「さぁやってまいりました雲雀邸潜入大作戦。解説にはお兄ちゃんこと、笹川了平さんにお越し頂いております。」
「極限に解説するぞ! 笹川了平だ。宜しくお願いする。」
「ってノリが良いねお兄ちゃん?! ごめんね、解説はしなくて良いから何か動きがあったら教えてね。」
「極限、盗聴器からの音を聞いて伝えれば良いのだな! この兄に任せておけ!!」
「うん! 頼りにしてるよお兄ちゃん!!」
笹川家にて、本作戦の最終確認が深夜テンションで行われていた。普段から夜更かしをしない私達2人には少しだけ辛いものであったが、今からやる事への緊張感からか眠気は全くと言って来ない。
本作戦の概要はこうだ。まず、雲雀先輩が風呂に入ってトンファーを手放している間に私が仕込み武器の部分を道具を使って使えなくしてしまう。見た目では気付かれない様にきちんと後処理もしておく。そしてお兄ちゃんは前日の内に仕掛けておいた盗聴器を傍受して周囲の状況や雲雀先輩の居場所を私に教える。何か音が聞こえて来たら、その盗聴器の番号を私に伝える簡単なお仕事だ。
仕込んでおいた盗聴器で雲雀先輩がお風呂に入る時間の目安や入浴時間は把握している。また、屋敷や庭の手入れをしていた者達も夜は4人から1人に数を減らしているために出くわす危険が少ない。後は行動に移すだけだ。
少し大きめの薄手の黒いフード付きパーカーを深く被り、首元の黒いネックウォーマーで口元を隠して、黒いランニングスパッツの上にこれまた黒いショートパンツを履く。サイドに黒のウェストポーチを付けて黒いグローブを嵌めれば完成。この真っ黒コスチュームこそが、私の勝負服であり、戦闘服となる。購入先は全て近くのスポーツショップだが、下手に目立つ格好よりも動きやすく、隠れやすく、仕入れやすいこの服は中々気に入っている。
《こちら
《こちら
《了解です。もうそろそろお風呂に向かうと思うので、もしもターゲットが動いたら連絡して下さい。どうぞ》
《了解した。》
無線の調子も良く、お兄ちゃんの声がはっきりと聞こえて来る。お風呂場までのルートは頭に入っているし、必要な道具もウェストポーチにしまっている。
今までの訓練を思い出す。いつも鬼畜なトレーニングを重ねていたが、ここ数日は更なる地獄を私は見た。バッティングマシーンはまさかの200kmオーバーまで練習したし、体中見えない所が青あざで痛い。
それも全ては今週の日曜日の闘いのため。今からやるのはその前段階である。即ち決して失敗は許されない。
《こちら
《こちら
無線の音を最小に調節して隣の家の屋根を伝って雲雀邸の塀に上る。所謂フリーランニングと呼ばれる技術であり、以前お兄ちゃんとの鍛練で身に付けたものだ。
塀の上から廊下を歩いているターゲットを補足した。用意しておいた望遠鏡でよく見れば、確かに懐にトンファーらしき膨らみを発見。今の所、なんの問題もなく着実にミッションが進行している。
《こちら
《了解》
緊張で震えそうな体を落ち着かせ、意識して深呼吸する。あくまで自然に違和感なく隠れなければ、扉一枚隔てていてもターゲットに見つかってしまう。それだけ雲雀先輩と言う存在は強くて理不尽な化け物である。
《こちら
《了解。任せて。》
目を瞑った後、最後に大きく息を吸って、肺の中の空気を全て出す。全て出し切ったら目を開けて意識を切り替えた。
風呂の時間は長めである雲雀先輩だが、その大部分は湯に浸かる時間であり、男らしく洗う時間は10分もない。出来るならば洗う時間で事を済ませた方がシャワーの音に私の物音が掻き消されるので、出来るだけスピーディーにこっそりと事を運ばなくてはならない。
塀からさっと飛び降りて、今度は前回侵入した時にこっそり開けておいた窓から侵入する。何も無線が入らないため廊下を無警戒ですいすいと進んで行き、辿り着いたのは大きく湯と書かれた暖簾の前。
風呂場の湿気か自分の汗か分からないが髪が肌に張り付いているのを耳にかけると暖簾を潜り、中に入った。
屋敷もそうだが、実質ここに1人で住んでいるとは思えない広さの風呂場の脱衣場は、棚が1つと洗面台にトイレ、掃除用具入れに牛乳専用冷蔵庫までついていてもまだ、寛げる空間があった。その中の一つである棚の上にトンファーが置かれているのを発見した私は、背伸びをしてトンファーを掴む。ずしりと中々の重さのあるトンファーは、手から落ちそうになったが、何とか受け止める事が出来た。
「っぶな……」
ウェストポーチから瞬間接着剤を出す。見た目だけでなく持った感覚じも同じにしなければいけないので、重さの割にしっかりと仕込み武器が飛び出すのを防いでくれる超瞬間接着剤は役に立つ。当初は鎖を外して中身をボロボロにさせるつもりだったが、それでは時間がかかり過ぎる上にバレやすい。超瞬間接着剤ならば、鎖の数箇所をしっかりと留めておけば簡単に仕込み武器を無力化してくれるだろう。
超と頭文字に付いていて、使い捨てなだけあってどんどん固まって行く接着剤に感動しながらも仕込み武器を封じた私は、バレない様にしっかりとトンファーの中に戻して寸分違わず元の位置に戻した。
《京子拙い! 雲雀がそっちに行くぞ!!》
突然耳に入った通信に、慌てて浴室への扉を見る。ペタペタとタイルを歩いて扉へと近付く影が薄らと見えてしまい、私は急いで掃除用具入れに隠れた。
────カラララッ
浴室の扉が開く音がして、思わず息を呑む。不幸中の幸いか、雲雀先輩はほぼ反対側の棚の方に用があるらしく、こちらに近付く様子はない。
「うん? 何で雑巾が落ちてるの?」
「……っ…………!」
拙い。ここに隠れる時に、その中に入ってたであろう雑巾を落としてしまったのか…………。バレるのも時間の問題だ。
雲雀先輩がこちらに近付いて来るのが気配と音で分かる。拙い、拙い、拙い。こんな所に隠れているのが見つかってしまったら、変態で訴えられるぞ。それどころか無抵抗のままトンファーで死ぬまで確実にボコボコにされてしまう。
お兄ちゃん………………あれだけ特訓してくれたのにごめんなさい…………いや、そもそもの原因はお兄ちゃんだったな。なら謝る必要はなし。それどころかお兄ちゃんは私に謝るべきだとすら思う。
「旦那様ー! 石鹸、無くなってましたよねー!! すみませーん! 」
バタバタとした足音と共に聞こえて来た皺がれた声が、雲雀先輩の動きを遮る。
「……石鹸、早く寄越して。」
「はいっ! 本当にすみません!! 今後は気を付けます!」
掃除用具入れの扉の向こう側でペコペコしているであろう初老の男性の姿が想像出来る。
「雑巾も君か…………片付けておいてね。」
「はいっ! すみません!!」
恐らく石鹸を受け取ったのであろう雲雀先輩は、再び浴室へと戻って行った。
「……あれ? 雑巾なんて使ったか??…………そもそも雑巾なんて何処に???」
何とか雲雀先輩が浴室に入って、老いた男性の目がこちらを向いていない内に雑巾を片付けておく事が出来た。本当に心臓に悪い。
老いた男性が不思議そうな顔をしながらも脱衣場から出て行った事ではぁーーっと重い溜息をついた。
《いやぁ〜〜、極限焦ったぞ京子。お願いだから俺を変質者として補導された妹の兄にはしないでくれ。》
《煩いし、捕まる時は一緒だからね、お兄ちゃん。》
もし私が補導された時は、共犯として問答無用でお兄ちゃんを引き摺り込む所存である。
《京子……!! 極限分かったぞ!》
随分と嬉しそうだが、自分で言っておいて何だがそれで良いのか、お兄ちゃん…………妹は決してデレた訳ではないぞ。
とんでもなくやっつけなコードネーム
京子→京+魚=鯨(クジラ)
了平→平+魚=鮃(ヒラメ)
格好良くイタリア語を使っても、それはそれで怪しさが増してボンゴレに警戒されるので、日本語で作りました。
ただ、そこまで必死に隠す気もないので、了平さんなんかは〝極限〟を連呼していてほぼ意味をなしてません。
声も変えてないので、今回コードネームを使ったのは2人の深夜テンションでのノリの産物です。後半焦って実名出てますしね。