「京子……あんた一体なにしたの?」
「いや……何も、してない、筈……。」
いつも騒がしい教室内が、より一層騒がしい。誰もが私達の、いや私の方を見て、ヒソヒソとひゃべっている。
「でもあんた、これ完全に目を付けられてるわよね?」
「いや、まだ分かんないよ? ……多分。」
「目逸らして行っても説得力ないわよ。諦めて現実見なさい。」
「はぁ……。」
本当、溜息もつきたくなるってもんだ。まさか────
放送で風紀委員から呼び出されたなんて
「し、失礼します……。」
未だかつてない程に体が震えている。私は一体何をやらかしてしまったんだろうか。私は生きて帰れるんだろうか。
横開きのドアをスライドさせて現れたのは前回同様に草壁先輩と何故かソファでお茶を飲む雲雀先輩だった。
「まぁ、座りなよ。」
「はい……。あ、ありがとうございます。」
私が雲雀先輩の正面のソファに座ると、タイミング良く出されたお茶にお礼を言う。勿論相手は雲雀先輩ではなく草壁先輩にだ。
ずず…とお茶を優雅に飲む雲雀先輩を真似して、取り敢えず私もお茶を飲むと普通に美味しかった。何だか、ついこないだも似たような事があったなと思い出す。
少し立つと、お茶請けにと羊羹まで出された至れり尽くせりだったが、話の内容がさっぱり分からなくて、正直あまり味を楽しめない。
「あ、あの……お話と言うのは…………」
「話? なんの事?」
私が何を言っているのか分からないと言う様に首を傾けた雲雀先輩に、私も首を傾ける。
「あの、恐れながら委員長。恐らく笹川さんは委員長に呼び出されて、何か話があるのかと勘違いしておられるのかと思います。」
草壁先輩のフォローに私は首を縦にふる。そう、その通りです。
「あぁ、そう言う事。今日は君にこれを食べて貰いたかっただけだよ。」
「これ、というのは……」
「並盛名物の並盛羊羹、見て分かんない?」
「いや、そう言う訳ではありませんが……どうして私に?」
いや、本当に訳が分からない。そもそも雲雀先輩との接点が、最近助けて貰った位しか思い至らないのだが……
「草壁」
「はっ。」
雲雀先輩に名前を呼ばれただけで何やら察した草壁先輩は、棚から何かのファイルを取り出すと、私の前に差し出して来た。
機密文書じゃないのかと思ったが、見せてくれると言うなら有難く見せて貰おうじゃないか。
そしてページを捲って、一気に冷や汗が吹き出た。
「あの、これは一体…………」
「これ? 笹川家の並盛定期報告書だよ。」
そこには私の家族の出生記録や通知表からその日に何をやってどう過ごした等が大雑把に書かれていた。私の母親の字で。
「並盛の住民は、成人しますと報告書の義務が発生するんです。1週間に1度ですが、ここに何か問題があったかや住民の健康状態等を記入する事で、住民がより過しやすい様に、我々風紀委員々が検討してより良い街造りを目指すんです。」
「な、成程……」
一瞬ストーカーか何かかと思って驚いたが、そう言った背景があるのならばまだ頷けるかもしれない。まぁ、風紀委員の勢力の大きさにはやはり冷や汗しか出ないが……
いやでも何故これで雲雀先輩と羊羹を食べる事に繋がるんだろうか。 余計分からなくなって来た気がする……
「……2303ページ」
雲雀先輩から発せられたページを見る。2303ページは…………これは私、よく咬み殺されなかったな。
そこには小学5年生の時の私の様子が書かれていた。
突然娘が並盛中学に進学するのは嫌だと言い出した。両親はてっきり最寄りの中学に行くものとばかり思っていたので何故と理由を聞くと、並盛中学は不良が多くて嫌だと娘は言う。両親共に並盛中を出ていたので娘には是非とも母校に通って貰いたいのだが、どうも娘の様子がおかしい。並盛中も嫌だが、並盛自体も治安が悪くて引っ越さないかと言い出したのだ。まさか既に何か事件に巻き込まれていたりしたのかと両親が問い詰めても娘は首を横にふる──
雲雀先輩は2303ページとだけ言っていたが、そこから3ページ丸々使って両親が如何に私を心配しているかが長々と書かれていた。
これは……沢田綱吉が住む並盛にいると、どうしても事件に巻き込まれるだろうと思って中学の進路を決める時に両親に相談した時の物だ…………まさか、風紀委員にこの時の事が報告されているなんて……
ちらりと雲雀先輩を覗くと、変わらずお茶を飲んで羊羹を食べている。さっき見た時既に残り僅かしか羊羹が残っていなかったので、どうやらおかわりしたみたいだ。
えぇとつまり、私が並盛が嫌だと言ったのが羊羹を一緒に食べる事に繋がると………………いや、何でだ。
雲雀先輩に疑念の目を向けると、私の言いたい事を察したのか、何故分からないのかと言う顔をこちらに向けて来る。そうしてお互いに目を見て何故だと語り合っていたのだが、そんなもので分かる訳がない。
「あー……つまり、委員長は笹川さんに並盛の事を好きになって貰いたかったんですよ。きっと。」
「えっ……そうな「がはっ!?」……っ、草壁先輩?!」
音のした方を見ると、棚に背中から激突したであろう草壁先輩とトンファーを構えた状態の雲雀先輩の姿がそこにあった。雲雀先輩のさらさらの黒髪から覗く耳が少しだけ赤くなってる気がするって事は…………もしかして照れたのか、これ。
「勝手に僕の代弁をしないでよね。」
「は、はい……。」
流石、副委員長と言うべきなのか……草壁先輩はリーゼントが多少縒れてしまったものの、すぐに立ち上がって雲雀先輩に頭を下げていた。
トンファーを懐にしまって再びお茶を飲み始めた雲雀先輩に、草壁先輩がすかさずおかわりのお茶を注ぐ。DV夫と妻みたいな光景に、私は思考停止しながらも質問を投げ掛けた。
「あの、さっき草壁先輩が言っていたのって、本当なんですか?」
──ガッ
恐らくお皿に擦れた音なのだろうが、随分と勢いよく羊羹にナイフを突き刺した雲雀先輩は、そのまま羊羹を口に含んで飲み込むとお茶を一気に飲み干した。
「……美味しかった?」
「え? えぇまぁ……美味しかったですね。」
どうせなら家に持って帰ってゆっくり食べたかったが、羊羹やお茶の味は本当に美味しかった。
「そう、なら良い……」
雲雀先輩の顔は湯呑みでよくは見えなかったが、何処か嬉しそうな気がした。
「え、こんなに頂いてしまって良いんですか?」
「えぇ、是非とも持って行って下さい。」
羊羹も食べきってしまい帰ろうとした時、草壁先輩から渡された紙袋の中を覗いて私は流石に申し訳なくなってしまった。
袋の中身はプレーン、栗、抹茶の3本の羊羹が入っていた。高級そうなパッケージには並盛名物、並盛羊羹と書かれている。
安くても1本1000円で3本なので3000円。一生徒にポイと渡す様な代物ではない。
「うーん、では、今度は私から何かお礼に差し上げますね。」
雲雀先輩は洋菓子より和菓子の方が好きそうなので、どら焼きや金つばとかが良いだろうか。花に良いお店がないか聞いてみよう。
「えっ?! 何これ…………」
良かった。取り敢えず羊羹の事をネットで調べてみて……いや、むしろ知らない方が良かったのかもしれない……
「最近話題沸騰中の並盛羊羹、予約半年待ち?! しかも1本5000円……」
風紀委員の財力に感心すれば良いのか、雲雀先輩の並盛愛に呆れれば良いのか分からなかった…………