「えっと、確かここら辺だった筈…………」
携帯の画面を覗いて現在地を確認する。インターネットのホームページによればもうすぐ着く筈なのだが……
「あっ……ここか。」
家から競歩1時間、真っ白の外壁と透明なガラス張りのオシャレなお店は最近オープンしたばかりの洋菓子店、ラ・ナミモリーヌである。
今日私はここにケーキを買いに来た訳だが、決して先日に鍛練等の過密スケジュールで女子中学生としてどうなのかとか思ったからでは断じてない。単に花から聞いていた、新しく出来た洋菓子店に1度行ってみたいという好奇心と、女子として甘い物を食べたい故の行動である。
ちなみに1人で店にやって来たのも、別に花以外に友達がいないからではない。花とは単純に予定が合わなかったのだが、他の友達もまぁ……予定が合わなかったのだ。決してぼっちの寂しいやつではない。くっ、雲雀先輩との噂さえ流れなければもうそろそろ友達100人の大台に入っていたものを……
「いらっしゃいませー!」
呪詛を吐きながらもガラス性の扉を開けると、ふわりと漂う甘い香りに癒される。店員のお姉さんの綺麗な笑顔が眩しかった。
軽く会釈をしてガラスケースの中を覗く。中には結構な種類のケーキが並んでいて、ショートケーキやモンブラン等の無難な物から可愛らしいカップに入った物、ドリアンケーキ等のゲテモノ系まで揃えてあった。
「あ……抹茶かぁ…………」
抹茶ケーキと書かれたそれを見て、私は雲雀先輩を思い出した。そう言えば未だにお礼を返してない……だけど1本5000円の羊羹3本分のお土産に、言っては何だが庶民のケーキだけじゃ割に合わないだろう。
オススメ! と言うポップがあるだけに、深緑のクリームは随分と濃厚な抹茶が味わえそうだし、金箔の飾りも中々オシャレだった。
どうしようか……取り敢えず多めに買ってみて、美味しかったら先輩達にお礼で渡せば良いだろうか…………味が微妙なら家族で消費すれば良い訳だし、よし、そうしよう。
「あの、すみません。」
「はい、ご注文お決まりでしたらどうぞ。」
「はい。抹茶ケーキを4つと、モンブラン、ミルフィーユケーキ、ベリータルト、ドリアンケーキ下さい。」
ドリアンケーキだけ箱を分けて貰う事って出来るだろうか……
「かしこまりました。全てお持ち帰りで宜しいですか? こちらで飲食なさいますか?」
「えっ……ここでも食べれるんですか?」
「はい、テラス席になってしまいますが出来ますよ。お飲み物もございますがいかがなさいますか?」
そう言って店員さんが示した先にはパラソルが刺さったウッド調の気持ちよさそうなテラス席であった。木の柵で囲ってあるから人の視線は気にならないし、今日は天気が良いのであそこでケーキを食べるのも良いかもしれない。
「あっ、じゃあ取り敢えず抹茶ケーキを1つだけにして、飲み物は緑茶でお願いします!」
「はい。お持ち帰りの商品は、お帰りの際にまたレジにて注文して下さいね。」
「お手数おかけしてすみません、ありがとうございます。」
そうしてテラス席にやって来た私は、まず緑茶を1口飲んで喉を潤してから、フォークで抹茶ケーキを1口削って口に運んだ。ふわふわの抹茶生地と濃厚な抹茶のクリーム、そしてごろごろとした甘い小豆が思わず口元を抑える程美味しかった。
どうしようこれ、本当に美味しい。抹茶が濃くて少し渋みがあるのが甘みと合わさって丁度良い。緑茶との相性も抜群で、雲雀先輩もほろ苦い物が苦手でなければ美味しいと思うのではないだろうか。
どれもう1口と、フォークをケーキで刺した時にふと視線に気付いた。ケーキに集中し過ぎて注意力散漫になっていた様だが、顔を左側に向けるとガラスにへばりつく女の子の姿がそこにあった。
「すみません、ハルまで一緒になっちゃって。」
「いや、全然構わないよ。ほら、1人よりも2人で食べた方が美味しいしね。」
「そうですか? ありがとうございます!」
私の目の前で一緒にケーキを食べ、先程までガラスに張り付いていた人物の名前は三浦ハル…………原作ヒロインの1角にして、沢田綱吉の愛人を公言している人物である。
ちなみに私の中ではリボーン、沢田綱吉、獄寺隼人に次いでの危険人物となっていたりするのだが、彼女のやっかいな所は沢田綱吉に惚れており、持ち前の天然さを使って色々と事件を起こす所である。
例えば勘違いから沢田綱吉にフルアーマーで攻撃したり、爆弾の誤爆等のうっかりやドジが多いのが特徴だ。
「んーー! とってもデンジャラスな味です!!」
「それって美味しいの?!」
どうやら彼女の食べているモンブランはデンジャラスな味がするらしい。お土産に予定していたモンブランは別の物にしておいた方が良いだろうか……まぁ、冗談だが。
「それにしても……」
「うん?」
「京子ちゃんって本当に美味しそうにケーキを食べますよねー。」
「えっ……そう、かな…………。」
「そうですよ!あまりにも美味しそうに食べてたので、思わずガラスにくっ付いちゃったくらいですもん!!」
それであんな不審な行為をしていたのか…………流石天然と言うか、何と言うか……。
「三浦さんも美味しそうに食べてるよね。」
「むぅ……ハルで良いですってば…………」
「ははははは……。」
どうしようこの子、とんでもなく距離を詰めてくるのが早い。初対面で名前呼びを義務付けるなんてコミュ力高過ぎやしないだろうか…………最近話す友達の少ない私のコミュ力は下がり過ぎてやしないだろうか……
でも、私は決して負ける訳にはいかないので、悪いがこれからも苗字で呼ばせて貰う。三浦さん、三浦さん、三浦さん……よし。
「そうだ! 折角女の子2人きりなんですから恋バナしませんか?」
「こ、恋バナ……?」
「そうです! ガールズトークの鉄板と言ったらこれでしょう!! 私、京子ちゃんの恋バナも聞きたいです!」
「え、えぇー……」
どうしよう、何だかよく分からない汗が流れて来る。
そもそも生きるのに精一杯で恋愛なんかにかまけてられない私は初恋もまだな訳だし、この間恐らく貴方の好きな人に告白されたけどバッサリ振ったって事ぐらいしか言えない上に、言ったら気まず過ぎる。それ何て三角関係。
「私はこの間運命の出会いを果たしたんです! その人は普段は頼りないんですけど、ハルが溺れた時に助けてくれまして…………それから好きになっちやったみたいなんです。」
顔を赤らめながらも照れた様にはにかむ三浦さんは非常に可愛らしかった。
「その人はとっても素敵な方で、優しくて格好良くて、強くて……だからか、ハルの他にも女の子に人気があるみたいなんです……」
一変して顔を俯かせてしまった三浦さんは悲しそうにしているが、沢田綱吉がモテているとはどう言う事だろうか? 原作乖離をして来ているので否定出来ないのも事実だが、クラスでもそんな噂は聞いた事がない。
「あの、どうしてその人が人気あるって思ったの?」
「……それは…………この間お買い物に行った時に…………」
「うんうん。」
「ツナさんと楽しそうにデートをするすっごい美人の女の人を見ちゃったんです!!」
沢田綱吉の周りにいる美人な女性と言ったら、もしかしてビアンキだろうか……。もしかしたらハルちゃんは、丁度私のせいで沢田綱吉がビアンキと出掛けていた所を見てしまっていたのかもしれない。
「ちなみにその女の人、どんな感じだった?」
「はひ? えっと……スタイル抜群で、髪も桃色のサラサラのストレートで、御目目ぱっちりのハーフっぽい感じの人でした…………」
ビアンキ確定だな、これは。
「そっか、うーん…………自分の得意分野で勝負すれば良いんじゃないかな?」
「はひ? 得意分野ですか……?」
「そう、例えば料理やお菓子作りなんて女の子らしくて良いんじゃないかな!」
それなら確実にビアンキを打倒する事が出来る。
「料理なら……少しは作れます。」
「良かった! じゃあその料理をもっと磨いて好きな人の胃袋から掴んじゃおうよ! それにさ、ハル……三浦さんは好きな人と一緒にいたのが美人さんだったって言うけど、三浦さんだって充分美人で可愛いから大丈夫だよ!」
「はひ?! か、かかかか可愛いですか……?」
「うん、とっても可愛いと思うよ。」
赤かった顔が更に赤くなって、恥ずかしそうにしているハル……三浦さんは本当に可愛いかった。
「もう、からかわないで下さい!」
「ごめんね〜。」
あんまりにも反応が可愛らしいのでクスクスと笑っていると、何故か突然手を握られた。
「ん?」
「京子ちゃん! ハルの恋のお師匠様になって下さい!!」
「うぇ……?!」
「今日話して確信しました! 京子ちゃんは超デンジャラスな恋愛マスターです!! だから私の恋を応援して下さい!!」
「え、えぇー…………」
そよそも初恋もまだな恋愛ど素人なのだが、言った方が良いだろうか…………
どんな化学反応が起きて、私が恋愛マスターに見えたんだろう。
「あっそうだ! アドレス交換しましょう!! 私達今日から親友ですね!」
「親、友…………」
「はい! 仲良くして下さい!!」
私はこんな良い娘に何て感情を持ってたんだろうか…………あまつさえ関わりたくない何て言って邪険にして…………
「こちらこそ宜しく! ハルちゃん!」
いや別に、親友って響きが良かったとか、友達が少なくて寂しかったとかそう言うんじゃ……ない、から…………
ハルちゃんと私が呼んだ時の、彼女の輝かんばかりの笑顔を見て、友達になって良かったと心から思った。