に思いつつ、精一杯体を伸ばす。
「アスカ、荷物置いた?」
開いたドアから廊下より覗く形で同室のエリオが顔を見せる。
「おう、エロオ。今回も期待してるぜ、お前とフェイトさんの一騎打ち!」
「期待通りに絶対にならないしそのあだ名だけは絶対に定着させないからね」
鉄の意志と鋼の強さとでも表そうか。握った拳が今にもこちらに飛んできそうなのでそれ以上のボケは危険だと判断し、愛想笑いを返して部屋を出る。一階へと続く階段を降りながら、アスカはエリオから今日一日のスケジュール表を手渡された。
「うげぇ、やっぱ俺って大人組に割り振られるわけね…」
「とかなんとか言いながら結構本気になるよね、始まると」
「でなきゃ死ぬ。つか、俺資格は持ってても管理局に勤めてるわけじゃないんだけどなあ」
「え、そうなんだ?」
「いやいや、お前今までどう認識してたんだよ」
「だってアスカって元は聖王教会で騎士団に入ってたんでしょ?」
「見習いって扱いだったし、そう長くはいなかったけどな。少ししてから、はやてさんに拾われてるから」
話しながら、自分が初めてはやてと出逢った時を思い出す。あれはちょうど、リンネとフーカをイジメていた子どもたちをボッコボコにしてから翌日だっただろうか。騒ぎを聞いたマザーとシスターシャッハが顔を真っ青にしていたのを思い出すと、笑いが出てくる。この少年、若干14歳にして心が歪みすぎではなかろうか。
かくして、それぞれのメニューに沿っての訓練が始まる。無人のビル街が立ち並ぶ道路の真ん中で互いに距離を取って向かい合う、ジャージ姿のなのはとアスカ。今日最初の模擬戦は、いきなり高町なのはという名のラスボスが相手という地獄のような組み合わせから始まる。何故このような進行にしたのか、若干の悪意を感じつつも胸元に鎖でつながれた赤い宝石を手に取る。なのはのデバイス、”レイジングハート”とほぼ同型の待機形態をした愛機はアスカの意志に反応するかのように、握った手の中からまばゆく光を放っている。それは、アスカの闘志の表れでもあった。
セットアップ。
そう音声コードを唱えれば、ジャージからバリアジャケットへと早変わり。手足には展開式の装甲が備わり、白を基調としたパンツ、そしてジャケット。動きやすいように上着の丈は短めになり、所々に彼の魔力色と同じ紅のラインが走っている。全体的なシルエットで言えば、スバルのそれが一番近いだろうか。アシンメトリーな髪型は、長い方をピンで留め、普段より視界の広いようあしらわれている。戦闘形態へと姿を変えたアスカは、同じく真っ白なバリアジャケットを纏ったなのはと相対する形で構える。腰を落とし、右手は手刀のようにして前へ。左手は握りこぶしを作って胸の前で留める。なのはも、”レイジングハート”の戦闘形態である杖をさながら槍でも振るうかの如く両手で構えた。
2人の臨戦態勢が整ったのを見届けたルーテシアの母、メガーヌがホロウィンドウを操作し、二人の間にカウントを知らせる数字が表示された。それが5から始まり……やがて0に。直後、轟音を轟かせてアスカにとって地獄とも言えるほど濃い合宿は幕を開けた。