「うはははは! か〜わい〜こちゃ〜〜ん! 逃げんなよ〜!!」
「いや逃げるわ変態! こっち来ないで!!」
「むふ〜ん、そう言う君も素敵だよ〜!」
「世界中の女子のために消えて! 今すぐ塵も残さずに消滅して!!」
「……毒舌も良いなぁ。」
「うわぁ気持ち悪い!!」
最近の私は、本当についてないのかもしれない。日課のランニングをしていたら、目の前にトライデント・シャマルことDr.シャマルが現れたのだ。
Dr.シャマルは確かにイケメンで格好良いと思う、思うがここまで女好きをアピールされてしまうと生理的に無理であった。
白衣をはためかせて追いかけて来るシャマルは自分自身が動くタイプのヒットマンではない癖に、中々しつこく追いかけて来る。これが女好きゆえの力だとしたら、恐ろし過ぎるぞ…………
「はっ!? ……い、行き止まり…………」
「ふははははっ、もーう逃げらんないぞー! 観念して大人しくなれー!!」
手をワキワキさせて近付いて来るシャマルが本当に気持ち悪い。と言うかセリフが完全に悪役なのだが、一般人に手を出して復讐者はやって来ないのか……。セクハラ位じゃ来ないか。
「あっ! シャマルがいたぞ!! 待てー!!」
「!!」
聞き間違えではないだろう、遠くから沢田綱吉の声が聞こえて来た。拙い。このままでは鉢合わせてしまう上に、またいらない心労をかける危険性大だ。さっさとこの場から逃げなければ────
「シャ、シャマル! っはぁ…もう、逃げるなよ!! 俺のドクロ病を治して貰うからな!!」
何とかシャマルに追いついた沢田綱吉は、行き止まりにシャマルを追い込んでいた。
「ちっ、もう少しで可愛い娘ちゃんと良い事が出来たのに………………あれ? 可愛い娘ちゃんは??」
シャマルが後ろを振り返るも、そこには既に私の姿はない。私はシャマルの注意がツナに逸れた時にさっと塀を乗り越えて逃げていたのだ。
これもたまたまランニング用の服装をしていたお陰であり、パンツではなくスカートを履いていたら、スカートの中が見えてしまうために逃げる事が叶わなかったかもしれない。沢田綱吉が声を掛けたタイミングと言い、本当に運が良かった。
「はぁ? 何言ってるんだ?? 女の子なんて何処にもいないぞ…………ってそれよりも俺の病気を治してくれよ!」
尚も言い募る沢田綱吉の体にはドクロの様な形の痣が沢山出来ており、その痣は時々情けない声でツナの恥ずかしい秘密を喋っていた。今も「小学校高学年でおしっこを漏らした〜」「好きな子を颯爽と助けようとして上手くいった試しがない〜」と、ドクロの痣が喋っている。
一緒になってシャマルを追いかけていたであろうランボとイーピンは、喋るドクロがおかしいのか笑い転げ、それを獄寺隼人が咎めると言うカオスが出来上がっている。ちなみにこんなギャグ展開ではあるが、沢田綱吉の命はドクロ病が発症してから2時間しかなく、現在は結構切迫した状況であったりするのだ。それを男は絶対に治療したくないと突っぱねるシャマルはある意味医者として大物である。
「ねぇDr.シャマル、私からもお願いだから治療してあげてくれない?」
「うん? あ、可愛い娘ちゃん!!」
「えっ、京子ちゃん?! 何で??」
「笹川?」
「京子だもんねー!」
「京子??」
塀の向こう側でやり取りを聞いていたが、流石に沢田綱吉が可愛そうで、思わず出て来てしまった。塀に腰掛けた状態から、そのままストンと降りるとシャマルに近寄り、またお願いをする。
「ね、お願いだから……。」
「うーむ、可愛い女の子の頼みとは言え、野郎の治療をすんのはなぁ〜…………」
顎に手を当てて唸るシャマルを見て、もう一息だと奮起する。
「働く男性って素敵だな〜。特に白衣を着て簡単に病気を治しちゃったりなんかしたら、惚れちゃいそうだな〜。」
「よし、任せろ! すぐに治してやるからな!!」
一瞬の内にキリッとした顔つきになったシャマルは、沢田綱吉にエンジェル・モスキートと言う蚊で治療をし、見事ドクロ病をあっという間に治してみせた。
「笹川さん、その……あ、ありがとう!」
「あ、えぇと……これは知り合いが目の前で死んだら目覚めが悪いと言うか、別に感謝される程の事ではないと言うか……」
「あー……その、それでも助かったのは事実だから、本当にありがとう笹川さん。」
「…………そう。」
喧嘩別れ……ではないが、お互い気まずいまま別れたっきり、私が一方的に避けていたのもあり、私は感謝の言葉を素直に受け止められなかった。お互いに複雑な気持ちも抱え、しかし何を言えば良いのか分からず無言で見つめるしかない。最終的にシャマルが空気をぶち壊して京子に絡みに行くまで、2人はただお互いを見ていた。それだけ2人とも、特に京子の心中は大変な事になっていたと言う訳だが…………
「それで? 格好良く男を治療した俺にご褒美とかはないのかな?…………例えばチューとか。」
「……っ?!」
そう言いながらも口を突き出して迫ってくるシャマルに、思わず腕で顔を突っぱねるも、大人の男性の力は強く、ぐぐぐっと引き寄せられてしまう。
「ちょっ! シャマル?! 笹川さん、そんな事しなくて良いからね!!」
「何だ? ガキの嫉妬かぁ?」
「違う!! それ以上笹川さんを困らせるなって言ってるんだ!! 」
私とシャマルの間に入って、私の事を助けようとしてくれたんだろう。以前にも見た沢田綱吉の背中は、額に炎を灯していないのにも関わらず、広く感じられた。
沢田綱吉の一喝に怯んだシャマルの腕を叩き落とすと、沢田綱吉はそのまま私を自分の後ろに隠してシャマルから距離を取る。
「本っ当にこれだからボンゴレは…………」
目の前の背中から、何か不穏な言葉が聞こえた気がしたが、恐らく気の所為だろう。ゾクリとする程低い声だった気もするが、疲れて幻聴でも聞いたのかもしれない。
「お、おい……何だよ、やんのか? あん?」
沢田綱吉の不穏な様子にビビりながらも、一流の殺し屋としての矜持故にか、殺気を飛ばして威嚇するシャマル。
拙い事になった。シャマルは一見してただの優男と言うか、ナンパ男だが、その実かなりの腕を持った殺し屋なのである。666種類もの蚊を媒体にして、相手を病死させる殺しの手口からトライデント・シャマルとも呼ばれ、あのヴァリアーに勧誘された経験を持ち、獄寺隼人の師匠なのだから弱い筈もない。そんなシャマルと沢田綱吉が戦ったら、沢田綱吉が大変な事になってしまうだろうし、もし勝てたとしても、お互い無事では済まされないだろう。
一瞬即発の雰囲気が辺りに広がる。そう言えば静かだが、子供達はどうしたんだろうと辺りを見回すと、離れた所で飴で餌付けしながら子守りをする獄寺隼人の姿が目に入った。そんな所にいたのか、どうりで静かな訳だ。
「シャマル、ここには一般人がいる。やるなら後でだよ。」
シャマルが武器の蚊を出そうとしたのを超直感で見破ったのか、そう言ってシャマルの動きを止めた沢田綱吉は、そのまま動く事なく真剣な顔でシャマルの事を見つめる。思わずゴクリと喉がなった私は、完全に沢田綱吉の姿にのまれていた。指先の一つも動く事がなく、思考ばかりがグルグルと回って落ち着きがない。そんな私が何とか動けるようになったのは、シャマルが「も〜やめだ、やめっ!! しらけたから俺は帰る!」と言って警戒を解き、それを見て沢田綱吉の雰囲気が元に戻ってからであった。ほっとしたのか溜息を吐いた沢田綱吉は、宣言通りにこの場から立ち去るシャマルの方に体を向けていて、完全には警戒を解いていない。シャマルは原作でも始めの方しか登場していないキャラクターであったが、同じボンゴレの仲間である筈の彼に対してのあんまりな態度に、少しだけ今後の展開が心配になった。どうやら沢田綱吉は原作よりも更に、ボンゴレを良く思っていないようで、その原因の一端が恐らく私なのであろう事が、恐ろしい。この差異が悪い方向に行かなければ良いのだが…………。
「大丈夫? 笹川さん」
「あ、うん。平気だよ。えーっと…………ありがとう。」
シャマルの姿が見えなくなって、くるりとこちらに顔を向けた沢田綱吉が声を掛け、ようやく私も落ち着いて来た。感謝の言葉が少し小さくなってしまったのは、多少の照れと言い難さからだったので許して欲しい。
「どういたしまして。」
聞き取るのも難しい程の小さな感謝の言葉だったのに、そこまで嬉しそうにしなくても良いじゃないか。ふわりと幸せそうに笑った沢田綱吉の顔を見て、何だか恥ずかしくなった私は、思わず顔が赤くなった。
「ずどーーん! 京子ー!! 遊ぶだもんねー!!」
「こらランボ! てめぇもう少しじっとしてらんねぇのか!!」
「ランボずるい! イーピンも!!」
はっと気が付いて声のした方を見れば、こちらに駆けてくるランボや獄寺隼人、イーピンの姿が。取り敢えず突進して来たランボを抱きとめてあげれば、くぴゃくぴゃと良く分からないが嬉しそうな声で笑い始めたので、思わず私の顔も緩む。
「皆でたこ焼きを食べに行くんだもんね! シャマルを捕まえたら奢るってツナ言ってたから、京子も一緒に食べるんだもんね!!」
「ランボ、笹川さんにも用事があるだろうし、無理に誘っちゃ駄目だよ。笹川さんごめんね、ランボの事だから笹川さんからもたこ焼き貰おうとしてるんだと思う。こいつって食い意地はってるから。」
「えーー! …………京子、たこ焼き食べないの?」
「うっ…………。」
私の腕の中から背中を反らして見上げてくるランボのおねだりする顔は、私の良心や子ども好きをぐさぐさと刺激した。
「……いいよ。たこ焼き一緒に食べようか。」
「わーーい!! たこ焼き、たこ焼きー!!」
「イーピンもたこ焼きー!!」
「てめぇら良かったな…………だが、特にランボ、店では騒がない様にしとけよ。他の客の迷惑になるからな。」
「「はーーい!」」
「……返事だけは良いけど、本当に分かってんのかよ。」
額を抑えて溜息を吐いた獄寺隼人を思わずまじまじと観察してしまう。
「……何だよ、笹川。」
「いや、丸くなったなぁと思って思わず…………不躾だったね、ごめん。」
流石に見つめ過ぎたのか、私の視線に気付いた獄寺隼人にきちんと謝る。
「いや、別に良いけどよ…………まぁ、お前に言われて自分を客観視してみただけだ。より沢田さんに相応しい人間になれる様にな。」
「え…………。」
自分で言った言葉に照れたのか、耳を赤くして顔を背けた獄寺隼人に、思わず言葉が詰まる。私が前に注意したあの言葉だけで、ここまで獄寺隼人が変わるとは思わなかった。
「ふふふ……隼人も良い方向に変わったからね。俺の相棒として誇らしいよ。」
「なっ?! か、からかわないで下さい!!………………ありがとうございます。」
仲良いな君達!? 獄寺隼人の呼び方が獄寺君じゃなくて隼人だったり、右腕じゃなくて相棒だったり、それに獄寺隼人が照れてたり…………びっくりした!! 何かもう、それしか言えない。
「それじゃあ、子ども達も待ちきれないみたいだし、お店に行こっか。」
「それもそうですね。ほらランボ、お前重いんだからこっちに来るか自分で歩け。」
「んー、じゃあ隼人抱っこー!!」
「イーピンも抱っこ!!」
「じゃあイーピンは僕が抱っこするよ。おいでイーピン。」
「謝謝!!」
獄寺隼人がランボを、沢田綱吉がイーピンを抱いて、私も共にたこ焼きを食べに行くと言う急な展開は、特に何か事件が起こる訳でもなく、安心安全にほのぼのと終わった。始めの内はギクシャクしていた保護者組だったが、純粋な子ども達のお陰か、気が付けば普通にやり取りをしていた自分に気付いた。普通に笑って、沢山お喋りをして、焼きたての美味しいたこ焼きを食べて、正直とても楽しかった。
店では、口の周りにソースを付けた子ども達の世話をする獄寺隼人の姿や、食い意地をはって沢田綱吉からたこ焼きを盗もうとして注意されるランボの姿が見られたが、微笑ましい限りであった。ランボが沢田綱吉に怒られている間に、空のパックにこっそりと自分のたこ焼きを一つだけ入れていた獄寺隼人なんて見ていないし、イーピンには私から一つあげたりもしていない。
家まで送ると言って来た沢田綱吉に遊び疲れて寝てしまった子ども達もいるし、私は大丈夫だからと断り、その日は帰路についた。
夕暮れの並盛町は紅く染まって、何処か寂しさを感じさせる。今日の突発的な出来事を思い返して、また起こらないかと期待してしまっている卑しい自分が嫌になった。関わらないと決めて、そう彼らを突き放したのは誰だ? それなのに子どものせいと言い訳をして楽しんで、我ながら何がしたいのかと問い詰めたくなってしまう。
思考が暗くなってしまい思わず頭を振ると、過ぎた事は仕方ないと考え直す事にした。自己嫌悪しても良い事はないし、次回に活かせれば問題ない。だから……だから、今日だけは…………この幸せな記憶に浸っても、許して貰えるだろうか…………