…………目の前の男性に手を貸すべきか、貸さないべきか。貸せばその男性に面倒な事に巻き込まれる危険性があるが、貸さなければ日本人として不自然なので怪しまれてしまう。まぁ、どっちにせよ危険な事に変わりはないのだが……
「どわっ?! わわわっ!!」
「……………………はぁ。」
仕方なく私は転がって来た缶詰をいくつか拾うと、目の前で缶詰の雪崩を起こし、その後も何故か雪崩を悪化させている犯人の元に向かった。
「あの、大丈夫ですか?」
「おっと……ま、まぁ、全然大丈夫だぜ!!」
金髪の輝く笑顔のイケメン、ディーノさんは、これ以上落とさない様にか、大量の缶詰を抱えており、とても言葉通りには見えなかった。察してはいたが、どうやら近くに部下の人達はいない様で、そのせいでディーノさんはダメダメになってしまっている様だ。部下がいないとダメダメになってしまうなんて、なんて面倒なんだろうか。
取り敢えず自分が拾った分をちょうど店先にあったた空箱に入れて行く。ひょいとディーノさんの方を見れば腕に抱えた缶詰を取り敢えず置こうと四苦八苦してるが、いくつかが零れて音をたてて地面に落ちていた。
「もう、自力で無理なら頼って下さいよ。落とした分はきちんと買い取って下さいね。」
「す、すまねぇ……。」
眉を下げて申し訳なさそうにして来る男性に溜息をつくと、腕の中の缶詰を崩れない様に箱に詰めて行く。缶詰は2箱分+3個も地面に落ちてしまったために、そこそこの量があった。運ぶのは中々苦労しそうだ。運搬を頼むべきか、でもここの店長は年だし業者に頼むのも面倒だなと考えた所で、男性が素っ頓狂な事を言い始めた。
「あれっ?! さ、財布がねぇ!!」
「……。」
ポケットの中身をひっくり返す勢いで、服を叩いて財布の所在を確認する男性を見て私は悟った。目の前の男性と出会ってしまった時点で、今日はもうケチが付いていたんだな……と。
年々耳が遠くなる年老いた店長にディーノさんが謝罪し、会計を何とかツケで済ませようとしたが、現金即払いしろと入れ歯をガチガチいわせて言う店長を見て、仕方なく自分の財布からお札を差し出した私は、内心泣きそうであった。
「本当にすまねぇ! 俺はディーノって言うんだ。金はすぐに返すから連絡先……は嫌だよな。えーと、その……わっ!?」
トマトの缶詰2ダース入り2箱+3個はやはり運ぶのが大変そうであり、箱から溢れた3個の缶詰が再びころころと地面に落ちた。私はトマトの缶詰3個分のお金と先程のレシートをディーノさんが持つ箱に突っ込むと地面に落ちた缶詰を拾う。
「この3個は私が買い取ります。連絡先は住所を教えますから、そこに送って下さい。」
銀行の口座番号なんて咄嗟に分からないし、住所はどうせボンゴレの方で特定されているだろうから、バレても問題はない。
「いや、それは流石に悪い……って言うか、初対面のやつに住所とか教えんなよ! 危ないだろ!」
「缶詰は丁度切れてたので別にお兄さんのためとかじゃありません。それに、お兄さんは間抜けそうだから別に害にもならなそうかなって。」
「ま、間抜けそう……」
「はい。缶詰の雪崩を起こしてる時点で事実じゃないですか。」
「そうか……。」
箱を持ったディーノさんが、項垂れているのを見て、言い訳をしたにしても少し言い過ぎたかと反省する。人にものを言う時についきつい言い方になってしまう癖は反省しなければならない。
住所を忘れられても困るので、先程箱に突っ込んだレシートの裏に店で借りたボールペンで住所を書いておいた。
「あ、そう言えばお前は何て名前なんだ? ……ほら、変な意味じゃなくて、送る時にも必要になるしだなっ!」
変に勘違いされると思ったのか、後半に後付けた理由は、逆に挙動不審で怪しかった。それにしても名前か……これもどうせバレるのだろうが、自ら名乗ると言うのは相手と縁を結ぶも同然な訳である。それは正直遠慮したいので敢えて名乗らなかったのだが、聞かれたら答えなければなるまい。
「……笹川京子です。」
「えっ!?」
「……。」
「……。」
じとりとディーノさんの方を見る。どうやら自分の失言には気付いている様で、冷や汗を流したいた。
「………………何ですか、今の〝えっ〟て……」
「あーっと、知り合いに同姓同名のやつがいたから、びっくりしちまってな! まぁ、気にすんな!!」
「へぇ、それってどんな人なんですか?」
「えぇっと確か…………結構美人で、毒舌とか聞いたぞ。」
「知り合いなのに、〝聞いた〟って随分と他人事みたいですね。おかしいなー……。」
「おぉっとぉーー! もうこんな時間だ!! すまん、また今度なーー!!」
「あっ、ちょっと! …………………………逃げたな。」
箱を抱えたディーノさんは、ダッシュで駆けて行ってしまい、すぐに見えなくなった。
あの反応からして、どうやら私の顔は知らないが名前だけは知っていたらしい。…………これは沢田綱吉から単なるクラスメイトとして私の名前を聞いたのか、それともリボーンから暗殺者リストの1人として聞いたのか………………考えても気持ちが暗くなるだけだな。忘れよう。
翌日
「「おはようございます!! 京子様!」」
「……は?………… お、おはようございます。」
いつも通りに学校に行こうと家を出ると、黒服の集団に囲まれて挨拶された。
「ボス、これだぜ。」
「あぁ。」
黒服を割って恐らくロマーリオさんに渡されたジェラルミンケースを持って出て来たのは昨日お金を立て替えたりなんだりしたディーノさん。あぁ、そう言う事か。何て迷惑な……。
「おはよう。朝っぱらからすまねぇな。どうしても直接渡して礼が言いたかったんだが、京子がいつ家にいるのか分からなくて、登校時間に合わせたんだぜ。」
笑いながら照れ臭そうに頬をかいたディーノさんは、手に持ったジェラルミンケースを開けて私に向けて来た。
「昨日は本当に助かった。これはほんの気持ちとして受け取ってくれ。」
ジェラルミンケースの中身は大量の紙束……と言うか、札束が敷き詰められていた。
「……。」
色々と言いたい事がある。朝からその黒服の集団は家の前に待機していたのかとか、昨日渡したレシートはどうしたとか、金銭感覚おかしいんじゃないかとか…………取り敢えず、
「お気持ちは結構です!!」
「えっ?! お、おーい開けてくれよ!! なぁって……」
バタンと勢い良く閉めて鍵を掛けた扉に背を向け座り込む。
「はぁ…………どうしてこう、ボンゴレ関係者って残念なんだろう。」
一つ溜息をつくと、私は遅刻しない様に家の裏から出て行った。
「へぇ……俺がボンゴレ関係者って事は知ってるんだな。」
ディーノが小さく吐いた言葉は、勿論京子の耳には入るよしもない。