「ぶどう飴〜♪ ぶどう飴〜♪」
「あ……。」
ランボを預かったは良いけど、どうやって沢田綱吉に返せば良いんだろうか。
隣でぶどう飴にご満悦になっているランボを見て考える。学校の先生に尋ねたら沢田家の場所くらいは教えてくれそうだが、急に訪ねても大丈夫だろうか。正直、あの家には厄介な居候が多数生息しているために近付きたくはないのだが……
取り敢えず、先生に住所と家の電話番号を教えて貰って公衆電話から連絡しておこう。あちら側もどうやってランボを引き取れば良いのか頭を悩ませているかもしれないし。
「ランボ、ぶどう飴美味しい?」
「うん!」
この子が可愛いと思ってしまうのは、女性故の庇護欲と言うやつなんだろうか。
挨拶したらさっさと帰る。沢田ママンのペースに乗せられない。返事は全てNOで。
頭の中で気を付ける事をぶつぶつと唱える。腕の中でぐーすか寝ているランボの気楽さに、少し恨めしくなった。
只今沢田家の玄関前、あまりウロウロしても不審なのでさっさとインターホンを押すと、中からは〜いと明るい女の人の声が聞こえて来た。
「あらあら、貴女が笹川さんね?」
「はい、ランボ君をお届けに来ました。」
沢田奈々さん、沢田綱吉の母親にして何事にも動じない天然の肝っ玉母ちゃんと言う傑物だ。
「まぁ、礼儀正しい子ね。良かったら家に上がってちょうだい♪ お菓子を作ったから食べて行ってくれると嬉しいわ。」
「え……わざわざお菓子を、作ってくれたんですか……?」
早く帰らないと、早く帰らないと……頭の中で警報が鳴る。
「えぇ、ツナのお友達が遊びに来るって聞いて、つい張り切っちゃったわ♪」
突然押しかけるのも迷惑かと思って連絡した事にこんな弊害があるなんて…………
と言うか、沢田綱吉のクラスメイトとは言ったが、遊びに来るなんて言ってない。
「えぇっとー…………おじゃまします?」
「どうぞどうぞー、寛いで行ってね!」
あの邪気のない笑顔で笑いかけられた私は圧倒的弱者であった。この人の親切を断れるやつは人としてどうかしている……
こうして私は、モンスターハウスこと、沢田家に足を踏み込む事となったのであった。
「すぐにお茶入れるからそこでゆっくりしててね〜」
「お、お構いなくー……」
すっかり寝入ってしまったランボは起きて来る気配がなく、何故かここ沢田家にて私は沢田ママン、いや奈々さんと2人きりであった。
おかしい……あんなに警戒していた沢田家なのに、何もアクションがないなんて…………いつ来るかとホラーハウス並に内心ビクビクしていると、奈々さんが湯気の立つ紅茶を持って戻って来た。
「さぁさぁ、お茶にしましょう! アールグレイにしてみたんだけど、大丈夫かしら?」
「あ、はい。大丈夫です。」
何となく感じてしまった恥ずかしさを誤魔化す様に紅茶に口を付ける。緊張していたせいもあり、温かい紅茶を飲むと、喉が癒えたと共に体の強張りが解れたのを感じた。
「あの、そう言えば沢田君は?」
「ツッ君? 何だか急に皆と遊びに行っちゃったみたいで、今家には私しかいないのよね……。」
「そうなんですか……」
私に気を遣ってくれたんだろうか……。1人ならともかく現在居候している筈のビアンキまでいないとなると、その可能性が多分にある。
「もう、何も今日じゃなくても良いのにね? 折角笹川さんが遊びに来てくれたんだから。」
「ははは……。」
どうしようか。乾いた笑いしか出ない。
「そうそう♪ クッキー、冷めちゃったかもしれないけどどんどん食べてね! 何ならお土産に持って行く?」
手を叩いて笑顔になると、クッキーを勧めて来る奈々さんに、私は今度こそちゃんと笑って有難くクッキーを頂いた。クッキーは素朴な家庭の味と言う感じだったが、今まで食べた中で1番美味しかった。
気まずい思いをしながらも私や沢田綱吉の学校生活の話を聞かれるままに答え、世間話を添えて紅茶を2杯飲み終わった所で私は帰る事にした。
奈々さんにはもう少しいれば良いのにと引き留められたが、沢田綱吉の厚意を無駄にする訳にもいくまい。家の手伝いがあるからと適当な理由をつけて帰る支度をすると、奈々さんは約束通りにクッキーをもたせてくれた。
本当は一言声を掛けていきたかったが、ランボはまだ眠っているため、諦めた。奈々さんにまた来てね、ランボちゃんとまた遊んであげてね、と去り際に言われ曖昧に頷くとポイズンクッキングによって半分溶けてしまっているドアノブを慎重に回して外に出ようとした。そう、出ようとした──
「あら? 貴女は…………」
「わぁ……」
美人だなーとか、すっごいスタイル良いなーとか、現実逃避で考えながら目の前の人物を呆然と眺めていると、後ろから奈々さんの声が聞こえて来て我に帰る。
「あ、あのっ、おじゃましました!」
「待ちなさいよ。」
慌てて家から出ようとした私の肩を掴んで引き留めたのは、目の前に立つ絶世の美女のビアンキであった。
「貴女、この家から出て来たけど、まさかリボーンに気があるんじゃないわよね?」
「リボーン? いや、違いますけど……」
「……嘘はついてないみたいね、なら良いわ。引き留めて悪かったわね。」
マジマジと顔を見つめられてしまい、思わず冷や汗が流れる。イタリア人だからか距離感がおかしな事になっていた。
ビアンキの横を通り抜けると、そこにいた人物に足が止まる。……まぁ、いるだろうとは思っていたが、その、なんだ…………
「沢田君、その……大丈夫?」
そこには髪や服がぐしゃぐしゃで大量の荷物を抱えた沢田綱吉が立っていた。
「うん、まぁ…………大丈夫、かな?」
どう見ても大丈夫には見えない様子に、どうやら沢田綱吉がビアンキと私を引き合わせないために存分に頑張ってくれただろう事が伺えた。
「何? 貴女達知り合いなの?」
「はい。えぇっと…………クラスメイトです。一応。」
「ふーん……」
「な……何か?」
何やらニヤニヤと口の端を上げてあるビアンキに嫌な予感がして、私は思わずそう言ってしまった。
「いえいえー、何でもないわ。 何でもね。」
茶目っ気たつぷりにウィンクを沢田綱吉にしていたが、成程分からん。別にこれ以上考える必要もないかと結論を出すと、私はさっさと帰る事にした。さっきから沢田綱吉の手がプルプル震えているし、早く家に入って重い荷物を降ろした方が良いだろう。
「じゃあ、失礼します。」
取り敢えず頭を下げて沢田家の庭にある柵に手を掛けると、後ろから声が聞こえて来た。
「あの、ランボと遊んでくれてありがとう!」
顔だけ振り返ると、荷物を持ったままこちらを見ている沢田綱吉と目が合った。
「全然構わないよ。子供は好きだから……こちらこそありがとう。」
それだけ言ってさっさと柵から外に出てしまった私のなんて可愛げのない事か……。感謝の気持ちに素直に答えられない自分が、嫌になった。