※この京子は天然ではありません。   作:ジュースのストロー

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闘いが始まりました。

 

 

「ひ、雲雀先輩? ほら私、病み上がりですし。」

 

「もうすっかり良くなったって言ったよね?」

 

「あ、あははー…………ふぁっ?!」

 

目の前をトンファーが横切り前髪が何本か舞う。咄嗟に後ろに避けたが、突然の事態に思わず体制を崩してしまった。

 

「ふぅん、今のを避けるか…………それなりにはやるみたいだね。」

 

「いやいや、急に攻撃するの止めて下さいよ!! もし本当に当たっていたらどうするんですか?!」

 

「大丈夫……責任は取るよ。」

 

「意味深?!」

 

話しながらも慌てて雲雀先輩から距離を取った私だが、どうやら先輩は完全にスイッチが入ってしまった様で、トンファーを構えて目をぎらつかせていた。その目を見た瞬間、これ以上の説得は無理だと悟った私は大きく息を吸って深く吐いた。これは私の初期動作で、これをする事により集中が高まる。

有難い事にあちらは私の準備が整うのを待っていてくれている様なので、ゆっくりと戦闘のスイッチを入れると雲雀先輩の動きに集中する。どうやら雲雀先輩は私に初手を譲ってくれるらしいので、体勢を低くして思いっきり地面を蹴った。

雲雀先輩相手に直線の攻撃は悪手だ。従って私は上下左右の動きを意識して彼の懐に突っ込む。袖に隠してあった右手のナイフを素早く出して振るうもあっけなくトンファーに弾かれた。

だがそれで良い。元からこのナイフは雲雀先輩に警戒させて私の狙いを誤認させるのが最大の目的だ。弾かれながらもナイフでトンファーの軌道を少し逸らし、体を傾けてトンファーを避ける。トンファーの動きに沿わせてナイフを動かす事により、力があまり必要でない所か、全てを受け流す事が出来れば力は全く必要ないのだが、私にそこまでの技能はない。現にあまりものトンファーの速度と重さに手が痺れて来ているのが証拠だ。

ここで反撃出来れば良いのだが、雲雀先輩のあまりものトンファー捌きに避けるのが精一杯で反撃が全く出来ない。それに私の体力は圧倒的に雲雀先輩に劣っているのだから早く蹴りを付けないと…………

 

「早く攻撃して見せてよ。ねぇ。」

 

「っくっ! ……そう思うなら、更にトンファー速くするの止めて下さい!!」

 

拙い、あの地獄の鍛練のお陰か速度には難なく付いて行けるが、それに伴う重さが拙い。

バッティングマシーンの球は豪速球ではあるが、それ自身は慣性により直進する訳で何の力も働かずこちらに向かって来るのに対し、雲雀先輩のトンファーは彼が腕を振るう事によって力が加わっている。そしてトンファーと球ではそもそもの重量も違う。私が仕込み武器を封じたとは言え、トンファーの中には重い鉄の塊が入ってある訳で、トンファーの総量の重さはお察しだ。

私が雲雀先輩を攻略する絶対条件となるのが、トンファーを掴んで固定する事である。これが出来なければ、私はこのままジリジリとなぶり殺されてしまう。

しかし、雲雀先輩がトンファーを振るう力に私のトンファーを留めようとする力が完全に押し負けてしまっているのが現状だ。バッティングマシーンの球ならば力が加わってない分、簡単とは言えないが、まだ掴む事が出来るのに…………

 

「うーん、これもこれで楽しいけど、もっと別の動きも見たいな。」

 

この場の膠着状態に飽きたのか、トンファーのギミックを操作しようと動きを見せた雲雀先輩に焦る。

拙い、仕込み武器が使えない事により動揺するのは一瞬だ。それならば次の一撃を物にしないといけないのに、トンファーを掴めなくてはどうしようもない。

 

「ん?」

 

一瞬、そう一瞬だけ雲雀先輩の視線がトンファーに向いて動きが止まった。無意識の内に私はナイフをしまい、雲雀先輩の方に駆け出していて、目はトンファーを追っている。

視界がスローになる様な感覚でトンファーを見続ければ、それがピタリと停止したタイミングで自然に腕が伸びていた。てこの原理で最も力が掛かりやすいトンファーの先端を掴み、雲雀先輩の腕と反対方向に思いっきり曲げる。手に少しの抵抗を感じたがトンファーは雲雀先輩の手からずるっと抜けて、そのまま私の手に収まった。

気付いてしまえば、雲雀先輩のトンファーの力と重さの攻略方法は至って単純だった。つまり、トンファーが停止している時に掴めば良い。トンファーが停止する時なんてあるのかと思うかもしれないが、ある。確実にあるがそれはほんの一瞬、目を瞬く時間もない。トンファーを振るならば、回転していない限りはルーティーンとして必ず元の構えに戻って来る。行って、戻って来ると言う事はつまり、引き返す瞬間はトンファーが停止している。我ながらよくその一瞬でトンファーを掴めたと思うが、これもお兄ちゃんのお陰だろう。

 

「へぇ……やるね。」

 

「それはどうも、ありがとうございますっ!」

 

手に持ったトンファーは武器としての価値はあるものの、再び雲雀先輩に奪われてしまっては意味がないために遠くに投げ捨てる。未だ雲雀先輩の左手にはトンファーが握られたままだが、それでも随分と場が好転した。

左右に持っていたトンファーの一つを失うと言うのは、単純な攻撃力守備力の減少もあるが、重心がずれる事が最も大きい影響だ。重心とは、武術において最も大切なものの一つだ。両手に持っていて釣り合っていた重さが一瞬の内に片側のみになってしまっては、今まで通りの重心にはなれない。普通、慣れない重心で動けば違和感が出て隙が出るのだが、この人はやっぱり化け物なんじゃないだろうか。

 

「っ何で、普通に動いてるんですか!!」

 

「無駄口叩く暇があるなら、さっさと僕に攻撃入れなよっ。」

 

右手にトンファーを持ち替えて振っている雲雀先輩の動きは、とても重心がずれているとは思えない。左腕が傷付けられてもお構い無しに前に出して私のナイフをガードしている辺りに狂気を感じる。……まぁ、先程までの攻防のせいでナイフが刃こぼれしまくりで、ほぼ役に立たないのも原因なのだろうが。

 

「っぐぅっ?!」

 

トンファーに集中していて足元が疎かになっていた。突如視界に入った雲雀先輩の脚に、急いで後ろに飛んで腹部を腕でガードするも、躱しきれなかった力がビリビリと私の腕を痺れさせて鈍い痛みを発現させる。

話には聞いていたが、これがトンファーキック…………トンファーに集中すれば死角からの攻撃で殺られる必殺技。高速に慣れていたから気付けたが、本当に紙一重で殺られていた。

雲雀先輩と距離を取って腕の痺れを逃がす。攻撃を受けた際に嫌な音が腕からした気がするが、気の所為だろう。凄く痛くて熱いが……

雲雀先輩の口が釣り上がる。どうやら休憩している時間はあまり与えてくれないらしく、トンファーを構えてすぐにこちらに向かって来た。

取り敢えず、腕の痺れを取る時間を稼ぐために向かって来た雲雀先輩に向かって爆弾を投げる。

 

「って、えぇ?! こっち来た!!」

 

走りながらなのにトンファーで寸分違わず爆弾を打ち返してこちらに寄越した雲雀先輩が恐ろし過ぎる。こちらに勢い良く向かって来た爆弾は見事に私に直撃して、腕でガードしたためにそこまでの怪我はなかったが、両腕に装着していた篭手はもう使い物にならなそうだ。まだ軽めの爆弾にしておいたから良かったが、これで本格的な物を使っていたらどうなったいた事か…………良くて大火傷、悪くて即死だろう。

 

「いっつ……!」

 

篭手もだが、ずっとガードをしていた腕がそろそろ本格的に拙い。これ以上闘いを引き延ばしても勝機は薄い……なら、ここで討つ!!

爆撃が収まり、すぐにまたこちらに向かって来る雲雀先輩に対して、ナイフをしまってこちらも構える。ギリギリまで引き付ける様に我慢してポケットからまた先程と同じに見える物をを取り出すと、今度は変化する限界まで手に持って雲雀先輩に向かって投げた。

途端に走る閃光にやられない様に私は目を瞑って地面に手を付ける。直前に見ていた雲雀先輩の位置から予測して足払いを掛けると、確かな手応えを感じた。そのまま体を起こしつつも袖からナイフを出して目を開ければ目の前には体勢を大きく崩した雲雀先輩が見える。本当に殺るつもりはない、ないが首元に刃を当てられれば私の勝ちだ。

 

「はぁああああ!!」

 

ナイフを振って雲雀先輩の首を狙う。この状況で、目が見えずにこのナイフを対処出来る訳がない。勝ちを確信した私の一撃は、雲雀先輩に────

 

────ギャリッ

 

「っな……!?」

 

トンファーが、顔のギリギリの位置で私のナイフを防いでいた。そんな、どうして…………見えないナイフをどうやって対処したんだ!

 

「僕が同じ手をくらうと思う?」

 

ニヤリと笑ってそう言った雲雀先輩に過去の映像がよぎる。そうか、あの時リボーンが手榴弾に似せた閃光弾を投げて見事に逃げられたから…………

 

「お休み。」

 

「がはっ!?」

 

倒れながらも右手のナイフをトンファーに弾かれた私は、腹部に痛みを感じる間もなく雲雀先輩のトンファーキックによって肺の空気を全て出されると、そのまま吹っ飛び地面に投げ出された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

体中が痛い。熱い。上下に揺られる度に走る痛みに悶えながら薄らと目を開ける。

 

「いっつ〜〜……」

 

「おっ、京子起きたか?」

 

目の前に見えたのはよく知った人の頭。何故か私は今、お兄ちゃんにおぶさられていた。

 

「えっ、どう言う事?! 何でお兄ちゃんが??」

 

「極限、雲雀に連絡を受けたお前を迎えに来たのだ。雲雀から聞いたぞ。随分と良い闘いだったそうだな。」

 

そう言われて、気を失う前の記憶が段々と思い出される。そうだ私、雲雀先輩に負けたんだ…………

 

「お兄ちゃん…………」

 

「極限、お前は良くやった。師として、誇らしいぞ。」

 

「お兄ちゃん…………」

 

「俺は京子をおぶっていて、お前の事は見えない。家に帰ったらすぐに風呂に入るつもりだから背中が少し位濡れても構わないな。」

 

うんうんと頷きながら優しい言葉を掛けるお兄ちゃんに私は思う。お兄ちゃん────

 

「お兄ちゃん、今日の事、知ってて黙ってたね?」

 

私の発した低い声に、お兄ちゃんの体がビクリと揺れたのが伝わって来る。

 

「そもそも私と雲雀先輩との闘いの約束をお兄ちゃんは誰から聞いたのかな? 雲雀先輩はそう言う事を他人に言いふらす人じゃないし、私も言ってない。お兄ちゃん……雲雀先輩から直接聞いて今日の闘いが物理的なものじゃないって気付いていて黙っていたね?」

 

「ひ、雲雀とは確かに今日の事は話したが、俺もまさかっ、まさかこんな事だとは気付かなくてだなー……」

 

必死に誤解を訴えるお兄ちゃんだか、おぶさっている私にはお兄ちゃんの首元を伝う汗が見えた。動揺しているのが丸わかりで、じんわりと背中にも汗をかき始めたお兄ちゃんに思わず溜息が漏れる。

 

「す、すまん。その……お前がやる気になったのが嬉しくてだな…………つい。」

 

「つい、で妹を死地に送り出すやつがいるかぁ!」

 

お兄ちゃんがちゃんと間違いを指摘さえしてくれれば、私はあの地獄を見る事も、こんなに痛い思いをする事もなかったのに……

今思い返せば、最近のお兄ちゃんの言動で怪しい点がいくつも出て来る。私が始めに殺る覚悟を伝えた時に笑っていたのも、今日出掛ける時に「楽しんで来い」と言ったのも、全て、全てお兄ちゃんは分かっていたからなのか?!

 

「本当にすまん。もうしない、もうしないからその……許してくれないか?」

 

「お兄ちゃんの馬鹿! 阿呆! 熱血馬鹿! 極限野郎!」

 

「お、おう……」

 

「お兄ちゃんなんて、明日目が覚めたら顔の上にゴキブリがのってれば良いんだ! ばーか、ばーか!!」

 

「あ、アイス、アイス買ってやるから……」

 

「…………ハーゲン〇ッツね。」

 

「ま、任せろ!!」

 

何だかんだ、物で釣られてあげる私も私だが、雲雀先輩に負けた悔しさは脱力感に紛れたので良しとするか…………

 

 


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